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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第8節 南アジア

1 インド

1 全般

広大な領土に13億を超える人口を擁し、近年着実な経済発展を遂げているインドは、世界最大の民主主義国家であり、南アジア地域で大きな影響力を有している。また、アジア・太平洋と中東・ヨーロッパを結ぶ海上交通路を有するインド洋のほぼ中央という、戦略的及び地政学的に重要な位置に存在し、地政学的プレーヤーとして存在感を増しており、国際社会からもインドが果たす役割への期待が高まっている。

2019年5月に発足した第二次モディ政権は、外交面では南アジア諸国との関係を強化する近隣諸国優先政策を維持しつつ、「アクト・イースト」政策に基づき関係強化の焦点をアジア太平洋地域へと拡大させているほか、米国、ロシア、欧州などとの関係も重視する積極的な対外政策を展開している。国防分野においても、インド洋を中心に海洋安全保障への取組を重視しており、各国との連携を深めている。

一方、中国及びパキスタンと国境未画定地域を抱えているほか、国内においては、極左過激派や分離独立主義者などの活動、パキスタンとの国境をまたいで存在しているイスラム過激派の動向、さらにはアフガニスタン情勢の変化に伴うテロの活発化も懸念されており、インドにとって陸上国境への備えや国内でのテロの脅威への対処は引き続き大きな関心である。また、インド洋における中国の活動の活発化も強く認識されている。

2 軍事

こうした諸課題に対応するため、インドは、近年、軍の再編や装備品の近代化に精力的に取り組んでいる。

国防省は、2019年12月に軍事部(Department of Military Affairs)を設置し、軍事能力の最大限の活用を目指すとともに、国防計画、調達、作戦を統合するための軍事的手続を開始し、陸海空の3つの軍の統合を促進している。検討内容の詳細は未公表であるものの、2021年8月、シン国防相は「統合司令部の創設は主要な構造改革であり、急速に進んでいる」と発言している。

インド陸軍は、約124万人という世界最大の陸上兵力を擁し、近年では、主力戦車やりゅう弾砲、UAVなど、新型装備の調達を進めている。また、「陸戦ドクトリン2018」の一部として、戦力の迅速な運用を目指し、攻撃ヘリに支援された歩兵、防空、装甲及び兵站の各部隊の計約5,000人からなる統合戦闘団(Integrated Battle Group(IBG))の編成に取り組んでいる。

インド海軍は、2015年公表の「海洋安全保障戦略」において、「海上コントロール」をインド海軍運用の中心概念として位置づけ、空母は海上コントロール概念の中心であるとして3個空母戦闘群の整備に言及している。2021年8月にはインドとして2隻目かつ初の国産である通常動力型空母「ヴィクラント」の試験航海を実施し、2022年8月の就役を予定している。潜水艦の運用などによる「海上拒否」も重視しており、フランスの協力のもと、通常動力型対潜潜水艦6隻の自国生産を進め、2021年11月には4隻目のベラが就役した。インド軍唯一の統合コマンドを設置するアンダマン・ニコバル諸島では、基地整備を推進するとともにアセットの追加配備を検討しているとされるほか、モーリシャスのアガレガ諸島にインドの海軍施設を建設していると報道されるなど、インド洋におけるプレゼンスを強化している。

インド初の国産空母「ヴィクラント」【インド海軍】

インド初の国産空母「ヴィクラント」【インド海軍】

インド空軍は、2022年2月末時点でフランス製ラファール戦闘機35機を保有しており、2021年7月には2つ目のラファール飛行隊が発足した。また、同年12月、航空機発射型超音速巡航ミサイル「ブラモス」のSu-30MKI戦闘機からの試験発射に成功しており、空軍力を着実に強化している。さらに、同年11月からロシア製地対空ミサイルS-400の納入が開始されており、1基目はパキスタンと接するパンジャブ州に設置されると報じられた。

なお、インドは、2021年1月時点で156個の核弾頭を保有する核保有国でもあり、2003年に発表された核ドクトリンに基づき、最小限の核抑止、核の先制不使用、核兵器非保有国への不使用、1998年の核実験の直後に表明した核実験の一時休止(モラトリアム)の継続などを維持しているとともに、各種弾道・巡航ミサイルの開発、性能向上、配備を推進している。

