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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 軍事

1 全般

中国は、過去30年以上にわたり、透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加させ、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化している。その際、軍全体の作戦遂行能力を向上させるため、また、全般的な能力において優勢にある敵の戦力発揮を効果的に阻害する非対称的な能力を獲得するため、情報優越を確実に獲得するための作戦遂行能力の強化も重視している。具体的には、敵の通信ネットワークの混乱などを可能とするサイバー領域や、敵のレーダーなどを無効化して戦力発揮を妨げることなどを可能とする電磁波領域における能力を急速に発展させるとともに、敵の宇宙利用を制限することなどを可能とする能力の強化も継続するなど、新たな領域における優勢の確保を重視してきている。このような能力の強化は、いわゆる「A2/AD」能力の強化や、より遠方での作戦遂行能力の構築につながるものである。さらに、軍改革などを通じた軍の近代化により、実戦的な統合作戦遂行能力の向上も重視している。加えて、技術開発などの様々な分野において軍隊資源と民間資源の双方向での結合を目指す軍民融合発展戦略を全面的に推進しつつ、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得にも積極的に取り組んでいる。中国が開発・獲得を目指す先端技術には、将来の戦闘様相を一変させる技術、いわゆるゲーム・チェンジャー技術も含まれる。

KEY WORDいわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD」)能力とは

米国によって示された概念で、アクセス(接近)阻止(A2)能力とは、主に長距離能力により、敵対者がある作戦領域に入ることを阻止するための能力を指す。また、エリア(領域)拒否(AD)能力とは、より短射程の能力により、作戦領域内での敵対者の行動の自由を制限するための能力を指す。

KEY WORD軍民融合とは

軍民融合は中国が近年国家戦略として推進する取組であり、緊急事態を念頭に置いた従来の国防動員体制の整備に加え、緊急事態に限られない平素からの民間資源の軍事利用や、軍事技術の民間転用などを推進するものとされている。特に、海洋、宇宙、サイバー、人工知能(AI)といった中国にとっての「新興領域」とされる分野における取組が軍民融合の重点分野とされている。

また、2019年7月に公表された国防白書「新時代における中国の国防」においては、世界の軍事動向について「インテリジェント化(智能化)戦争が初めて姿を現している」としており、中国軍による人工知能(AI)の活用などに関する取組が注目される。

作戦遂行能力の強化に加え、中国は、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づき、東シナ海をはじめとする海空域において、力を背景とした一方的な現状変更を試みるとともに軍事活動を拡大・活発化させている。特に海洋における利害が対立する問題をめぐっては、高圧的とも言える対応を継続させており、その中には不測の事態を招きかねない危険な行為もみられる。さらに、軍事活動含め、中露の連携強化の動きが一層強まっている。加えて、力を背景とした現状変更の既成事実化を着実に進めるなど、自らの一方的な主張を妥協なく実現しようとする姿勢も示している。

中国軍指導部がわが国固有の領土である尖閣諸島に対する「闘争」の実施、「東シナ海防空識別区」1の設定や、海・空軍による「常態的な巡航」などを軍の活動の成果として誇示し、今後とも軍の作戦遂行能力の向上に努める旨強調していることや、近年実際に中国軍が東シナ海や太平洋、日本海といったわが国周辺などでの活動を急速に拡大・活発化させてきたことを踏まえれば、これまでの活動の定例化を企図しているのみならず質・量ともにさらなる活動の拡大・活発化を推進する可能性が高い。こうした中国の軍事動向などは、国防政策や軍事に関する不透明性とあいまって、わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念となっており、核戦力及びミサイル戦力の近代化・多様化、先端技術の獲得による軍隊の「智能化」、わが国周辺などでの活動のさらなる拡大・活発化などを踏まえれば、こうした傾向は近年より一層強まっていることから、今後も強い関心を持って注視していく必要がある。

2 国防政策

中国は、国防政策の目標及び軍隊の使命・任務を、中国共産党の指導、中国の特色ある社会主義制度及び中国の社会主義近代化を支えること、国家の主権・統一・安全を守ること、海洋・海外における国家の利益を守り、国家の持続可能な「平和的発展」を支えること、国際的地位にふさわしい、国家の安全保障と発展の利益に応じた強固な国防と強大な軍隊を建設すること、そして中華民族の偉大なる復興という「中国の夢」を実現するために強固な保障を提供することなどであるとしている。なお、中国は、このような自国の国防政策を「防御的」であるとしている2

中国は国防と軍隊の建設に際し、政治による軍建設、改革による軍強化、科学技術による軍振興、法に基づく軍統治を堅持するとともに、「戦える、勝てる」実戦的能力の追求、軍民融合の一層の重視、機械化・情報化の融合発展の推進、軍事の智能化発展の加速により、「中国の特色ある近代軍事力の体系」を構築するとの方針を掲げている。これは、世界の軍事発展の動向に対応し、情報化局地戦に勝利するとの軍事戦略に基づいて、軍事力の情報化を主眼としていた方針が深化したものと考えられる。こうした中国の軍事力強化は、台湾問題への対処、具体的には台湾の独立及び外国軍隊による台湾の独立支援を抑止・阻止する能力の向上が最優先の課題として念頭に置かれ、これに加えて近年では、拡大する海外権益の保護などのため、より遠方の海域での作戦遂行能力の向上も課題として念頭に置かれているものと考えられる。

また、中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しているとみられ、「三戦」と呼ばれる「輿論(よろん)戦」、「心理戦」及び「法律戦」を軍の政治工作の項目としているほか、軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させるとの方針も掲げている。

国防と軍隊の建設の今後の目標について、中国は、第19回党大会(2017年10月)の習総書記の報告や2019年に公表された国防白書において、①2020年までに機械化を基本的に実現し、情報化を大きく進展させ、戦略能力を大きく向上させる、②2035年までに国防と軍隊の近代化を基本的に実現する、③21世紀中葉までに中国軍を世界一流の軍隊に全面的に築き上げるよう努めるとしている。これらは、従来掲げていた「21世紀中葉に国防と軍隊の近代化の目標を基本的に実現する」という「三段階発展戦略」の第三段階の目標時期を15年前倒ししたものとされているが、この前倒しは、軍近代化に関し、中国自らの想定以上の発展がみられたことを踏まえた決定と考えられる。また、2020年10月に開催された五中全会では、2027年に建軍100年の奮闘目標の実現を確保するとし、2021年の六中全会でも同様の内容が改めて強調された。これは、前述の第一段階の目標をおおむね達成し、2035年を達成期限とする第二段階の目標までの中間目標として新たに設定された可能性がある。

中国は、軍近代化の水準と国家の安全保障に必要な水準との間、中国軍と世界の先進的な軍の水準との間には未だ大きな格差があるとの認識を示している。中国は、「世界一流の軍隊」とは何を意味するか定義していないが、米軍と同等か、場合によってはそれを上回る軍事力を開発しようとしている可能性が指摘されている。さらに、中国は先端技術を習得し、「イノベーション大国」になることで、「智能化戦争」を可能にする「世界一流の軍隊」の建設を目指していることも指摘されている3。これらを踏まえると、中国は、米軍との軍事力格差のオフセットを企図し、そのためには軍隊の「智能化」が必要条件であると認識している可能性が示唆され、将来的に「智能化戦争」で米軍に「戦える、勝てる」軍隊の建設を目指していくものと考えられる4

このような認識のもとで、国力の向上に加え、習総書記の中国共産党における権力基盤の強化や中央軍事委員会5主席としての権力のより一層の掌握を背景に、軍近代化の動きは今後さらに加速すると見込まれる。

3 国防政策や軍事に関する透明性

中国は、従来から、軍事力強化の具体的な将来像を明確にしておらず、軍事や安全保障に関する意思決定プロセスの透明性も十分確保されていない。中国は1998年以降、ほぼ2年ごとに国防白書を公表してきており、直近では2019年7月に、約4年ぶりとなる「新時代における中国の国防」と題する国防白書が公表されているが、そこにおいても、具体的な装備の保有状況、調達目標及び調達実績、主要な部隊の編成や配置、軍の主要な運用や訓練実績、国防費の内訳などについて十分に明らかにしていない。

また、中国軍の活動について、当局が事実と異なる説明を行う事例や事実を認めない事例も確認されており、中国の軍事に関する意思決定や行動に懸念を生じさせている。例えば、2018年1月には、中国海軍潜水艦によるわが国尖閣諸島周辺の接続水域内の潜水航行が確認されたが、中国はその事実を認めていない。同様に、2020年6月及び2021年9月に奄美大島周辺の接続水域において確認された中国国籍と推定される潜水艦の事例においても、中国はその事実を認めておらず、むしろ日本側が誇大宣伝していると批判する中国系メディアの報道もあった。

同様に、中国の軍事に関する意思決定や行動に懸念を生じさせるような説明は、中国が軍事拠点化をはじめとする一方的な現状変更とその既成事実化を進める南シナ海に関してもみられる。習国家主席は2015年9月、米中首脳会談後の会見で、南シナ海で「軍事化を追求する意図はない」と述べていたが、その後2016年2月、王毅(おう・き)外交部長は、南シナ海における施設は中国が国際法に基づき「必要な防衛施設」を整備しているものと説明した。さらに、2017年には、公式メディアにおいて、中国は「必要な軍事防衛を強化」するために南シナ海の島・岩礁の面積を合理的に拡大したとの主張もみられた。

中国は、政治面、経済面に加え、軍事面においても国際社会で大きな影響力を有するに至っている。中国に対する懸念を払拭するためにも、中国が国際社会の責任ある国家として、国防政策や軍事に関する透明性を向上させていくこととともに、自らの活動に関して事実に即した説明を行い、国際的な規範を共有・遵守することがますます重要になってくる。今後、具体的かつ正確な情報開示などを通じて透明性を高めていくことが強く望まれる。

4 国防費

中国は、2022年度の国防予算を約1兆4,504.5億元(1元=17円で機械的に換算すると、日本円で約24兆6,577億円)と発表した6。これを前年度の当初予算額と比較すると約7.1%(約951億元)の伸びとなる。中国の公表国防予算は、1989年度から2015年度までほぼ毎年二桁の伸び率を記録する速いペースで増加してきており、公表国防予算の名目上の規模は、1992年度から30年間で約39倍、2012年度から10年間で約2.2倍となっている。中国は、国防建設を経済建設と並ぶ重要課題と位置づけており、経済の発展に合わせて、国防力の向上のための資源投入を継続してきたと考えられるが、公表国防予算増加率が経済成長率(国内総生産(GDP)増加率)を上回る年も少なくない。中国経済の成長の鈍化が、今後の国防費にどのような影響を及ぼすか注目される。

また、中国が国防費として公表している額は、実際に軍事目的に支出している額の一部にすぎないとみられる。例えば、外国からの装備購入費や研究開発費などは公表国防費に含まれていないとみられ、米国防省の分析によれば、2021年の中国の実際の国防支出は公表国防予算よりも1.1~2倍多いとされる7

