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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第3章 諸外国の防衛政策など

第1節 米国

1 安全保障・国防政策

2021年1月に就任したバイデン大統領は、就任演説の中で、分断ではなく結束が必要である旨を米国民に対して呼びかけるとともに、国際社会に対しては、同盟を修復して再び世界に関与し、単に力を示すだけではなく、模範としての力をもって主導していくとの基本姿勢を明らかにした。この力を示すことに関して、同大統領は、同年2月の国防省における演説において、必要に応じて武力を行使することをためらわないとする一方、武力は最後の手段であり、最初の手段ではないとの位置づけを強調し、トランプ前政権による「米国第一」の方針や力が中心的な役割を果たすという現実主義的な考え方とは異なる姿勢を示した。

また、同大統領は、同月の外交方針に関する演説において、中国やロシアなどによって権威主義化が進むとともに、感染症の拡大や気候変動、核拡散といった世界的な課題を抱える新たな時代に対応しなければならないとの認識を示した。そのうえで、これを米国が単独で実現することはできないとし、同盟関係を米国の最大の資産と位置づけ、同盟国やパートナーと緊密に協力して対応していくとの考えを示した。このほか、対外政策と国内政策の間に明確な境界線は存在しないとし、国内経済の再生に喫緊の焦点を定めるとの考えも示している。

軍事政策に関しては、同年11月にバイデン大統領の指示により国防省において検討してきた米軍の「世界的な戦力態勢の見直し」1の結果を発表した。見直しの実施にあたっては、同盟国やパートナーと緊密に協議を行い、インド太平洋地域に関しては、中国の潜在的な軍事的侵略や北朝鮮の脅威を抑止するための取組を進めるために、同盟国などとの追加的な協力を行うとの考えを示している。

バイデン政権は、同年3月に発表した国家安全保障戦略暫定指針(以下「暫定指針」という。)において、インド太平洋地域と欧州地域における米軍のプレゼンスを最重視する方針を表明し、特に、中国について、安定し開かれた国際システムに対して持続的に挑戦する能力を秘めた唯一の競争相手と位置づけ、長期的に対抗していく考えを示した。

同政権は、中国への対応にあたっては、強い立場を基盤とした取組を重視する方針を示し、国内の経済基盤の強化、国際機関における主導的な地位の回復、民主主義的価値観の国内外での擁護、軍事力近代化、同盟関係などの再活性化といった方策により、米国の優位性を再構築し、中国との戦略的競争に勝利するとの考えを示した。また、同年5月に発表した2022会計年度予算要求では、中国の脅威への対応を最優先とし、次にロシア、北朝鮮、イランなどの脅威に対応する考えが示され、バイデン政権が中国との競争を最重視する姿勢が示されている。

同政権は、中国との関係で人権問題への対応に取り組んでおり、2021年12月には「ウイグル強制労働防止法案」が成立し、強制労働によるものではないことを企業が証明しない限り、新疆ウイグル自治区で生産された全ての製品の輸入を禁止するとしている。また、中国政府によるウイグル族弾圧を「ジェノサイド」と位置づけ、同自治区における人権侵害を理由にオリンピック北京冬季大会に政府代表を派遣しなかった。

また、中国にかかわる台湾との関係について、米国は「一つの中国」政策を変更しないとし、そのうえで台湾を主要な民主主義パートナーで、重要な経済上・安全保障上のパートナーと位置づけ、台湾への関与を推進していく姿勢を示しており、その一例として、バイデン政権においても台湾への防衛装備品の売却を継続している。

参照3節2項3(台湾)

同政権は、中国との関係を戦略的競争と位置づける一方で、気候変動や軍備管理など利益を共有する分野においては、中国との協力を追求していく意向を示しているほか、同盟国やパートナーと力を結集して中国に関与していくとの考えを示している。

北朝鮮との関係については、2021年4月に対北朝鮮政策見直しの完了を発表し、「朝鮮半島の完全非核化」を目標として、「調整された、現実的なアプローチ」により北朝鮮との外交を進める考えを示している。また、北朝鮮への対応のあらゆる段階で韓国や日本といった同盟国やパートナーと協議して検討を進める意向を明らかにしている。

