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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第4節 朝鮮半島

朝鮮半島では、半世紀以上にわたり同一民族の南北分断状態が続いている。現在も、非武装地帯(DMZ:Demilitarized Zone)を挟んで、150万人程度の地上軍が厳しく対峙している。

このような状況にある朝鮮半島の平和と安定は、わが国のみならず、東アジア全域の平和と安定にとって極めて重要な課題である。

参照図表I-3-4-1(朝鮮半島における軍事力の対峙)

図表I-3-4-1 朝鮮半島における軍事力の対峙

1 北朝鮮

1 全般

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長1は2013年3月、経済建設と核武力建設を並行して進めていくという、いわゆる「並進路線」を決定し、2016年5月の朝鮮労働党第7回大会において、「並進路線」を「先軍政治」2と併せて堅持する旨明らかにした。北朝鮮は2016年から2017年にかけ、3回の核実験のほか、40発もの弾道ミサイルの発射を強行した。これを受けて、関連の国連安保理決議により制裁措置がとられたほか、わが国や米国などは独自の制裁措置を強化した。

一方、2018年4月には、金正恩委員長は、国家核武力が完成し、「並進路線」が貫徹されたとし、「全党、全国が社会主義経済建設に総力を集中する」という「新たな戦略的路線」を発表した。また、「核実験と大陸間弾道ロケット試験発射」の中止などを決定し、同年5月には、北部の核実験場の爆破を公開した。同年6月の米朝首脳会談で金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化の意思を表明した。

しかし、2019年2月の米朝首脳会談は、双方が合意に達することなく終了し、金正恩委員長は同年12月、米国の対北朝鮮敵視が撤回されるまで、戦略兵器開発を続ける旨表明した。また、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において米国を敵視する姿勢を示し、同時に「核戦争抑止力を一層強化し、最強の軍事力を育てる」など、核・ミサイル能力の開発を継続する姿勢を示した。

金正恩委員長は、同年10月にも演説を行い、「われわれの主敵は戦争そのもの」であるとしつつ、軍事力の保有は主権国家の「自衛的、義務的な権利」であることや、軍事力の強化が党の「最重大政策」である旨を強調した。2022年2月以降、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)級弾道ミサイルの発射を再開したが、特に同年3月24日の発射後には、大々的に新型ICBM級弾道ミサイルの発射を喧伝しつつ、今後も核戦力を強化していく旨を表明するなど、関連技術を向上させていく意思を改めて明らかにした。こうしたことから、北朝鮮は引き続き核・ミサイルをはじめとする戦力・即応態勢の維持・強化に努めていくものと考えられる。同年2月の最高人民会議における北朝鮮の発表によれば、北朝鮮の同年度予算に占める国防費の割合は、15.9%となっているが、これは、実際の国防費の一部にすぎないとみられている。

北朝鮮は、過去6回の核実験に加え、近年、弾道ミサイルの発射を繰り返すなど、大量破壊兵器や弾道ミサイル開発の推進及び運用能力の向上を図ってきた。技術的には、核兵器の小型化・弾頭化を実現し、これを弾道ミサイルに搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる。さらに、2021年1月には金正恩委員長が「中長距離巡航ミサイルをはじめとする先端核戦術兵器」の開発に言及し、同年9月及び2022年1月には、北朝鮮は長距離巡航ミサイルの試験発射が成功した旨発表した3。また、非対称的な軍事能力としてサイバー領域について大規模な部隊を保持し、軍事機密情報の窃取や他国の重要インフラへの攻撃能力の開発を行っているとみられるほか、大規模な特殊部隊を保持している。加えて、北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返してきた。

北朝鮮のこうした軍事動向は、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものとなっている。特に2022年に入ってから、北朝鮮は極めて高い頻度で、かつ新たな態様でのミサイル発射を繰り返しているほか、累次にわたり核武力の強化に言及するなど、国際社会に背を向けて核・弾道ミサイル開発のための活動を継続する姿勢を依然として崩していないのみならず、さらなる挑発行動に出る可能性も考えられ、こうした傾向は近年より一層強まっている。

北朝鮮の核兵器保有が認められないことは当然であるが、同時に、弾道ミサイルなどの開発・配備の動きや朝鮮半島における軍事的対峙、北朝鮮による大量破壊兵器やミサイルの拡散の動きなどにも注目する必要がある。

その閉鎖的な体制などから、北朝鮮の動向の詳細や意図の明確な把握は困難だが、わが国として強い関心を持って注視していく必要がある。また、拉致問題については、引き続き、米国をはじめとする関係国と緊密に連携し、一日も早い全ての拉致被害者の帰国を実現すべく、全力を尽くしていく。

2 軍事態勢
(1)全般

北朝鮮は、全軍の幹部化、全軍の近代化、全人民の武装化、全土の要塞化という四大軍事路線4に基づいて軍事力を増強してきた。

北朝鮮軍は、冷戦構造の崩壊による旧ソ連圏からの軍事援助の減少や経済低迷による国防支出の限界、韓国の防衛力の近代化といった要因により、韓国軍及び在韓米軍に対して通常戦力の著しい質的格差がみられ、その装備の多くは旧式である。一方、北朝鮮の総兵力は陸軍を中心とした約128万人であり、DMZ付近に展開する砲兵部隊を含め、依然として大規模な軍事力を維持している。

さらに、北朝鮮は、体制を維持するため、大量破壊兵器や弾道ミサイルなどの増強に集中的に取り組むことで、独自の核抑止力構築や、米韓両軍との紛争における対処能力の向上を企図していると考えられる。特に、2019年5月以降、低空を変則的な軌道で飛翔することが可能な新型の短距離弾道ミサイル(SRBM)などを繰り返し発射し、急速にミサイル関連技術や運用能力の向上を図っており、その発射態様も鉄道発射型や潜水艦発射型など多様化させつつ、より実戦的なSRBM戦力の拡充に努めているとみられる。また、近年では長距離巡航ミサイルの実用化も追求しているほか、2022年4月17日には、「戦術核運用の効果性」を強化するなどとして、「新型戦術誘導兵器」と称するミサイルを発射した旨発表した。一連の開発・発射の背景には、体制維持・生存のため、核兵器及び長射程弾道ミサイルの保有による核抑止力の獲得に加え、米韓両軍との間で発生し得る通常戦力や戦術核を用いた武力紛争においても対処可能な手段を獲得するという狙いがある可能性も考えられる5。北朝鮮は、2021年1月の党大会において「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画」という計画が示されたことを累次にわたって明らかにしており、引き続きこれに沿って各種兵器の開発に注力していくものとみられる。

加えて、北朝鮮は情報収集や破壊工作などに従事する大規模な特殊部隊などを保有している。さらに、北朝鮮の全土にわたって多くの軍事関連の地下施設が存在するとみられていることも、特徴の一つである。

(2)軍事力

陸上戦力は、約110万人を擁し、兵力の約3分の2をDMZ付近に展開しているとみられる。その戦力は歩兵が中心だが、戦車3,500両以上を含む機甲戦力と火砲を有し、また、240mm多連装ロケットや170mm自走砲といった長射程火砲をDMZ沿いに配備していると考えられ、ソウルを含む韓国北部の都市・拠点などが射程に入っている。

海上戦力は、約800隻、約11万トンの艦艇を有するが、ミサイル高速艇などの小型艦艇が主体である。また、旧式のロメオ級潜水艦約20隻のほか、特殊部隊の潜入などに用いるとみられる小型潜水艦約40隻とエアクッション揚陸艇約140隻を有している。

航空戦力は、約550機の作戦機を有しており、その大部分は、中国や旧ソ連製の旧式機であるが、MiG-29戦闘機やSu-25攻撃機といった、いわゆる第4世代機も少数保有している。また、旧式ではあるが、特殊部隊の輸送に使用されるとみられるAn-2輸送機を多数保有している。

また、いわゆる非対称戦力として、大規模な特殊部隊6を保有しているほか、近年はサイバー部隊を重視し強化を図っているとみられている7

参照4章3節2項2(北朝鮮)

3 大量破壊兵器・弾道ミサイル

北朝鮮は、近年、弾道ミサイルの発射を繰り返し、同時発射能力や奇襲的攻撃能力などを急速に強化してきた。また、核実験を通じた技術的成熟などを踏まえれば、弾道ミサイルに搭載するための核兵器の小型化・弾頭化を既に実現し、これを弾道ミサイルに搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる。