国防費の内訳については、過去の国防白書において2007年度、2009年度及び2010~2017年度の公表国防費に限り、人員生活費、訓練維持費及び装備費それぞれの内訳(2007年度及び2009年度の国防費については、さらに現役部隊、予備役部隊及び民兵別)が明らかにされたものの、それ以上の詳細は明らかにされていない。

参照図表I-3-2-1(中国の公表国防予算の推移)

図表I-3-2-1 中国の公表国防予算の推移

5 軍事態勢

中国の武装力は、人民解放軍、人民武装警察部隊(武警)と民兵から構成され、中央軍事委員会の指導及び指揮を受けるものとされている。人民解放軍は、陸・海・空軍、ロケット軍、戦略支援部隊、聯勤(れんきん)保障部隊などからなり、中国共産党が創建、指導する人民軍隊とされている。

なお、武警は主にパトロール、突発事態対処、対テロ、海上における権益擁護・法執行、緊急救援、防衛作戦などに従事するものとされ、民兵は平時においては経済建設などに従事しつつ、有事には戦時後方支援任務を負うものとされる。

(1)軍改革

中国は、近年、建国以来最大規模とも評される軍改革に取り組んできたとされる。2015年11月、習主席は軍改革の具体的方向性について初めて公式の立場を表明し、軍改革を2020年までに推進する旨発表した。

2016年末までに、「首から上」と呼ばれる軍中央レベルの改革は概成したとされる。具体的には、従来の「七大軍区」が廃止され、作戦指揮を主導的に担当する「五大戦区」、すなわち東部、南部、西部、北部及び中部戦区が新編された。また、海軍・空軍指導機構と同格の陸軍指導機構、ロケット軍、戦略支援部隊、聯勤保障部隊も成立した。さらに、中国軍全体の指導機構が、統合参謀部、政治工作部、後勤保障部、装備発展部など、中央軍事委員会隷下の15の職能部門へと改編された。2017年以降、「首から下」と呼ばれる現場レベルでの改革にも本格的に着手しながら、軍改革は着実に進展していると考えられる。例えば、着上陸作戦などを任務とするとされる海軍陸戦隊の編制拡大や、武警の指導・指揮系統の中央軍事委員会への一元化、陸軍集団軍の18個から13個への改編、30万人の軍の人員削減、海警部隊(海警)の武警隷下への編入などが確認された。

これら一連の改革は、統合作戦遂行能力の向上とともに、平素からの軍事力整備や組織管理を含めた軍事態勢の強化を図ることにより、より実戦的な軍の建設を目的としていると考えられる。また、指導機構の改編は、指導機構の分権化による軍中央での腐敗問題への対応が狙いであるとの指摘もある。なお、第19回党大会(2017年10月)以降の中央軍事委員会の委員には、習主席と関係が深いと指摘される人物が多く登用されている。そのうえで、習主席の就任以降、上将をはじめとする将官人事は、習主席の信頼の厚い者の昇任が多数行われているとの指摘もある。こうしたことから、中央軍事委員会、ひいては軍に対する習主席の指導力のさらなる強化が図られているものと考えられる。

急速な改革によって軍内部や退役軍人の間で不満が募っているとの見方もあり、軍改革を2020年までに推進してきたとされる中、2020年12月に第13期全国人民代表大会常務委員会第24回会議において、新たに改正された「中華人民共和国国防法」(改正国防法)が採択された。本法には、海外利益の擁護、「習近平の強軍思想」の貫徹や、重大安全保障領域として宇宙、電磁、サイバー空間などが新たに規定されているが、2020年内に改正国防法を成立させることにより、主要な政策・制度改革を達成したと印象づける狙いがあったと考えられ、今後は海外や新たな領域での活動が注目される。

(2)核戦力及びミサイル戦力

中国は、核戦力及びその運搬手段としてのミサイルについて、1950年代半ば頃から独自の開発努力を続けており、抑止力の確保、通常戦力の補完及び国際社会における発言力の確保を企図しているものとみられている。核戦略に関して、中国は、核攻撃を受けた場合に、相手国の都市などの少数の目標に対して核による報復攻撃を行える能力を維持することにより、自国への核攻撃を抑止するとの戦略をとっているとみられている。そのうえで、中国は、核兵器の「無条件の先行(第一)不使用」、非核兵器国及び非核兵器地帯に対しては無条件で核兵器の使用及び使用の威嚇を行わないとする「無条件の消極的安全保証」、自らの核戦力を国家の安全保障に必要となる最低限のレベルに維持するといった核戦略を堅持すると表明しているが、一方で、近年はこうした説明に疑問を呈する指摘もある8。さらに、米露間で戦略核戦力の上限を定めた新戦略兵器削減条約(新START)の枠組みについて、米国から参加を求められているが、中国は一貫して参加を否定している。

中国建国70周年祝賀軍事パレードで展示された無人潜水艇(2019年10月)【Avalon/時事通信フォト】

中国建国70周年祝賀軍事パレードで展示された無人潜水艇
(2019年10月)【Avalon/時事通信フォト】

また、1990年代以降は通常ミサイル戦力の増強も重視してきたとみられるが、世界の軍事動向における精密打撃能力の重要性の高まりがその背景として指摘されている。中国は核戦力の近代化・多様化・拡大を目指しており、陸海空の核運搬手段に投資してその数を増やすとともに、2027年までに最大700発の運搬可能な核弾頭を保有し、また、2030年までに少なくとも1000発の核弾頭を保有することを企図しているとの指摘もあり9、核・ミサイル戦力を今後も引き続き重視していくものと考えられる。

中国は、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)、中距離弾道ミサイル(IRBM/MRBM:Intermediate-Range Ballistic Missile/Medium-Range Ballistic Missile)、短距離弾道ミサイル(SRBM:Short-Range Ballistic Missile)といった各種類・各射程の弾道ミサイルを保有している。これらの弾道ミサイル戦力は、液体燃料推進方式から固体燃料推進方式への更新による残存性及び即応性の向上が行われているほか、射程の延伸、命中精度の向上、終末誘導機動弾頭(MaRV:Maneuverable Reentry Vehicle)化や個別目標誘導複数弾頭(MIRV:Multiple Independently targetable Reentry Vehicle)化などの性能向上が図られているとみられている。

戦略核戦力であるICBMについては、これまでその主力は固定式の液体燃料推進方式のミサイルDF-5であった。近年、中国は、固体燃料推進方式で、発射台付き車両(TEL:Transporter-Erector-Launcher)に搭載される移動型のDF-31を配備している。また、中国は射程約11,200kmで10個の弾頭を搭載可能と指摘される新型ICBMであるDF-41を開発しており、DF-41は2019年10月に行われた建国70周年を記念する軍事パレードにおいて初めて登場した。

DF-41大陸間弾道ミサイル

DF-41大陸間弾道ミサイル【Imaginechina/時事通信フォト】

DF-41大陸間弾道ミサイル
【Imaginechina/時事通信フォト】

【諸元・性能】

最大射程:11,200km

【概説】

2019年10月の建国70周年軍事パレードで初めて登場した新型大陸間弾道ミサイル。10個の個別目標誘導複数弾頭(MIRV)を搭載可能と指摘されているとともに、高い精度での攻撃が可能とされる。

SLBMについては、射程約8,000kmとみられているJL-2を搭載するためのジン級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN:Ballistic Missile Submarine Nuclear-Powered)が運用中とみられ、ジン級SSBNの核抑止パトロールにより、戦略核戦力は大幅に向上するものと考えられる。加えて、中国は射程12,000kmから14,000kmに達するSLBMとも指摘される射程延伸型のJL-3及びそれを搭載するための新型SSBNの開発も行っているとみられる。

JL-2潜水艦発射弾道ミサイル

JL-2潜水艦発射弾道ミサイル【Avalon/時事通信フォト】

JL-2潜水艦発射弾道ミサイル
【Avalon/時事通信フォト】

【諸元・性能】

最大射程:8,000km

【概説】

中国海軍の戦略核戦力とされる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)。戦略核戦力のさらなる強化のため、射程を延伸したJL-3 SLBM(最大射程12,000~14,000km)の開発が行われているとされる

中国の保有するミサイル戦力は、米国とロシア間の中距離核戦力(INF)全廃条約の枠組みの外に置かれてきており、中国は同条約が規制していた射程500~5,500kmの地上発射型ミサイルを多数保有し、地上発射型弾道・巡航ミサイルについては米国に先んじているとの指摘もある10。わが国を含むインド太平洋地域を射程に収めるIRBM/MRBMについては、TELに搭載される移動型で固体燃料推進方式のDF-21やDF-26があり、これらは、通常・核両方の弾頭を搭載することが可能とされる。中国はDF-21を基にした命中精度の高い通常弾頭の弾道ミサイルを保有しており、空母などの洋上の艦艇を攻撃するための通常弾頭の対艦弾道ミサイル(ASBM:Anti-Ship Ballistic Missile)DF-21D(空母キラーとも呼称される)を配備している。また、グアムを射程に収めるDF-26(グアム・キラーとも呼称される)は、DF-21Dを基に開発された「第2世代ASBM」とされており、2018年4月、「戦闘序列に正式に加わった」として部隊配備が公表された。さらに、中国は、射程1,500km以上の長射程の対地巡航ミサイルであるCJ-20(CJ-10)及びこの巡航ミサイルを搭載可能なH-6爆撃機を保有している。これらは、弾道ミサイル戦力を補完し、わが国を含むインド太平洋地域を射程に収める戦力とみられている。また、2019年10月の建国70周年軍事パレードにおいては、超音速巡航ミサイルとされるCJ-100/DF-100も初めて展示された。これらASBM及び巡航ミサイルの戦力化は、「A2/AD」能力の強化につながるものと考えられる。SRBMについては、固体燃料推進方式のDF-16、DF-15及びDF-11を多数台湾正面に配備しており、わが国固有の領土である尖閣諸島を含む南西諸島の一部もその射程に入っているとみられる。

また、中国は、ミサイル防衛の突破が可能な打撃力を獲得するため、弾道ミサイルに搭載して打ち上げる複数モデルの極超音速滑空兵器の開発を急速に推進しているとみられ、2014年以降飛翔試験が行われてきたと報じられている。2019年10月の建国70周年軍事パレードにおいては、極超音速滑空兵器を搭載可能なMRBMとされるDF-17が初めて登場し、米国防省は中国がDF-17の運用を2020年には開始したと指摘している11。また、2018年8月には、「ウェーブライダー」と呼ばれる形状の極超音速飛翔体の実験を行ったとされる。さらに、2021年夏頃に極超音速滑空兵器の地球低周回軌道の発射実験が実施され、発射には中国が宇宙事業で使用するロケット「長征(ちょうせい)」が使われたとみられると報じられるなど、関連動向が注目される。

