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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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4 ウクライナ侵略が国際情勢に与える影響と各国の対応

1 全般

今般のロシアによるウクライナ侵略においては、ウクライナ自身の強固な抵抗に加え、国際社会が結束して強力な制裁措置などを実施するとともに、ウクライナを支援し続けることにより、ロシアは大きな代償を払わざるを得ない状況に陥っている。また、欧州各国は、ロシアの脅威に対応するため、結束を強める動きを見せており、ウクライナ侵略を契機として、欧州の安全保障環境は大きな転換点を迎えている。NATOの東方拡大を自国に対する脅威と位置づけてきたロシアの侵略行為がこのような欧州諸国の安全保障政策の変化を促したことは明らかであり、「勢力圏」の維持を通じて自国の安全を確保するとのロシアの戦略的な目的が今般の侵略により達成できているとは言い難い状況にある。こうしたことも踏まえ、NATO加盟国である米国の同盟国であり、欧州とはロシアが位置するユーラシア大陸を挟んで対極に位置するわが国としては、欧州と東アジアを含むインド太平洋の安全保障は不可分であるとの認識の下、その戦略的な影響を含め、今後の欧州情勢の変化に注目していく必要がある。さらに、ウクライナ侵略を受けた欧州情勢の変化は、米中の戦略的競争の展開やアジアへの影響を含め、グローバルな国際情勢にも影響を与え得るものである。いずれにせよ、引き続き関連動向について、強い関心を持って注視していく必要がある。

2 NATO加盟国などの対応

欧州各国のロシアに対する認識は、ロシアとの経済関係や地理的な距離の違いなどを背景に温度差がみられてきた。2014年2月のロシアによるクリミア「併合」に際しては、対露脅威認識が強い米国、英国、バルト三国、ポーランドなどがロシアへの強硬姿勢を示す一方、ドイツやイタリアは比較的融和的な姿勢をみせ、また、フランスがロシアとの対話を追求するなど、ロシアに対し、必ずしも一致した強い姿勢を示すことができていない状況にあった。一方、今般のウクライナ侵略に際しては、欧州各国の警戒感が急速に高まり、ロシアの攻撃的な行動は欧州・北大西洋の安全保障に対する脅威と捉えられるようになってきている9

この点、ロシアの脅威を再認識したNATO加盟国は、抑止力強化を図り、2022年2月の緊急首脳会合において、東欧諸国の安心供与のためにNATOの即応部隊(NRF:NATO Response Force)の東欧への派遣を表明したほか、同年3月の首脳会合では新たな4つの戦闘群を新設し、それぞれブルガリア、ルーマニア、ハンガリー及びスロバキアに設置することが決定された。また、米国は、2021年11月に発表した「世界的な戦力態勢の見直し」において、NATO軍がより効果的に活動できるようロシアの侵略に対する米軍の戦闘能力を備えた抑止力を強化することが明記され、2万5,000人としていたドイツに駐留する米軍兵力の上限を撤回し、陸軍マルチドメイン任務部隊などの人員のドイツにおける恒常的な駐留を行うとしており、今後のウクライナ情勢を受けた米軍の動向が注目される。

また、米国をはじめとするNATO加盟国は、ウクライナへの戦闘部隊の派遣には慎重な姿勢をとる一方で、防衛装備品の供与などを通じた間接的な支援を実施している10。具体的には、ロシア軍の機甲部隊などの進軍を遅滞させるとともに、空挺部隊などの減殺により前線の拡大を抑えることに貢献しているとみられる携行型対戦車ミサイル・対空ミサイルなどの装備品を供与しているほか、戦車や装甲車、りゅう弾砲といったロシアの侵略を排除するためのウクライナの反攻能力を増強する大型装備の供与も拡大させてきている。特に米国は、バイデン政権発足以降、2022年4月末までに、ウクライナに対する安全保障支援を累計40億ドル以上、うち34億ドル以上をロシアによるウクライナ侵略開始以降に発表し、ウクライナに対して対戦車ミサイル、地対空ミサイル、りゅう弾砲、攻撃型無人機、航空監視レーダーなど相当数の装備品支援を行っているほか、一部の装備品について、米国本土などにおいてウクライナ軍兵士に対する教育を実施したとしている。また、同月24日には、ブリンケン国務長官とオースティン国防長官がウクライナの首都キーウを訪問してゼレンスキー・ウクライナ大統領と会談を実施し、ウクライナや東欧諸国などに対する装備調達のための財政支援を表明するなど、ウクライナに対する強固な支援の姿勢を打ち出している。また、米企業がウクライナ政府の求めに応じて提供した衛星インターネットサービスは、ウクライナ国民の通信手段として使用されるのみならず、ウクライナ軍無人機の運用などにも活用されているとされており、民間先端技術によるウクライナ支援も特筆すべき支援の一つとして注目される。