欧州に関しては、ロシアとの関係について、2021年6月にバイデン政権となって初めて実施された米露首脳会談において、戦略的安定性対話の開始が合意され、それ以降、複数回の対話が実施されている。一方、ウクライナ情勢を巡り、同年12月には米露首脳会談(テレビ会議、電話会談)を開催するなど、米露間で緊張緩和に向けた調整が行われていたが、2022年2月にロシアがウクライナへの侵略を開始したことを受け、米国はウクライナに対し相当数の装備品支援を行うとともに、同盟国などとともにロシアに対し厳しい制裁を課すなどロシアによる侵略を阻止する努力を続けている。また、前述の世界的な戦力態勢の見直しにおいて、NATO軍がより効果的に活動できるようロシアの侵略に対する米軍の戦闘能力を備えた抑止力を強化することが明記され、2万5,000人としていたドイツに駐留する米軍兵力の上限を撤回し、陸軍マルチドメイン任務部隊2などの人員のドイツにおける恒常的な駐留を行うとしており、今後のウクライナ情勢を受けた米軍の動向が注目される。

中東に関しては、2021年8月末に米軍がアフガニスタンから撤収し、20年間にわたる同地における米軍の軍事的プレゼンスが終了した。バイデン大統領は、米国史上最長となったアフガニスタンにおける戦争の終結に関する声明において、米軍を同地に配備し続けることは、米国の国益ではなく、中国との深刻な競争といった21世紀の新たな課題に対応するため、米国の競争力を強化することに集中しなければならないとの考えを示した。イラクの駐留米軍についても同年12月に戦闘任務の終了が発表され、引き続き同地に駐留する米軍は、イラク軍に対する助言、支援及び訓練を提供することが任務となっている。また、トランプ前政権が2018年5月に離脱を宣言したイランとの核合意について、バイデン政権は、イランが核合意に対する厳格な遵守に戻るのであれば、さらなる交渉の開始点として合意に復帰するとの立場を表明し、2021年4月以降、核合意の再建に向けて、イランとの協議を続けているが、具体的な進展は見られていない。

バイデン政権は、国際協調を基軸とした対外政策の方向性を示し、同盟国やパートナーと緊密に協力して対応していくとの考えを示しているが、具体的な動きとして、同年9月には日本、米国、オーストラリア及びインドの4カ国の首脳が「クアッド」として初めてとなる対面での首脳会談を行い、共通のビジョンを持つ民主主義パートナーが団結して新型コロナウイルス感染症や新興先端技術などの現代の主要な課題に取り組むとともに「自由で開かれたインド太平洋」へのコミットメントを確認している。また、同月にはオーストラリア、英国及び米国の首脳がインド太平洋地域における外交、安全保障、防衛の協力を深めることを目的とした3国による新たな安全保障協力の枠組みとなる「AUKUS(オーカス)」の設立を発表した。AUKUSにより、サイバーや人工知能などの安全保障・防衛に関する様々な能力についての協力を深化させるとし、最初の取組として、オーストラリアによる原子力潜水艦の取得3について協力するとした。2022年4月には、極超音速能力、電子戦能力、情報共有及びイノベーションについての協力も深化させることを発表している。

国内政治の面では、同年11月に実施される中間選挙が米国の安全保障・国防政策にどのような影響を与えるのかについても注目される。

2021年9月、クアッド首脳会談における日米豪印首脳(ワシントンDCにて)

2021年9月、クアッド首脳会談における日米豪印首脳
(ワシントンDCにて)