DF-17中距離弾道ミサイル

極超音速滑空兵器を搭載可能とされるDF-17準中距離弾道ミサイル【Avalon/時事通信フォト】

極超音速滑空兵器を搭載可能とされるDF-17準中距離弾道ミサイル
【Avalon/時事通信フォト】

【諸元・性能】

最大射程:1,800~2,500km

【概説】

DF-16短距離弾道ミサイルをベースに開発されたとされ、極超音速滑空兵器(HGV)を搭載可能とされる準中距離弾道ミサイル。2019年10月の建国70周年軍事パレードで初めて登場した。

極超音速滑空兵器の進化は著しく、複数の弾頭が前述の新型ICBMであるDF-41に装着される可能性があるとされているほか、中国は大陸間射程の極超音速滑空兵器を試験中との指摘もある。さらに、運搬ロケットはDF-41に由来する可能性が高く、これはDF-17と比較して極超音速滑空兵器の有効射程距離を大幅に延伸することが可能であるだけでなく、より大きく、大重量の極超音速滑空兵器を搭載可能であるとの指摘がある。米国防省は、米国を脅かすことができる地上発射型ICBMの弾頭数が、今後5年間で約200発に増加すると予測するとともに、中国は、少なくとも3か所の固体燃料式ICBMサイロ(地下発射施設)フィールドの建設を始めており、将来的に、数百もの新たなICBMサイロが含まれることになると指摘12しており、対米抑止力強化を企図している可能性がある。

また、これらの兵器は、超高速で低高度を飛行し、高い機動性を有することから、ミサイルによる迎撃がより困難とされている。

中国は、HQ-19弾道ミサイル防衛システムなど、ミサイル防衛技術の開発にも力を入れているとみられる。2010年以降、ミッドコース段階におけるミサイル迎撃実験を行ってきているとされており、直近では2021年2月に同実験を実施しているが、これは、IRBMなどへの対処能力の獲得を企図しているとの指摘もある13。また、2019年5月には、ロシアから導入したS-400対空ミサイルシステム2基が北京近郊に配備されたと報じられ、同年10月には、ロシアのプーチン大統領が、ロシアが中国の「ミサイル攻撃早期警戒システム」構築を支援している旨述べている。さらに米国防省は、中国が2021年時点で少なくとも1基の早期警戒衛星を軌道上に有していると指摘している14

中国は迎撃ミサイル及び警戒システムを含む弾道ミサイル防衛システムの構築に取り組んでおり、弾道ミサイル防衛技術は衛星破壊用ミサイルへの応用可能性を有することからも、中国のミサイル防衛の今後の動向が注目される。

参照図表I-3-2-2(中国(北京)を中心とする弾道ミサイルの射程(イメージ))
図表I-3-2-3(中国の地上発射型弾道ミサイル発射機数の推移)

図表I-3-2-2 中国(北京)を中心とする弾道ミサイルの射程(イメージ)

図表I-3-2-3 中国の地上発射型弾道ミサイル発射機数の推移

(3)陸上戦力

陸上戦力は、約97万人とインド、北朝鮮に次いで世界第3位である。中国は、部隊の小型化、多機能化、モジュール化を進めながら、作戦遂行能力に重点を置いた軍隊を目指している。具体的には、これまでの地域防御型から全域機動型への転換を図り、歩兵部隊の自動車化、機械化を進めるなど機動力の向上を図っているほか、空挺部隊(空軍所属)、陸軍・海軍所属の水陸両用部隊、特殊部隊及びヘリコプター部隊の強化を図っているものと考えられる。なお、海軍陸戦隊の増強は完了し、遠征作戦に集中し続けているが、全体として、海軍陸戦隊の改革と近代化は遅れており、前述の2020年までの軍隊の近代化目標の達成は逃したが、一方で、2020年には1個旅団が追加で完全に任務可能な状態に達し、さらに4個旅団(うち1つは航空旅団)が初期運用能力を獲得したとの分析もみられる15

中国は、「跨越(こえつ)」、「火力」及び「利刃(りじん)」といった、複数の区域に跨がる機動演習を毎年実施している。これは、陸軍の長距離機動能力、民兵や公共交通機関の動員を含む後方支援能力など、陸軍部隊を遠隔地に展開するために必要な能力の検証・向上などを目的とするものである。また、2014年以降は「統合(聯合)行動」で兵種合同・軍種統合演習が実施されている。さらに、実戦的な作戦遂行能力向上のため、対抗訓練が多く取り入れられているとされる。米国防省は、2020年を通じて、中国陸軍が大規模な訓練を実施し、これらは中印国境問題の激化や台湾との不測の事態の際の支援に備えるための訓練だったと指摘している16。これらの取組により、実戦的な統合作戦遂行能力の向上を企図していると考えられる。

前述の武警は、各省や自治区などの行政区分に基づき編成・設置される内衛部隊、固定された担任区域を持たず、地域をまたいで任務を遂行する機動部隊、国家の主権、安全及び海上権益の擁護や法執行を行うとされる後述の海警などから構成される。また、装甲車、回転翼機、重機関銃などの装備を保有しているとされる。さらに、武警は国内治安維持、人民解放軍との統合作戦に注力しており、即応性、機動性、対テロ作戦のための能力を開発してきているとの指摘がある17

参照図表I-3-2-4(中国軍の配置(イメージ))

図表I-3-2-4 中国軍の配置(イメージ)

(4)海上戦力

海軍海上戦力は、北海、東海及び南海艦隊の3個の艦隊から編成される。米海軍を上回る規模の艦艇を保有し、世界最大とも指摘される海軍海上戦力18の近代化は急速に進められており、海軍は、静粛性に優れるとされる国産のユアン級潜水艦や、艦隊防空能力や対艦攻撃能力の高い水上戦闘艦艇の量産を進めている。また2020年1月には、中国海軍最大規模のレンハイ級駆逐艦の1番艦が就役し、2021年3月、4月及び11月には2番艦、3番艦及び4番艦が就役した。レンハイ級駆逐艦は、最新鋭のルーヤンIII級駆逐艦の約2倍に上る数の発射セル(112セル)を有する垂直ミサイル発射システム(VLS:Vertical Launch System)などを搭載しているとされ、当該VLSは長射程の対地巡航ミサイルや超音速で着弾するYJ-18対艦巡航ミサイルのほか、ASBMも発射可能とされる。また、ミッドコース段階における弾道ミサイル対処の発射母体として考えられているとの指摘19や、対艦の極超音速滑空兵器を搭載可能とする構想が示唆されているとの指摘があり、同艦は、今後、中国海軍における長射程ミサイル能力の鍵となる可能性がある。大型の揚陸艦や補給艦の増強なども行っており、2019年9月以降、大型のユーシェン級(Type-075)揚陸艦が順次進水し、2021年4月には、1番艦とみられる「海南(かいなん)」が就役した。同年12月には、2番艦とみられる「広西(こうせい)」が東部戦区に就役したとされる。さらに、ユーシェン級揚陸艦に続くType-076揚陸艦の建造の可能性も指摘されている。また、2017年9月以降、空母群への補給を任務とするフユ級高速戦闘支援艦(総合補給艦)が就役している。

空母に関しては、初の空母「遼寧(りょうねい)」が2012年9月に就役後、2013年11月に南シナ海へ、2016年12月に太平洋へそれぞれ初めて進出したとされる。また、同月には、渤海において、艦載戦闘機による実弾発射を含む実弾演習が、「遼寧」が参加する初の総合的実動演習として実施された。2018年3月から4月にかけては、南シナ海で海上閲兵式に参加した「遼寧」がその後太平洋に進出し、艦載戦闘機の活動を含む対抗訓練を行ったと発表されている。2017年4月に進水した中国初の国産空母(中国2隻目の空母)については、2019年12月、「山東(さんとう)」と命名され南シナ海に面した海南島三亜において就役し、2020年12月には、台湾海峡を通過したとされている。「山東」は「遼寧」の改良型とされるスキージャンプ式の空母であり、搭載航空機数の増加などが指摘されている。さらに、国産空母2隻目を建造中であり、当該空母は固定翼早期警戒機などを運用可能な電磁式カタパルトを装備する可能性があるとの指摘や、将来的な原子力空母の建造計画が存在するとの指摘がある。

空母「山東」

2019年に就役した中国初の国産空母「山東」【Avalon/時事通信フォト】

2019年に就役した中国初の
国産空母「山東」
【Avalon/時事通信フォト】

【諸元・性能】

満載排水量:66,000トン

速力:30ノット(時速約56km)

搭載機:J-15艦載機36機など

【概説】

空母「遼寧」を改良したスキージャンプ式の中国初の国産空母。2019年12月、南シナ海に面する海南省三亜において就役した。

また、中国は軍事利用が可能な無人艦艇(USV:Unmanned Surface Vehicle)や無人潜水艇(UUV:Unmanned Underwater Vehicle)の開発・配備も進めているとみられる。こうした装備は、比較的安価でありながら、敵の海上優勢、特に水中における優勢の獲得を効果的に妨害することが可能な非対称戦力とされる。

このような海上戦力強化の状況などから、中国は近海における防御に加え、より遠方の海域における作戦遂行能力を着実に構築していると考えられる。また、近い将来、中国海軍は潜水艦や水上戦闘艦艇から対地巡航ミサイルを使用して陸上目標に対して長距離精密打撃能力を有するようになり、空母と弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を防護するため、対潜水艦戦闘(ASW)能力を強化しているとの指摘20もあり、引き続き関連動向を注視していく必要がある。

また、軍以外の武装力の一つである武警は、隷下に海上権益擁護などを任務とするとされる海警を有しており、海警は北海、東海及び南海分局の3個の機関から編成される。近年、海警に所属する中国船舶は大型化・武装化が図られている。2021年12月末時点における満載排水量1,000トン以上の中国海警船などは132隻21であり、中国海警は、世界最大規模の海上法執行機関であるとされるほか、保有船舶の中には世界最大級の1万トン級の巡視船が2隻含まれるとみられる。また、海軍艦艇と同水準の能力を有する大型の76mm砲とみられる武器を搭載した船舶も確認されている。また、新型船舶は旧型船舶と比較して大幅に大型化・高性能化しており、その大半がヘリコプター設備や大容量放水銃、30mm~76mm砲を備えており、長期間の運用に耐えることができ、より遠洋での活動が可能であるとみられる22

さらに、海警の体制強化も確認されている。中国の海上における監視活動などは、従来、国土資源部国家海洋局「海監」、農業部漁業局「漁政」、海関総署海上密輸取締警察などを統合した「中国海警局」が中国国務院公安部の指導のもとで実施してきた。「中国海警局」は2018年7月、武警隷下に「武警海警総隊」として移管され、中央軍事委員会による一元的な指導及び指揮を受ける武警のもとで運用されている。移管後、海軍出身者が海警トップをはじめとする海警部隊の主要ポストに補職されたとされるなど、軍・海警の連携強化は組織・人事面からも窺われる。また、海軍の退役駆逐艦・フリゲートが海警に引き渡されているとされるなど、軍は装備面からも海警を支援しているとみられる。