2014年のロシアによるクリミア「併合」以降、米国などとともに、ウクライナに対して装備支援や訓練教官の派遣などを継続して実施してきたとされる英国は、今般のウクライナ侵略後も、英国製の携帯式対戦車誘導火器や地対空ミサイル、対艦ミサイル、装甲車、電子戦装置といった装備の供与を発表している。2022年4月には、ジョンソン首相がキーウを訪問し、ゼレンスキー・ウクライナ大統領と面会してさらなる装備供与を発表するなど、ロシアに対する継続した強い警戒感を背景として、ウクライナとの強固な連携姿勢を示している。また、ウクライナ東部における紛争の平和的解決を目指し、「ノルマンディー・フォーマット」11において、ドイツと共にロシアとウクライナの間の仲介役を務めてきたフランスは、同年2月前半に相次いでロシア・ウクライナ双方の首脳と会談を行い、積極的な外交を実施した。さらに、その交渉の最中にウクライナ侵略を開始したロシアに強く反発し、同月26日にウクライナへの軍事装備及び3億ユーロの援助を発表している。紛争中の国家に対する装備輸出は認めないとの原則に従い、当初、ウクライナに対する装備輸出に難色を示していたドイツも、ロシアによるウクライナ侵略後に方針を転換し、同年2月から4月初旬にかけて、対戦車ミサイルや地対空ミサイルなどの装備品の供与を発表した。その後も、ウクライナに対して、戦車などの大型兵器を直接供与することについては引き続き否定し、旧ソ連製の大型兵器をウクライナに供与する東欧諸国に対し、その埋め合わせのための兵器を供与する旨を公表するなど、比較的抑制的な対応をとっていたが、その後、自走式対空砲や自走りゅう弾砲のウクライナへの供与を発表し、大型兵器も供与する方針に転換した。その他のNATO加盟国からも、相当数の装備供与が発表されているほか、一部の中・東欧諸国は歴史的経緯や地理的関係などからロシアに対して強い警戒感を持っているとされているところ、ウクライナに対する積極的な支持を表明している。さらに、NATO非加盟国も、ウクライナに対する装備品供与などを実施しており、スウェーデン及びフィンランドが対戦車兵器の供与を発表しているほか、オーストラリアは、豪州製装輪装甲車の供与を含め、同年4月末までに累計約1億9,150万豪ドル相当の軍事支援を発表している。特に、スウェーデンについては、紛争当事国に対し兵器を供与しないとの原則を覆して装備供与を行うこととなった。

また、今回のウクライナ侵略を踏まえ、NATO加盟国は、NATOの集団防衛体制のもとでの防衛協力の強化に努めるとともに、自国の防衛力を高める取組も進めている。ロシアによるウクライナ侵略後、同年3月のNATO首脳会合では、防衛投資を加速し、あらゆる攻撃に抵抗する各国と集団の能力を強化すると表明し、各国は国防費の増額にかじを切る傾向にある。特に、ドイツは、ロシアのウクライナ侵略開始後、その国防政策を大きく転換し、同年2月27日、ショルツ首相が、国防費の対GDP比を現在の1.5%程度から引き上げ、今後は2%以上を維持していく旨を表明した。また、2022年度連邦予算に防衛力強化のための特別基金1,000億ユーロを計上することとし、そのために必要な財源を確保するため、ドイツ連邦共和国基本法の改正を予定している。さらに、軍事的中立の立場をとり、NATO非加盟国であるスウェーデン及びフィンランドでは、ロシアによるウクライナ侵略後、世論調査においてNATO加盟を支持する意見が初めて過半数を超えるなど、NATO加盟に向けた世論が急速に高まっていた。同年4月には、両国首脳が共同で記者会見を実施し、ロシアによるウクライナ侵略によって安全保障環境が完全に変化したとの認識を示すとともに、NATO加盟の検討を進める旨を公表し、同年5月18日、両国はNATOへの加盟申請書を提出した。両国のNATO加盟申請に関しては、米国や英国をはじめとするNATO加盟国が両国の加盟申請を歓迎するとともに、両国への支援を表明している12

