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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

4 大量破壊兵器などの移転・拡散の懸念の拡大

自国防衛の目的で購入・開発を行った兵器であっても、国内生産が軌道に乗ると、輸出が可能になり移転されやすくなることがある。例えば、通常戦力の整備に資源を投入できないため、これを大量破壊兵器などによって補おうとする国家に対し、政治的なリスクを顧みない国家から、大量破壊兵器やその技術などの移転が行われている。大量破壊兵器などを求める国家の中には、自国の国土や国民を危険にさらすことに対する抵抗が小さく、また、その国土において国際テロ組織の活発な活動が指摘されているなど、政府の統治能力が低いものもある。こうした場合、一般に大量破壊兵器などが実際に使用される可能性が高まると考えられる。

さらに、このような国家では、関連の技術や物質の管理体制にも不安があることから、化学物質や核物質などが移転・流出する可能性が高いことが懸念されている。例えば、技術を持たないテロリストであっても、放射性物質を入手しさえすれば、これを散布し汚染を引き起こすことを意図するダーティボムなどをテロの手段として活用する危険があり、テロリストなどの非国家主体による大量破壊兵器の取得・使用について、各国で懸念が共有されている。

大量破壊兵器などの関連技術の拡散はこれまでに多数指摘されている。例えば、2004年2月には、パキスタンのカーン博士らにより北朝鮮、イラン、リビアに主にウラン濃縮技術を中心とする核関連技術が移転されたことが明らかになった。また、北朝鮮は、シリアの秘密裡の核関連活動を支援していたとの指摘もある5

運搬手段となる弾道ミサイルについても、移転・拡散が顕著であり、旧ソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国・地域にスカッドBを輸出したほか、中国によるDF-3(CSS-2)、北朝鮮によるスカッドの輸出などを通じて、現在、相当数の国などが保有するに至っている。例えば近年では、イエメン北部を拠点とする反政府武装勢力ホーシー派が、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)に対し散発的に弾道ミサイルなどを用いた攻撃を行っているが、ホーシー派はイランから武器供給を受けているとの指摘がある6

北朝鮮は、技術や通常兵器、WMDサプライ・チェーンのための物品の拡散源であり続けていると指摘されている。例えば、2019年に発射実験された2種類の短距離弾道ミサイルの発射台付き車両(TEL:Transporter-Erector-Launcher)が砂色・黄褐色に塗装されているのは販売目的があるとの指摘があるほか7、イランとの間で長距離ミサイル開発についての協力を行っているとの指摘もある8

この点、1980年代から90年代にかけて北朝鮮が発射実験をほとんど行うことなく、弾道ミサイル開発を急速に進展させてきた背景として、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への移転の可能性が考えられる。また、弾道ミサイル本体及び関連技術の移転を行い、こうした移転によって得た利益でさらにミサイル開発を進めているといった指摘9もある。

こうした動きに対する国際社会の断固たる姿勢は、大量破壊兵器などの移転・拡散に関与する国への大きな圧力となり、一部の国に国際機関の査察を受け入れさせるといった結果にもつながっている。一方、近年では懸念国が大量破壊兵器などを国外に不正輸出する際に、書類偽造や輸送経路の多様化などによって巧妙に国際的な監視を回避しつつ、移転を継続していると指摘されている。また、懸念国が、先進国の主要企業や学術機関などに派遣した自国の研究者や留学生などを通じて、大量破壊兵器などの開発・製造に応用し得る先端技術を入手する、無形技術移転も懸念されている。

5 2014年1月の米国家情報長官「世界脅威評価」による。

6 ホーシー派をめぐる情勢については、3章10節5項参照

7 2020年4月公表の「国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル最終報告書」による。

8 2021年3月公表の「国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル最終報告書」による。

9 2018年5月の米国防省が議会に提出した「朝鮮民主主義人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する報告」などによる。