1 安全保障認識

バイデン政権は、暫定指針において、世界の力の分布が変化し、新たな脅威を生み出している現実に対応する必要があるとの認識を示している。この中で、中国とロシアの両国については、米国の力を弱め、利益や同盟国を守るための米国による取組を阻害することに精力を注いできたとし、特に中国は急速に対外的な主張を強めてきているとの認識を示している。これに関し、国防省内に設置された中国タスクフォースが2021年6月に提出した提言を踏まえ、米国にとって最大の課題である中国がもたらす安全保障上の課題によりよく対処するため、同盟国やパートナーとのネットワークの再活性化などを含む国防省全体にわたる能力向上の取組を開始している。また、同政権は、暫定指針において、イランや北朝鮮を地域的勢力と位置づけ、米国の同盟国やパートナーを脅かし、地域の安定に挑戦する一方で、ゲームチェンジ技術を追求し続けていると評価している。さらに、統治が脆弱な国や米国の利益を阻害する能力を有する非国家主体からの課題にも直面しているほか、テロリズムと暴力的過激主義は依然として深刻な脅威であるとの見方を示している。こうした認識を考慮すれば、米国は、トランプ前政権に引き続き、中国及びロシア、中でも中国がもたらす脅威を優先的に対処すべき課題として位置づけるとともに、北朝鮮、イラン及び過激派組織のほか、大量破壊兵器の生産・拡散・使用がもたらす脅威にも対処する方針であると考えられる。さらに、バイデン政権は、気候変動が安全保障に及ぼす影響についても高い関心を示しており、同年10月にオースティン国防長官は国防省の気候適応計画を発表し、同計画は、ますます厳しくなる環境条件のもとで将来にわたり軍の即応性と抗たん性を維持するための指針となるものであり、国防省による取組だけではなく、連邦政府全体及び同盟国やパートナーとともに気候変動の課題に取り組む必要があるとしている。

2 安全保障・国防戦略

バイデン政権は、2021年3月、国家安全保障戦略を策定している間の方向性を示すものとして、暫定指針を発表した。本指針は、米国が今日の課題に対して強い立場から対応できるように、その永続的な優位性を更新する必要があるとしつつ、それは米国の最も基礎的な優位性である民主主義の再活性化から始めるとの考えを示している。より具体的には、民主主義、経済、国防などの米国の力の源泉を守り育てるとともに、敵対者を抑止するための望ましい力の分布の促進に努め、安定し開かれた国際システムを主導し維持していくという形で今後の取組の方向性を示している。また、米国単独の取組ではこうした目標を達成できないため、世界中の同盟やパートナーシップを活性化するとしており、同盟国と協力して公平に責任を分担するとともに、同盟国が自国の優位性に投資するよう促していくとの姿勢を示している。軍事面では、米軍が世界で最高の訓練を受け、装備を整えた軍隊であり続けることを確保するとし、最先端の能力への資源を捻出するため、旧式の兵器システムから重点を移行するとしている。このほか、気候に対する抗たん性とクリーンエネルギーに対する国防上の投資を優先事項とする考えを示している。

バイデン政権は、暫定指針の発表後も国家安全保障政策の全般的な見直しを進めており、2022年3月には、国家防衛戦略4の概要が公表され、中国を最も重大な戦略的競争相手であり、刻々と深刻化する課題として位置づけ、抑止力を維持・強化するために最優先で対応するとし、次に深刻な脅威を与えているロシアの課題を優先すると表明した。また、同盟やパートナーシップは米国の永続的な強みであるとし、防衛計画のあらゆる段階で同盟国やパートナーの視点・能力・優位性を取り込むとし、①戦闘領域や戦域、同盟のネットワークなどをシームレスに連携させることで、米国の力を最大限に発揮させる統合抑止、②抑止力を強化し、競争相手の威圧的な行動に対して優位に立つことを可能とするための兵力の運用や幅広い国防省の活動、③戦力開発を加速するための改革や必要な技術のより迅速な入手などの永続的な優位性の構築という3つの主要な取組を通じ、目標を推進するとしている。

3 インド太平洋地域への関与

2021年5月に公表された2022会計年度予算要求において、中国を最も差し迫った課題として、抑止力を強化し、競争上の優位性の維持を目的とする「太平洋抑止イニシアティブ」に51億ドルが計上され、同年12月に成立した2022会計年度国防授権法では、同イニシアティブに対する予算が71億ドルへ増額された。同イニシアティブには、極超音速ミサイルを含む各種ミサイルの脅威からグアムを360度の範囲で守る統合ミサイル防空能力を備える「グアムディフェンスシステム」の配備が含まれており、今後の具体的な事業内容が注目される。

