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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第6節 大洋州

1 オーストラリア

1 全般

オーストラリアは、戦略的利益、自由と人権の尊重、民主主義、法の支配といった普遍的な価値をわが国と共有する特別な戦略的パートナーであり、オーストラリアとの関係の重要性はこれまで以上に高まっている。

2 国防戦略

豪政府は2020年7月、「2020国防戦略アップデート」とその戦略を推進するための能力投資計画である「2020戦力体制計画」を発表した。その中で、豪政府は、戦略環境の変化として、インド太平洋地域における軍事近代化や米中をはじめとする主要国間の競争の激化をあげた。また、紛争を引き起こさない範囲で自らの戦略目標を達成するグレーゾーンにおける活動が活発化しているとし、準軍事戦力の利用、紛争地形の軍事拠点化、影響力行使・介入の実施、経済的圧力などが例としてあげられた。

豪政府は、こうした情勢認識のもと、インド太平洋地域、特にインド洋北東部から、東南アジアの海上及び陸上を通り、パプアニューギニア及び南西太平洋に至る地域を重視する方針を打ち出した。国防戦略の目標は、①オーストラリアの戦略環境を形成し、②オーストラリアの国益に反する行動を抑止し、③必要時に信頼に足る軍事力によって対処するため、軍事力を配備することである。同目標を達成するため、豪政府は2030年までの10年間で約2,700億豪ドルを豪軍の能力向上に投資する方針である。この2,700億ドルの投資には、陸・海・空軍の装備、情報、サイバー、宇宙関連のほか、インド太平洋における侵攻を抑止又は対処するための新たな長距離攻撃能力の獲得が含まれている。また、2021年度の国防予算は446億豪ドルであり、2020年度に引き続きGDP比2パーセントを達成している。

現在、オーストラリアは、約5万9,600人の兵力を有し、同盟国である米軍との共同作戦を実施すべく、高性能な戦車、艦艇、航空機を保有している。これらを遠方展開させるための空中給油機、強襲揚陸艦なども保有している。2022年3月、豪政府は豪国防軍兵力を2040年までに1万8,500人増やし約30パーセント増員させることを発表している。

また、2021年9月にはオーストラリア、英国及び米国の首脳が、インド太平洋地域における外交、安全保障、防衛の協力を深めることを目的とした3国による新たな安全保障協力の枠組みとなる「AUKUS(オーカス)」の設立を発表した。協力項目としては、①情報・技術共有の深化、②安全保障・防衛関連の科学、技術、産業基盤、サプライチェーンの統合深化、③安全保障・防衛能力に関する協力強化をあげている。その最初の取組として、オーストラリアによる原子力潜水艦8隻の取得について協力するとしている1。2022年4月には、原子力潜水艦取得検討の進捗状況のほか、海中ロボット自律システム、量子技術、人工知能、極超音速能力などについての協力の深化を含むファクトシートを発表している。他には、オーストラリアが、トマホーク巡航ミサイル、スタンド・オフ・ミサイル(JASSM-ER、LRASM)及び射程400km以上とされる陸軍向け精密打撃誘導ミサイルの導入に加え、空軍向けの極超音速ミサイルの開発について、米国と協力を進める意向を明らかにしている。

「AUKUS」創設合意を受けてオンラインで共同記者会見をする米英豪3か国首脳【EPA=時事】

「AUKUS」創設合意を受けてオンラインで共同記者会見をする
米英豪3か国首脳【EPA=時事】

3 対外関係
(1)米国との関係

オーストラリアは、ANZUS(Security Treaty between Australia, New Zealand and the United States of America)条約2に基づく米国との同盟関係にある。「2020国防戦略アップデート」においては、情報共有、防衛産業・技術協力などを含め米国との同盟が不可欠であるとし、同盟を引き続き深化させる方針を明らかにしている。

両国は、1985年以降、外務・防衛閣僚協議(AUSMIN:Australia United States Ministerial Consultations)を定期的に開催し、主要な外交・安保問題について協議している。

2021年9月にワシントンで開催されたAUSMINの共同声明では、豪米両国は、インド太平洋地域が開かれ、包括的で、強靭であることを確実にするために、地域の平和、安全及び繁栄を引き続き推し進めていくことや、AUKUSや「クアッド」の枠組みを通じて協力していく決意を再確認した。また、両国は、中台問題を脅迫や威圧に頼らず、平和的解決に向け継続的に支援する旨改めて表明した。さらに、中国による法的根拠のない南シナ海における海洋権益に関する過大な主張に懸念を表明し、国連海洋法条約に整合的な方法で海洋交通安全法を含む中国国内法を適切に実施することを求めるとともに、2016年の比中仲裁判断が最終かつ法的拘束力を有するものであると改めて表明した。米豪軍は共同訓練を通じて相互運用性の向上を図っている。