このようにNATO加盟国などの結束が強まる動きがある中で、ロシア・ウクライナ両国と関係の深いトルコは、ロシアによるウクライナ侵略を受けてウクライナへの支持を表明する一方、ロシアに対する制裁措置は実施しないなど、ロシアに対して一定の配慮を見せる立場をとりつつ、両国の停戦交渉を仲介しており、NATO加盟国でありながら独自の立ち位置を追求しているとみられる。同年2月28日、トルコ外相は、トルコ海峡(ボスポラス海峡、マルマラ海及びダーダネルス海峡)における航行について定めたいわゆるモントルー条約13の規定を履行する旨発言し、翌日、ロシア軍艦艇が両海峡の通航を見送ったと発表した。一方、ウクライナ軍は、トルコ製のUAV「バイラクタルTB2」を、2021年10月にウクライナ東部において初めて実戦使用し、ロシアによる侵略開始以降も有効に活用しているとされるが、ロシア大統領府のペスコフ報道官は、同UAVが地域の不安定化を招くと警告している。

参照3章9節2項(多国間の安全保障の枠組みの強化)

3 その他の地域の対応

2022年2月25日、国連安保理はウクライナからのロシア軍の即時撤退などを求める決議案を、11か国の賛成、ロシア1か国の反対、中国、インド及びアラブ首長国連邦3か国の棄権で、ロシアの拒否権行使により否決した。また、同年3月2日、国連総会の緊急特別会合において、ロシアによるウクライナへの侵略を遺憾とし、ロシア軍の完全撤収などを求める決議案が141か国の賛成により採択された一方、同決議案には、ロシアのほか、ベラルーシ、シリア、北朝鮮及びエリトリアの5か国・地域が反対するとともに、中国やインドをはじめとする35か国が棄権した。このように、国際社会がロシアによるウクライナ侵略を非難する姿勢を示す一方、一部の国・地域はそうした動きに同調していない。

中国は、ロシアのウクライナ侵略計画について関知はしていないとの立場をとりつつも、ロシアを非難せず、ロシアの行動の原因は米国をはじめとするNATO諸国の「冷戦思考」にあると主張し、安全保障問題におけるロシアの合理的な懸念を理解するとの見解を表明している。さらに、中国は、いわゆる「中国側によるロシアへの軍事援助の提供」が完全に偽情報であることについて、中露双方のいずれもが明確にしている旨強調している。サリバン米大統領補佐官は、楊潔篪(よう・けつち)中国政治局委員との間で、同年3月14日にイタリアのローマで長時間にわたる会談を実施した。米側の発表によれば同補佐官は、中国がロシアに対して協力することへのリスクを強調した。これに対して楊政治局委員は、ウクライナに対して緊急の人道支援を行っていることや、仲裁と対話の促進に尽力しており、中国独自の努力を続けていくことなどを強調した。近年、中露両国は、軍事分野における協力を進展させており、例えば、2021年11月には、中露国防相オンライン会談において、戦略軍事演習や共同パトロールに関する両国軍の協力関係を強化することで合意したと発表した。また、2022年2月に発表した中露共同声明において、中国は、ロシアと共に「NATOの東方拡大」に反対することを、また、ロシアは、「一つの中国」原則を尊重し、いかなる形であれ「台湾の独立」に反対することをそれぞれ宣言し、互いの「核心的利益」を相互に支持する姿勢を確認した。ウクライナ侵略によって国際的に孤立し、また、地上戦力を中心として相当の損耗を被っているロシアにとって、今後、中国との政治・軍事的協力の重要性はこれまで以上に高まっていく可能性がある。ウクライナ侵略以前においても、わが国周辺では、ロシア軍と中国軍が爆撃機の共同飛行や艦艇の共同航行を実施するなど、中国との軍事的な連携を強化する動きがみられており、今回のロシアによるウクライナ侵略を受け、両国が所在する極東・東アジアにおける連携を含め、さらなる中露軍事連携の深化の可能性について、懸念を持って注視していく必要がある。

参照3章2節3項(対外関係など)
3章5節5項解説(露中軍事協力の動向:「戦略的連携」がもたらす波紋)

