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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

5 対外関係

1 全般

ロシアは、国際関係の多極化、グローバルパワーのアジア太平洋地域へのシフトのほか、国際関係において力がますます重要になってきているとの認識のもと、国益を実現していくことを対外政策の基本方針としている3。また、外交は国家安全保障戦略に基づき、国益の擁護のため、オープンで合理的かつ実利的に行うこととしており、多角的な外交を目指している。

また、ロシアは、世界経済の牽引役と認識するアジア太平洋諸国とも関係を強化すべきとしており、昨今、中国とインドを重視している。特に中国については、2014年のウクライナ危機以降、西側諸国との対立の深まりと反比例するかのように連携を強化する動きがみられる。

2 米国との関係

プーチン大統領は、米国との経済面での協力関係の強化を目指しつつ、一方で、ロシアが「米国によるロシアの戦略的利益侵害の試み」と認識するものについては、米国に対抗してきた。

軍事面においては、ロシアは、米国が欧州やアジア太平洋地域を含む国内外にMDシステムを構築していることについて、地域・グローバルな安定性を損ない、戦略的均衡を崩すものと反発してきており、MDシステムを確実に突破できるとする戦略的な新型兵器の開発などを進めている。

ウクライナ危機をめぐって米国が2014年3月以降、ロシアとの軍事交流を中断している中、両国の航空機や艦船の接近事案がたびたび生起している。2020年11月には、米海軍のミサイル駆逐艦がロシア極東ウラジオストク沖のピョートル大帝湾付近を航行したのに対し、ロシア外務省は声明で、米艦艇による領海侵入があったとして、「公然の挑発だ」と非難した。ロシアはソ連時代から同湾を国際法上の「内水」と主張する一方、米国は、航行した水域はロシア領海でないと反論している。

米露間の軍備管理については、トランプ前政権下の2019年8月、米側の脱退表明に端を発した一連のプロセスを経て、中距離核戦力(INF)全廃条約が終了した。2020年11月には米国が、欧米とロシアなどとの間で偵察機による相互監視を認めたオープンスカイ(領空開放)条約を脱退し、ロシアも2021年1月に脱退を表明した。

一方、米露間の戦略核戦力の上限を定めた新戦略兵器削減条約(新START)については、同年2月の期限直前となる同年1月、プーチン大統領とバイデン米新大統領との初の電話会談において、同条約を無条件で5年間延長することで合意した。

参照2章4節2項(NATO加盟国などの対応)

3 中国との関係

中国との関係では、2015年にS-400地対空ミサイルやSu-35戦闘機といった新型装備の輸出契約を締結したほか、2012年以降、中露海軍共同演習「海上協力」を実施するなど、緊密な軍事協力を進めている。

2021年には、8月に中国国内において初の二国間戦略演習「西部・連合2021」を実施した。また、10月には海軍共同演習「海上協力」を2年ぶりに実施し、同演習終了後、参加艦艇を中心とする両国艦艇計10隻による初の「中露共同航行」を、わが国を周回する形で実施した。11月には、2019年以降毎年1回実施されている、ロシアのTu-95爆撃機と中国のH-6爆撃機による「中露共同飛行」を、日本海から東シナ海、さらには太平洋に至る空域で実施したほか、ロシアのウクライナ侵略開始から3か月となる2022年5月にも両国の爆撃機が長距離にわたる共同飛行を実施し、これまでよりも遠方の太平洋における活動がみられた。これらのわが国周辺における中露共同活動は、わが国に対する示威行動を意図したものと考えられる。

また、2021年11月の中露国防相会談では、ショイグ国防相は、戦略軍事演習や共同飛行・航行に関する両国軍の協力関係を強化することで合意し、2025年までの協力ロードマップを承認した。同会談では、ショイグ国防相が中国側に対し、ロシア連邦の東部国境付近における米戦略爆撃機の飛行は、中国に対しても脅威である旨指摘したと発表されている。

