Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 対外関係など

1 全般

中国は、特に海洋において利害が対立する問題をめぐり、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づき、力を背景とした現状変更の試みやその既成事実化など高圧的とも言える対応を推し進めつつ、自らの一方的主張を妥協なく実現しようとする姿勢を継続的に示している。また、国家戦略として「一帯一路」構想を推進しているが、近年一部の「一帯一路」構想の協力国において、財政状況の悪化などからプロジェクト見直しの動きもみられている。さらに、安全保障や金融を含む分野における中国主導の多国間メカニズムの構築など、独自の国際秩序形成への動きや、他国の政治家の取り込みなどを通じて他国の政策決定に影響力を及ぼそうとする動きなども指摘されている35

同時に、中国は、持続的な経済発展を維持し、総合国力を向上させるためには、平和で安定した国際環境が必要であるとの認識に基づき、「人類運命共同体」の構築を提唱しつつ、「相互尊重、公平正義、協力、ウィン・ウィンの新型国際関係」の建設推進について言及している。軍事面においては、諸外国との間で軍事交流を積極的に展開している。近年では、米国やロシアをはじめとする大国や東南アジアを含む周辺諸国に加えて、アフリカや中南米諸国などとの軍事交流も活発に行っている。中国が軍事交流を推進する目的としては、関係強化を通じて中国に対する懸念の払拭に努めつつ、自国に有利な安全保障環境の構築や国際社会における影響力の強化、海外兵器市場の開拓、資源の安定的な確保や海外拠点の確保などがあるものと考えられる。

また、中国で発生した新型コロナウイルス感染症について、中国の初動対応や情報提供の遅れを問う声もある。こうした中、中国は、いわゆる「マスク外交」や「ワクチン外交」といった同感染症対策に関する支援を梃子に、戦略的に自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を図りつつ、自国の政治・経済上の利益の増進を図っているとの見方もある。さらに、2021年6月、中国はASEAN、中央アジア諸国など28か国と「一帯一路」ワクチン協力パートナーシップ・イニシアチブを共同提起するなど、ワクチンにかかる多国間構想の主導を試みている。

2 ロシアとの関係

1989年にいわゆる中ソ対立に終止符が打たれて以来、中露双方は継続して両国関係重視の姿勢を見せている。90年代半ばに両国間で「戦略的パートナーシップ」を確立して以来、同パートナーシップの深化が強調されており、2001年には、中露善隣友好協力条約が締結された。2004年には、長年の懸案であった中露国境画定問題も解決されるに至った。両国は、世界の多極化と国際新秩序の構築を推進するとの認識を共有し、関係を一層深めており、2022年2月上旬の中露首脳会談において、両国は中露関係について「冷戦時代の軍事・政治同盟モデルにも勝る」と評価している。さらに、例えば、米中及び米露関係の緊張が高まる中で、中露間では一貫して協力が深化しており、それぞれが米国などとの間で対立している台湾やNATOの東方拡大を巡る問題などの安全保障上の課題について一致した姿勢を示すことで、自らに有利な国際環境の創出を企図しているものとみられる。

具体的には、前述の中露首脳会談後に発表された共同声明においては、様々な点で双方の認識の一致と相互支持が見られ、台湾の独立及びNATOのさらなる拡大に対する反対、AUKUSの創設への懸念、米国のアジア・太平洋地域及び欧州における地上配備型短・中距離ミサイルの配備計画の撤回を求めることなどが確認された。さらに、両国の「協力に聖域はない」とされ、両国は引き続き緊密なハイレベル往来を維持し、外部の干渉と地域の安全保障上の脅威に効果的に対処するとともに、世界の戦略的安定を擁護する旨を確認した。また、協調・協力を緊密にし、大国の務めを果たさなければならないと強調した。