「タリスマン・セイバー」は2005年以降、2年に1度行われている米豪共同演習であり、戦闘即応性及び相互運用性の向上を目的としている。2021年には、豪米軍に加え、カナダ軍、英軍、韓国軍、自衛隊などが参加し、水陸両用作戦、陸上戦闘訓練などを実施した。

米豪は、インド太平洋に近いオーストラリア北部において米軍のプレゼンスを強化してきた。2011年11月、「戦力態勢イニシアティブ」に基づき、2012年以降、米海兵隊はオーストラリア北部へのローテーション展開を開始し、2020年は約1,000名の米海兵隊員が展開した3。また、訓練参加のため、米空軍のB-52戦略爆撃機やF-22戦闘機などがオーストラリアへ随時展開しているが、2021年11月に米国防省が公表した「世界的な戦力態勢の見直し」において、オーストラリアへの米軍機のローテーション展開及びオーストラリアにおけるインフラの強化が明記されている。

(2)中国との関係

中国は、オーストラリアにとって最大の貿易相手国であり、オーストラリアは、政治・経済分野での交流・協力のほか、国防分野でも当局間の対話、共同演習、艦艇の相互訪問などの交流を行ってきた。

一方で、オーストラリアは、中国に対する自国の立場を明確に発信する姿勢を見せるなど、対中警戒心を顕在化させている。

南シナ海問題において、豪政府は、中国による埋立及び建設活動に対し強い懸念を表明し、全ての領有権主張国に対して軍事化などの停止を要求しているほか、航行の自由及び上空飛行の自由にかかる権利を行使し続ける旨表明している。外交白書2017では、オーストラリアが最重要と位置づけるインド太平洋地域において中国が米国の地位に挑戦している旨明記した。

豪軍艦艇や米軍艦艇も利用してきたダーウィン港をはじめとする中国資本による豪施設の買収に対しては、内外から懸念の声が上がり、豪政府は2017年1月、特定の港湾など安全保障上の重要インフラが外国資本に買収されることを防ぐため、関係機関に助言する専門の組織として「クリティカル・インフラストラクチャー・センター」を設置した。同センターは、通信、電気、ガス、水、港湾などのオーストラリアの重要インフラへの妨害、スパイ行為、威圧活動を査定することを通じて、外国による関与のリスクを管理している。

中国によるオーストラリア政界への巨額の政治献金や賄賂など、影響力の行使とみられる活動が活発になる中、外国からの内政干渉などを阻止するための法律も可決された。

新型コロナウイルス感染症をめぐっては、オーストラリアが中国の新型コロナウイルス感染症発生源をめぐる独立調査の必要性を提起したのを契機に中国がオーストラリア産牛肉などの輸入を相次いで制限するなど摩擦が生じている。また、香港やウイグルの人権などをめぐっても、中国とオーストラリアとの対立が深刻化していると指摘されている。さらに、台湾防衛について、2021年11月、ダットン豪国防相は、米国が行動を起こすことを選択した場合、米国を支援しないことは考えられない旨発言している。

AUKUSの設立については、中国は、オーストラリアに対する原子力潜水艦に関する技術の提供は地域の平和と安定を破壊するものだと主張し批判している。

また、2022年2月19日、豪国防省は、同年2月17日にアラフラ海において、豪空軍P-8Aポセイドンが中国海軍艦艇から照射されたレーザーを探知したと公表し、同月20日、モリソン豪首相は、レーザー照射を「威嚇行為であり決して受け入れない」として非難した。これに対し、中国国防部及び外交部は、豪の主張を「事実と異なる」とするなど、対立している。

(3)インドとの関係

オーストラリアは、インドを主要な安全保障上のパートナーとみなしている。

両国は2020年6月の首脳会談(オンライン)において、両国関係を包括的戦略的パートナーシップ関係に引き上げることで合意した。両首脳は「開かれた、自由で、ルールに基づくインド太平洋地域」のビジョンを共有し、「インド太平洋における海洋協力の共同ビジョンに関する共同宣言」を発表した。