こうした北朝鮮の軍事動向は、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものとなっている。さらなる挑発行動に出る可能性も考えられ、こうした傾向は近年より一層強まっている。また、大量破壊兵器などの不拡散の観点からも、国際社会全体にとって深刻な課題となっている。

北朝鮮は2018年4月、「核実験と大陸間弾道ロケット試験発射」の中止などを決定した。また、同月の南北首脳会談や同年6月の米朝首脳会談において、非核化に向けた意思を示したほか、同年5月には、国際記者団に北部の核実験場の爆破を公開した。

しかし、現在に至るまで全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄は行っていないのみならず、北朝鮮は2019年5月以降、変則的な軌道を飛翔することが可能なSRBMをはじめとする、関連安保理決議に違反する弾道ミサイルの発射を再開した。

また、同年12月、金正恩委員長は米国による米韓合同軍事演習の実施などを理由に、米国の対北朝鮮敵視が撤回されるまで戦略兵器開発を続ける旨表明した。

2021年1月の朝鮮労働党第8回大会では、金正恩委員長は、「戦術核兵器」の開発など核技術の高度化、核先制及び報復打撃能力の高度化などに加え、「極超音速滑空飛行弾頭」の開発などにも言及し、核・ミサイル能力を一層向上させ、軍事力を継続的に強化していく姿勢を示した。

この発言に沿うように、北朝鮮は同年3月、新型の短距離弾道ミサイルを発射し、「党大会が提示した国防科学政策を貫徹していく上で重要な工程」であると発表した。また、同年9月以降には、変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルや、「極超音速ミサイル」と称するミサイル、新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を立て続けに発射するなど、独自の計画に基づいて関連技術や運用能力の向上を図ってきている。

加えて、2022年に入ると、北朝鮮は国際社会がロシアによるウクライナ侵略に対応している中にあっても、挑発を一方的にエスカレートさせるように、2018年以降行ってきていなかった中距離弾道ミサイル(IRBM)級以上の弾道ミサイルの発射を再開した。同年3月24日のICBM級弾道ミサイル発射後には、核戦力の強化やさらなる攻撃手段の開発を言明した。こうした、昨今の北朝鮮による核・ミサイル関連技術の著しい発展は、わが国及び地域の安全保障にとって看過できるものではない。一連の北朝鮮の行動は、わが国、地域及び国際社会の平和と安全を脅かすものである。国際社会に背を向けて核・弾道ミサイル開発のための活動を継続する姿勢を依然として崩していない中、今後、北朝鮮がいかなる行動をとっていくのか、その動向を引き続き重大な関心をもって注視していく必要がある。

(1)核兵器

ア 核兵器計画の現状

北朝鮮の核兵器計画の現状は、その閉鎖的な体制から、詳細について不明な点が多い。しかしながら、これまで既に6回の核実験を行ったことなどを踏まえれば、核兵器計画が相当に進んでいるものと考えられる。

核兵器の原料となり得る核分裂性物質8であるプルトニウムについて、北朝鮮はこれまで製造・抽出を数回にわたり示唆してきたほか9、最近では2015年9月に、2007年2月の第5回及び同年9月の第6回六者会合で無能力化が合意されていた原子炉及び再処理工場をはじめとする寧辺(ヨンビョン)の全ての核施設が再整備され、正常稼働を始めている旨言明した。当該原子炉の再稼働は、北朝鮮によるプルトニウム製造・抽出につながりうることから、その動向が強く懸念される。

また、同じく核兵器の原料となりうる高濃縮ウランについては、北朝鮮は2009年6月にウラン濃縮活動への着手を宣言した。2010年11月には、訪朝した米国人の核専門家に対してウラン濃縮施設を公開し、その後、数千基規模の遠心分離機を備えたウラン濃縮工場の稼動に言及した。このウラン濃縮工場は、近年も施設拡張が指摘されるなど、濃縮能力を高めている可能性もある。こうしたウラン濃縮に関する北朝鮮の一連の動きは、北朝鮮が、プルトニウムに加えて、高濃縮ウランを用いた核兵器開発を推進している可能性があることを示している10。一般に、ウラン濃縮に用いられる施設の方がプルトニウム生産に用いられる原子炉よりも外観上の秘匿度が高く、外部からその活動を把握しがたいとされる。一方、プルトニウムの方がウランよりも臨界量が小さく、核兵器の小型化・軽量化が容易との指摘もある。これら双方の利点にかんがみ、北朝鮮は、今後もプルトニウム型・ウラン型の双方について開発を推進していく可能性がある。

これら核関連活動については、2021年8月に国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)がまとめた報告書が、同年に入ってから一部の核関連施設が稼働している兆候がみられるとし、「深刻な懸念」である旨指摘するなど、北朝鮮は、引き続き、核戦力の強化を推進しているものとみられる。例えば、2018年から稼働を停止していたとみられる寧辺の原子炉が、2021年7月以降再稼働しているとの指摘もある11

核兵器の開発については、北朝鮮は2006年10月9日、2009年5月25日、2013年2月12日、2016年1月6日、同年9月9日及び2017年9月3日に核実験を実施した。北朝鮮は、これらを通じ、必要なデータの収集を行うなどして核兵器計画を進展させている可能性が高い。

北朝鮮は、その核兵器計画の一環として、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化・弾頭化を追求しているとみられる。2017年9月には、金正恩委員長が核兵器研究所を視察し、ICBMに搭載できる水爆を視察した旨公表したほか、同日に強行された6回目の核実験について、「ICBM装着用水爆実験を成功裏に断行した」と発表している。

ICBMに搭載する水爆と主張する物体【AFP=時事】

ICBMに搭載する水爆と主張する物体【AFP=時事】

核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化について、米国、旧ソ連、英国、フランス、中国が1960年代までにこうした技術力を獲得したとみられることや過去6回の核実験を通じた技術的成熟が見込まれることなどを踏まえれば、北朝鮮は核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っているとみられる12。また、北朝鮮が40から50発の核弾頭を保有しているとの指摘もある13

なお、6回目となる2017年の核実験の出力は過去最大規模の約160ktと推定されるところであり、推定出力の大きさを踏まえれば、当該核実験は水爆実験であった可能性も否定できない14

加えて、2022年3月以降、北朝鮮が2018年に爆破を公開していた北部の核実験場の復旧を進めているという指摘もなされている。

いずれにせよ、北朝鮮による核兵器開発は、大量破壊兵器の運搬手段たる弾道ミサイルの長射程化などの能力増強を行っていることとあわせて考えれば、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものである。こうした傾向は近年より一層強まっており、断じて容認できない。

イ 核兵器計画の背景

北朝鮮の究極的な目標は体制の維持と指摘15される。核兵器は交渉における取引の対象ではないとの主張なども踏まえれば、米韓に対する通常戦力の著しい質的格差もさることながら、北朝鮮は核兵器を含む米国の脅威に対抗して体制を維持するため、独自の核抑止力が必要と認識して核開発を推進しているものと考えられる。

2021年1月には金正恩委員長が「責任ある核保有国」と述べるなど、北朝鮮は、自らの「核保有国」としての地位を前提としながら、一方的な非核化には応じない旨繰り返し主張している。さらに、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化を表明した後においても核開発を継続しているとの指摘16や、北朝鮮が公表していないウラン濃縮施設が存在するとの指摘もある。

2022年3月には、金正恩委員長が「国の安全と未来のあらゆる危機に備えて強力な核戦争抑止力を質・量的、持続的に強化」していくと述べており、さらなる挑発行為に出る可能性も考えられる中で、今後、北朝鮮がどのような行動をとるのかをしっかり見極めていく必要がある。

(2)生物・化学兵器

北朝鮮の生物兵器や化学兵器の開発状況などについては、北朝鮮の閉鎖的な体制に加え、これらの製造に必要な資材・技術の多くが軍民両用であり偽装が容易であるため、その詳細は不明である。しかし、化学兵器については、化学剤を生産できる複数の施設を維持し、すでに相当量の化学剤などを保有しているとみられるほか、生物兵器についても一定の生産基盤を有しているとみられる17。化学兵器としては、サリン、VX、マスタードなどの保有が、生物兵器に使用されうる生物剤としては、炭疽菌(たんそきん)、天然痘(てんねんとう)、ペストなどの保有が指摘されている。

また、北朝鮮が弾頭に生物兵器や化学兵器を搭載しうる可能性も否定できないとみられている。

(3)弾道ミサイル

北朝鮮が極めて閉鎖的な体制をとっていることもあり、大量破壊兵器同様その詳細については不明な点が多いが、北朝鮮は、軍事能力強化の観点に加え、政治外交的観点や外貨獲得の観点などからも、弾道ミサイル開発に高い優先度を与えていると考えられる。北朝鮮が保有・開発してきたとみられる弾道ミサイルは次のとおりである18

