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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 韓国・在韓米軍

1 全般

韓国では、2022年5月に尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が発足した。尹錫悦政権は、北朝鮮の完全かつ検証可能な非核化を通じ、朝鮮半島の持続可能な平和を実現するとの目標を掲げている。そのうえで、北朝鮮の核・ミサイル脅威には強力に対応し、「不法かつ不合理な行動」には原則に従い断固として対処するとの方針だが、対話を通じて南北間の問題を解決していくとの考えも示しており、新政権の発足が今後の南北関係に及ぼす影響に注目していく必要がある。

韓国には、朝鮮戦争の休戦以降、現在に至るまで陸軍を中心とする米軍部隊が駐留している。韓国は、米韓相互防衛条約を中核として、米国と安全保障上極めて密接な関係にあり、在韓米軍は、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止するうえで大きな役割を果たすなど、地域の平和と安定を確保するうえで重要な役割を果たしている。なお、尹錫悦政権は、米韓同盟を包括的戦略同盟に発展させるとの方針を示しており、対米関係を重視する姿勢を強調している。

2 韓国の国防政策・国防改革

韓国は、約1,000万人の人口を擁する首都ソウルがDMZから至近距離にあるという防衛上の弱点を抱えている。韓国は、「外部の軍事的脅威と侵略から国家を守り、平和的統一を後押しし、地域の安定と世界平和に寄与する」との国防目標を定めている。

この「外部の軍事的脅威」の一つとして、かつては国防白書において「主敵」あるいは「北朝鮮政権と北朝鮮軍は韓国の敵」との表現が用いられていた。文在寅政権(当時)に入り、現在では、引き続き北朝鮮の大量破壊兵器は朝鮮半島の平和と安定に対する脅威であるとしつつも、北朝鮮を敵とする表現は消え、「韓国の主権、国土、国民、財産を脅かし、侵害する勢力をわれわれの敵とみなす」との表現が用いられているが、尹錫悦政権は、「北朝鮮政権と北朝鮮軍は韓国の敵」と国防白書に再び明記することを検討するとしている。

韓国は、国防改革に継続して取り組んでいる。近年では、2018年7月、全方位からの安全保障脅威への対応、先端科学技術を基盤とした精鋭化及び先進国家にふさわしい軍隊育成を3大目標とする「国防改革2.0」を発表した。本計画では、北朝鮮の脅威に対応するための戦力の確保を引き続き推進するとしたほか、兵力削減や兵役期間の短縮などが盛り込まれている。

3 韓国の軍事態勢

韓国の軍事力については、陸上戦力は、陸軍約42万人・19個師団と海兵隊約2.9万人・2個師団、海上戦力は、約220隻、約28万トン、航空戦力は、空軍・海軍を合わせて、作戦機約660機からなる。

韓国軍は、北朝鮮の脅威はもとより、未来の潜在的な脅威にも対応する全方位国防態勢を確立するとして、陸軍はもとより海・空軍を含めた近代化に努めている。海軍は、潜水艦、軽空母、国産駆逐艦などの導入を進めており、空軍は、2022年1月までにF-35A戦闘機40機の導入を完了したほか、国産戦闘機の導入を推進している。

また、文在寅政権(当時)は、北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対応する韓国型3軸体系(キル・チェーン、韓国型ミサイル防衛体系(KAMD:Korea Air and Missile Defense)、大量反撃報復(KMPR:Korea Massive Punishment & Retaliation))から、「戦略打撃体系」及び「韓国型ミサイル防衛体系」の構築へと概念変更し、対象も北朝鮮のミサイル脅威対応から、全方位からの安全保障脅威への対応に変更したが、尹錫悦政権は、従来の「韓国型3軸体系」の概念を復活させる動きを見せている。

韓国のミサイル開発については、1979年に米韓両政府が合意したミサイル指針により、射程や弾頭重量が制限されてきた。しかし、2017年11月、韓国政府は、北朝鮮の武力挑発への抑止力を高めるため、弾道ミサイルの弾頭重量制限を解除する改定を行ったと発表した。さらに、2021年5月の米韓首脳会談に際し、弾道ミサイルの射程を800kmに制限していた同指針の終了が発表された。

弾道ミサイルについては、射程300~800kmとされる「玄武(ヒョンム)2」などを実戦配備しているとみられるほか、2017年のミサイル指針改定で弾頭重量の制限が撤廃されたことを受け、2020年、弾頭重量2トン・射程800kmの「玄武4」の試験発射に成功したとされる。また、2021年9月、韓国政府は、潜水艦「島山安昌浩(トサンアンチャンホ)」からの潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)発射試験に成功したと発表した。韓国は、SLBMの開発・保有により、米国に依存しない独自の通常戦力による打撃手段の増強と多様化、残存性の向上などを企図していると考えられる。