2022年2月24日にロシアがウクライナへの侵略を開始して以降、中国は、ロシアの侵攻計画について関知はしていないとの立場をとりつつも、ロシアを非難せず、ロシアの行動の原因は米国をはじめとするNATO諸国の「冷戦思考」にあると主張し、安全保障問題におけるロシアの合理的な懸念を理解するとの見解を表明している。さらに中国は、いわゆる「中国側によるロシアへの軍事援助の提供」が完全に偽情報であることについて、中露双方のいずれもが明確にしている旨強調している。

軍事面では、中国は90年代以降、ロシアから戦闘機や駆逐艦、潜水艦など近代的な武器を購入しており、中国にとってロシアは最大の武器供給国である36。近年、中露間の武器取引額は一時期に比べ低い水準で推移しているものの、中国は引き続きロシアが保有する先進装備の輸入や共同開発に強い関心を示しているとみられる。例えば、中国はロシアから最新型の第4世代戦闘機とされるSu-35戦闘機やS-400対空ミサイルシステムを導入している。なお、ロシアがS-400対空ミサイルシステムを輸出したのは、中国が初めてであるとされる。また、中国の技術力向上により、武器輸出における中国との競合を懸念しつつあるとの指摘もある。

中露間の軍事交流としては、定期的な軍高官などの往来に加え、共同訓練などを実施している。例えば中国軍は、2018年にはロシア軍による演習として冷戦後最大規模とされる「ヴォストーク2018」演習に、2019年には「ツェントル2019」演習、2020年には「カフカス2020」演習、2021年には「西部・連合2021」演習に参加した。また、中露両国は、海軍による大規模な共同演習「海上協力」を、2012年以降実施しており、2016年には初めて南シナ海で、2017年には初めてバルト海及びオホーツク海で実施し、2021年10月にはレンハイ級駆逐艦を含む艦艇が参加し、日本海で実施した。さらに、中露両国はこれに継続する形で両国艦艇計10隻による初の共同航行をわが国周辺で実施した。2016年及び2017年には、共同ミサイル防衛コンピュータ演習「航空宇宙安全」も実施した。また、中国は、中露二国間もしくは中露を含む上海協力機構(SCO:Shanghai Cooperation Organization。2001年6月に設立。)加盟国間で、対テロ合同演習「平和の使命」を実施している。中国としては、これらの交流を通じて、ロシア製兵器の運用方法や実戦経験を有するロシア軍の作戦教義などを学習することも見込んでいるものと考えられる。

こうした動向に加え、最近、中露関係の深化が窺われる動きも確認されている。2019年7月には「初の共同空中戦略巡航」と称して、中露両国は日本海で合流した爆撃機を東シナ海に向けて飛行させた。また、同年9月には、両国間で新たな軍事及び軍事技術協力に関する一連の文書への署名が行われている37。2020年においても同様の傾向は継続しており、同年12月、ショイグ露国防相と魏鳳和(ぎ・ほうわ)国防部長がオンライン会談を実施し、中露両国は、弾道ミサイルや宇宙ロケットの発射計画や実際の発射について相互に通告する政府間協定の10年間延長に合意した。また同月、両国の爆撃機が、日本海から東シナ海、さらには太平洋にかけての長距離にわたる共同飛行を実施し、2021年11月にも両国の爆撃機が長距離にわたる共同飛行を実施した。2021年に共同飛行を実施した中露両国機は過去2回と比べ、わが国の周辺に至る前に、中露双方の領空を相互に通過して日本海に進出したと考えられるなど飛行態様の多様化がみられた。さらに、ロシアによるウクライナ侵略が行われている中、2022年5月にも両国の爆撃機が長距離にわたる共同飛行を実施し、これまでよりも遠方の太平洋における活動がみられた。前述の2021年10月に実施された中露艦艇によるわが国の周回航行も含め、今後、中露両国がこのような共同行動を定期的に行い、さらに軍事的な連携を深めていく可能性もある。また、両国は、2020年に引き続き、共同飛行の趣旨を中露の新時代における包括的パートナーシップ関係の深化・発展を目的としたものと発表している。