2021年10月、南シナ海で共同訓練を行う日米の艦艇

2021年10月、南シナ海で共同訓練を行う日米の艦艇

2022年2月には、バイデン政権となって地域戦略としては初めてとなる「インド太平洋戦略」を発表し、前政権に引き続き、同政権もインド太平洋地域を最重視する姿勢を明確に示した。同戦略において、インド太平洋地域は、特に中国からの増大する課題に直面しているとの認識が示され、米国は同盟国やパートナーと協力して自由で開かれたインド太平洋の推進や地域の安全保障の強化などに取り組むことを明らかにしている。また、同戦略を実行するための「インド太平洋アクションプラン」も発表され、今後2年の間に実施する取組が示されたことから、今後の具体的な取組の進展が注目される。

中国の海洋進出をめぐる問題をめぐって、米国防省は2020年7月、中国が南シナ海で軍事演習を実施する決定をしたことに対して懸念を表明した後、およそ6年ぶりに2個空母打撃群を南シナ海に展開して演習を実施した。バイデン政権となった2021年2月にも南シナ海において2個空母打撃群が活動するとともに、同年4月にも同地域において米空母打撃群と米水陸両用即応群が統合演習を実施したことを公表し、この地域の同盟国などに、米国が「自由で開かれたインド太平洋」の推進に尽力していることを示し続けるとしている。同年7月、東南アジアを訪問したオースティン国防長官は、中国が主張する南シナ海の大部分に対する権利には国際法上根拠がなく、この地域の沿岸国が国際法のもとでの権利を保持できるよう支援するとの立場を表明し、同年8月には、ハリス副大統領がシンガポールにおける演説において、中国が南シナ海において威圧と威嚇、そして不法な領有権の主張を続けており、中国の活動は、ルールに基づく秩序を損ない、各国の主権を脅かし続けていると指摘した。また、2022年1月には、国務省が南シナ海における中国の海洋権益に関する主張を国際法に照らして検討した報告書を公表し、南シナ海の大部分に及ぶ中国の主張は不法であり、海洋における法の支配を深刻に損なう旨指摘した。

インド太平洋地域におけるプレゼンス強化をめぐる動きとして、分散型海洋作戦(DMO:Distributed Maritime Operations)5を推進する海軍は、2019年12月に強襲揚陸艦「ワスプ」に代わり、F-35B戦闘機を含む艦載機の運用能力を強化した強襲揚陸艦「アメリカ」を佐世保に配備するとともに、ドック型輸送揚陸艦「ニューオーリンズ」を佐世保に追加配備している。また、グアムでは2020年1月、MQ-4C「トライトン」無人海洋偵察機が初展開している。迅速な戦闘運用(ACE:Agile Combat Employment)6を推進する空軍は、インド太平洋地域において、戦闘機や無人機を用いたACE訓練を実施している。さらに、マルチドメイン作戦構想を推進する陸軍は、人間の認知面を含むすべての領域などにおいて作戦を同時並行的に実施するマルチドメイン任務部隊を地域に配備する予定としており、機動展開前進基地作戦(EABO:Expeditionary Advanced Base Operations)7を推進する海兵隊は制海と海洋拒否の任務を重視した海兵沿岸連隊を創設し地域に配備する考えを表明している。このほか、米軍は、2018年3月には、空母「カール・ヴィンソン」を米空母として40年以上ぶりにベトナムに寄港させており、2020年3月にも空母「セオドア・ルーズベルト」をベトナムに寄港させている。