2018年1月、習主席は武警への隊旗授与式において、「武警を軍の統合的な作戦体系に組み込む」旨発言した。さらに、軍・海警が共同訓練を行っている旨も指摘されている。海警を含む武警と軍は、こうした連携強化などを通じて統合作戦運用能力を着実に強化する狙いであると考えられる。このような動向を踏まえ、海警と海軍との連携のみならず、海警と海軍以外の軍種との連携の進展などについても状況を注視していく必要がある。

こうした中、2020年6月には「中華人民共和国人民武装警察法(武警法)」が改正され、武警の任務に「海上権益擁護・法執行」を追加するとともに、武警は、党中央、中央軍事委員会が集中・統一的に指導することが明記された。同法改正では、「海上権益擁護・法執行」任務の遂行については、法律により別途規定するとされていたところ、2021年1月、海警の職責や武器使用を含む権限を規定した「中華人民共和国海警法」(海警法)が新たに成立し、同年2月から施行された。中国外交部報道官は、海警法の制定は中国全人代の通常の立法活動であり、中国の海洋政策は変わっていないと説明しているが、一方で、海警法には、曖昧な適用海域や武器使用権限など、国際法との整合性の観点から問題がある規定が含まれているとみられる。海警法によって、わが国を含む関係国の正当な権益を損なうことがあってはならず、また、東シナ海などの海域において緊張を高めることになることは全く受け入れられない。また、米国や一部の周辺国は同法に関する懸念を表明している。各国の中国に対する懸念を払拭するためにも、中国には、今後、具体的かつ正確な対外説明などを通じて透明性を高めていくことが強く望まれる。

さらに、軍以外の武装力の一つである民兵の中でも、いわゆる海上民兵が中国の海洋権益擁護のための尖兵的役割を果たしているとの指摘がある。海上民兵については、南シナ海での活動などが指摘され、漁民や離島住民などにより組織されているとされている。2009年、南シナ海の公海上で中国海軍艦艇などが米海軍調査船「インペッカブル」を妨害した際、同船のソナーを取り外そうとした漁船に海上民兵が乗船していたと指摘されているほか、最近では、2019年にベトナムの排他的経済水域内において中国の海洋調査船が活動した際、中国海警船とともに海上民兵船の活動が指摘されている23。また、2021年3月には、南沙諸島ウィットサン礁付近で海上民兵船約220隻が確認されている旨フィリピン政府が発表した。

海上において中国の「軍・警・民の全体的な力を十全に発揮」する必要性が強調されていることも踏まえ、こうした非対称的戦力にも注目する必要がある。

参照図表I-3-2-5(海警の武警への編入)
図表I-3-2-6(中国海警船の勢力増強)

図表I-3-2-5 海警の武警への編入

図表I-3-2-6 中国海警船の勢力増強

(5)航空戦力

航空戦力は、主に海軍航空部隊及び空軍から構成される。第4世代の近代的戦闘機としては、ロシアからSu-27戦闘機、Su-30戦闘機及び最新型の第4世代戦闘機とされるSu-35戦闘機の導入などを行っている。また、国産の近代的戦闘機の開発も進めている。Su-27戦闘機を模倣したとされるJ-11B戦闘機やSu-30戦闘機を模倣したとされるJ-16戦闘機、国産のJ-10戦闘機を量産している。空母「遼寧」にも搭載されているJ-15艦載機は、ロシアのSu-33艦載機を模倣したとされる。さらに、第5世代戦闘機とされるJ-20戦闘機の作戦部隊への配備を開始したとされており、J-31戦闘機の開発も進めている。なお、J-31戦闘機は、J-15艦載機の後継機の開発ベースとなる可能性も指摘されている。

J-20戦闘機

J-20戦闘機【Imaginechina/時事通信フォト】

J-20戦闘機
【Imaginechina/時事通信フォト】

【諸元、性能】

最大速度:時速3,063km

【概説】

ステルス性を有する第5世代戦闘機。2018年2月、作戦部隊へのJ-20の引き渡しが開始された旨、中国国防部が発表

爆撃機の近代化も継続しており、中国空軍は、核弾頭対応とされる長射程の対地巡航ミサイルを搭載可能とされるH-6爆撃機の保有数を増加させている。さらに、爆撃機の長距離運用能力の向上を図っており、空中給油により長距離飛行が可能なH-6N爆撃機の運用を開始したとされるほか、H-20とも呼称される新型の長距離ステルス爆撃機を開発中とされており、こうした爆撃機に搭載可能な核兵器対応の空中発射型弾道ミサイルの開発も指摘されている。また、ステルス戦闘爆撃機の開発も指摘されている。

H-6爆撃機

H-6爆撃機

H-6爆撃機

【諸元、性能】

最大速度:時速1,015km

主要兵装(H-6K):空対地巡航ミサイル(最大射程1,500km)

【概説】

国産爆撃機。H-6爆撃機は、核弾頭を搭載できる巡航ミサイル(CJ-20)を搭載することが可能

このほか、H-6U及びIL-78M空中給油機やKJ-500及びKJ-2000早期警戒管制機などの導入により、近代的な航空戦力の運用に必要な能力を向上させる努力も継続している。また、2016年7月以降、独自開発したY-20大型輸送機の配備を進めているが、同輸送機をベースにした空中給油機であるY-20Uも2021年6月以降配備されている。

さらに、偵察などを目的に高高度において長時間滞空可能な機体(HALE:High Altitude Long Endurance)や、ミサイルなどを搭載可能な機体を含む多種多様な無人航空機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)の自国開発も急速に進めており、その一部については配備や積極的な輸出も行っている。実際に、空軍には攻撃を任務とする無人機部隊の創設が指摘されているほか、周辺海空域などで偵察などの目的のためにUAVを頻繁に投入している。なお、2019年10月の建国70周年軍事パレードにおいては、攻撃型ステルス無人機とされるGJ-11と呼称される機体や高高度高速無人偵察機とされるWZ-8と呼称される機体が初めて展示され、2021年の「中国国際航空宇宙博覧会」でもWZ-8が展示されたほか、複数の無人機の初展示飛行が確認された。中国国内では低コストの小型UAVを多数使用して運用する「スウォーム(群れ)」技術の向上も指摘されている。

中国建国70周年祝賀軍事パレードで展示されたGJ-11無人機(2019年10月)【Avalon/時事通信フォト】

中国建国70周年祝賀軍事パレードで展示されたGJ-11無人機
(2019年10月)【Avalon/時事通信フォト】

このような航空戦力の近代化状況などから、中国は、国土の防空能力の向上に加えて、より遠方での戦闘及び陸上・海上戦力の支援が可能な能力の向上を着実に進めていると考えられる。

参照図表I-3-2-7(中国の主な海上・航空戦力)

図表I-3-2-7 中国の主な海上・航空戦力

(6)宇宙・サイバー・電磁波の領域に関する能力

軍事分野での情報収集、指揮通信などは、近年、人工衛星やコンピュータ・ネットワークへの依存を高めている。そのような中、中国は、「宇宙空間及びネットワーク空間は各方面の戦略的競争の新たな要害の高地(攻略ポイント)」であると表明し、紛争時に自身の情報システムやネットワークなどを防護する一方、敵の情報システムやネットワークなどを無力化し、情報優勢を獲得することが重要であると認識しているとみられる。実際に、2015年末に設立された戦略支援部隊は、全軍に対する情報面での支援を目的として宇宙・サイバー・電子戦に関する任務を担当しているとみられる。

宇宙領域について、中国は、2022年1月に発表した自国の宇宙利用の立場などに関する「中国の宇宙」白書においても軍事利用を否定していない。中国の宇宙利用にかかわる行政組織や国有企業が軍と密接な協力関係にあると指摘されていることなども踏まえれば、中国は宇宙における軍事作戦遂行能力の向上も企図していると考えられる24。中国の宇宙プログラムは、世界で最も短期間で発達したとされる。具体的には、近年、軍事目的にも利用しうる人工衛星の数を急速に増加させており、例えば、中国版GPSとも呼ばれ、弾道ミサイルといった誘導機能を有する兵器システムへの利用などが指摘されるグローバル衛星測位システム「北斗」は、2018年末に全世界での運用が開始され、2020年6月に本システムを構成する全衛星の打ち上げが完了したとされる。さらに、紛争時に敵の宇宙利用を制限・妨害するため、ミサイルやレーザーを用いた対衛星兵器を開発しているほか、キラー衛星などの開発を進めているとも指摘されている25

サイバー領域について中国は、サイバーセキュリティを「中国が直面している深刻な安全保障上の脅威」であるとし、中国軍は「サイバースペース防護能力を構築し、サイバー国境警備を固め、クラッカーを即座に発見して防ぎ止め、情報ネットワークセキュリティを保障し、サイバー主権、情報安全と社会安定を揺るぐことなく守る」と表明している26。現在の主要な軍事訓練には、指揮システムの攻撃・防御両面を含むサイバー作戦などの要素が必ず含まれているとの指摘がある。また、敵のネットワークに対するサイバー攻撃は、中国の「A2/AD」能力を強化するものであると考えられる。なお、中国の武装力の一つである民兵の中には、サイバー領域における能力に秀でた「サイバー民兵」も存在すると指摘されている。

さらに電磁波領域について、中国軍は、電子戦環境下での各種対抗訓練を日常的に行っているとの指摘もある。これに加えて、わが国周辺にたびたび飛来しているY-8電子戦機のみならず、J-15艦載機やJ-16戦闘機、H-6爆撃機の中にも、電子戦ポッドを備え、電子戦能力を有するとみられるものの存在が指摘されている。

(7)中国が進める軍事の「智能化」

中国が提唱する「智能化戦争」は「IoT情報システムに基づき、智能化された武器・装備とそれに応じた作戦方法を用いて、陸、海、空、宇宙、電磁、サイバー及び認知領域において展開する一体化した戦争」といわれており、「認知領域」も将来の戦闘様相において重要になってくる可能性がある。2021年11月に公表された台湾の国防報告書(2021年国防報告書)においても、SNSなどを通じた「三戦」(心理戦、輿論戦、法律戦)の展開や偽情報の散布などによって一般市民の心理を操作・かく乱し、社会の混乱を生み出そうとする「認知戦」への懸念が示されており、「認知領域」における戦いは既に顕在化・進行中であると捉えられている。

また、「智能化戦争」の戦闘様相として、米国防省は、中国軍の戦略家の考えを引用しながら、新技術によって将来戦闘の速度とテンポが上昇すること、戦場での不確実性を低減して情報処理の速度と質を向上させ、潜在的な敵に対する意思決定の優位性を提供するためには、AIの運用化が必要であると指摘している。また、中国軍は智能化された戦争のための次世代の作戦構想を模索しており、智能化されたスウォームによる消耗戦、AIをベースにした宇宙での対立、認知コントロールオペレーションなどがその例にあげられている。さらに、中国軍は無人システムを重要な智能化技術と考えており、有人・無人のハイブリッドフォーメーション、スウォーム攻撃、最適化された兵站支援、分散された情報収集・警戒監視・偵察(ISR)活動などを可能にするために、無人の陸・海・空のアセットの自律性を高めることを追求していると指摘している27