こうした中露両国の軍事協力の強化などの動向は、わが国を取り巻く安全保障環境に直接的な影響を与えるのみならず、米国や欧州への戦略的影響も考えられることから、懸念を持って注視する必要がある。

3 北朝鮮との関係

中国は、1961年の「中朝友好協力及び相互援助条約」のもとで北朝鮮との緊密な関係を維持してきた。習近平国家主席は2019年6月、中国国家主席として14年ぶりに北朝鮮を訪問し、同主席と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長との間で5回目となる首脳会談を行っている。また、2021年7月には、習近平国家主席と金正恩委員長は中朝友好協力相互援助条約の締結60周年にあたり、祝電を交換し、両者は「血で結ばれた友好」と条約の意義を確認し、一層の関係強化に意欲を表明した。また、同年9月には、習近平国家主席は金正恩委員長に「北朝鮮建国73周年」の祝電を送った。その中で習主席は、中朝関係の発展を高度に重視しており、金正恩委員長と共に「両国」の親善・協力関係を長期的かつ安定的に発展させ、絶え間なく新たな段階へと引き上げ、両国と両国人民に、より立派な福利をもたらす用意があると表明し、コロナ禍においても緊密な関係を維持していく考えを示した。

中国は朝鮮半島問題に関して「3つの堅持」(①朝鮮半島の非核化実現、②朝鮮半島の平和と安定の維持、③対話と協議を通じた問題解決)と呼ばれる基本原則を掲げているとされ、非核化のみならず従来の安定維持や対話も同等に重要との立場を採っていると考えられる。こうした状況のもと、中国は北朝鮮に対する制裁を強化する累次の国連安保理決議に賛成してきた一方、ロシアとともに国連安保理の制裁を一部解除する提案などを含む決議案を国連安保理で配布するなどの動きも見せている。

なお、国連安保理決議で禁止されている、洋上での船舶間の物資の積替え(いわゆる「瀬取り」)に関し、中国側は終始自身の国際義務を真剣に履行しているとしているが、中国籍船舶の関与が指摘されている。

4 その他の諸国との関係
(1)東南アジア諸国との関係

東南アジア諸国との関係では、引き続き首脳クラスなどの往来が活発である。また、ASEAN+1(中国)やASEAN+3(日本、中国及び韓国)、東アジア首脳会議(EAS:East Asia Summit)、ASEAN地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)といった多国間枠組みにも中国は積極的に関与している。2021年11月の中国・ASEAN特別首脳会議においては、中国・ASEAN包括的戦略的パートナーシップへの格上げが宣言された。さらに、中国は「一帯一路」構想のもと、インフラ整備支援などを通じて各国との二国間関係の発展を図ってきている。

軍事面では、2018年10月に中国とASEANの実動演習「海上連演2018」が初めて実施されるなど、信頼醸成に向けた動きもみられる。また、2019年7月、カンボジアとの間でリアム海軍基地の一部を独占的に利用可能とする密約が結ばれた旨報じられた。これについて、カンボジア側は、外国軍の基地設置は憲法違反であるとし、事実関係を否定している。また、2021年6月、カンボジア国防相は、米国が中国による軍事利用を懸念しているとされるリアム海軍基地について、中国が同基地の開発に貢献していると認めたものの、基地施設へのアクセスは中国だけに限られていない旨表明している。

