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父基分の日常

令和5年度

令和6年1月12日(金)プロフェッショナル 父基分の流儀 ~ピンチの中で見つけた思い~

 この父島基地分遣隊には全国各地から精鋭たちが集まっています。

 30名に満たない少数部隊ではありますが、比較的ベテランの隊員が多く、入隊時に振り分けられた職種に長年従事しており研鑽を積んでいます。特に給養員に関しては、海上自衛隊において食事はその味によって部隊の雰囲気が左右されるほど重要なものとなっており、卓越した技能が求められます。当隊には給養員が2名所属しており、どちらも申し分ない腕の持ち主です。

 そんな給養員が諸事情により数日不在になる事態が発生しました。すぐさま緊急対策会議が開かれ、不在の間食事をどうするか話し合われました。
 「毎日仕出し弁当か?」「缶飯じゃないか?」「ひょっとして、自分でなんとかしないといけないのか!?」
 隊員の間に不安が広がり部隊が混とんとします。

 そんな中立ち上がった一人の漢(おとこ)がいました。
 平成2年に入隊し2等海士から1等海尉まで登り詰めた当隊先任幹部である総務科長阿部1尉です。
 自衛隊生活30余年、数々の修羅場をくぐり抜け、補給員という職種でありながら、業務の合間を縫って調理作業に十数年従事し腕を磨いてきました。調理師、船舶料理士の資格も保有しています。

 弟子も引き連れています。

 その包丁さばきはまるで職人です。自分の職種ではないにも関わらず、これまで勤務した部隊の隊員に喜んでもらえるようにどれだけ真剣に取り組んできたかがわかります。その思いは隊員にも伝わっており、若い隊員がしみじみと「美味い・・・」と言葉を発していました。
 部隊の根幹すら揺るがしかねないこの一大事を乗り越えることができました。

 日々を過ごしていく中で、無駄なことや必要ないと思えることはたくさんあります。タイパ(タイムパフォーマンス)、コスパ(コストパフォーマンス)という価値観が重視されつつあるこの時代であればなおさらでしょう。
 しかし、今回のように一見無駄だと思われがちな自分の職種とは別の業務に取り組んだ経験がこの部隊のピンチを救ったことも事実です。そこには、間違いなく真剣に愚直に向き合ってきた年月と、みんなを喜ばせたいという思いがありました。
 そして、当たり前のことが当たり前ではないということに気づくこともできました。

 多忙な中、おいしい食事を作ってくれた総務科長と弟子の小山田3曹、ありがとうございました。
 最後に総務科長に聞いてみました。総務科長にとってプロフェッショナルとは?
 総務科長「成果を出すこと。24時間働けること。」
 弟子「さすが師匠、コメントもプロフェッショナルですな。では昼寝します。」
 弟子が師匠の偉大さに気付くのはもう少し先のようです。

令和5年12月7日(木)横須賀地方総監初度巡視

 令和5年8月29日に着任された横須賀地方総監、伊藤海将の巡視を受閲しました。

 こんにちは。お待ちしておりました、ようこそ父島へ。

 何事にも一所懸命なこの父島基地分遣隊の現状を隅々までご視察ください。

 この基地の先導は先任伍長にお任せください。基地内の整備は確実に実施しており、隊員の士気はこの上なく高いです。

 予定にはありませんでしたが、基地内の海軍父島航空隊壕跡の慰霊碑を目にされた総監は何か会話するように手を合わせておられました。

 初度巡視中、時間を設けて隊員との懇談も実施していただきました。

 訓示では、総員の顔がよりはっきりと見えるよう密集隊形となりました。

 私は勤務方針として「伝統の継承」、 そして「変化への挑戦」の2点を諸官に示します。「伝統の継承」は、良き伝統を継承し、より良い組織、つまり、より素晴らしい海上自衛隊を後進に繋ぐということです。「伝統の継承」というと、伝統にしがみつく、いわゆる「伝統墨守」と捉える人がいますが、現状に甘んじていてはより良い組織を構築することなど叶いません。変化を先取りし、我を適合させる、つまり「変化への挑戦」と「伝統の継承」を表裏一体の形で成し続けることが海上自衛隊をさらに大きく飛躍させる鍵となるのです。
 共に勤務する上司、先輩、同僚、部下、後輩一人ひとりを大事にし、「あいさつ」を横串、「敬礼」を縦串として、隊員諸官とともに日々額に汗していくことを誓いたい。そのように強く感じています。よろしく頼みます。

 総監、お任せください。この南の地の防衛は私たちが一所懸命努めさせていただきます。

 総監そして島民の皆さまがいつまでも笑顔でいれることをお約束します。

令和5年11月2日(木)~4日(土)大神山神社例大祭

 3日間にわたりこの島で最も大きなイベントである、大神山神社例大祭が行われました。

 令和元年以来4年ぶりの開催に気合が入ります。

 初日は奉納相撲が行われました。

 父基分からも先任伍長をはじめ、精鋭たちが参加しました。

 普段とは違う闘う表情にみんな熱くなります。

 休憩中は硫黄島からはるばるやってきた、硫黄島航空基地隊で編成された硫黄島ちどりが会場を盛り上げました。

 2日目は神輿巡業が行われました。天気は快晴、絶好の祭日和となりました。

 開始直後から熱気に包まれます。おそらく日本で一番暑い、熱い11月なのではないでしょうか。

 代わる代わる神輿を担ぎ、島内を練り歩きます。喜びが爆発します。

 日も暮れてきたころ、神輿の提灯に灯りがともされ神輿巡業はいよいよクライマックスを迎えます。

 大神山神社までの階段を登り、最後の宮入りを迎える直前急に大雨が降ってきました。ひょっとしたら、辛かったコロナ禍を乗り越え、島が一つになったこの瞬間を喜んでいる神様のうれし涙だったのかもしれません。

 三本締めのあと、みんなの笑顔と大きな拍手で神輿巡業は幕を閉じました。またいつかコロナ禍のような、目に見えない脅威に襲われることがあるかもしれません。しかし、みんなで担いだこの神輿を思い出せば、どんな困難なことであっても乗り越えていけそうな気がします。地道に自分のできることをコツコツ積み重ねていけばいつか必ず良かったと思えるときが訪れる、そう思わせてくれる瞬間でした。これからもこの島のため、一所懸命、為すべきことを為せるよう日々精進してまいります。

 演芸大会も最高だったよ!

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