(8)統合作戦遂行能力構築に向けた動き

中国は、近年、前線から後方に至る分野において統合作戦遂行能力を向上させる取組を進めている。中国共産党が最高戦略レベルにおける意思決定を行うための「中央軍事委員会統合作戦指揮センター」は、この一環として設立されたと考えられる。また、2016年2月に新編された5つの戦区には、常設の統合作戦司令部があるとされる。さらに、2017年1月、袁誉柏(えん・よはく)海軍中将が、同年10月には乙暁光(いつ・ぎょうこう)空軍上将が陸軍種以外で初めて戦区司令員に任命されたことから、人事面においても統合に向けた動きが注目される。同時に中国は、近年、実戦を強く意識した三軍統合演習など統合作戦遂行能力を向上させるための訓練も実施しているが、こうした動きは、前述の組織改革などによる統合作戦遂行能力向上の取組の実効性を確保することなどを目的としているものと考えられる。なお、2019年末以降中国で発生した新型コロナウイルス感染症への対応に際しては、軍の統合運用のみならず民間資源の動員が行われているとされており、各戦区及び軍種の支援を得つつ、軍の統合後方支援を専門とする聯勤保障部隊が軍の中核として任務にあたっているほか、民兵や国防動員により徴用された人員も対応しているとされ、総合的な後方支援能力が窺われる事例としても注目される。

習総書記は、2017年10月の第19回党大会において統合作戦遂行能力の向上や、「戦える、勝てる」実戦的能力の追求について累次言及している。また、最近では、2020年11月の中央軍事委員会軍事訓練会議においても、統合訓練を強化・発展させ、統合作戦能力の向上を加速させなければならないなどとも述べている。こうしたことからも、前述の統合に向けた動きは今後とも進展していくと考えられる。

6 海空域における活動
(1)全般

近年、中国は、いわゆる第一列島線を越えて第二列島線を含む海域への戦力投射を可能とする能力をはじめ、より遠方の海空域における作戦遂行能力の構築を目指していると考えられる。その一環として、海上・航空戦力による海空域における活動を急速に拡大・活発化させている。特に、わが国周辺海空域においては、訓練や情報収集を行っていると考えられる海軍艦艇や海・空軍機、太平洋やインド洋などの遠方へと進出する海軍艦艇、海洋権益の保護などを名目に活動する中国海警局所属の船舶や航空機が多数確認されている。このような活動には、中国海警船によるわが国領海への断続的侵入や、領空侵犯のほか、自衛隊艦艇・航空機への火器管制レーダーの照射や戦闘機による自衛隊機・米軍機への異常接近、「東シナ海防空識別区」の設定といった上空における飛行の自由を妨げるような動きを含め、不測の事態を招きかねない危険な行為を伴うものもみられ、強く懸念される状況となっており、また、極めて遺憾である。また、南シナ海においては、軍事拠点化を進めるとともに海空域における活動も拡大・活発化させており、力を背景とした一方的な現状変更の既成事実化を推し進めている。中国には、法の支配の原則に基づき行動し、地域や国際社会においてより協調的な形で積極的な役割を果たすことが強く期待される。

(2)わが国周辺海空域における軍の動向

近年、尖閣諸島に関する独自の主張に基づくとみられる活動をはじめ、中国海上・航空戦力は、尖閣諸島周辺を含むわが国周辺海空域における活動を拡大・活発化させており、行動を一方的にエスカレートさせる事案もみられるなど、強く懸念される状況となっている。空自による中国機に対する緊急発進の回数は、平成28(2016)年度には851回と過去最多を更新し、以降も引き続き高水準にある。また、インド洋などの遠方へと進出する海軍艦艇によるわが国近海の航行や、太平洋、日本海などへの進出を伴う海上・航空戦力の訓練とみられる活動を継続的に行ってきている。最近では、2021年10月には前述の中国海軍最大規模のレンハイ級駆逐艦を含む艦艇が参加して日本海でロシアと共同演習を実施した。さらに、これに継続する形で両国艦艇計10隻もの艦隊により軍事演習を行いながら、わが国を周回させる形(日本海-津軽海峡-犬吠埼(いぬぼうさき)東方-伊豆諸島-大隅海峡-男女群島南方)で航行したことは、わが国に対する示威行動を意図したものと考えられる。さらに、2021年11月には、3回目となる爆撃機によるロシアとの長距離共同飛行が行われ、ロシア領空を通過して直接日本海に進出した上で、日本海から東シナ海、さらには太平洋にかけて実施した。2022年5月にも、2019年以降4年連続4回目となる爆撃機によるロシアとの長距離共同飛行が行われ、東シナ海から日本海、さらには太平洋にかけて実施した。中国はこのような活動の「常態化」を企図していると考えられるが、「常態化」を通じて活動への警戒感を低減させることを企図しているとの見方がある。そのうえで、近年その活動内容は質的な向上をみせている。実戦的な統合作戦遂行能力の向上の動きもみられており、わが国周辺海空域における軍の動向については、引き続き重大な関心をもって注視する必要がある。

ア 東シナ海(尖閣諸島周辺を含む)での活動

東シナ海においては、中国海軍艦艇が継続的かつ活発に活動している。中国側は尖閣諸島に関する独自の立場に言及したうえで、管轄海域における海軍艦艇によるパトロールの実施は正当かつ合法的であるとしており、中国海軍艦艇はわが国尖閣諸島に近い海域で恒常的に活動している。また2016年6月には、ジャンカイI級フリゲート1隻が海軍戦闘艦艇としては初めて尖閣諸島周辺の接続水域に入域した。2018年1月には、潜水航行していたシャン級潜水艦及びジャンカイII級フリゲートそれぞれ1隻が同日に尖閣諸島周辺の接続水域内に入域した。潜水艦による同接続水域内の潜水航行は、この時初めて確認・公表された。また、2020年6月及び2021年9月には、奄美大島周辺の接続水域において中国国籍と推定される潜水艦の潜水航行が確認されている。さらに、近年、海軍情報収集艦の活動も複数確認されている。2015年11月、尖閣諸島南方の接続水域の外側の海域でドンディアオ級情報収集艦1隻が往復航行を実施した。また、2016年6月には、同型情報収集艦1隻が、口永良部島(くちのえらぶじま)及び屋久島付近のわが国領海内を航行した後、北大東島北方の接続水域内を航行し、その後、尖閣諸島南方の接続水域の外側を東西に往復航行した。さらに、2021年11月及び2022年4月には中国海軍シュパン級測量艦1隻が、口永良部島及び屋久島付近のわが国領海内を航行した。

中国軍航空戦力も、平素から東シナ海で活発に活動を行っている。その中には、警戒監視や空中警戒待機(CAP:Combat Air Patrol)、訓練が含まれていると考えられる。近年、中国軍航空戦力は、沖縄本島をはじめとするわが国南西諸島により近接した空域において活発に活動するようになっている。この活動は、「東シナ海防空識別区」の運用を企図してのものである可能性がある。また、2018年4月には、偵察用無人機BZK-005と推定される無人機が東シナ海を飛行していることが、2021年8月には、Y-9情報収集機やY-9哨戒機と共に、推定偵察/攻撃型無人機TB-001や、偵察型無人機BZK-005が東シナ海から沖縄本島・宮古島間を通過し太平洋を飛行していることが連日で確認されている。さらに、近年、尖閣諸島に近い空域において中国軍用機による活動も確認されている。

イ 太平洋への進出

中国海軍の戦闘艦艇部隊によるわが国近海を航行しての太平洋への進出及び帰投は、高い頻度で継続している。進出経路については、沖縄本島・宮古島間の海域のほか、大隅海峡や、与那国島と西表島近傍の仲ノ神島の間の海域、奄美大島と横当島(よこあてじま)の間の海域、津軽海峡や宗谷海峡を中国海軍艦艇が通過する事例が確認されている。このような活動を通じ、中国はわが国近海の航行を伴う太平洋への進出行動の「常態化」を企図しつつ、外洋へのアクセス能力の向上、ひいては外洋での作戦遂行能力の向上も目指しているものと考えられる。2016年12月には、複数の艦艇とともに空母「遼寧」が東シナ海を航行し、沖縄本島・宮古島間の海域を通過して初めて太平洋へ進出した。2018年4月には、「遼寧」及び複数の艦艇がバシー海峡を通過して太平洋に進出し、艦載戦闘機の活動を含む対抗訓練を実施した旨、中国国防部が発表した。その際、警戒監視にあたった海上自衛隊が、初めて太平洋上における推定艦載戦闘機の発着艦を確認している。また、2019年6月にも「遼寧」は、空母群への補給を任務とするフユ級高速戦闘支援艦などとともに、沖縄本島、宮古島間の海域を通過して太平洋へ進出した。さらに、2020年4月、沖縄本島と宮古島の海域を通過して太平洋に進出した空母「遼寧」を含む艦隊は、バシー海峡を通過して南シナ海に展開した。その後、同艦隊は再びバシー海峡を通過して太平洋に進出し、同月のうちに沖縄本島と宮古島の海域を通過して東シナ海に向けて航行した。2021年4月及び12月並びに2022年5月にも空母「遼寧」やレンハイ級駆逐艦を含む艦隊が、沖縄本島と宮古島の間の海域を南下して太平洋へ進出し、同月のうちに同海域を北上して東シナ海に向けて航行した。沖縄本島と宮古島の間の海域を南下して太平洋へ進出した空母「遼寧」を含む艦隊は、2020年4月、2021年4月及び12月並びに2022年5月の航行においても、太平洋上における艦載戦闘機などの発着艦が確認されており、2022年5月には中国軍東部戦区が、海、空、通常ミサイルなどの兵力を組織して台湾の東及び南西側の海空域で実動訓練を行い、複数の軍種の統合作戦能力を検証した旨発表している。また、2022年5月はこれまで確認された中でわが国に最も近接した海域において、艦載戦闘機などの発着艦が確認されている。2021年12月には、夜間帯における発着艦が初めて確認されるなど、これらの活動は、空母をはじめとする海上戦力の能力向上や、より遠方への戦力投射能力の向上を示すものとして注目される。