韓国が実施したSLBM発射試験(2021年9月15日)【AFP=時事】

韓国が実施したSLBM発射試験(2021年9月15日)【AFP=時事】

巡航ミサイルについては、射程約500~1,500kmとされる地対地巡航ミサイル「玄武3」や、最大射程1,000km~1,500kmとされる艦対艦・艦対地巡航ミサイル「海星(ヘソン)」などを実戦配備しているとみられる。

さらに、韓国は近年、装備品の輸出を積極的に図っており、輸出品目についても、航空機、艦艇、自走砲、迎撃ミサイルなど多様化を遂げているとされている。2017年の輸出実績は契約額ベースで約32億ドルに達し、2006年から11年間で約13倍となった。その後、年間の輸出実績は公表されていないものの、2022年1月に単一の国産装備品として過去最高額(約4兆1,800億ウォン)となる迎撃ミサイルの輸出契約をUAEと締結するなど、最近では大型の輸出契約が増加傾向にある。

なお、2022年度の国防費(本予算)は、対前年度比約3.4%増の約54兆6,112億ウォンとなっており、2000年以降23年連続で増加している。なお、「国防改革2.0」によれば、韓国は国防費を年平均で7.5%増加させていくとしている。

参照図表I-3-4-7(韓国の国防費の推移)

図表I-3-4-7 韓国の国防費の推移

4 米韓同盟・在韓米軍

米韓両国は近年、米韓同盟を深化させるため様々な取組を行っており、平素から首脳レベルで米韓同盟の強化について確認している。

具体的な取組として、両国は、2013年3月に北朝鮮の挑発に対応するための「米韓共同局地挑発対応計画」に署名した。同年10月の第45回米韓安保協議会議(SCM(Security Consultative Meeting)、両国防相をトップとする協議体)では、北朝鮮の核・大量破壊兵器の脅威に対応する抑止力向上の戦略である「オーダーメード型抑止戦略(Tailored Deterrence Strategy)」を承認した。

また、2014年10月の第46回米韓安保協議会議では、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対応する「同盟の包括的ミサイル対応作戦の概念と原則(4D作戦概念)」に合意し、2015年11月の第47回米韓安保協議会議において、その履行指針を承認した。

さらに、2016年1月の北朝鮮による核実験の強行などを受け、2017年9月、在韓米軍にTHAAD(Terminal High Altitude Area Defense)32が臨時配備された。加えて、同月の米韓首脳会談において、韓国や周辺地域に、米国の戦略アセットの循環配備を拡大することで合意した。

最近では、米韓両国は、2021年12月の第53回米韓安保協議会議で、米韓同盟を朝鮮半島・北東アジアからインド太平洋地域に拡大するとともに、11年ぶりに新たな「戦略企画指針」を承認し、これに基づき作戦計画を最新化していくことで合意した。これについて、米韓両国は、北朝鮮の脅威を含む「戦略環境の変化」を反映するとしており、背景に北朝鮮の核・ミサイル能力の高度化などがあると指摘されている。

一方、米韓合同軍事演習については、北朝鮮との対話の進展を受けて、米韓両国は、2018年以降、大規模な機動演習の取りやめや、指揮所演習の規模縮小などを行ってきた33。また、2020年以降も、新型コロナウイルス感染症の影響などにより、演習の規模縮小や延期は続いた。

さらに、2021年1月の新年記者会見において文在寅大統領(当時)は、米韓合同訓練について、北朝鮮が毎回鋭敏に反応するとし、南北軍事共同委員会を通じて北朝鮮と協議可能だと言及した。ただし、2021年以降も、定例の米韓連合指揮所訓練などは規模を縮小する形で実施されてきている。

また、両国では、米韓連合軍に対する戦時作戦統制権の韓国への移管34や在韓米軍の再編などの問題についての取組が進められている。

まず、戦時作戦統制権の韓国への移管については、2010年10月に移管のためのロードマップである「戦略同盟2015」が策定され、2015年12月1日までの移管完了を目標として、従来の「米韓軍の連合防衛体制」から「韓国軍が主導し米軍が支援する新たな共同防衛体制」に移行する検討が行われていた。

しかし、北朝鮮の核・ミサイルの脅威が深刻化したことなどを受け、第46回米韓安保協議会議において、戦時作戦統制権の移管を再延期し、韓国軍の能力向上などの条件が達成された場合に移管を実施するという「条件に基づくアプローチ」が採られることが決定された。また、2018年10月の第50回米韓安保協議会議では、戦時作戦統制権移管後は、未来連合軍司令部として米韓連合軍司令官に現在の米国軍人に代わり韓国軍人を置くことを決定した。