また、台湾では、ロシアによるウクライナ侵略を受け、中国による台湾政策への影響の可能性が各種指摘されているところではあるが、蔡英文(さいえいぶん)総統は、ウクライナと台湾の状況は根本的に異なるとした上で、台湾海峡における軍事動向及び台湾に対する「域外勢力」による「認知戦」への警戒強化を指示するとともに、全台湾人民の一致団結による国防の重要性を強調し、2022年より教育招集期間が試験的に延長された予備役制度の執行状況を引き続き検討するよう国防部に命じた。また、邱国正(きゅう・こくせい)国防部長は、ウクライナ情勢を受け、引き続き非対称戦力を強化させつつ、ウクライナの経験を参考として自身の非対称作戦計画の一部に採用すると表明した。さらに、呉釗燮(ご・しょうしょう)外交部長は、中国は必然的にロシアとウクライナの戦争を注視しなければならず、中国がその中で台湾侵攻能力や国際社会の反応について改めて評価を行う可能性があるとしている。このように、台湾は、ウクライナ侵略が中台間に与える影響について、中長期的な観点も含め、冷静かつ多義的な受け止めをしているところ、引き続き、関連動向を注視していく必要がある。

参照3章3節3項(台湾の軍事力と中台軍事バランス)

北朝鮮は、ロシア軍のウクライナからの即時撤退を求める国連総会決議案などに反対するとともに、ウクライナにおける事態の原因が米国や西側諸国にあると主張し、ロシアを擁護する姿勢をみせつつ、長期的対決関係にあるとする米国を非難する従来の姿勢と軌を一にした発信を行っている。

参照3章4節1項5(対外関係)

伝統的にロシアとの関係が深く、「特別かつ特権的戦略的パートナーシップ」関係にあるインドは、ロシアによるウクライナ侵略に関し、敵対的行為と暴力の即時停止及び対話と外交を通じた解決を強調しつつ、ロシアへの明示的な批判を避ける対応をとっている。モディ首相は、ロシアによるウクライナ侵略後もプーチン大統領及びゼレンスキー大統領の双方と電話会談を実施するとともに、米国や日米豪印(クアッド)とも電話会談を実施しているが、いずれの共同声明においてもロシアへの直接的な言及は避けており、軍事的な協力関係を背景とした独自の姿勢を維持している。インドは、直近5年間の装備輸入のうち、金額ベースで約5割をロシアから輸入しているとともに、2022年4月には輸入契約済みのロシア製地対空ミサイルS-400の2回目の搬入が報道されるなど、引き続き、装備面における強固な協力関係を維持しており、ウクライナ侵略の影響を含め、今後の対応が注目される。

参照3章5節5項5(1)(アジア諸国との関係)

9 2022年3月、欧州理事会は、今後5~10年間の安全保障・防衛政策に向けた共通の戦略ビジョンを示す「戦略的コンパス」を採択した。その中で、「いわれなき、不当なウクライナへの軍事侵攻を通じ、ロシアは国際法及び国連憲章の原則に大きく違反し、欧州とグローバルな安全・安定を損なっている」として、ロシアを「長期的かつ直接的な脅威」と言及している。

10 2022年4月26日、オースティン米国防長官は、ロシアによるウクライナ侵略開始以降、米国や同盟国などから総額50億ドル超の装備支援が行われていると言及した。一方、同日、ロシアのラブロフ外相は、NATOによるウクライナへの装備供与はNATOが実質的にロシアと戦争をしていることを意味し、これらの装備はロシア軍の正当な標的となると言及し、NATO加盟国による防衛装備品の供与に反発した。

11 ウクライナ情勢が悪化した2014年以降、ミンスク合意に基づいた情勢解決に向けた協議などを行うウクライナ・ロシア・フランス・ドイツの4か国による対話枠組み。

12 フィンランド及びスウェーデンのNATO加盟申請に関し、ロシア外務省は2022年5月12日、「軍事技術的な報復措置を余儀なくされる」と主張する声明を発表したほか、同月14日、プーチン大統領はニーニスト・フィンランド大統領との電話会談において、「伝統的な軍事的中立政策の廃棄は誤り」と述べるなど強く反発している。また、トルコは、トルコ政府と対立するクルド人勢力をフィンランド及びスウェーデンが支援していることなどを理由として、NATO加盟申請の承認に難色を示した。

13 トルコは、1936年のモントルー条約に基づき、ボスポラス・ダーダネルス両海峡に大幅な権限を有している。モントルー条約第19条においては、戦時下において、交戦国の軍艦による海峡通航は禁止されているが、軍艦が所属港に戻るための通航は可能である。また、戦時においてトルコが交戦状態にある場合(同第20条)及びトルコが窮迫する戦争の脅威があると判断した場合(同第21条)は、軍艦による通航の可否は、トルコ政府の完全な裁量にゆだねられる。