参照図表I-3-4-2(北朝鮮が保有・開発してきた弾道ミサイル等)
図表I-3-4-3(北朝鮮の弾道ミサイルの射程)
図表I-3-4-4(北朝鮮の弾道ミサイル等発射の主な動向)
図表I-3-4-5(北朝鮮の弾道ミサイルがわが国上空を通過した事例)

図表I-3-4-2 北朝鮮が保有・開発してきた弾道ミサイル等

図表I-3-4-3 北朝鮮の弾道ミサイルの射程

図表I-3-4-4 北朝鮮の弾道ミサイル等発射の主な動向

図表I-3-4-5 北朝鮮の弾道ミサイルがわが国上空を通過した事例

ア 北朝鮮が保有・開発する主な弾道ミサイルの種類

(ア)2019年以降に発射された短距離弾道ミサイル(SRBM)

北朝鮮は2019年以降、新型とみられる複数種類の短距離弾道ミサイルを発射した。公表された画像では、これらの短距離弾道ミサイルは装輪式又は装軌式(キャタピラ式)の発射台付き車両(TEL:Transporter-Erector-Launcher)19や鉄道車両から発射され、いずれの画像でも固体燃料推進方式のエンジンの特徴である放射状の噴煙が確認できる。

①短距離弾道ミサイルA

2019年5月4日、同月9日、7月25日、8月6日及び2022年1月27日に発射された短距離弾道ミサイル(北朝鮮は「新型戦術誘導兵器」などと呼称)は同系統と推定される。各日2発ずつ発射され、最大600km程度飛翔した。外形上、ロシアの短距離弾道ミサイル「イスカンデル」と類似点がある。通常の弾道ミサイルよりも低空を、変則的な軌道で飛翔することが可能とみられるほか、核弾頭の搭載が可能との指摘もある20

鉄道からの短距離弾道ミサイル発射発表時(2021年9月)に北朝鮮が公表した画像【朝鮮通信=時事】

鉄道からの短距離弾道ミサイル発射発表時(2021年9月)に北朝鮮が公表した画像
【朝鮮通信=時事】

また、北朝鮮は、2021年9月15日及び2022年1月14日、各日2発の短距離弾道ミサイルを発射した。北朝鮮の公表画像に基づけば、このミサイルは一般の貨車を改装したとみられる鉄道車両から発射されているが、短距離弾道ミサイルAと外形上の類似点があり、同ミサイルをベースとして開発された可能性がある。北朝鮮は「鉄道機動ミサイル連隊」による射撃訓練と発表しており、今後の組織拡大の意向も表明している。

このように、北朝鮮はその量産・配備に向けて、発射形態を多様化させつつ短距離弾道ミサイルAの実用化を追求してきており、今後の動向が注目される。

②短距離弾道ミサイルB

2019年8月10日、同月16日、2020年3月21日及び2022年1月17日に発射された短距離弾道ミサイル(北朝鮮は「新兵器」や「戦術誘導兵器」などと呼称)は同系統で、上記短距離弾道ミサイルAとは異なるものと推定される。各日2発ずつ発射され、250km~400km程度飛翔した。また、通常の弾道ミサイルよりも低空を、変則的な軌道で飛翔することが可能とみられる。

③短距離弾道ミサイルC

2019年8月24日、9月10日、10月31日、11月28日、2020年3月2日、同月9日及び同月29日に発射された短距離弾道ミサイル(北朝鮮は「超大型放射砲」と呼称)は上記短距離弾道ミサイルA及びBとは異なるものと推定される。各日2発ずつ発射され、300km~400km程度飛翔した。発射の間隔が1分未満と推定されるものもあり、飽和攻撃などに必要な連続射撃能力の向上を企図していると考えられる。TELについては、北朝鮮が公表した画像では、様々な系統が確認できる。

なお、2022年5月12日に発射された3発の弾道ミサイルについては、短距離弾道ミサイルCの可能性も含め、詳細については引き続き分析を行っている。

④2021年3月に発射された短距離弾道ミサイル

北朝鮮は2021年3月25日、それまでに発射したことのない、新型の短距離弾道ミサイル(北朝鮮は「新型戦術誘導弾」と呼称)を2発発射した。このミサイルは、同年1月の軍事パレードに登場した、5軸のTELに搭載されたものと同系統と推定される。発射されたミサイルは、短距離弾道ミサイルAをベースに開発された可能性が指摘されており、通常の弾道ミサイルよりも低空を、変則的な軌道で飛翔することが可能とみられ21、こうした点も踏まえると、約600km 飛翔したと推定される。

このほか、北朝鮮は2019年7月31日及び8月2日に、短距離弾道ミサイルの可能性があるものを各日2発発射している。

こうした発射を通じ、北朝鮮は、発射の兆候把握を困難にするための秘匿性・即時性や、奇襲的な攻撃能力、連続射撃能力の向上、低高度・変則軌道での飛翔など、関連技術や運用能力の向上を図っているものとみられる。また、飛翔距離にかんがみれば、発射された短距離弾道ミサイルの一部は、韓国のみならずわが国の一部を射程に収めるとみられる。さらに、今後短距離弾道ミサイルの技術がより射程の長いミサイルに応用されることも懸念される。

(イ)スカッド

スカッドは単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、TELに搭載され移動して運用される。

スカッドBは射程約300km、スカッドCはBの射程を約500kmに延長したとみられる短距離弾道ミサイルで、北朝鮮はこれらを生産・配備するとともに、中東諸国などへ輸出してきたとみられている。

スカッドER(Extended Range)は、スカッドの胴体部分の延長や弾頭重量の軽量化などにより射程を延長した弾道ミサイルで、射程は約1,000kmに達し、わが国の一部が射程内に入るとみられる。

さらに、北朝鮮は、スカッドを改良したとみられる弾道ミサイルも開発している。当該弾道ミサイルは、2017年5月29日に1発が発射された。翌日、北朝鮮は、精密操縦誘導システムを導入した弾道ロケットの新開発と試験発射の成功を発表した。

また、北朝鮮が公表した画像に基づけば、装軌式(キャタピラ式)TELから発射される様子や弾頭部に小型の翼とみられるものが確認されるなど、これまでのスカッドとは異なる特徴が確認される一方、弾頭部以外の形状や長さは類似しており、かつ、液体燃料推進方式のエンジンの特徴である直線状の炎が確認できる。当該弾道ミサイルは、終末誘導機動弾頭(MaRV:Maneuverable Re-entry Vehicle)を装備しているとの指摘22もあり、北朝鮮は、弾道ミサイルによる攻撃の正確性の向上を企図しているとみられる。

(ウ)ノドン

ノドンは、単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、TELに搭載され移動して運用される。射程約1,300kmに達し、わが国のほぼ全域がその射程内に入るとみられる。

ノドンの性能の詳細は確認されていないが、スカッドの技術を基にしているとみられており、例えば、特定の施設をピンポイントに攻撃できる程度ではないと考えられるものの、命中精度の向上が図られているとの指摘もある。2016年7月19日のスカッド1発及びノドン2発の発射翌日に北朝鮮が発表した画像においては、弾頭部の改良により精度の向上を図ったタイプ(弾頭重量の軽量化により射程は約1,500kmに達するとみられる)の発射が初めて確認されている。

(エ)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)

北朝鮮はSLBMを1発搭載・発射することが可能なコレ級潜水艦(排水量約1,500トン)を1隻保有し、主に試験艦として運用しているとみられる。これに加え、従来保有しているロメオ級潜水艦もSLBM搭載に向けて改修しているとみられるほか、2021年1月には、金正恩委員長が、原子力潜水艦の保有という目標にも言及した。

北朝鮮はこれらに搭載するSLBMの開発を進めてきており、2015年5月に初めて、SLBMの試験発射に成功したと発表した23

こうしたSLBM及びその搭載を企図した新型潜水艦の開発により、北朝鮮は弾道ミサイルによる打撃能力の多様化と残存性の向上を企図しているものと考えられる。

①「北極星」型潜水艦発射弾道ミサイル

北朝鮮は、2016年4月23日にコレ級潜水艦からSLBM(北朝鮮の呼称によれば「北極星」型)を発射して以降、同年7月及び8月の合計3回、同ミサイルを発射した。

これまで北朝鮮が公表した画像及び映像から判断すると、空中にミサイルを射出した後に点火する、いわゆる「コールド・ローンチシステム」の運用に成功している可能性がある。また、ミサイルから噴出する炎の形及び煙の色などから、固体燃料推進方式が採用されていると考えられる。