参照3章2節3項2(ロシアとの関係)
図表I-3-5-4(中露による共同飛行)

図表I-3-5-4 中露による共同飛行

4 旧ソ連諸国との関係

ロシアは旧ソ連諸国との二国間・多国間協力の発展を外交政策の最も重要な方向性の一つとしている。また、自国の死活的利益が同地域に集中しているとし、集団安全保障条約機構(CSTO:Collective Security Treaty Organization)4加盟国であるアルメニア、タジキスタン及びキルギスのほか、モルドバ(トランスニストリア)、ジョージア(南オセチア、アブハジア)及びウクライナ(クリミア)にロシア軍を駐留させ、2014年11月には、アブハジアと同盟及び戦略的パートナーシップに関する条約を、2015年には、南オセチアと同盟及び統合に関する条約を締結するなど、軍事的影響力の確保に努めている。

しかし、ソ連解体から30年が経過した近年は、ロシアが旧ソ連圏に対して有する影響力が逓減しているとも解釈できる状況が生じている。特に、2020年に大規模な戦闘が起きたナゴルノ・カラバフ紛争においては、一方の当事国であるアルメニアは、ロシアと軍事同盟関係にあるものの、今次紛争においては戦闘が直接アルメニア領内に及んでいないとして、ロシアの対応は停戦合意の主導と平和維持部隊の派遣にとどまった。また、ジョージア、ウクライナ及びモルドバは欧州統合路線を指向しており、とりわけジョージア及びウクライナはNATO加盟を目指し、NATOとの協力を進展させている。

中央アジアにおいては、ロシアは、2021年8月にウズベキスタンとの共同演習を同国内で、ウズベキスタン及びタジキスタンとの共同演習をタジキスタン国内で実施した。これらの演習についてロシアは、アフガニスタン情勢の不安定化を背景とするものと説明している。また、2022年1月には、カザフスタン国内における抗議デモの拡大及び過激化への対応として、同国の要請により、ロシア空挺部隊を主力とするCSTO合同平和維持部隊が派遣された。

参照2章(ロシアによるウクライナ侵略)

5 その他諸国との関係
(1)アジア諸国との関係

ロシアは、多方面にわたる対外政策の中で、アジア太平洋地域の意義が増大していると認識し、シベリア及び極東の社会・経済発展や安全保障の観点からも同地域における地位の強化が戦略的に重要としている。アジアにおいては、中国との関係に加え、インドとの優先的な戦略的パートナーシップ関係に重要な役割を付与することとしており、2021年12月には、年次首脳会談に合わせ、初の外務・防衛担当閣僚協議(「2+2」)をニューデリーで開催した。軍事面では、2003年以降、陸軍及び海軍のほか、近年は空軍も加わる形で露印共同演習「インドラ」を行うなど、幅広い軍事協力を継続させている。また、ASEANとの関係強化にも取り組んでおり、2021年12月には初のASEAN諸国との海軍共同演習をインドネシア近海で実施した。

(2)欧州諸国との関係

NATOとの関係については、NATO・ロシア理事会(NRC:NATO-Russia Council)の枠組みを通じ、ロシアは、一定の意思決定に参加するなど、共通の関心分野において対等なパートナーとして行動してきたが、2014年のウクライナ危機を受けて、NATOや欧州各国は、NRCの大使級会合を除き、軍事面を含むロシアとの実務協力を同年以降停止した。

2021年10月、NATOは在NATO露代表部の外交官が実際には情報機関員であったとして国外追放するなどした。ロシア外務省は対抗措置として在NATO代表部及びモスクワにあるNATO関連事務所の活動停止を発表した。

2022年1月、ウクライナ周辺などにおけるロシア軍部隊の集結に関して、NRC会合が約2年ぶりに実施された。

参照2章2項1(冷戦終結後の欧州における安全保障環境とウクライナ)
2章4節2項(NATO加盟国などの対応)