フィリピンとの間においては2016年7月、南シナ海をめぐる中国との紛争に関し、国連海洋法条約(UNCLOS:United Nations Convention on the Law of the Sea)に基づく仲裁判断が下され、フィリピンの申立て内容がほぼ認められる結果となった。その後、フィリピンは仲裁判断への言及を控えているとされていたが、2019年9月にはフィリピン大統領府報道官が「仲裁判断は現在においても両国間の協議の議題である」旨述べており、2020年9月、ドゥテルテ大統領は国連総会において、「仲裁判断は今や国際法の一部であり、これについて妥協したり、価値を減じたり、あるいは無視することは許されない」旨指摘している。また、2019年4月には、フィリピンは、同国が実効支配する南沙諸島ティトゥ島近くで大量の中国漁船が確認されたことについて、中国政府へ抗議声明を発表した。また、フィリピン政府は、2020年2月、フィリピン艦艇が中国艦艇からレーダー照射を受けたとして同年4月に抗議をした旨発表した。2021年3月には、南沙諸島ウィットサン礁付近で海上民兵船約220隻が確認され、フィリピン政府は深い懸念を表明し、中国政府に対して、船舶の速やかな撤退を要求した。さらに、2021年11月、フィリピン外相は、南沙諸島でフィリピン軍への補給のために活動していた補給船に対して、中国海警船が放水銃を使用して作業を妨害したとして抗議声明を発表した。これに対し、中国外交部は、フィリピンの補給船が中国側の同意を得ずに中国の海域に入ったと主張し、中国海警船が法に基づき公務を執行し、中国の領土主権を守ったと述べ、対応を正当化した。

ベトナムとの間では、2017年7月及び2018年3月、外国企業がベトナム政府の許可を得て南シナ海で実施していた石油掘削を、中国の圧力を受け、ベトナム政府が中止させたと報じられている。また、2019年7月以降は、ベトナムの排他的経済水域内における石油・天然ガス掘削活動をめぐり、中国及びベトナム双方の政府船舶などが対峙する事態が見られたが、同年10月に採掘リグ(「HAKURYU-5」)が撤収した後、双方が対峙する事態は解消された。また、ベトナム政府は、2020年4月、西沙諸島においてベトナム漁船と中国海警船が衝突し、ベトナム漁船が沈没し、中国側に抗議をしたと発表した。一方で、2021年12月には、中越両軍による衛生合同演習「和平救援2021」が初めて実施され、両軍の医療支援能力の向上が図られた。演習期間中、中国側はベトナム側に医療用マスク、防護服、PCR検査装置などを提供している。

インドネシアとの間では、従来からインドネシアの排他的経済水域内における中国漁船の操業がたびたび問題となっており、インドネシア側は違法操業と判断される外国漁船への断固とした対応を行ってきた。最近では2019年12月から2020年1月にかけて、インドネシアのナツナ諸島周辺海域において中国漁船が違法操業したことに対し、インドネシア政府は強く抗議し、中国が主張する「九段線」を認めないと改めて表明した。

なお、中国とASEANは「南シナ海行動規範(COC:Code of Conduct of Parties in the South China Sea)」の策定に向けた協議を続けており、2018年11月、李総理が3年以内の交渉妥結を望む旨表明している。2019年7月、中国は、中国・ASEAN外相会議において、COCの「単一の交渉草案」の一読が完了したことを発表した。その後、第二読の開始がなされ、2021年8月のASEAN外相会議においては、序文の暫定合意に達したことが言及された。新型コロナウイルス感染症などの影響を受けながらも、同年11月、中ASEAN首脳会議の共同声明において、UNCLOSを含む国際法に準拠した実効的で実質的なCOCの早期締結への期待に言及がなされた。

(2)中央アジア諸国との関係

中国西部の新疆ウイグル自治区は、中央アジア地域と隣接していることから、中国にとって中央アジア諸国の政治的安定やイスラム過激派によるテロなどの治安情勢は大きな関心事項であり、国境管理の強化、SCOやアフガニスタン情勢安定化などへの関与はこのような関心の表れとみられる。また、資源の供給源や調達手段の多様化などを図るため、中央アジアに強い関心を有しており、中国・中央アジア間に石油や天然ガスのパイプラインを建設するなど、中央アジア諸国とエネルギー分野での協力を進めている。