「北極星」型は、2016年8月の発射においては約500km飛翔したが、同程度の射程を有する弾道ミサイルの通常の高度と比べると、やや高い軌道で発射されたと推定され、仮に通常の軌道で発射すれば、射程は1,000kmを超えるとみられる。

②「北極星3」型潜水艦発射弾道ミサイル

北朝鮮は、2019年10月2日に、「北極星」型SLBMとは異なるSLBM(北朝鮮の呼称によれば「北極星3」型)1発を発射した。このSLBMは、450km程度飛翔したものと推定される。この時、最高高度は約900kmに達し、ロフテッド軌道で発射されたと推定されるが、仮に通常の軌道で発射されれば、射程は約2,000kmとなる可能性がある。北朝鮮が公表した画像では、固体燃料推進方式のエンジンの特徴である放射状の噴煙が確認できる。なお、このSLBMは、水中発射試験装置から発射された可能性がある。

さらに、北朝鮮は、2020年10月及び2021年1月の軍事パレードに、それぞれ「北極星4」、「北極星5」と記載された、新型SLBMの可能性のあるものを登場させている。また、2021年10月に開催された「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会には、「北極星5」に外形上類似点がある展示物が登場した。

③新型の潜水艦発射弾道ミサイル

北朝鮮は、2021年10月19日及び2022年5月7日に、新型のSLBMを発射した。このSLBMは、いずれもコレ級潜水艦から発射されたとみられ、変則的な軌道を低高度で飛翔し、日本海に落下した。特に、2021年10月の発射時の軌道は、一旦下降してから再度機動して上昇するいわゆるプルアップ軌道であったとみられる。

北朝鮮の公表画像に基づけば、当該ミサイルは短距離弾道ミサイルAと外形上の類似点があることから、同ミサイルをベースとして開発された可能性がある。また、同月に行われた「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会における、これまで北朝鮮により名称などが発表されていないSLBMとみられる展示物は、この時発射されたSLBMを表したものであると考えられる。

(オ)SLBM改良型弾道ミサイル

北朝鮮は、「北極星」型SLBMを地上発射型に改良したとみられる弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「北極星2」型)を、2017年2月12日及び5月21日に1発ずつ発射した。いずれも、約500km飛翔したものと推定されるが、通常よりもやや高い軌道で発射されたと推定され、仮に通常の軌道で発射されたとすれば、射程は1,000kmを超えるとみられる。同年2月の発射翌日、2016年8月のSLBM発射の成果に基づき地対地弾道弾として開発したと発表した。また、2017年5月の発射翌日には、試験発射が再び成功し、金正恩委員長が「部隊実戦配備」を承認した旨発表している。

さらに、北朝鮮の公表画像には、いずれにおいても、装軌式(キャタピラ式)TELから発射され、空中にミサイルを射出した後に点火する、いわゆる「コールド・ローンチシステム」により発射される様子や固体燃料推進方式のエンジンの特徴である放射状の噴煙が確認される。「コールド・ローンチシステム」や固体燃料推進方式のエンジンを利用しているとみられる点は、「北極星」型SLBMと共通している。

(カ)中距離弾道ミサイル(IRBM)級弾道ミサイル

北朝鮮は、液体燃料方式のIRBM級弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星12」型)をこれまでに4発発射している。2017年5月14日及び2022年1月30日には、各1発、いずれも飛翔形態からロフテッド軌道で発射されたと推定されるが、仮に通常の軌道で発射されたとすれば、射程は、最大で約5,000kmに達するとみられる。また、北朝鮮が発射翌日に公表した画像では、液体燃料推進方式のエンジンの特徴である直線状の炎が確認され、「火星12」型は液体燃料を使用しているとみられる。

2017年8月29日及び同年9月15日には、渡島半島(おしまはんとう)付近及び襟裳岬付近のわが国領域の上空を通過する形で「火星12」型が1発ずつ発射された。北朝鮮が弾道ミサイルと称するものを発射し、わが国領域の上空を通過させた事例は、これらが初めてである。

当該弾道ミサイルは、飛翔距離などを踏まえれば、IRBMとしての一定の機能を示したと考えられる。また、短期間のうちに立て続けにわが国上空を通過する弾道ミサイルを発射したことは、北朝鮮が弾道ミサイルの能力を着実に向上させていることを示すものである。

さらに、同年5月及び8月の発射では、装輪式TELから切り離されたうえで発射された様子が確認されたが、9月の発射時には、装輪式TELに搭載されたまま発射された様子が確認された。北朝鮮は同発射について、「実戦的な行動順序を確認」「『火星12』型の戦力化を実現」と主張したが、2022年1月の発射時には「生産、装備されている『火星12』」の試験を行った旨表明しており、一連の発表を踏まえれば、2017年当時よりさらに実用化を進めているとみられ、当該ミサイルが生産段階にある可能性も考えられる。

なお、北朝鮮は2016年、IRBM級の弾道ミサイルとみられるムスダン24の発射を繰り返しており、同年6月にはロフテッド軌道で一定の距離を飛翔させたが、同年10月には2回連続で発射に失敗したとみられ、ムスダンの実用化には課題が残されている可能性や、IRBM級としては「火星12」型の開発・実用化に集中している可能性が考えられる。

(キ)大陸間弾道ミサイル(ICBM)級弾道ミサイル

①「火星14」型ICBM級弾道ミサイル

北朝鮮は、ICBM級の弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星14」型)を2017年7月4日及び同月28日にそれぞれ1発発射した。飛翔形態から、これらは2発ともロフテッド軌道で発射されたと推定され、通常の軌道で発射されたとすれば射程は少なくとも5,500kmを超えるとみられる。当該弾道ミサイルは2段式であったと考えられる。

同年7月4日の発射当日、北朝鮮は「特別重大報道」を行い、新型の大陸間弾道ロケット(ICBM)の試験発射に成功した旨発表した。また、同月28日の発射翌日、北朝鮮は、「核爆弾爆発装置」が正常に作動し、大気圏再突入環境における弾頭部の安全性などが維持された旨主張するなど、長射程の弾道ミサイルの実用化を目指していると考えられる。

公表画像に基づけば、「火星14」型ICBM級弾道ミサイルは、「火星12」型IRBM級弾道ミサイルと、①エンジンの構成(メインエンジン1基と4つの補助エンジン)、②推進部の下部の形状(ラッパ状)、③液体燃料推進方式の直線状の炎が共通している。それぞれ推定される射程なども踏まえれば、ICBM級弾道ミサイルは、「火星12」型IRBM級弾道ミサイルを基に開発した可能性が考えられる。

また、北朝鮮の発表画像に基づけば、「火星14」型は、KN-08/1425と同様の8軸の装輪式TELに搭載された様子も確認できるが、発射時の画像では、TELではなく簡易式の発射台から発射されていることが確認できる。

②「火星15」型ICBM級弾道ミサイル

北朝鮮は、2017年11月29日、ICBM級弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星15」型)1発を発射した。飛翔形態からロフテッド軌道で発射されたと推定される。北朝鮮は発射当日の「重大報道」で、新たに開発されたICBM「火星15」型の試験発射が成功裏に行われ、このICBMは米国本土全域を打撃することができ、国家核武力の完成を実現した旨発表した。

この弾道ミサイルについては、①飛翔距離及び飛翔高度、②北朝鮮の発表(新型のICBM「火星15」型の試験発射に成功した旨発表)、③これまでに見られたことのない9軸のTEL、④弾頭の先端の形状(鈍頭(丸みを帯びた形状))などから、「火星14」型とは異なる、ICBM級弾道ミサイルであったと考えられる。また、公表された画像によれば、この弾道ミサイルは2段式であること、TELから切り離されたうえで発射された様子及び液体燃料推進方式の特徴である直線状の炎が確認できる。

さらに、「火星15」型は、その飛翔高度、距離、公表された映像などを踏まえれば、搭載する弾頭の重量などによっては1万kmを超える射程となりうると考えられる。

また、従来、北朝鮮が保有する装輪式のTELについては、ロシア製及び中国製のTELを改良したものとの指摘がある中で、北朝鮮が装輪式TELを自ら開発したと主張している点も注目される。