(3)中東・アフリカ諸国との関係

2015年9月以降、シリアでアサド政権を支援する作戦を展開するロシア軍は、シリア国内のタルトゥース海軍基地及びフメイミム航空基地を拠点として確保しつつ、戦闘爆撃機や長距離爆撃機による空爆のほか、カスピ海や地中海に展開した水上艦艇や潜水艦からの巡航ミサイル攻撃を実施した。

巡航ミサイルや戦略爆撃機を用いたシリアでの作戦は、ロシアの長距離精密打撃能力を誇示する格好の場となった。ロシアがシリアに軍事プレゼンスを維持し、長射程地対空ミサイルの配備により恒久的な「A2/AD」能力を構築していると指摘されていることや、トルコ、イラン、エジプト等の周辺国との連携拡大を考慮すると、シリアを中心とする地中海東部地域に対するロシアの影響力は無視できないものとなっている。

ロシアはシリア問題に加えて、リビア和平においてもトルコと利害調整しつつ、その影響力を強めている。2020年5月、米アフリカ軍(AFRICOM)は、ロシアのMiG-29戦闘機などがシリアで国籍標識が消された後、リビアに届けられたと公表し、ロシア政府が支援する民間軍事会社(PMC)を利用して、リビアの戦況を作為していると非難した。また、ロシアがリビアの海岸部に拠点を置くことになれば、ロシアの恒久的な「A2/AD」能力をリビア沿岸部に構築することになり、欧州南部の国々にとって極めて深刻な安全保障上の懸念が生じるとした。さらに、ロシアPMC「ワグナー」の要員約1,200人がリビアに派遣されているとの指摘もある。

2019年10月、ロシアはソチにおいて、第1回ロシア・アフリカサミットを開催するとともに、ロシア・南アフリカ軍事協力合意(1995年署名)に基づき、ロシアの戦略爆撃機Tu-160×2機などを南アフリカに派遣した。また、2020年12月、ロシア政府は、海軍の拠点をアフリカ北東部スーダンの紅海沿岸に設置することでスーダン政府と合意したと発表した。

シリアのタルトゥースに加え、スーダンにロシア海軍の拠点を確保することにより、ロシア軍のより遠方での展開能力が高まることになる。

さらに、2022年1月には、マリ軍報道官が、同国軍の訓練のため二国間合意に基づき国内にロシア人教官が派遣されていると発言したほか、ロシアPMC「ワグナー」の要員300人から400人がマリ国内で活動しているとの指摘もある。

6 武器輸出

ロシアは、軍事産業基盤の維持、経済的利益のほかに、外交政策への寄与といった観点から武器輸出を積極的に推進しており、国営企業「ロスオボロンエクスポルト」が独占して輸出管理を行っている。また、スホーイ、ミグ、ツポレフといった航空機企業の統合を図るなど、生産体制の効率化にも取り組んでいる。ロシアは現在、武器輸出の世界シェアで米国及びフランスに次ぐ3位を占めており5、アジア、アフリカ、中東などに戦闘機、艦艇、地対空ミサイルなどを輸出している。近年は、従来の武器輸出先に加え、トルコやサウジアラビアなどの米国の同盟国や友好国に対しても積極的な売り込みを図っている。特にNATO加盟国のトルコへのS-400の輸出をめぐっては米国の反発を招いた。また、ベトナム、マレーシア、ミャンマーなど、東南アジア諸国への売り込みを拡大させている。

3 「ロシア連邦対外政策構想」(2016年11月)による。

4 ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アルメニアの6カ国が加盟する軍事同盟。CSTOの設立根拠となる1992年の集団安全保障条約第4条に、加盟国が侵略を受けた場合、「残る全加盟国は、被侵略国の要請に応じて、軍事的援助を含む必要な援助を早急に行うとともに、自らの管理下にある全ての手段を用いた支援を国連憲章第51条に規定された集団的自衛権の行使手順に則って提供する」との規定がある。

5 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)によれば、ロシアは武器輸出の世界シェアで米国及びフランスに次ぐ3位(11%)となっている。