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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 パキスタン

1 全般

パキスタンは、南アジア地域の大国であるインドと、情勢が不安定なアフガニスタンに挟まれ、中国及びイランとも国境を接するという地政学的に重要かつ複雑な環境に位置している。特に、アフガニスタンとの国境地域ではイスラム過激派が国境を超えて活動を行っており、テロとの闘いにおけるパキスタンの動向は国際的に関心が高い。この点、2021年8月にアフガニスタンから米軍が撤退し、タリバン政権が樹立されたことに対して、カーン首相が「奴隷の鎖を断ち切った」と述べて歓迎する一方で、パキスタンは、国境付近の安全確保のため、国境未画定であるアフガニスタンとの間に「平和の柵」と呼ぶフェンスの建設を継続しており、タリバン政権の反発を招いている。こうしたパキスタンのタリバン政権に対する複雑な態度は、両国間の関係のみならず、テロとの闘いを含め、今後の当該地域を取り巻く安全保障環境全体に影響を及ぼし得るものであり、引き続き関連動向を注視していく必要がある。

2 軍事

パキスタンは、インドの核に対抗するために自国が核抑止力を保持することは、安全保障と自衛の観点から必要不可欠であるとの立場をとっている。1970年代から核開発を開始したとみられており、1998年、同国初の核実験を行った。

核弾頭を搭載可能な弾道ミサイル及び巡航ミサイルの開発にも取り組み、2017年1月には、MIRV(Multiple Independently targetable Re-entry Vehicle)化されたとする弾道ミサイル「アバビール」の発射試験を行うとともに、前年に続き、2018年3月にも、潜水艦発射型の巡航ミサイル「バーブル」の発射試験を行った。2021年8月には地対地弾道ミサイル「カズナビ」の発射訓練を、同年11月に地対地弾道ミサイル「シャヒーン1A」の飛行試験を、また、同年12月に巡航ミサイル「バーブル1B」の射程を延伸した改良型の発射試験をそれぞれ実施しており、ミサイルの戦力化を着実に進めているとみられる4

近年は、中国と軍事分野における関係を発展させており、装備品の近代化にかんがみても、中国への依存度の高まりがみられる。例えば、アルハリッド戦車及びJF-17戦闘機の共同開発を行い、自国生産したJF-17 BlockI/IIを110機運用しているほか、JF-17 BlockIIIの製造を開始している。2022年3月には中国製J-10C戦闘機の導入を公表しており、インド空軍によるラファール戦闘機導入への対抗措置であると指摘されている。また、パキスタンが「海軍のバックボーン」と位置づける潜水艦8隻を中国から調達することで合意し、うち4隻は技術移転によりパキスタンで建造することとなっている。2021年12月に国内での建造が開始された一方、先行して中国で建造されている1隻目は2022年に納入予定であるとされており、2028年までにプロジェクトを完了させると報道されている。2021年10月には中国から地対空ミサイルシステムHQ-9/Pを導入し、防空能力も強化している。

さらに、2021年12月に策定された、パキスタンとして初の包括的政策文書「国家安全保障政策2022-2026」では、国境やインド洋における安全保障について記載するともに、情報・サイバーセキュリティ能力を強化し、偽情報や影響工作などのハイブリッド戦に対抗する能力を構築するとしており、今後の取組が注目される。

3 対外関係
(1)米国との関係

パキスタンは、アフガニスタンにおける米軍の活動を支援するほか、アフガニスタンとの国境地域においてイスラム過激派の掃討作戦を行うなど、テロとの闘いに協力してきた。

一方で、パキスタンは米国に対し、国内でのイスラム過激派に対する無人機攻撃の即時停止などを求めて、たびたび抗議を行っている。

これに対し米国は、パキスタンがアフガニスタンで活動するイスラム過激派の安全地帯を容認していることが、米国への脅威となっているとして、パキスタンを非難してきた。2017年8月、トランプ米大統領は、米国を標的にするテロリストをかくまうような国とのパートナーシップは成立しえないとの立場を示し、以後、国務省が管轄する対外軍事融資、国防省が管轄する安全保障関連の援助及び連合支援基金の支援の停止が報じられた。

こうした両国間の緊張関係が続く中、2019年7月、カーン首相が訪米し、トランプ米大統領と初の首脳会談を実施した。会談では、テロ対策やアフガニスタン和平及び亀裂が深刻化している両国関係の修復策について話し合われた。訪米直前、パキスタンは、同国を拠点とするイスラム過激派ラシュカレ・タイバの共同設立者であり、2008年にムンバイで起きた同時テロの首謀者として米政府から懸賞金がかけられているハフィス・サイード容疑者を逮捕し、米国にテロ対策への取組をアピールするとともに、会談後、カーン首相は米国との相互理解を深めたとの認識を明らかにし、「パキスタンはアフガニスタン和平の前進に向け、できる限りのことをする」と強調するなど、関係改善の意図が伺われた。

2021年1月にバイデン政権が発足したのち、両国首脳による会談は実施されていないとみられており、同年12月に米国が主催した民主主義のためのサミットについては、招待を受けていたものの、参加を辞退している。一方で、「国家安全保障政策2022-2026」では、米国との協力関係の継続が地域の平和と安定にとって重要であるとしており、今後の両国の関係が注目される。

(2)中国との関係

参照2節3項4(3)(南アジア諸国との関係)

4 「アバビール」は射程約2,200kmで3段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル、「バーブル」(ハトフ7)は射程約700kmでターボジェット推進方式の超音速巡航ミサイル、「カズナビ」(ハトフ3)は射程300kmで単段式固体燃料推進式の弾道ミサイル、「シャヒーン1A」(ハトフ4)は射程900kmで単段式固体燃料推進式の弾道ミサイルと指摘されている。