③ICBM級弾道ミサイルの更なる長射程化

北朝鮮は、2022年2月27日及び3月5日、各日1発の弾道ミサイルを発射した。飛翔距離はいずれも約300km、最高高度はそれぞれ約600km程度と約550km程度であり、ロフテッド軌道で発射されたと推定される。北朝鮮は、いずれの発射についても発射翌日に「偵察衛星」開発の試験であった旨を発表したが、この時発射されたものは、新型のICBM級弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星17」型)であったとみられる。

同年3月24日にも北朝鮮はICBM級弾道ミサイルを発射したが、その翌日には、北朝鮮が自ら「火星17」型の試験発射を行った旨発表した26。2017年11月の「火星15」型発射時を大きく超える最高高度約6,000km以上、距離約1,100km以上というロフテッド軌道で飛翔したが、この時の飛翔軌道に基づけば、このミサイルは、搭載する弾頭の重量などによっては1万5,000kmを超える射程となりうると考えられ、あらためて北朝鮮による弾道ミサイルの長射程化が懸念される。

北朝鮮が「火星17」型と称するICBM級弾道ミサイルは、2020年10月の軍事パレードで初めて確認され、その後、2021年10月に開催された「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会にも登場した。北朝鮮が保有する中では最大とみられる11軸のTELに搭載されており、既存の「火星15」型を超えるとみられる大きさから、弾頭重量の増加による威力の増大や、一般に迎撃が困難とされている多弾頭化などの可能性が指摘されている。

なお、2022年5月4日に発射された弾道ミサイルは、最高高度約800km程度、距離約500kmというロフテッド軌道で発射されたが、ICBM級弾道ミサイルの可能性も含め、詳細については引き続き分析を行っている。また、同月25日に発射された少なくとも2発の弾道ミサイルのうち、最高高度約550km程度、距離約300km程度というロフテッド軌道で飛翔した1発は、ICBM級弾道ミサイルと推定されるが、「火星17」型である可能性も含め、分析を行っている。

(ク)テポドン2

テポドン2は、固定式発射台から発射する長射程の弾道ミサイルであり27、1段目にノドンの技術を利用したエンジン4基、2段目に同様のエンジン1基をそれぞれ使用していると推定される。2段式のものは射程約6,000kmとみられ、3段式である派生型は、ミサイルの弾頭重量を約1トン以下と仮定した場合、射程約10,000km以上におよぶ可能性があると考えられる。テポドン2又はその派生型は、これまで合計5回発射されている。

もっとも最近では、2016年2月、国際機関に通報を行ったうえで、「人工衛星」を打ち上げるとして、北朝鮮北西部沿岸地域の東倉里(トンチャンリ)地区から、テポドン2派生型を発射した。この発射により、同様の仕様の弾道ミサイルを2回連続して発射し、おおむね同様の態様で飛翔させ、地球周回軌道に何らかの物体を投入したと推定されることから、北朝鮮の長射程の弾道ミサイルの技術的信頼性は前進したと考えられる。

こうした長射程の弾道ミサイルの発射試験は、射程の短い他の弾道ミサイルの射程の延伸や、弾頭重量の増加、命中精度の向上といった性能向上にも資するほか、多段階推進装置の分離技術や、姿勢制御・推進制御技術などの関連技術は北朝鮮が新たに開発中のほかの中・長距離弾道ミサイルにも応用可能とみられる。このため、北朝鮮による弾道ミサイル開発全体をより一層進展させるとともに、攻撃手段の多様化にもつながるものであると考えられる。

(ケ)「極超音速ミサイル」と称する弾道ミサイル

北朝鮮は、2022年1月5日及び同月11日に、「極超音速ミサイル」と称する弾道ミサイルを各日1発発射した。いずれも通常の弾道ミサイルよりも低空を飛翔したとみられるが、特に11日の発射時には、水平機動を含む変則的な軌道で、最大速度約マッハ10で飛翔した可能性がある。

「極超音速ミサイル」と称する弾道ミサイル発射の発表時(2022年1月)に北朝鮮が公表した画像【AFP=時事】

「極超音速ミサイル」と称する弾道ミサイル発射の発表時(2022年1月)
に北朝鮮が公表した画像【AFP=時事】

北朝鮮の公表画像からは、当該ミサイルが装輪式のTELから発射されていることや、円錐形状の弾頭を有していること、液体燃料推進方式とみられるエンジンを搭載している様子が確認される。円錐形状の弾頭については、終末誘導機動弾頭(MaRV)の関連技術を用いたものである可能性も指摘されているが、いずれにせよ、これまでの発表も踏まえれば、北朝鮮がミサイル防衛網の突破を企図して極超音速ミサイルなどの開発や能力向上を引き続き追求していることは明らかであり、より長射程のミサイルへの応用や、2021年9月28日に「極超音速ミサイル」と称して発射された扁平型の弾頭を有する弾道ミサイルの可能性があるもの(北朝鮮の呼称によれば「火星8」型)の開発動向も含め、今後の技術進展を注視していく必要がある。

イ 弾道ミサイル発射の主な動向

北朝鮮は、これまで各種の弾道ミサイルの発射を繰り返してきているが、その動向については、次のような特徴がある。

第一に、弾道ミサイルの長射程化を引き続き追求しているものとみられる。長射程の弾道ミサイルの実用化のためには、弾頭部の大気圏外からの再突入の際に発生する超高温の熱などから再突入体を防護する技術についてさらなる検証が必要になると考えられるが、北朝鮮は、2017年11月に、搭載する弾頭の重量などによっては10,000kmを超える射程となりうる「火星15」型ICBM級弾道ミサイルを発射した際、弾頭の再突入環境における信頼性を再立証した旨発表するなど、長射程の弾道ミサイルの実用化を追求する姿勢を示している。

「火星15」型ICBM級弾道ミサイル発射の発表時(2017年11月)に北朝鮮が公表した画像【AFP=時事】

「火星15」型ICBM級弾道ミサイル発射の発表時(2017年11月)に
北朝鮮が公表した画像【AFP=時事】

また、2022年3月24日に北朝鮮が発射したICBM級弾道ミサイルは、この時の飛翔軌道に基づけば、搭載する弾頭の重量などによっては1万5,000kmを超える射程となり得ると考えられ、この場合、米国全土が射程に含まれることになる。

北朝鮮が弾道ミサイルの開発をさらに進展させ、長射程の弾道ミサイルについて再突入技術を獲得するなどした場合は、米国に対する戦略的抑止力を確保したとの認識を一方的に持つに至る可能性がある。仮に、北朝鮮がそのような抑止力に対する過信・誤認をすれば、北朝鮮による地域における軍事的挑発行為の増加・重大化につながる可能性もあり、わが国としても強く懸念すべき状況となりうる。

なお、北朝鮮は、わが国を射程に収めるノドンやスカッドERといった弾道ミサイルについては、実用化に必要な大気圏再突入技術を獲得しており、これらの弾道ミサイルに核兵器を搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる。

第二に、飽和攻撃などのために必要な正確性、連続射撃能力及び運用能力の向上を企図している可能性がある。スカッド及びノドンについて、2014年以降、過去に例の無い地点から、早朝・深夜に、TELを用いて、多くの場合、複数発、朝鮮半島を横断する形で発射している。これは、スカッド及びノドンを、任意の地点から、任意のタイミングで発射する能力を示している。

また、2017年3月6日に発射された4発のスカッドERとみられる弾道ミサイルは、同時に発射されたと推定される。さらに、近年、短距離弾道ミサイルと様々な火砲を組み合わせた射撃訓練なども実施しており、こうした発射を通じて、北朝鮮は、弾道ミサイルの研究開発だけではなく、実戦的な運用能力の向上を企図している可能性がある。

2017年5月に発射されたスカッドミサイルを改良したとみられる弾道ミサイルについては、終末誘導機動弾頭(MaRV)を装備しているとの指摘もある。2019年の弾道ミサイルなどの発射において、北朝鮮が公表した画像では、異なる場所から発射し、特定の目標に命中させていることも確認できる。こうしたことから、北朝鮮が、既存の弾道ミサイルの改良や新たな弾道ミサイル開発により攻撃の正確性の向上を企図していることが考えられる。

さらに、2019年11月28日及び2020年3月2日にそれぞれ2発発射された短距離弾道ミサイルの発射間隔は1分未満と推定され、飽和攻撃などに必要な連続射撃能力の向上を企図していると考えられる。

第三に、発射の兆候把握を困難にするための秘匿性や即時性を高め、奇襲的な攻撃能力の向上を図っているものとみられる。

TELや潜水艦を使用する場合、任意の地点からの発射が可能であり、その兆候を事前に把握するのが困難となるが、北朝鮮は、TELからの発射やSLBMの発射を繰り返している。さらに2021年9月以降は、鉄道発射型の弾道ミサイルも発射している。