3 対外関係
(1)米国との関係

インドは、米国との関係強化に積極的に取り組んでいる。2016年6月にモディ首相が訪米した際、米国はインドを「主要な国防パートナー」と認識していることを表明、同年8月には、国防相による共同声明において、米国はインドとの防衛分野の貿易及び技術の共有を最も緊密な同盟国及びパートナー国と同等の水準まで引き上げることに合意した。2018年9月には初となる米印「2+2」閣僚会合を実施し、毎年開催することを決定した。2020年2月にインドで行われた首脳会談では、両国の「包括的グローバル戦略パートナーシップ」関係を確認し、防衛・安全保障協力の深化を約束している。2021年9月には日米豪印首脳会合の開催に伴い、モディ首相とバイデン大統領との初の対面首脳会談が実施された。

また、2016年以降、両国は、兵站交換合意覚書に調印し、通信互換性安全保障協定及び地理空間協力のための基礎的な交換・協力協定を締結したほか、わが国も交えて「マラバール」1を含めた共同訓練を定期的に行っており、2019年11月、初となる多軍種共同演習「タイガー・トライアンフ」を実施するなど、軍隊間の相互運用性を強化してきた。さらに、近年、米国はインドにとって主要な装備調達先の一つになっており2、二国間の防衛取引総額は、2008年までは10億ドル未満であったところ、2020年には200億ドル以上に増加しているとされる。なお、米国は、インドがロシアからS-400を取得することに対し、「敵対者に対する制裁措置法(The Countering America's Adversaries Through Sanctions Act)」3適用可能性の表明を含め、繰り返し懸念を表明しており、S-400の導入を巡る今後の両国の対応が注目される。

米印首脳会談【CNP/時事通信フォト】

米印首脳会談【CNP/時事通信フォト】

(2)中国との関係

参照2節3項4(3)(南アジア諸国との関係)

(3)ロシアとの関係

参照5節5項5(1)(アジア諸国との関係)

(4)南アジア諸国・東南アジア諸国との関係

インドは、2015年6月に公表した「変容する外交」の中で、南アジア諸国との関係を強化する近隣諸国優先の方針を明確にした。2020年9月、モディ首相はスリランカのラージャパクサ大統領とのオンライン首脳会談において、海上安全保障協力及び防衛・安全保障分野におけるスリランカへの支援を含む両国の軍隊間協力強化で合意した。モルディブとの間では防衛・安全保障を主要な協力分野としており、特にモルディブ国防軍に対する防衛訓練を支援している。このほか、2021年3月、モディ首相はバングラデシュを訪問し独立50周年を祝福するとともに、ハシナ首相と会談を行い、訓練や能力開発など、防衛協力の強化を強調した。

東南アジア諸国などのアジア太平洋地域に所在する国々に対しては、「アクト・イースト」政策に基づき、二国間・地域的・多国間での関与を継続し、経済・文化関係を促進するとともに、戦略関係の発展を図るとしている。インドはロシア製装備品の運用経験を活用し、ベトナムやマレーシアなどロシア製装備品を運用する国に対して能力構築支援を行っている。また、各国と継続的に共同演習を実施しており、2021年11月にはインド、シンガポール、タイの3か国による3回目の海上合同演習「SITMEX」が行われた。

1 「マラバール」は米印の二国間海軍共同演習であったが、わが国は2007年から参加しており、2017年から2019年までの「マラバール」は日米印3か国の共同訓練として実施した。また、2020年及び2021年は、オーストラリアも参加して日米豪印4か国の共同訓練として実施した。

2 SIPRI YEARBOOK 2020及び2021が実施した統計による。

3 米国で2017年に成立した「敵対者に対する制裁措置法」では、ロシアの国防・情報機関と関係のある組織との重大な取引に関わった個人・団体に制裁を科すことを規定している。2020年12月、米国はロシアからS-400を購入したことを理由として、本法に基づき、トルコの防衛産業庁とその長官などに対して制裁を発動した。