2021年9月、両国は、ニューデリーにおいて、初の豪印外務・防衛閣僚協議「2+2」を実施した。共同声明では、防衛、海洋、気候変動、サイバー、宇宙、対テロ、経済など広範な分野での包括的な協力で合意した。特に防衛分野では、防衛技術、海洋領域把握及び相互兵站支援での協力強化で合意した。

2021年8月から10月、豪海軍は、2020年に続いて、米・印海軍及び海上自衛隊との共同訓練「マラバール」に参加した。

参照8節1項2(軍事)

(4)東南アジア及び太平洋島嶼国との関係

オーストラリアは、「2020国防戦略アップデート」において、インド洋北東部から、東南アジアの海上及び陸上を通り、パプアニューギニア及び南西太平洋に至る地域を重視する方針を打ち出している。

インドネシアとは、2006年11月の安全保障協力の枠組みであるロンボク協定への署名、2010年3月の戦略的パートナーシップへの引き上げ及び2012年9月のテロ対策や海上安全保障での協力強化などが盛り込まれた防衛協力協定の締結などを経て、安全保障・国防分野の関係を強化してきた。両国間の安全保障・国防分野の協力関係は断続的に停滞した時期もあったが、その後、閣僚級の往来が再開されたほか、外務・防衛閣僚協議(2+2)の定期開催や2018年の海上安全保障やテロリズムに関する防衛協力協定及び海洋協力行動計画への署名などを通じ、両国関係は改善している。

シンガポール及びマレーシアとは、両国に対する攻撃や脅威が発生した場合、オーストラリア、ニュージーランド、英国がその対応を協議する「五か国防衛取極(FPDA:Five Power Defence Arrangements)」(1971年発効)があり、この枠組みに基づき南シナ海などにおいて定期的に共同統合演習を行っている。シンガポールについては、オーストラリアの最も進んだ国防パートナーであり、安全な海上貿易環境に対する利益を共有するとしている。2016年10月には、包括的戦略パートナーシップのもと、オーストラリアにおける軍事訓練及び訓練区域の開発に関する了解覚書に署名するなど、防衛協力も進んでいる。マレーシアに対しては、同国のバターワース空軍基地に豪軍を常駐させるとともに、南シナ海やインド洋北部の哨戒活動を通じて、同地域の安全と安定の維持に貢献している。

太平洋島嶼国及び東ティモールに対しては、治安維持、自然災害対処及び海上警備などの分野における支援を主導的に行っている。特に、2022年1月に発生したトンガ沖の海底火山噴火とそれに伴う地震及び津波被害に際して、C-17A輸送機を派遣し、避難所用品、衛生用品、通信機器などの支援物資を輸送するなど、ニュージーランドやわが国などの他国と協力しながら支援活動を実施した。また、海上警備分野においては、現在も定期的に豪軍アセットを南太平洋に派遣して警備活動を支援しているほか、2023年までに新型のガーディアン級哨戒艇21隻を太平洋島嶼国及び東ティモールに提供する予定である。2019年5月、モリソン首相は、総選挙後の組閣直後に、「パシフィック・ステップ・アップ」と称する太平洋島嶼国への積極的な関与を継続する旨表明し、太平洋島嶼国を重視する姿勢を鮮明にしている。

参照本節2項(ニュージーランド)
7節(東南アジア)

(5)海外における活動

オーストラリアは、インド太平洋地域を重視する「2020国防戦略アップデート」のもと、中東での任務の一部を終了し、インド洋、南シナ海、太平洋島嶼国周辺における訓練・海上監視などを重視している。また、2018年以降、国連安保理決議で禁止されている北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対して、哨戒機及び艦艇による警戒監視活動を行うなど、国際社会の平和と安定に向けた貢献を行っている。

1 オーストラリアはフランスから12隻の通常動力型潜水艦(アタック級潜水艦)を調達する予定であったが、AUKUSの枠組みにより、原子力潜水艦の取得を目指すこととなったため、この通常動力型潜水艦の取得計画は中止となった。

2 1952年に発効したオーストラリア・ニュージーランド・米国間の三国安全保障条約。ただし、ニュージーランドが非核政策をとっていることから、1986年以降、米国は対ニュージーランド防衛義務を停止しており、オーストラリアと米国の間及びオーストラリアとニュージーランドの間でのみ有効

3 2021年は、約2,200人が参加予定と発表された。