また、2019年以降、北朝鮮は特に、固体燃料を使用しているとみられる弾道ミサイルの発射を繰り返しており、弾道ミサイルの固体燃料化を進めているとみられる。一般的に、固体燃料推進方式のミサイルは、保管や取扱いが比較的容易であるのみならず、固形の推進薬が前もって充填されていることから、液体燃料推進方式に比べ、即時発射が可能であり発射の兆候が事前に察知されにくく、ミサイルの再装填もより迅速に行えるといった点で、軍事的に優れているとされる。こうした特徴は、奇襲的な攻撃能力の向上に資するとみられる。

第四に、他国のミサイル防衛網を突破することを企図し、低高度を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルの開発を進めている。短距離弾道ミサイルA及びBは、通常の弾道ミサイルよりも低空を飛翔するとともに、変則的な軌道を飛翔することが可能とみられるほか、2021年以降に発射された鉄道発射型の弾道ミサイル及び新型のSLBMは、いずれも短距離弾道ミサイルAと外形上類似点があり、変則的な軌道を飛翔した。

さらに、北朝鮮は、同年9月以降、「極超音速ミサイル」と称するミサイルの発射も繰り返している。このように、北朝鮮は、ミサイル防衛網を突破するためのミサイル開発に注力しているものとみられる。

第五に、発射形態の多様化を図っている可能性がある。2016年6月22日、2017年5月14日、7月4日、同月28日、11月29日、2019年10月2日、2022年1月30日、2月27日、3月5日、同月24日、5月4日及び同月25日の弾道ミサイル発射においては、通常よりも高い角度で高い高度まで打ち上げる、いわゆるロフテッド軌道と推定される発射形態が確認されたが、一般論として、ロフテッド軌道で発射された場合、迎撃がより困難になると考えられる。

このように、北朝鮮は、極めて速いスピードで弾道ミサイル開発を継続的に進めてきており、特に、近年、固体燃料を使用して通常の弾道ミサイルよりも低空を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルを立て続けに発射するなど、ミサイル防衛網を突破するための関連技術の高度化に注力している。このような高度化された技術がより射程の長いミサイルに応用されることも懸念される。

北朝鮮は攻撃態様の複雑化・多様化を執拗に追求し、攻撃能力の強化・向上を着実に図っており、このような能力の強化・向上は、発射兆候の早期の把握や迎撃をより困難にするなど、わが国を含む関係国の情報収集・警戒、迎撃態勢への新たな課題となっている。引き続き北朝鮮の弾道ミサイル開発の動向について、重大な関心をもって注視していく必要がある。

北朝鮮が開催した「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会(2021年10月)【AFP=時事】

北朝鮮が開催した「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会
(2021年10月)【AFP=時事】

2020年10月の軍事パレードに登場した「火星17」型ICBM級弾道ミサイル【EPA=時事】

2020年10月の軍事パレードに登場した「火星17」型
ICBM級弾道ミサイル【EPA=時事】

北朝鮮が開催した「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会(2021年10月)【朝鮮通信=時事】

北朝鮮が開催した「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会
(2021年10月)【朝鮮通信=時事】

(4)今後の兵器開発などの動向

北朝鮮は、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において、「核戦争抑止力」を強化し、「最強の軍事力」を育てると言及した。今後の目標として、様々な兵器の開発などにも具体的に言及し、軍事力を強化していく姿勢を示しており、この時に、「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画」が提示されたとされている28

核・ミサイルに関しては、「中長距離巡航ミサイルをはじめとする先端核戦術兵器」などを開発したと述べたうえで、核技術のさらなる高度化や核兵器の小型・軽量化、戦術兵器化を発展させるとして、「戦術核兵器」開発に言及した。また、「超大型核弾頭」生産を推進するとともに、1万5,000km射程圏内の目標への命中率を向上させ、「核先制及び報復打撃能力」を高度化するとした。加えて、多弾頭技術、「極超音速滑空飛行弾頭」、原子力潜水艦、固体燃料推進のICBMの開発や研究の推進に言及しており、攻撃態様のさらなる複雑化・多様化を追求する姿勢を示した。

核・ミサイル以外にも、同大会においては、軍事偵察衛星や、無人偵察機などの偵察手段の開発などに言及された。

北朝鮮は、同年9月以降、実際に党大会で提示した開発計画の工程を進めるように「極超音速ミサイル」と称するミサイルの発射などを行った。また、党大会で言及のあった複数の兵器を表したとみられるものが、同年10月に開催された「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会において展示され、継続的に軍事力を強化していく姿勢を示した。同年9月に、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党中央委副部長が「5か年計画の初年の重点課題遂行のための正常かつ自衛的な活動を行っている」と言及していることなどからも、北朝鮮は、引き続き、言及された各種兵器などの開発を計画に沿って進め、目標の実現に注力していくものとみられる。

また、北朝鮮は2022年2月27日及び3月5日に「偵察衛星」開発の試験であるとしてICBM級弾道ミサイルを発射したが、その後実際に金正恩委員長による「偵察衛星」関連の視察の模様を公表しており、その際に、軍事偵察衛星の目的が韓国、日本及び太平洋上における軍事情報のリアルタイムでの把握にあることや、「5か年計画」期間内に多量の偵察衛星を配置すること、そのために東倉里(トンチャンリ)地区の西海(ソヘ)衛星発射場を改修・拡張することなどを表明している。

こうしたことを踏まえ、引き続き北朝鮮の兵器開発などの動向について、重大な関心をもって注視していく必要がある。

4 内政
(1)金正恩体制の動向

北朝鮮では、金正恩委員長を中心とする権力基盤の強化が進んでいる。2019年の憲法改正で、国務委員長は「国家を代表する朝鮮民主主義人民共和国の最高領導者」であると規定されるなど、金正恩委員長の権限の強化が進められた。また、党を中心とした運営を行っているとの指摘があり、2021年1月には朝鮮労働党第8回大会が開催され、金正恩委員長は党総書記に就任した。

一方で、2020年以降、これまで金正恩委員長のみが行っていた現地視察や各種会議における「指導」を党幹部が行う例もみられるようになったことから、一部の権限が幹部に委譲されている可能性が考えられる。金正恩委員長は、幹部の短期間での降格・昇格などにより緊張感を与えて統制を図っているものとみられるが、幹部が金正恩委員長の判断に異論を唱え難くなることから、十分な外交的勘案がなされないまま北朝鮮が軍事的挑発行動に走る可能性も含め、不確実性を生み出しているとも考えられる。

また、困難な経済・食糧事情の中で、外国からの情報の流入などにともなう社会の動揺を警戒し、思想的な統制を一層強めているといった指摘もなされており、体制の安定性という点から注目される。

(2)経済事情

経済面では、社会主義計画経済の脆弱性に加え、冷戦の終結にともなう旧ソ連や東欧諸国などとの経済協力関係の縮小の影響などもあり、北朝鮮は慢性的な経済不振、エネルギーと食糧の不足に直面している29

また、わが国や米国などによる独自の制裁措置の強化や、核実験や弾道ミサイル発射を受けて採択された関連の国連安保理決議による制裁措置は、北朝鮮の厳しい経済状況と併せて考えた場合、一定の効果を及ぼしてきたと考えられる。

加えて、2020年以降は、新型コロナウイルス感染症及び自然災害が北朝鮮の経済に大きな影響を与えているとみられる。金正恩委員長は、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会で、「予想しなかった挑戦」により「国家経済の伸張目標が甚だしく未達成となり、人民生活向上で明白な進展を達成することができなかった」とし、今後「国家経済発展の新たな5か年計画」を必ず遂行すべきと言及した。

同年10月にも、金正恩委員長が「国の経済を振興させて人民の食衣住の問題を解決するうえで効果的な5年」とし、「世界が羨む社会主義強国を建設」する旨言及していることなどからも、北朝鮮は経済の立て直しを重要視しているとみられる。一方、北朝鮮が現在の統治体制の不安定化につながり得る構造的な改革を行う可能性は低いと考えられることから、経済の現状を根本的に改善することには、様々な困難がともなうと考えられる。

また、北朝鮮は、国連安保理決議で禁止されている、洋上での船舶間の物資の積み替え(いわゆる「瀬取り」)などにより国連安保理の制裁逃れを図っているとみられ30、2022年4月に公表された「国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル最終報告書」は、例年と比較してはるかに低水準ではあるものの、2021年1月から9月の間に年間上限量である50万バレルを数倍超過する量の石油精製品が、主に「瀬取り」により、北朝鮮へ不正に輸出されたと指摘している。