航空戦力については、2013年7月に海軍航空部隊のY-8早期警戒機1機が沖縄本島・宮古島間を通過して太平洋に進出したことが初めて確認され、2015年には、空軍の太平洋進出も確認された。2017年以降、同空域の通過を伴う太平洋進出は一層活発になっており、同空域を通過する軍用機の種類も年々多様化の傾向にある。2016年までにはH-6K爆撃機やSu-30戦闘機、2017年7月にはY-8電子戦機が確認された。また、ミサイル形状の物体を搭載していた爆撃機も確認されている。こうした爆撃機の飛行に関連して、米国防省は、中国軍が米国及び同盟国を目標とした訓練などを実施しているとみられると指摘している28。さらに、飛行形態も変化してきている。沖縄本島・宮古島間を経由し東シナ海から太平洋へ進出した後に再び同じルートで引き返す飛行やバシー海峡方面から太平洋へ進出した後に再び同じルートで引き返す飛行に加え、2016年11月以降、H-6K爆撃機などによる台湾を周回するような飛行が確認されている。2017年8月には、H-6K爆撃機が沖縄本島・宮古島間を通過して太平洋に進出した後、紀伊半島沖まで進出する飛行が初めて確認された。このように、太平洋への進出を伴う爆撃機などによる長距離飛行の高い頻度での実施や、飛行経路及び部隊構成の高度化などを通じ、航空戦力は、わが国周辺などでのプレゼンス誇示や、実戦的な作戦遂行能力のさらなる向上を企図しているとみられる。

H-6K爆撃機(中国)

H-6K爆撃機(中国)

また、太平洋進出を伴う空対艦攻撃訓練と思われる活動など、海上・航空戦力による遠方における協同作戦遂行能力の向上を企図したと考えられる活動も近年見られている。2019年4月及び2020年2月には、中国軍東部戦区が台湾東方海域において統合訓練を行った旨発表した。さらに、2021年8月及び9月にも、中国軍東部戦区が台湾南西及び南東の周辺海空域において統合訓練を行った旨発表している。太平洋における中国の海上・航空戦力による活動は今後一層の拡大・活発化が見込まれる。

ウ 日本海での活動

日本海での活動については、従来から訓練などの機会に活動していた海上戦力に加え、近年では、航空戦力の活動も活発化している。2016年8月に中国海軍艦隊による日本海での「対抗訓練」の実施が発表され、その際、対馬海峡を通過して初めて日本海に進出したH-6爆撃機2機を含む計3機が同演習に参加したと考えられる。

2017年12月には、中国空軍機(H-6K爆撃機)が対馬海峡を通過して日本海へ進出した。その際、中国軍戦闘機(Su-30戦闘機)の日本海進出も初めて確認された。また、2018年2月には、Y-9情報収集機が日本海に進出したが、対馬海峡の西水道(長崎県対馬と朝鮮半島の間の海峡)の通過飛行はこの際に初めて確認されている。また、海上戦力についても、2021年3月には、対馬海峡を抜けて日本海へ航行するレンハイ級駆逐艦が初めて確認されている。

中国海上・航空戦力は、2018年以降、対馬海峡の通過を伴う日本海での活動を一層活発化させている。日本海における中国軍の活動は、今後とも拡大・活発化すると考えられる。

(3)尖閣諸島周辺などにおける中国海警船をはじめとする船舶・航空機の活動

わが国固有の領土である尖閣諸島周辺においては、中国海警船がほぼ毎日接続水域において確認され、わが国領海への侵入を繰り返している。尖閣諸島周辺のわが国領海で独自の主張をする中国海警船の活動は、そもそも国際法違反であり、厳重な抗議と退去要求を繰り返し実施してきている。しかしながら、わが国の強い抗議にもかかわらず、令和3(2021)年度においても依然として中国海警船が領海侵入を繰り返しており、2021年もほぼ毎月、中国海警船がわが国領海に侵入し、付近を航行していた日本漁船へ近付こうとする事案が発生した。2020年10月には、過去最長となる57時間以上にわたって尖閣諸島周辺の領海に侵入している。

過去の経緯として、「海監」に所属する中国船舶は2008年12月、わが国領海に初めて侵入し、徘徊(はいかい)・漂泊といった国際法上認められない活動を行った。その後も、「海監」及び「漁政」に所属する船舶は、徐々に当該領海における活動を活発化させてきた。2012年9月のわが国政府による尖閣三島(魚釣島、北小島及び南小島)の所有権の取得・保有以降、このような活動は著しく活発化した。また、領海侵入の際の隻数は、2016年8月までは2~3隻程度であったが、それ以降は4隻で領海侵入することが多くなっている。

近年、中国海警船によるわが国領海への侵入を企図した運用態勢の強化は、着実に進んでいると考えられる。具体的には、尖閣諸島近海に派遣される船舶は大型化が図られ、2014年8月以降、わが国領海に侵入してくる船舶のうち、少なくとも1隻は3,000トン級以上の船舶である。さらに、2015年2月以降、3,000トン級以上の船舶が3隻同時にわが国領海に侵入する事案も確認されている。また、同年12月以降、機関砲とみられる武器を搭載した船舶がわが国領海に繰り返し侵入するようになっている。

中国海警船の運用能力の向上を示す事例も確認されている。2021年2月から7月にかけて、中国海警船が尖閣諸島周辺の接続水域において157日間連続で確認され、過去最長となった。また、同年1年間に尖閣諸島周辺の接続水域で確認された中国海警船の活動については、活動日数が332日、活動船舶数が延べ1,222隻となり、いずれも2020年に引き続き高い水準となった。

さらに、中国が必要に応じ、多数の中国海警船などを尖閣諸島周辺海域に同時に投入する能力を有していると考えられる事案も発生した。2016年8月上旬、約200~300隻の中国漁船が尖閣諸島周辺の接続水域に進出したが、この際、最大15隻もの中国海警船などが同時に接続水域内で確認され、さらに、5日間にわたり多数の中国海警船など及び漁船が領海侵入を繰り返す事案が発生した。

尖閣諸島周辺のわが国領空及び周辺空域においては、2012年12月に、国家海洋局所属の固定翼機が中国機として初めて当該領空を侵犯する事案が発生し、その後も2014年3月までの間、同局所属の航空機の当該領空への接近飛行がたびたび確認された。2017年5月には、尖閣諸島周辺のわが国領海侵入中の中国海警船の上空において小型無人機らしき物体が飛行していることが確認された。このような小型無人機らしき物体の飛行も領空侵犯に当たるものである。

このように中国は、尖閣諸島周辺において力を背景とした一方的な現状変更の試みを執拗に継続しており、強く懸念される状況となっている。事態をエスカレートさせる中国の行動は、わが国として全く容認できるものではない。

尖閣諸島周辺以外においては、2017年7月、中国海警船が対馬(長崎県)、沖ノ島(福岡県)及び津軽海峡付近のわが国領海内を航行したことが確認された。同船舶は、同年8月、佐多岬から草垣群島(いずれも鹿児島県)にかけてのわが国領海内も航行したことが確認されている。また、2019年7月、中国海警船が龍飛埼及び大間埼(いずれも青森県)付近のわが国領海内を航行したことが確認されている。

参照図表I-3-2-8(わが国周辺海空域における最近の中国軍の主な活動(イメージ))
図表I-3-2-9(中国戦闘艦艇の南西諸島及び宗谷・津軽海峡周辺での活動公表回数)
図表I-3-2-10(中国軍機の沖縄本島・宮古島間の通過公表回数)
図表I-3-2-11(中国戦闘艦艇の対馬海峡通過公表回数)
図表I-3-2-12(中国軍機の対馬海峡通過公表回数)
図表I-3-2-13(中国機に対する緊急発進回数の推移)
図表I-3-2-14(中国海警局に所属する船舶などの尖閣諸島周辺における活動状況)

図表I-3-2-8 わが国周辺海空域における最近の中国軍の主な活動(イメージ)

図表I-3-2-9 中国戦闘艦艇の南西諸島及び宗谷・津軽海峡周辺での活動公表回数

図表I-3-2-10 中国軍機の沖縄本島・宮古島間の通過公表回数

図表I-3-2-11 中国戦闘艦艇の対馬海峡通過公表回数

図表I-3-2-12 中国軍機の対馬海峡通過公表回数

図表I-3-2-13 中国機に対する緊急発進回数の推移

図表I-3-2-14 中国海警局に所属する船舶などの尖閣諸島周辺における活動状況

(4)南シナ海における動向

中国は、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)諸国などと領有権について争いのある南沙(スプラトリー)・西沙(パラセル)諸島などを含む南シナ海においても、既存の海洋法秩序と相いれない主張に基づき活動を活発化させている。

中国は2014年以降、南沙諸島にある7つの地形(ファイアリークロス礁・ミスチーフ礁・スビ礁及びクアテロン礁・ガベン礁・ヒューズ礁・ジョンソン南礁)において、大規模かつ急速な埋立てを強行してきた。2016年7月には比中仲裁判断において、中国が主張する「九段線」の根拠としての「歴史的権利」が否定され、中国の埋立てなどの活動の違法性が認定された。しかし、中国はこの判断に従う意思のないことを明確にしており、砲台といった軍事施設のほか、滑走路や港湾、格納庫、レーダー施設などをはじめとする軍事目的に利用しうる各種インフラ整備を推進しつつ、軍事活動を継続するなど同地形の軍事拠点化を推し進めている。

南沙諸島のうち、ビッグ・スリーとも称されるファイアリークロス礁、スビ礁及びミスチーフ礁は、対空砲などを設置可能な砲台やミサイルシェルター、弾薬庫とも指摘される地下貯蔵施設のほか、水上戦闘艦艇の入港が可能とみられる大型港湾や戦闘機、爆撃機などが離発着可能な滑走路が整備された。

ファイアリークロス礁においては、2016年4月に南シナ海哨戒任務中の海軍哨戒機が急患輸送を名目に着陸し、スビ礁及びミスチーフ礁においても、同年7月、大型機の離着陸が可能な滑走路において、航空機による試験飛行が強行されている。2018年1月にはミスチーフ礁上にY-7輸送機が、同年4月にはスビ礁上にY-8特殊任務機が、2020年12月にはファイアリークロス礁上にY-20輸送機が、2021年6月にはファイアリークロス礁上でKJ-500早期警戒機がそれぞれ確認されたと報じられている。また、2018年4月、対艦巡航ミサイル及び地対空ミサイルが軍事訓練の一環としてファイアリークロス礁、スビ礁及びミスチーフ礁に展開したと報じられたほか、レーダー妨害装置がミスチーフ礁上に展開したと報じられている。さらに、2020年5月には、中国がY-8哨戒機及びY-9早機警戒機などをファイアリークロス礁にローテーション展開させている可能性が報じられている。

その他の4つの地形でも、港湾、ヘリパッド、レーダーなどの施設建設の進展に加え、大型対空砲や近接防空システムとみられる装備がすでに配備された可能性が指摘されている。これらの地形が本格的に軍事目的で利用された場合、インド太平洋地域の安全保障環境を大きく変化させる可能性がある。