2021年2月の米中首脳電話会談において、バイデン大統領が「自由で開かれたインド太平洋」の維持が優先事項であると主張したことを公表しており、同ビジョンを追求する米国の姿勢に変更がないことを明らかにしている。また、フィリピンとの関係では、同国を訪問する米軍の取扱いを規定した訪問軍地位協定を破棄するとしていた通告の撤回を同年7月にドゥテルテ比大統領が決定し、同年9月に実施された米比国防相会談においては、米比相互防衛条約による米国の義務は、南シナ海におけるフィリピンの軍隊・公船・航空機にまで及ぶことをオースティン国防長官が表明するなど地域における米比の協力関係が強化されている。このような姿勢のもと、バイデン政権は同年2月以降、「自由で開かれたインド太平洋」へのコミットメントを示すとして、引き続き南シナ海における「航行の自由作戦」を実施するとともに、米海軍艦船による台湾海峡の通過を複数回実施している。この際、米国はインド太平洋地域において多くの責務を担っており、国際法に則った航行の権利と自由の擁護はその中の一つであるとし、今後も「航行の自由作戦」を継続するとの考えを明らかにしている。

米国は、以上のような地域に対する姿勢に基づき、「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンに基づく取組を引き続き進めていくと考えられる。

一方、北朝鮮をめぐっては、2018年6月に行われた史上初の米朝首脳会談以降、米朝間で交渉が行われたが、北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイルの廃棄に具体的な進展は見られない。同会談を受け、米国防省は、米韓指揮所演習「フリーダム・ガーディアン」や米韓合同の定例飛行訓練「ヴィジラント・エース」などを停止したほか、例年春に実施されていた米韓合同演習「キー・リゾルブ」及び「フォール・イーグル」を終結することを決定した。こうした米韓演習の停止について、シャナハン国防長官代行(当時)は、米韓の軍事活動の緊密な連携が外交的取組を引き続き後押しするとしつつ、米韓連合軍の連合防衛態勢を引き続き確保するとともに、確固たる軍事的即応性を維持するとして、在韓米軍を維持する姿勢を明確にしていた。

こうした状況の中、北朝鮮は2019年5月以降、累次にわたる弾道ミサイルの発射を繰り返し、同年12月には、米国の敵視政策が撤回されるまで戦略兵器開発を続ける旨を発表した。

また、2021年1月には、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が、米国は「最大の主敵」である旨述べたうえ、米国で誰が政権についても、米国の対北朝鮮政策は変わらない旨述べる一方で、新たな米朝関係の樹立の鍵は、米国が北朝鮮への敵視政策を撤回することであるなどと述べた旨発表した。さらに、2022年1月に開催された朝鮮労働党の政治局会議において、「米国の敵視政策と軍事的脅威がもはや黙過することのできない危険ラインに至った」との評価が示され、「暫定的に中止していた全ての活動を再稼働する問題を迅速に検討」することが表明された。

バイデン政権は、北朝鮮について、核・ミサイル計画が継続されており、米国にとって喫緊の優先事項であると位置づけるとともに、朝鮮半島の非核化に引き続き取り組むとの方針を明らかにし、2022年1月に行われた日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)では、朝鮮半島の完全な非核化へのコミットメントを再確認し、核・ミサイル開発の進展への強い懸念を表明した。現時点において北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイルの廃棄に具体的な進展は見られていないが、今後米国がどのように北朝鮮政策を進めるのか注目される。

また、ロシアによるウクライナ侵略を受けて、米国が欧州正面の対応に力を入れなければならず、結果的にインド太平洋地域への関与に影響が出るのではないかとの指摘もあるが、2021年11月に公表された米軍の「世界的な戦力態勢の見直し」においてインド太平洋地域を優先地域と位置付けていることに加えて、2022年3月に公表されたNDSの概要においてもインド太平洋地域における中国への課題が最優先としていることから、今後米国のインド太平洋地域への関与がどのように変化していくのか注目される。

参照4節1項5(1)(米国との関係)

4 国防分野におけるイノベーション

バイデン政権は、2021年2月の国防省におけるバイデン大統領の演説において、新興技術のもたらす危険性と機会に対処し、サイバー空間における能力を強化し、深海から宇宙に至るまでの新時代の競争を主導するとして、国防政策における技術の重要性を強調している。また、中国との戦略的競争においても、イノベーションを含む技術的競争が中心的な課題の一つになるとの認識を示しており、2022年3月に発表された2023会計年度予算要求では、サイバーや人工知能などのイノベーションへの投資を優先するとし、イノベーション及び近代化に関する研究開発費に過去最大の1,301億ドルを要求するなど、本分野における今後の取組が注目される。