参照図表I-3-4-6(北朝鮮に対する安保理決議に基づく制裁)

図表I-3-4-6 北朝鮮に対する国連安保理決議に基づく制裁

5 対外関係
(1)米国との関係

2018年6月、史上初の米朝首脳会談において金正恩委員長が朝鮮半島の完全な非核化に向けた意思を明確に示したが、2019年2月の第2回米朝首脳会談では、双方はいかなる合意にも達しなかった。

その後金正恩委員長は、米国の対北朝鮮敵視が撤回されるまで、朝鮮半島の非核化は永遠にないであろうことや、米国の核の威嚇に対する核抑止力を維持するといった姿勢を示した。2021年1月には、米国を「最大の主敵」とした一方で、新たな米朝関係の樹立の鍵は、米国が北朝鮮への敵視政策を撤回することであるなどと言及した。

同月に発足した米国のバイデン政権は、同年4月に、対北朝鮮政策の見直しを完了したこと、「朝鮮半島の完全非核化」を引き続き目標として、「調整された、現実的なアプローチ」のもとで北朝鮮との外交を探っていくことなどを発表した。

こうした動きに対し、金正恩委員長は、同年6月には対米政策について「対話にも対決にも共に準備」し、「特に対決にはさらに抜かりなく準備」すべきであると述べたほか、同年9月には、「米国の軍事的威嚇と敵視政策」には変化はなく、米国が「外交的関与」と「前提条件のない対話」を主張しているのは「敵対行為を覆い隠すためのベール」であると演説した。同年10月にも、金正恩委員長は、米国が敵対的ではないと信じることのできる根拠は一つもないとしたが、同時に、「われわれの主敵は戦争そのもの」であって米国など特定の国家や勢力ではないとも述べた。

さらに、2022年1月には、米朝首脳会談以降も米国が合同軍事演習を繰り返しているとして、金正恩委員長が「米国の敵視政策と軍事的脅威がもはや黙過することのできない危険ラインに至った」との評価のもと、「暫定的に中止していた全ての活動を再稼働する問題を迅速に検討」することを指示した。実際に北朝鮮は、2022年2月以降ICBM級弾道ミサイルを発射しており、同年3月24日の発射後には、米国との長期的対決を徹底的に準備していくと述べている。このように、北朝鮮は2018年4月に自ら表明した、「大陸間弾道ロケット試験発射」の停止を含む決定に反する行動をとっており、一方的な挑発をさらにエスカレートさせる可能性も含め、今後の動向が注目される。

(2)韓国との関係

2018年、南北関係は大幅に進展した。3回にわたる南北首脳会談で、南北の敵対行為の全面的な中止や、朝鮮半島の非核化の実現を共通の目標として確認することなどを含む「板門店宣言文」、軍事的な敵対関係の終息などを含む「9月平壌共同宣言」、軍事的な緊張緩和のための具体的な措置について盛り込んだ「「板門店宣言文」履行のための軍事分野合意書」に合意した。

しかし、2019年は、南北間の対話や協力事業に大きな進展はなく、2020年には、南北関係に一時緊張の高まりが見られた。同年6月以降、脱北者団体が金正恩委員長を非難するビラなどを散布したことへの反発をはじめ、北朝鮮は、開城(ケソン)の南北共同連絡事務所の爆破、DMZ付近での軍事態勢の強化などを含む軍事行動計画の検討発表(後にこれを保留したと発表)といった動きを見せた。

一方、韓国に対しては硬軟織り交ぜた姿勢で臨んでいる様子も見受けられる。2021年1月、朝鮮労働党第8回大会において金正恩委員長は、韓国側の態度次第では、南北関係が平和と繁栄の新たな出発点へと戻ることもありうると言及した。同年7月には1年以上断絶していた南北間の通信連絡線が復元(その後、同年8月に不通となったが同年10月に再度復元)された。また、金正恩委員長は、同年9月、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領(当時)が同月の国連総会で提案した「終戦宣言」に対して、まずは北朝鮮への「偏見的な見方と不公正で二重的な態度、敵視の視点と政策」を撤回すべきと述べつつ、南北関係の先行きは韓国側の態度にかかっているとの考えを示した。さらに、同年10月、韓国が手出しをしなければ朝鮮半島の緊張は誘発されない、韓国を対象として国防力を強化するのではないとしたうえで、「同族同士で武装を使用する」歴史を繰り返してはならないと述べた。

2022年5月に発足した尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権による対北朝鮮政策や北朝鮮の反応も含め、今後の南北関係の動向が注目される。

(3)その他の国との関係

①中国との関係

北朝鮮にとって中国は極めて重要な政治的・経済的パートナーであり、北朝鮮に対して一定の影響力を維持していると考えられる。1961年に締結された「中朝友好協力及び相互援助条約」が現在も継続している。また、中国は北朝鮮にとって最大の貿易相手国であり、2020年の北朝鮮の対外貿易(南北交易を除く)に占める中国との貿易額の割合は約9割31と極めて高水準で、北朝鮮の中国への依存が指摘されている。

北朝鮮情勢や核問題に関して、中国は、「デュアルトラックの並進」(朝鮮半島の非核化及び休戦メカニズムから平和メカニズムへの転換)構想と「段階ごと、同時並行」という原則に基づき、対話と協議を通じて問題を解決すべきであり、半島の平和と安定の擁護、半島の恒久的な平穏実現のために建設的な役割を発揮したい旨表明している。このような中、2021年10月には中国はロシアと共同で、北朝鮮は多くの非核化措置を既に講じている、経済・民生分野における一部制裁措置の調整を行うべきとして、北朝鮮に関する国連安保理決議案を提出した。

中朝首脳会談は2018年3月以降5回実施されたが、2021年1月、金正恩委員長は、こうした中朝首脳会談について、「戦略的意思疎通と相互理解」を深めた旨言及した。同年7月には「中朝友好協力及び相互援助条約」締結60周年として金正恩委員長と習近平総書記との間で祝電が交換され、金正恩委員長は、「敵対勢力の挑戦と妨害策動がますます悪辣になっている」中で、今後も朝中関係を絶えず強化・発展させていく旨述べている。

②ロシアとの関係

北朝鮮の核問題について、ロシアは、中国と同様、朝鮮半島の非核化や六者会合の早期再開の支持を表明している。2021年10月には北朝鮮の「非核化路線」や人道的状況を考慮して制限を見直すべきとして、中国と共同で、北朝鮮に関する前述の国連安保理決議案を提出した。

同年1月の朝鮮労働党第8回大会において金正恩委員長は、第7回大会以降の成果として、「ロシアとの親善関係を拡大し発展させることのできる礎石を整えた」と言及した。2022年2月以降のロシアによるウクライナ侵略下においては、北朝鮮はロシア軍のウクライナからの即時撤退を求める国連総会決議に反対するとともに、ウクライナにおける事態の原因が米国や西側諸国にあると主張しており、ロシアを擁護する姿勢をみせている。

③その他の国との関係

イラン、シリア、ミャンマーといった国々との間で、武器取引や武器技術移転を含む軍事分野での協力関係が伝えられている。

参照4章6節4項(大量破壊兵器などの移転・拡散の懸念の拡大)

1 2013年当時は国防委員会第1委員長。2016年6月に開催された最高人民会議において、国防委員会を国務委員会に改め、金正恩氏が「国務委員長」に就任したことを受け、金正恩氏の役職は国務委員長に統一している。

2 第7回朝鮮労働党大会決定書「朝鮮労働党中央委員会事業総括について」(2016年5月8日)では、「軍事先行の原則で軍事を全ての事業に優先させ、人民軍隊を核心、主力として革命の主体を強化し、それに依拠して社会主義偉業を勝利のうちに前進させていく社会主義基本政治方式」とされる。

3 2021年9月13日、北朝鮮は、同月11日及び12日に、新たに開発した新型長距離巡航ミサイルの試験発射を成功裏に行ったこと、このミサイルは約2時間飛翔し、1,500km先の目標に命中したことなどを発表した。また、2022年1月28日には、同月25日にこのミサイルとは異なる種類とみられる長距離巡航ミサイルの発射を行い、1,800km先の目標に命中したことを発表している。

4 1962年に朝鮮労働党中央委員会第4期第5回総会で採択された。

5 例えば、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において、金正恩委員長は「現代戦において作戦任務の目的と打撃対象に応じ様々な手段で適用することのできる戦術核兵器を開発」する、「朝鮮半島地域における各種の軍事的脅威を、主動性を維持しつつ徹底的に抑止して統制、管理する」と表明している。