また、中国は南沙諸島に先がけて、西沙諸島についても軍事拠点化を推し進めてきた。ウッディー島においては、2013年以降、滑走路を3,000m弱まで延長したとされるほか、2015年10月や2017年10月、2019年6月にはJ-11やJ-10といった戦闘機の展開が、2016年2月や2017年1月には、地対空ミサイルとみられる装備の所在が確認されている。2018年5月に中国国防部が発表した南シナ海でのH-6K爆撃機の離発着訓練は、ウッディー島で実施されたと指摘されている。

また、2012年4月に中比政府船舶が対峙する事案が発生したスカーボロ礁においても、近年、中国の艦船による測量とみられる活動が確認されたとされているほか、今後、新たな埋立てが行われる可能性も指摘されている。仮に、スカーボロ礁において埋立てが実施されレーダー施設や滑走路などの設置が行われた場合、周辺海域における中国の状況把握能力や戦力投射能力が高まり、ひいては南シナ海全域での作戦遂行能力の向上につながる可能性も指摘されている。こうした点も踏まえ、今後とも状況を注視していく必要がある。

海空域における活動も拡大・活発化している。2009年3月、2013年12月及び2018年9月には、南シナ海を航行していた米海軍艦船に対し中国海軍艦艇などが接近・妨害する事案が発生した。2016年5月や2017年2月及び5月には、中国軍の戦闘機が米軍機に対し接近したとされる事案などが発生している。比中仲裁判断後の2016年7月及び8月には、中国空軍のH-6K爆撃機がスカーボロ礁付近の空域において「戦闘パトロール飛行」を実施し、今後このパトロールを「常態化」する旨、中国国防部が発表した。また、H-6爆撃機が2016年12月に「九段線」に沿って飛行したとの報道もある。同年9月には中露海軍共同演習「海上協力2016」が初めて南シナ海で実施された。

2018年3月下旬から4月にかけては、空母「遼寧」を含む海軍艦艇などによる実動演習及び中国建国後最大規模と評される海上閲兵式が、同海域で実施された。これらに加え、2019年には対艦弾道ミサイルの発射試験が初めて南シナ海で行われたとされるほか、同年及び2020年には空母「遼寧」がフユ級高速戦闘支援艦などを伴い同海域に展開したとされる。さらに、中国海警船が周辺諸国の漁船に対して威嚇射撃を行う事案も生起しているほか、2019年7月から10月にかけて、ベトナムの排他的経済水域内における同国による石油・天然ガス開発に対して中国海警船が妨害行為を行った際には、中国海警船はファイアリークロス礁に寄港して補給を受けたとされる。

また、2020年4月、海南省三沙市のもとに「西沙区」及び「南沙区」と称する行政区の新設を一方的に公表したほか、同年7月には、3海域(南シナ海、東シナ海、黄海)で同時に軍事演習を実施し、同年8月には中距離弾道ミサイルを発射したとみられている。

さらに、2021年5月には空母「山東」が南シナ海で訓練を実施した旨発表され、同年初冬にも訓練を実施したと報じられた。同年6月には、マレーシア空軍がルコニア礁上空を飛行した中国軍機16機が、マレーシア沿岸まで接近したことを発表した。また、同年12月にも前述のユーシェン級揚陸艦が南シナ海で一連の訓練を実施したことや、南シナ海に面する海南島の複数箇所で訓練が実施されたことが報じられ、特に後者は、海南島を使用した台湾への水陸両用作戦を模擬した訓練の可能性が指摘されている。

このように中国は、南シナ海において、軍事にとどまらない手段も含め、プレゼンスの拡大及び継戦能力を含む統合作戦遂行能力の向上を企図しているものと考えられる。

中国による既存の海洋法秩序と相いれない主張に基づく活動は、一方的な現状変更及びその既成事実化を一層推し進める行為であり、わが国として深刻な懸念を有しているほか、米国やG7諸国をはじめとした国際社会からも同様の懸念が示されている。例えば、米国は2020年7月、中国の南シナ海における海洋権益に関する主張は不法である旨の国務長官声明を発出したほか、2022年1月にも国務省が、中国による不法な領有権・管轄権の主張は海洋の法の支配を大きく損なっている旨の報告書を発表した。

中国は、フィリピンやベトナムなど幾つかのASEAN諸国による地形の不法占拠などを主張しているが、中国の地形開発はその他の国々が行っている活動とは比較にならないほどに大規模かつ急速である。

いずれにせよ、南シナ海をめぐる問題はインド太平洋地域の平和と安定に直結するものであり、南シナ海に主要なシーレーンを抱えるわが国のみならず、国際社会全体の正当な関心事項である。中国を含む各国が緊張を高める一方的な行動を慎み、法の支配の原則に基づき行動することが強く求められる。

参照図表I-3-2-15(中国による南シナ海の軍事拠点化(イメージ))

図表I-3-2-15 中国による南シナ海の軍事拠点化(イメージ)

(5)インド洋などのより遠方の海域における動向

中国軍海上戦力は、「遠海防衛」型へとシフトしているとされており、近年、インド洋などのより遠方の海域における作戦遂行能力を着々と向上させている。大型戦闘艦艇や大型補給艦の整備といった装備面における取組のほか、運用面における取組についても進展がみられる。例えば、2008年12月以降、海賊に対処するための国際的な取組に参加するため、中国海軍艦艇がソマリア沖・アデン湾に展開している。2019年12月には、中国海軍はロシア及びイラン海軍と初の3か国共同演習をインド洋北部で実施した。海軍潜水艦の活動もインド洋方面において継続的に確認されるようになってきており、スリランカ・コロンボ、パキスタン・カラチ、マレーシア・コタキナバルへの寄港も報じられている。また、2020年1月にアラビア海北部において実施された中国軍・パキスタン軍の共同演習にも、中国軍は潜水艦を派遣したとされている。

中国軍の活動は、インド洋以外にも拡大している。2016年9月には、中露海軍共同演習「海上協力」が地中海を含む海域で実施された。また、2019年11月には、中国海軍はロシア及び南アフリカ海軍と初の3か国共同演習を喜望峰周辺海域で実施した。さらに、宇宙観測支援船を南太平洋に展開させているほか、南太平洋から中南米などにかけて「調和の使命」と呼称する任務のもとで軍病院船を派遣し、医療サービスの提供などを行っている。

このほか、2015年9月、中国軍艦艇5隻がベーリング海の公海上を航行し、アリューシャン列島周辺で米国の領海を航行したとされている。中国は、2018年1月に北極政策に関する白書「中国の北極政策」を発出し、そのなかで、北極海航路の開発を通じて「氷上シルクロード」の建設を進めることとしているなど、北極事業への積極的な関与も打ち出している。科学調査活動や商業活動を足がかりとして、北極海において軍事活動を含むプレゼンスを拡大させる可能性も指摘されている29

また、中国が遠方の海域における作戦に資する海外における港湾などの活動拠点を確保しようとする動きも顕著になっている。例えば、2017年8月には、アデン湾に面する東アフリカの戦略的要衝であるジブチにおいて、中国軍の活動の後方支援を目的とするとされる「保障基地」の運用が開始され、2018年4月以降、「保障基地」沿岸において大型補給艦の停泊が可能とみられる埠頭が建設されている。さらに、ジブチ以外にも、カンボジア、ミャンマー、タイ、シンガポール、インドネシア、パキスタン、スリランカ、UAE、ケニア、セーシェル、タンザニア、アンゴラ及びタジキスタンといった複数の国における軍事兵站施設を検討・計画している可能性も指摘されている30。また、近年中国は、ユーラシア大陸をはじめとする地域の経済圏創出を主な目的とするとされる「一帯一路」構想を推進しているが、中国軍が海賊対処活動による地域の安定化や共同訓練による沿線国のテロ対処能力の向上などを通じ、同構想の後ろ盾としての役割を担っている可能性がある。さらに、同構想には中国の地域における影響力を拡大するという戦略的意図が含まれているとも考えられる中、同構想が中国軍のインド洋、太平洋などにおける作戦遂行能力のより一層の向上をもたらす可能性がある。例えば、パキスタンやスリランカ、バングラデシュといったインド洋諸国やバヌアツといった太平洋島嶼国での港湾インフラ建設支援は、軍事利用も可能な拠点の確保につながる可能性がある。

KEY WORD「一帯一路」構想とは

習近平国家主席が提唱した経済圏構想。2013年9月に「シルクロード経済ベルト」構想(一帯)が、同年10月に「21世紀海上シルクロード」構想(一路)が提唱され、以降、両構想をあわせて「一帯一路」構想と呼称。

(6)海空域における活動の目標

中国による海上・航空戦力の整備状況及び活動状況、国防白書における記述、中国の置かれた地理的条件、グローバル化する経済などを考慮すれば、海・空軍などの海空域における近年の活動には、次のような目標があるものと考えられる。

第一に、中国の領土、領海及び領空を防衛するために、可能な限り遠方の海空域で敵の作戦を阻止することである。これは、近年の科学技術の発展により、遠距離からの攻撃の有効性が増していることが背景にある。

第二に、台湾の独立を抑止・阻止するための能力を整備することである。中国は、台湾問題を解決し、中国統一を実現することにはいかなる外国勢力の干渉も受けないとしており、中国が、四方を海に囲まれた台湾への外国からの介入を実力で阻止することを企図すれば、海空域における作戦遂行能力を充実させる必要がある。

第三に、中国が独自に領有権を主張している島嶼(しょ)の周辺海空域において、各種の監視活動や実力行使などにより、当該島嶼に対する他国の支配を弱め、自国の領有権に関する主張を強めることである。また、こうした活動には、中国独自の「法律戦」の発想のもと、一方的な現状変更を既成事実化し、独自の主張を正当化する根拠の一環として用いようとする側面もあると考えられる。

第四に、海洋権益を獲得し、維持及び保護することである。中国は、東シナ海や南シナ海において、石油や天然ガスの採掘及びそのための施設建設や探査を行っているが、2013年6月以降には、東シナ海の日中中間線の中国側において、既存の4基に加え、新たに12基の海洋プラットフォームの建設作業などを進めていることが確認されており、さらに2022年5月にも新たな1基の構造物設置に向けた動きが確認されている。また、2016年6月下旬には、1基のプラットフォーム上に対水上レーダー及び監視カメラの設置が確認されるなど、これらの機材の利用目的も含め、プラットフォームにかかる中国の今後の動向が注目される。中国側が一方的な開発を進めていることに対しては、わが国から繰り返し抗議をすると同時に、作業の中止などを求めている。

第五に、自国の海上輸送路を保護することである。この背景には、中東からの原油の輸送ルートなどの海上輸送路が、中国の経済活動にとって、生命線ともいうべき重要性を有していることがある。近年の海上・航空戦力の強化を考慮すれば、その能力の及ぶ範囲は、中国の近海を越えてより遠方の海域へと拡大していると考えられる。

こうした中国の海空域における近年の活動の目標や近年の動向を踏まえれば、今後とも中国は、東シナ海や太平洋といったわが国近海及び南シナ海、インド洋などにおいて、活動領域をより一層拡大するとともに活動の活発化をさらに進めていくものと考えられる。