(3)南アジア諸国との関係

中国は、「全天候型戦略的パートナーシップ」のもと、パキスタンと密接な関係を有し、首脳級の訪問が活発であるほか、共同訓練、武器輸出や武器技術移転を含む軍事分野での協力も進展している。海上輸送路の重要性が増す中、パキスタンがインド洋に面しているという地政学上の特性もあり、中国にとってパキスタンの重要性は高まっていると考えられる。中国が建設を支援している中パ経済回廊(CPEC)は、グワダル港から新疆ウイグル自治区カシュガルまでの地域における電力施設や輸送インフラなどの開発計画として「一帯一路」構想の旗艦プロジェクトと位置づけられている。パキスタンの財務状況の悪化やCPEC関連事業に対する過激組織によるテロ攻撃に伴い、同プロジェクトは遅れや撤回がみられるなど難しい局面に差し掛かっているとの指摘もあるが、同プロジェクトの進展は、パキスタンにおける中国の影響力をますます高めるものと考えられる。

中国は、インドとの間で経済的な結びつきが強まる一方で、カシミールやアルナーチャル・プラデシュなどの国境未画定地域を抱えている。

2020年5月に、インドのラダック州の中印国境付近で、中印両軍の衝突が発生し、同年6月15日の衝突では45年ぶりに死者が発生するなど両国間の緊張が高まった。その後、両国は、暫定的な国境である実効支配線(Line of Actual Control)の管理協定に基づく現地司令官級会談を定期的に実施し、2021年2月にパンゴン湖、同年7月にゴグラ地区における兵力の引き離しに合意し、現在も段階的な緊張緩和に向けた取組を継続している。

こうした中、中国は同年10月、軍の任務として陸地国境の警備などを定める「中華人民共和国陸地国境法」を制定した。インド外務省報道官は、中印国境問題は解決しておらず、中国が一方的に、国境管理や境界問題に関する既存の二国間協定に影響を及ぼす可能性のある法律を制定しようとしていることは懸念すべきことである旨述べているが、中国外交部報道官は、本法の主な目的について、「国境管理の強化と国際協力の推進」としており、「関係国が国際関係の準則を厳守し、中国国内の正常な法律の制定についてむやみに推測することがないよう希望する」旨述べている。また、中国は、インドとの係争地において、橋の建設を開始したり、一方的に地名を設定する動きも見せている。

近年中国は、スリランカとの関係を深化させている。インド洋の要衝に位置し、「一帯一路」構想を支持するスリランカに対し、中国は、鉄道・港湾・空港などのインフラ整備に巨額の経済・技術協力を実施しているほか、2019年7月にはジャンウェイ級フリゲート艦1隻を贈与した。一方で、2017年7月には、中国の融資で建設されているハンバントタ港の中国企業への99年間の権益貸与が合意されており、いわゆる「債務の罠」であるとの指摘もある。2022年1月、王毅外交部長と会談したラジャパクサ大統領は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う経済危機により、債務返済計画の再考を要請した。

また、中国は、バングラデシュとの間でも、海軍基地のあるチッタゴンにおける港湾開発や、ミン級潜水艦をはじめとする武器輸出などを通じて関係を深めている。

(4)欧州諸国との関係

近年、中国にとって(EU:European Union)諸国は、特に経済面において重要なパートナーとなっている。

欧州諸国は、情報通信技術、航空機用エンジン・電子機器、潜水艦の大気非依存型推進システムなどにおいて中国やロシアよりも進んだ軍事技術を保有している。EU諸国は1989年の天安門事件以来、対中武器禁輸措置を継続してきているが、中国は同措置の解除を求めている38。仮にEUによる対中武器禁輸措置が解除された場合、優れた軍事技術が中国に移転されるのみならず、中国からさらに第三国などへ移転される可能性があるなど、インド太平洋地域をはじめとする地域の安全保障環境を大きく変化させる可能性がある。