6 サーマン在韓米軍司令官(当時)は、2012年10月の米陸軍協会における講演で「北朝鮮は、世界最大の特殊部隊を保有しており、その兵力は6万人以上に上る」と述べているほか、韓国の「2020国防白書」は、北朝鮮の「特殊作戦軍」について、「兵力約20万人に達するものと評価される」と指摘している。

7 北朝鮮によるサイバー攻撃事案については、4章3節参照

8 プルトニウムは、原子炉でウランに中性子を照射することで人工的に作り出され、その後、再処理施設において使用済みの燃料から抽出し、核兵器の原料として使用される。一方、ウランを核兵器に使用する場合は、自然界に存在する天然ウランから核分裂を起こしやすいウラン235を抽出する作業(濃縮)が必要となり、一般的に、数千の遠心分離機を連結した大規模な濃縮施設を用いてウラン235の濃度を兵器級(90%以上)に高める作業が行われる。

9 北朝鮮は2003年10月に、プルトニウムが含まれる8,000本の使用済み燃料棒の再処理を完了したことを、2005年5月には、新たに8,000本の使用済み燃料棒の抜き取りを完了したことをそれぞれ発表している。なお、韓国の「2020国防白書」は、北朝鮮が50kg余りのプルトニウムを保有していると推定しており、「2018国防白書」における評価を維持している。

10 韓国の「2020国防白書」は、(北朝鮮の)高濃縮ウラン(HEU:Highly Enriched Uranium)を相当量保有していると評価している。なお、寧辺所在のウラン濃縮施設とは異なるウラン濃縮施設が「カンソン」に存在するとの指摘もある。

11 2021年8月に公表されたIAEA「Application of Safeguards in the Democratic People's Republic of Korea」。2022年4月公表の「国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル最終報告書」では、加盟国による指摘として掲載。

12 北朝鮮が2006年10月に初めて核実験を実施してから既に10年以上が経過し、また北朝鮮はこれまでに6回の核実験を実施している。このような技術開発期間及び実験回数は、米国、旧ソ連、英国、フランス、中国における小型化・軽量化技術の開発プロセスと比較しても不十分とは言えないレベルに到達しつつある。韓国の「2020国防白書」においては「北朝鮮の核兵器の小型化能力は相当なレベルに達している」との評価が示されている。

13 「SIPRI Yearbook 2021」による。

14 韓国の「2020国防白書」では、6回目の核実験について、「核爆発威力は約50ktでこれは過去核実験に比べて著しく大きく、水素弾試験を実行したと評価された」としている。なお、北朝鮮は4回目となる2016年1月の核実験についても、水爆実験であった旨主張しているが、当該核実験の出力は6~7ktと推定されることから、一般的な水爆実験を行ったとは考えにくい。

15 米国防省「朝鮮民主主義人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する報告」(2016年2月)など。

16 2021年10月の米国防情報局「北朝鮮の軍事力」など。

17 韓国の「2020国防白書」は、「北朝鮮は1980年代から化学兵器を生産し始め、約2,500~5,000トンの様々な化学兵器を貯蔵していると推定される。また、炭疽菌(たんそきん)、天然痘(てんねんとう)、ペストなど様々な種類の生物兵器を独自に培養し、生産しうる能力を保有していると推定される」と指摘している。北朝鮮は、1987年に生物兵器禁止条約を批准しているが、化学兵器禁止条約には加入していない。

18 「Jane's Sentinel Security Assessment China and Northeast Asia(2022年3月アクセス)」によれば、北朝鮮は弾道ミサイルを合計700~1,000発保有しており、そのうち45%がスカッド級、45%がノドン級、残り10%がその他の中・長距離弾道ミサイルであると推定されている。

19 固定式発射台からの発射の兆候は敵に把握されやすく、敵からの攻撃に対し脆弱であることから、発射の兆候把握を困難にし、残存性を高めるため、旧ソ連などを中心に開発が行われた発射台付き車両。2021年1月に公表された米空軍国家航空宇宙情報センター「弾道・巡航ミサイルの脅威」によれば、北朝鮮は、スカッド用のTELを最大100両、ノドン用のTELを最大100両、IRBM(ムスダン)用のTELを最大50両保有しているとされる。  TEL搭載式ミサイルの発射については、TELに搭載され移動して運用されることに加え、全土にわたって軍事関連の地下施設が存在するとみられていることから、その詳細な発射位置や発射のタイミングなどに関する個別具体的な兆候を事前に把握することは困難であると考えられる。  TELの開発動向は、北朝鮮の弾道ミサイル運用能力にかかわるものであることから、弾道ミサイルそのものの開発動向と合わせ、注視していく必要がある。

20 米議会調査局「北朝鮮の核兵器とミサイル計画」(2021年12月更新)など。

21 2021年4月には、韓国の徐旭(ソ・ウク)国防部長官が韓国国会において「プルアップ機動」によって飛翔した旨答弁しているほか、同年10月に公表された「国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル中間報告書」においても「プルアップ機動」を行った旨が指摘されている。

22 「Jane's Sentinel Security Assessment China and Northeast Asia(2022年3月アクセス)」は、2017年5月29日の試験発射は、MaRVを装備した、スカッドをベースとする短距離弾道ミサイルの初めての発射であるとみられ、北朝鮮による精密誘導システムの進歩を示すものであると指摘している。

23 これまでに防衛省として、北朝鮮がSLBMを発射したものと推定して発表したのは、2016年4月23日(「北極星」型)、同年7月9日(「北極星」型)、同年8月24日(「北極星」型)、2019年10月2日((「北極星3」型)、2021年10月19日(「新型SLBM」)、2022年5月7日(「新型SLBM」)の6回であり、このうち2016年、2021年、2022年の発射(計5回)はコレ級潜水艦からなされたと評価している。
このほか、北朝鮮は、2015年5月9日にSLBMの試験発射に成功した旨発表したほか、2016年1月8日に、2015年5月に公開したものとは異なるSLBMの射出試験とみられる映像を公表している。
なお、防衛省が発表した2016年7月9日の発射については、北朝鮮は発射の事実を公表していない。

24 ムスダンの射程については約2,500~4,000kmに達するとの指摘があり、わが国全域に加え、グアムがその射程に入る可能性が指摘されている。スカッドやノドンと同様に、液体燃料推進方式で、TELに搭載され移動して運用される。ムスダンは北朝鮮が1990年代初期に入手した旧ソ連製潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)SS-N-6を改良したものであると指摘されている。

25 2012年4月及び2013年7月に行われた閲兵式(軍事パレード)で登場した新型ミサイル「KN-08」は、詳細は不明だが、大陸間弾道ミサイルとみられている。また、2015年10月の閲兵式には、「KN-08」とみられる新型ミサイルが、従来と異なる形状の弾頭部で登場した。この「KN-08」の派生型とみられる新型ミサイルは「KN-14」と呼称されている。

26 その直前である2022年3月16日にも、北朝鮮は1発の弾道ミサイルを発射しているが、このミサイルは正常に飛翔しなかったものと推定されるほか、弾種を含む詳細については引き続き分析を行っている。

27 テポドン2を開発するための過渡的なものであった可能性がある弾道ミサイルとして、テポドン1がある。

28 2021年1月の党大会時の北朝鮮による発表などにおいては「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画」という名称への直接的な言及はみられなかったが、同年9月13日に長距離巡航ミサイルの発射を発表した際、北朝鮮メディアによって、このミサイル開発事業が「党第8回大会が提示した国防科学発展及び武器体系開発5か年計画重点目標の達成」のために意義をもつものであるとして、初めて公に言及されたとみられる。

29 近年、北朝鮮漁船や中国漁船が大和堆周辺のわが国排他的経済水域で違法操業を行っており、同海域で操業する日本漁船の安全を脅かす状況となっている。現場海域においては、水産庁と海上保安庁が連携し、外国漁船による違法操業の取締りを行っている。取締りの詳細については内閣府年次報告「海洋の状況及び海洋に関して講じた施策」、水産白書及び海上保安レポートを参照。

30 2018年に入ってから2022年3月末までの間に、北朝鮮籍タンカーと外国籍タンカーが公海上で接舷(横付け)している様子を海自哨戒機などが計24回確認している。これらの船舶は、政府として総合的に判断した結果、「瀬取り」を実施していたことが強く疑われる。これらの事案の詳細や、わが国の対応については、III部1章1節参照。

31 大韓貿易投資振興公社の発表による。