一方、近年、中国は、海空域における不測の事態を回避・防止するための取組にも関心を示している。例えば、2014年4月、中国は、西太平洋海軍シンポジウム(WPNS:Western Pacific Naval Symposium)参加国海軍の艦艇及び航空機が予期せず遭遇した際の行動基準を定めた「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES:Code for Unplanned Encounters at Sea)」につき、日米などとともに一致した。また、2018年6月、自衛隊と中国軍の艦船・航空機による不測の衝突を回避することなどを目的とする「日中防衛当局間の海空連絡メカニズム」の運用を開始した。

7 軍の国際的な活動

中国軍は近年、平和維持、人道支援・災害救援、海賊対処といった非伝統的安全保障分野における任務に対しても積極的な姿勢を示し、海外にも多くの部隊・人員を派遣している。

中国は、国連PKOを一貫して支持するとともに積極的に参加するとしており、中国の国連PKOにおける存在感は高まっている。また、中国は、2020年9月に国連PKOに関する白書「中国軍の国連平和維持活動への参加30年」を初めて公表し、これまでに国連PKOに延べ4万人以上の要員を25のミッションに派遣してきたとしている。また、国連によれば、中国は2021年12月末時点で、国連マリ多面的統合安定化ミッション(MINUSMA:United Nations Multidimensional Integrated Stabilization Mission in Mali)などの国連PKOに国連安全保障理事会の常任理事国中最多である計2,235人の部隊要員、文民警察要員及び軍事監視要員を派遣しているほか、予算の分担率も大幅に増加している。なお、国連PKO予算における中国の分担率をみると、2016年以降、米国に次ぐ第2位となっている。

さらに、中国は、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動や、人道支援・災害救援活動にも積極的に参加している。また、リビア情勢の悪化を受け、中国は2011年、初めて軍による在留中国人の退避活動を行った。

中国のこうした姿勢の背景には、中国の国益が国境を越えて拡大していることに伴い、国外において国益の保護及び増進を図る必要性が高まっていること、オペレーションを通じて部隊の長距離展開を含む対応能力を検証すること、自国の地位向上を目的に国際社会に対する責任を果たす意思を示すこと、軍の平和的・人道的なイメージを普及させること、アフリカ諸国をはじめとするPKO実施地域との関係強化を図ることなどがあると指摘されている。

8 教育・訓練などの状況

中国軍は、近年、「戦える、勝てる」軍隊を建設するとの方針のもと、作戦遂行能力の強化を図ることなどを目的として実戦的な訓練を推進しており、戦区主導の統合演習、対抗演習、上陸演習、区域をまたいだ演習、遠方における演習などを含む大規模演習、さらには夜間演習、諸外国との共同演習なども行っている。2018年1月から施行された新たな「軍事訓練条例」においても、実戦化訓練の確実な実施を原則とする旨言及されているほか、ネットワーク情報システムに基づいた統合作戦や全域作戦などの遂行についても言及されている。また、2019年3月から施行された「軍事訓練監察条例(試行)」は、実戦の要求に沿わない訓練を修正する手順や、軍事訓練における悪習・規律違反を特定する基準などについて定めた制度であり、このような制度の整備は中国にとって初めての試みであるとされる。

中国軍は、教育面でも、統合作戦遂行能力を有する軍人の育成を目指している。2003年から、統合作戦・情報化作戦に対応した軍の指揮や建設などを担う高い能力を持つ人材育成のための人材戦略プロジェクトが推進されている。2017年には、統合作戦指揮人材を養成するための訓練が中国国防大学で開始されたと伝えられている。また、2021年6月には「中華人民共和国軍人地位・権益保障法」が制定され、8月には「中華人民共和国兵役法」が改正された。これらは軍人の地位向上やその家族を含めた待遇を改善・保障し、軍人の栄誉を保護することで軍の一層の魅力化を図ることに繋がっている。こうした中国による軍の人的基盤の強化の動きは、より優秀な人材を確保し、中国が目指す「世界一流の軍隊」の建設にとっても重要であると考えられることから今後も動向が注目される。

また、中国は、戦争などの非常事態において民間資源を有効に活用するため、国防動員体制の整備を進めている。2010年には基本法となる「国防動員法」を、2016年には交通分野のための「国防交通法」を制定した。さらに、現在推進されている軍民融合政策では、非常事態に限らない平素からの民間資源の軍事活用も念頭に置かれているものと考えられる。こうした取組には、民間船舶による軍用装備の輸送活動などが含まれる。こうした取組は中国の軍事任務に投入可能な戦力を総体的に増強するものであり、今後とも積極的に推進されるとみられることから、中国軍の作戦遂行能力への影響を注視する必要がある。

9 国防産業部門の状況など

中国の主な国防産業については、国務院機構である工業・情報化部の国防科学技術工業局の隷下に、核兵器、ミサイル・ロケット、航空機、艦艇、情報システムなどの装備を開発、生産する12個の集団公司により構成されてきた。中国の国防産業による武器売却額は、2020年において米国に次ぐ世界第2位であると指摘されている31。2018年には中国核工業集団公司と中国核工業建設集団公司が再編され、2019年には中国船舶工業集団公司と中国船舶重工業集団公司が合併し、現在は合併後の中国船舶集団公司を含む計10社で構成されている。

中国は自国で生産できない高性能の装備や部品をロシアなど外国から輸入しているが、軍近代化のため装備の国産化をはじめとする国防産業部門の強化を重視していると考えられる。自国での研究開発に加えて対外直接投資などによる技術獲得に意欲的に取り組んでいるほか、機密情報の窃取といった不法手段による取得も指摘されている32。国防産業部門の動向は軍の近代化に直結することから、重大な関心をもって注視する必要がある。

中国の軍民融合政策は技術分野において顕著であり、中国は、軍用技術を国民経済建設に役立てつつ、民生技術を国防建設に吸収するという双方向の技術交流を促すとともに、軍民両用の分野を通じて外国の技術を吸収することにも関心を有しているとみられる。技術分野における軍民融合は、特に、海洋、宇宙、サイバー、人工知能(AI)といった中国にとっての「新興領域」とされる分野における取組を重視しているとされる。米国防省は、軍民融合には、(1)中国の国防産業基盤と民生技術・産業基盤との融合、(2) 軍事・民生セクターを横断した科学技術イノベーションの統合・利用、(3) 人材育成及び軍民の専門性・知識の混合、(4) 軍事要件の民生インフラへの組み込みや民生構築物の軍事目的への利用、(5) 民生のサービス・兵站能力の軍事目的への利用、(6) 競争及び戦争での使用を目的とした社会・経済の全ての関連する諸側面を含む形での中国の国防動員システムの拡大・深化、の6つの相互に関連した取組が含まれていると指摘している3334

また、近年は、生産段階から徴用を念頭に置いた民生品の標準化が軍民融合政策の一環として推進されているとされる。こうした取組により、軍による一層効果的な民間資源の徴用が可能となることなどが見込まれる。

この点、習近平政権は2015年に軍民融合を国家戦略に格上げし、翌2016年の中国共産党政治局会議において、軍民融合を国家戦略に格上げすることは「富国と強軍」の統一を実現させる上で必然である旨表明している。さらに、2017年には習氏がトップを務める中央軍民融合発展委員会が設立され、また、党規約を改正して「軍民融合発展戦略」が明記されるなど、軍民融合を重視する姿勢が窺われる。近年、国防費の伸び率が鈍化しつつある中、国防建設と経済建設の両立が一層求められる中国にとって、軍民融合政策は今後ますます重要になってくると考えられる。また、前述の中国が提唱する「智能化戦争」を実現するためには、将来の戦闘様相を一変させる技術、いわゆるゲーム・チェンジャー技術を含む民生先端技術の獲得が鍵となるところ、中国は、その不可欠な手段として軍民融合を捉えているとみられることから、中国の軍民融合政策については、「智能化戦争」との関係を含め、引き続き重大な関心をもって注視していく必要がある。

1 中国は2013年11月23日、尖閣諸島をあたかも「中国の領土」であるかのような形で含む「東シナ海防空識別区」を設定した。対象空域を飛行する航空機に対し中国国防部の定める規則を強制し、従わない場合は中国軍による「防御的緊急措置」をとるとするなど上空飛行の自由の原則を不当に侵害するものである。東シナ海における現状を一方的に変更するこのような動きに対し、わが国のほか、米国、韓国、オーストラリア及び欧州連合(EU:European Union)も懸念を表明した。

2 国防白書「新時代における中国の国防」(2019年7月)による。

3 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

4 軍事の「智能化」は後発の軍が一足飛びの発展を遂げる絶好の機会を提供するものであり、それによって急速に(他の先進レベルにある軍を)超えることが可能であるとの見解がある。

5 中国軍の指導・指揮機関。形式上は中国共産党と国家の二つの中央軍事委員会があるが、党と国家の中央軍事委員会の構成メンバーは基本的には同一であり、いずれも実質的には中国共産党が軍事力を掌握するための機関とみなされている。

6 中国の公表国防予算は2007中国会計年度に日本の防衛関係費を上回り、2022中国会計年度においては日本の約4.8倍となっている(各年度の為替レートで機械的に換算)。なお、日本の防衛関係費は、約20年間ほぼ横ばいで推移している(30年間では約1.1倍)。また、日中の防衛費の比較について、購買力平価換算では中国は日本を2001年時点で上回っているとの指摘もある。

7 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

8 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

9 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

10 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2020年)による。

11 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

12 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

13 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

14 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

15 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

16 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

17 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

18 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

19 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

20 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

21 海上保安庁「海上保安レポート2022」による。

22 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

23 このほか、海上民兵は、企業や個人の漁師から漁船を頻繁に借用する一方で、南シナ海において海上民兵のために国有の漁船団を設立しているとの指摘がある。南シナ海に隣接する海南省政府は、南沙諸島における活動を強化するため十分な資金援助を行いつつ、強力な船体と弾薬庫を備えた84隻の大型民兵漁船の建造を命じ、民兵がこれらの船舶などを2016年末までに受領するとともに、この海上の部隊は、退役軍人から採用されており、職業軍人並みの部隊であり、商業的な漁業活動とは別途に給料が支払われているとの指摘がなされている。

24 米国家情報長官「世界脅威評価書」(2019年)による。

25 米国家情報長官「世界脅威評価書」(2019年)による。

26 国防白書「新時代における中国の国防」(2019年7月)による。

27 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

28 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2018年)による。

29 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2019年)による。

30 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による

31 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)Insights on Peace and Security(December 2021)による。

32 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

33 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2021年)による。

34 中国系人材を含め、海外の高い専門性を有する人材を国内に招へいする「百人計画」や「千人計画」の存在が指摘されており、その一環として、例えば、わが国での研究歴があり、極超音速兵器の開発に必要な風洞試験設備の開発に従事している研究者の存在も指摘されている。