5 核・ミサイル防衛政策

トランプ前政権期の2018年2月に公表された「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)は、核の役割や規模を低減させる米国の取組に他国も続くと期待したが、中国及びロシアによる核戦力増強、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展など、前回のNPRが公表された2010年以降、安全保障環境は急速に悪化し、これまでにない脅威や不確実性がもたらされていると指摘した。そのうえで、米国の核兵器の役割として、①核・非核攻撃の抑止、②同盟国及びパートナーに対する保証、③抑止が失敗した場合における米国の目標達成、④将来の不確実性に対するヘッジ、を掲げている。

また、米国、同盟国などの死活的な利益を守るべき極限の状況においてのみ核兵器の使用を検討するとしつつ、極限の状況には、米国及び同盟国に対する重大な非核戦略攻撃を含み得ることを明確にするとともに、先制不使用政策は採用せず、核で対応する可能性がある状況への曖昧性を保持する政策を維持する考えを示している。さらに、様々な敵対者、脅威、状況に対応して効果的に抑止を行うため、個別に対応したアプローチを適用するとともに、核の近代化や新たな核能力の開発・配備を通じ、核能力の柔軟性及び多様性を高めることにより抑止力の実効性を確保する方針を掲げている。具体的には核の3本柱8を維持しつつ換装するほか、新たな核能力として、短期的には既存の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)の一部の弾頭を改修して低出力化するほか、老朽化した核・非核両用戦術航空機(DCA:Dual-Capable Aircraft)に代わり、F-35Aに核能力を組み入れていくとしている。

なお、トランプ前政権は、ロシアとの間で締結していた中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces)全廃条約について、ロシアが条約を遵守していないとして、2019年8月2日に脱退し、同月に500km以上の飛距離を持つ通常弾頭仕様の地上発射型ミサイルの発射試験を実施するなど、これまで同条約で発射試験や生産・保有が規制されていた中距離射程を有する通常弾頭搭載地上発射型ミサイルの開発を進めている。

バイデン政権は、暫定指針において、戦略的抑止が安全かつ効果的であり続けることや、同盟国に対する拡大抑止が強固で信頼性のあるものであり続けることを確保しつつ、国家安全保障戦略における核兵器の役割を低減させるための措置を講じる旨示している。また、費用のかさむ軍拡競争を回避し、可能であれば新たな軍備管理の枠組みを追求するとしているほか、戦略的安定性にかかわる様々な新興軍事技術開発について、ロシア及び中国と建設的に協議するとの意向を表明している。同政権は2021年2月、ロシアとの合意により、新戦略兵器削減条約(新START:Strategic Arms Reduction Treaty)の期限を2026年2月5日まで5年間延長している。今回の新START条約の期限延長は、暫定指針で示されたような同政権の考えを踏まえたものとみられ、同政権は、今回の延長について、21世紀の安全保障課題の解決に向けて取り組む端緒に過ぎないとして、延期された5年間を用いて、核兵器を管理する枠組みのさらなる強化を目指す考えを明らかにしている。まず、核の3本柱にかかる発射機や配備ミサイル・爆撃機、配備核弾頭を対象とする新START条約に対して、議会や同盟国などとの協議のうえで、全ての核兵器を対象とする軍備管理の枠組みをロシアとの間で追求するとしている。また、中国の近代的かつ増強中の核兵器からの危険を減少させるための軍備管理の枠組みも追求するとの考えを示している。