近年の中国による台頭は、北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)においても注目されている。2021年6月のNATO首脳会議において発表されたコミュニケでは、「中国の野心と攻撃的な振る舞いは、法に基づく国際秩序に対する体制上の課題」とし、核戦力の急速な増強や透明性の欠如、偽情報の流布に懸念が示された。そのうえで、同盟の安全保障上の利益のため中国に関与し、国際社会において責任ある行動をとるよう、中国に要請する旨言及している。

対中武器禁輸措置に関するEU内の議論やNATOの中国に対する関与方針を含め、中国と欧州諸国との関係については、引き続き注目する必要がある。

(5)中東・アフリカ諸国、太平洋島嶼国及び中南米諸国との関係

中国は従来から、経済面において中東・アフリカ諸国との関係強化に努めており、近年では、軍事面における関係も強化している。首脳クラスのみならず軍高官の往来も活発であるほか、武器輸出や部隊間の交流なども積極的に行われている。また、中国はアフリカにおける国連PKOへ要員を積極的に派遣している。このような動きの背景には、資源の安定供給を確保するねらいのほか、将来的には海外拠点の確保も念頭においているとの見方がある。

中国はオーストラリアにとって最大の貿易相手国であるが、オーストラリアが中国の新型コロナウイルス感染症発生源をめぐる独立調査の必要性を提起したのを契機に中国がオーストラリア産牛肉などの輸入を相次いで制限するなど経済面でも摩擦が生じている。また、中国は、太平洋島嶼国との関係も強化しており、積極的かつ継続的な経済援助を行っているほか、軍病院船を派遣して医療サービスの提供などを行っている。さらに、パプアニューギニアについては、資源開発などを進めているほか、軍事協力に関する協定を締結している。バヌアツやフィジー、トンガとの間でも、軍事的な関係強化の動きがみられる。また、2022年1月にトンガにおいて発生した火山の噴火に際しては、輸送機や補給艦などを派遣している。このように中国が太平洋島嶼国との関係を強化しつつある中、オーストラリアなどの各国からは、中国によるこれらの動きに対する懸念の表明もみられる。

中南米諸国との関係では、2015年以降は、中国とラテンアメリカカリブ諸国共同体(CELAC:Comunidad de Estados Latinoamericanos y Caribeños)の閣僚級会議を開催するなど、一層の関係強化に努めている。軍事面においては、軍高官による訪問や武器売却に加え、医療サービス、対テロなどの分野での関係強化がみられるほか、アルゼンチンにおいては宇宙観測施設を運用している。

5 武器の国際的な移転

中国は、小型武器、戦車、無人機を含む航空機、艦船などの輸出を拡大している。具体的には、パキスタン、バングラデシュ、ミャンマーが主要な輸出先とされているほか、アルジェリア、タンザニア、ナイジェリア、スーダンなどのアフリカ諸国や、ベネズエラなどの中南米諸国、イラン、サウジアラビアなどの中東諸国、トルクメニスタン、ベラルーシなどの旧ソ連諸国にも武器を輸出しているとされ、最近では欧州諸国の中では初めてセルビアが中国製UAVを導入する見込みである旨報じられている。また、2021年12月には、サウジアラビアが中国の技術支援を得て弾道ミサイルの製造を行っている旨の報道もあった。中国による武器移転については、友好国との間での戦略的な関係の強化や影響力拡大による国際社会における発言力の拡大のほか、資源の獲得にも関係しているとの指摘がある。中国は、国際的な武器輸出管理の枠組みの一部には未参加であり、ミサイル関連技術などの中国からの拡散が指摘されるなどしている。

35 2017年12月のターンブル豪首相(当時)発言による。

36 SIPRI Arms Transfers Databaseによる。

37 2019年9月6日付のロシア軍機関紙「赤星」による。

38 中国が2018年12月に発表した対EU政策文書による。