Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第5節 ロシア

1 全般

これまで「強い国家」や「影響力ある大国」を掲げ、ロシアの復活を追求してきたプーチン大統領は、2021年4月、ウクライナ国境周辺やロシアが違法に「併合」したクリミア半島におけるロシア軍部隊の増強が報じられる中、年次教書演説の場において「ロシアは、自らの立場を貫く方法を必ず見つける」と述べ、新たに「レッドライン」との表現を用い、ロシアの安全保障上の根本的利益が脅かされる事態は容認しないと主張した。

2021年9月、ロシア・ベラルーシ戦略演習「ザーパド2021」を視察するプーチン大統領(中央)、ショイグ国防相(右)及びゲラシモフ軍参謀総長(左)【ロシア大統領府】

2021年9月、ロシア・ベラルーシ戦略演習「ザーパド2021」を視察する
プーチン大統領(中央)、ショイグ国防相(右)及びゲラシモフ軍参謀総長
(左)【ロシア大統領府】

バイデン米大統領の就任後初めて対面で実施された同年6月の米露首脳会談において、米露は戦略的安定性対話の開始に合意した。同会談後の記者会見において、プーチン大統領は、戦略的安定性の分野には新戦略兵器削減条約(新START)を除きほぼ何も残っておらず、欧米諸国にとって予見不可能と映るロシアの対外政策は、自国に対する脅威への対処に過ぎないとの見解を示した。

同年7月に改訂された「国家安全保障戦略」は、ロシアに対する意図的な封じ込め政策が行われていると述べ、外部の脅威の存在と、それに屈しない「強い国家」であるという自己認識を示した。

同年秋以降、ウクライナ国境周辺やロシアが違法に「併合」したクリミア半島にロシア軍部隊が再び集結し演習を繰り返すなどの動きがみられ、米国等の関係国は、ロシアによるウクライナへの侵攻の可能性を懸念し、外交努力によりロシアに緊張緩和を求めるとともに、武器の供与など、ウクライナへの部隊の派遣以外の手段により、ウクライナを支援する姿勢を示した。同年11月の外務省幹部会議拡大会合において、プーチン大統領は、ウクライナ・黒海情勢やNATOの東方拡大と関連して再び「レッドライン」との表現を用い、西部国境地域における自国の安全保障の長期的な保証が必要と指摘し、同年12月、ロシア外務省は、NATOの東方不拡大などに関する米国及びNATOとの条約・協定の自国案を公表した。ロシアは、ウクライナをはじめとする旧ソ連諸国のNATO新規加盟を認めないと主張する一方、米国などのNATO諸国は、ロシアによる他国の安全保障政策への介入は認められないとして、意見の隔たりは大きく、その後のロシアと欧米諸国の協議の間もウクライナ周辺等へのロシア軍部隊の集結が一層進んだ。2022年2月24日、ロシアはウクライナが米国をはじめとするNATO諸国との協力を進展させることで「レッドライン」を越えたと述べるプーチン大統領の声明を発表、ウクライナ東部の親露分離派勢力である「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」の住民保護を目的にウクライナの武装解除を目的とした「特別軍事作戦」を実施すると称して、同国に対する全面的な侵略を開始した。ロシアによるウクライナ侵略は、ウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法と国連憲章の深刻な違反であるとともに、このような力による一方的な現状変更は、欧州のみならず、アジアを含む国際秩序の根幹を揺るがすものである。

また、ロシアは、軍事分野において、今後も戦略的核兵器の近代化に取り組む姿勢を明確にしているほか、シリアへの軍事介入やリビア内紛への関与を通じて地中海地域に影響力を行使している。わが国の周辺のロシア軍についても、近年新型装備の導入や活動の活発化の傾向が認められるほか、中国軍と爆撃機の共同飛行や艦艇の共同航行を実施するなど、中国との連携を強化する動きもみられることから、北方領土を含む極東地域のロシア軍の位置づけや動向について、ウクライナ侵略における動きも踏まえつつ、懸念を持って注視していく必要がある。

参照2章2節2項(2021年春以降のウクライナをめぐる情勢)
2章3節(ウクライナ侵略の経過と見通し)