2022年3月には、「2022核態勢の見直し」の概要が公表され、安全、確実、かつ効果的な核抑止力と強力で信頼できる拡大抑止へのコミットメントを維持することは、引き続き米国にとって最優先事項であるとの考えが示された。また、核兵器の役割低減及び軍備管理における米国のリーダーシップを再び確立するという米国のコミットメントを強調するとともに、引き続き戦略的安定性を重視し、コストを要する軍拡競争を避け、可能な限りリスク軽減と軍備管理の取決めを促進すると表明している。同見直しの完了と同時に、バイデン大統領は米国の核抑止戦略に関するビジョンを明確にし、核兵器が存在する限り、米国の核兵器の基本的な役割は、米国、同盟国及びパートナーに対する核攻撃を抑止することであり、米国または同盟国やパートナーの死活的利益を守るための極限状況でのみ米国は核兵器の使用を検討する考えを示している。

参照5節3項1(核戦力)

「ミサイル防衛見直し」(MDR:Missile Defense Review)も2022年3月に概要が公表され、同見直しは、国家防衛戦略のより大きな文脈において、進化するミサイルの脅威環境に対応した米国のミサイル防衛の枠組みを提供し、ミサイルを軍事力投射の主要な手段として、ミサイル防衛は統合抑止の重要な構成要素であるとの考えを示した。また、ミサイル防衛がミサイル使用に対する敵の信頼を低下させ、同盟国を安心させ、エスカレーションのリスクを回避するための軍事的オプションを提供する抗たん性のある防衛態勢に不可欠な貢献をすることを保証するものであると表明している。

6 2023会計年度予算

バイデン政権は、2022年3月に2023会計年度予算要求を発表し、国防省予算要求額は前年度成立比約4.1%増となる約7,730億ドルを計上した。本予算について、国防省は、新たな国家防衛戦略(NDS)の実施を支えるものであり、中国を刻々と深刻化する課題としての重要な戦略的競争相手と位置づけるとともに、ロシアを米国や同盟国の利益に対する深刻な脅威との認識を示した。

そのうえで、①統合抑止、②戦略目標を達成するための行動、③永続的な優位性の構築への投資を重視するとし、中国及びロシアへの対抗を優先するとともに、宇宙、核の3本柱、サイバー、AIなどのイノベーション及び近代化への投資を優先するとしている。

また、太平洋抑止イニシアティブに61億ドルを要求し、イノベーション及び近代化の研究開発に過去最大の1,301億ドルを要求している。兵力規模では、前年度比約4,100人減となる132万8,300人の確保、装備品の調達では、F-35戦闘機61機の調達などの目標が示された。

参照図表I-3-1-1(米国の国防費の推移)

図表I-3-1-1 米国の国防費の推移

1 世界各地における米軍の態勢を評価するとともに、今後の米軍態勢の検討に関する指針を示すとの位置づけで、国防省が2021年11月29日に公表した。

2 全ての領域(陸海空、宇宙、サイバー、電磁波、認識面も含めた情報環境など)において作戦を実施することを通じて、敵の接近阻止/領域拒否(A2/AD)の打破を目指す作戦構想である「マルチドメイン作戦構想」を前方で実行することを任務とした陸軍部隊。

3 オーストラリアはフランスから12隻の通常動力型潜水艦(アタック級潜水艦)を調達する予定であったが、AUKUSの枠組みで、原子力潜水艦の取得を目指すこととなったため、この通常動力型潜水艦の取得計画は破棄となった。

4 国家安全保障戦略(NSS)と国家防衛戦略(NDS)はともに、法律により一定期間での議会への提出が定められている。NSSは新たな大統領の就任から150日以内に、NDSは、大統領選挙後に新たな国防長官を指名した場合においては、上院による指名承認後可能な限り速やかに議会に報告書を提出することが合衆国法典第50編及び同第10編でそれぞれ定められている。

5 各アセットを分散し、ネットワークを介して統合することにより、圧倒的な戦闘力を集結させる作戦構想。

6 迅速に戦闘力を展開するとともに、持続的な後方支援を提供する作戦構想。

7 敵の火力圏内において迅速に分散展開し、一時的な拠点を設置することにより前線での作戦を実行する作戦構想。

8 核の3本柱は、「ICBMミニットマンIII」、「SLBMトライデントIID5搭載の戦略原子力潜水艦(SSBN)」及び「核巡航ミサイル及び核爆弾を搭載する戦略爆撃機B-52及びB-2」からなる。