2019年8月には、連合指揮所演習において、韓国軍の運用能力についての基本運用能力(IOC:Initial Operating Capability)検証が実施された。同年11月の第51回米韓安保協議会議では、同演習がIOCを検証するうえで重要な役割を果たしたことが確認され、2020年に未来連合軍司令部に対する完全運用能力(FOC:Full Operational Capability)評価を実施することとされた。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響などのため、同年及び2021年は予行演習の実施にとどまり、2021年12月の第53回米韓安保協議会議において、FOC評価を2022年に実施することが決定した。

韓国軍は、戦時作戦統制権の移管に必要な、米韓連合防衛を主導する軍事能力と北朝鮮の核・ミサイル脅威対応に必要な防衛力を早期に拡充し、周期的な準備状況の評価を通じて戦時作戦統制権の移管を加速化していくとしている。

在韓米軍の再編問題については、2003年、ソウル中心部に所在する米軍龍山(ヨンサン)基地のソウル南方の平沢(ピョンテク)地域への移転や、漢江(ハンガン)以北に駐留する米軍部隊の漢江以南への再配置などが合意された。その後、戦時作戦統制権の移管延期に伴い、米軍要員の一部が龍山基地に残留することや、北朝鮮の長距離ロケット砲の脅威に対応するため在韓米軍の対火力部隊を漢江以北に残留することが決定されるなど、計画が一部修正された。

2017年7月に米第8軍司令部が、2018年6月に在韓米軍司令部及び国連軍司令部が平沢地域に移転した。在韓米軍の再編は、朝鮮半島における米国及び韓国の防衛態勢に大きな影響を与えるものと考えられるため、今後の動向に引き続き注目する必要がある。

在韓米軍の安定的な駐留条件を保障するため、在韓米軍の駐留経費の一部を韓国政府が負担する在韓米軍防衛費分担金については、2021年3月、第11次防衛費分担特別協定について米韓が合意に至った。同協定は2020年から2025年までの6年間有効で、2020年度の総額は2019年度の水準に据え置き、2021年度は2020年比13.9%増、2022年から2025年は前年度の韓国国防費の増加率を適用するとしている。

5 対外関係
(1)中国との関係

中国と韓国との間では継続的に関係強化が図られてきている一方、懸案も生じている。中国は在韓米軍へのTHAAD配備について、中国の戦略的安全保障上の利益を損なうものであるとして反発しているが、2017年10月、中韓両政府は、軍事当局間のチャンネルを通じ、中国側が憂慮するTHAADに関する問題について疎通していくことで合意した。この点、尹錫悦大統領は、大統領選挙時にTHAADの追加配備を公約に掲げるとともに、「相互尊重」に基づく中韓関係を実現するとしており、今後の中韓関係の動向が注目される。

(2)ロシアとの関係

韓国とロシアとの間では、軍事技術、防衛産業、軍需分野の協力について合意されている。2018年6月には文在寅大統領(当時)が韓国大統領として19年ぶりにロシアを国賓訪問したほか、同年8月、国防戦略対話を実施し、同対話を次官級に格上げすることなどに合意した。さらに2021年11月、両国政府は、海・空軍間のホットラインを設置することに合意した。こうした中、2022年2月以降のロシアによるウクライナ侵略を受けて、韓国は、国際社会との協調を示す形で、ロシアに対する制裁措置を実施するとともに、ウクライナに軍需物資などを提供した。一方、ウクライナ側が要請した対空ミサイルなどの提供には難色を示すなど一定の慎重さも見せており、韓国がウクライナ情勢を踏まえ、ロシアとの関係性も考慮する中で、今後いかなる対応をとっていくか注目される。

32 ターミナル段階にある短・中距離弾道ミサイルを地上から迎撃する弾道ミサイル防衛システム。大気圏外及び大気圏内上層部の高高度で目標を捕捉し迎撃する。弾道ミサイル防衛システムについては、III部1章2節参照

33 「フリーダム・ガーディアン」及び「キーリゾルブ」については、2019年より代わりとなる新たな「連合指揮所訓練」を上・下半期に各1回実施することとされている。

34 米韓両国は、朝鮮半島における戦争を抑止し、有事の際に効果的な連合作戦を遂行するための米韓連合防衛体制を運営するため、1978年から、米韓連合軍司令部を設置している。米韓連合防衛体制のもと、韓国軍に対する作戦統制権については、平時の際は韓国軍合同参謀議長が、有事の際には在韓米軍司令官が兼務する米韓連合軍司令官が行使することとなっている。