ホーム > 航空救難団の活動 >任務実績>令和8年度活動実績
  7月3日(金)午前2時20分、海上自衛隊第1航空群を通じて、患者(高度徐脈の疑い)に関する情報を入手しました。鹿児島県知事は、患者を速やかに医療機関へ搬送する必要があると判断し、第1航空群司令に対して災害派遣を要請しました。同時刻、第1航空群司令は災害派遣要請を受理するとともに、他機関及び海上自衛隊航空機による対応ができなかったため、航空救難団司令に対して災害派遣協力を依頼しました。これを受け、航空救難団は災害派遣協力依頼に基づき、災害派遣を実施しました。
  新田原救難隊のUH-60Jは新田原飛行場を離陸し、マリンポートかごしまで医師を搭乗させた後、口之島ヘリポートで患者を収容(付添い搭乗)し、マリンポートかごしまに着陸しました。その後、待機していた救急車に患者を移管し、午前6時13分に災害派遣を終了しました。
  6月22日(月)午前0時07分、第2航空団(千歳)を通じ、患者(くも膜下出血)の情報を入手しました。北海道知事は、航空機による速やかな医療機関への搬送が必要であると判断、他機関の航空機が対応困難であったため、第2航空団司令に災害派遣を要請しました。同時刻、第2航空団司令は、災害派遣要請を受理するとともに、救難機を使用する必要があることから航空救難団司令へ災害派遣の協力を依頼しました。航空救難団は、災害派遣協⼒依頼に基づき、災害派遣を⾏いました。
  千歳救難隊のU-125Aが千歳飛行場を離陸し、利尻空港で患者を収容(医師搭乗)後、丘珠空港に着陸して待機していた救急車へ移管し、午前3時37分に災害派遣を終了しました。
  5月30日(土)午前0時40分、海上自衛隊第1航空群を通じ、患者(後腹膜出欠、出血性ショック)の情報を入手しました。鹿児島県知事は、航空機による速やかな医療機関への搬送が必要であると判断し、第1航空群司令に災害派遣を要請しました。同時刻、第1航空群司令は、災害派遣要請を受理するとともに、陸上及び海上自衛隊の航空機が対応できなかったこともあり、航空救難団司令へ災害派遣の協力を依頼しました。航空救難団は、災害派遣協⼒依頼に基づき、災害派遣を⾏いました。
  新田原救難隊のUH-60Jが新田原飛行場を離陸し、奄美空港で患者を収容(医師、看護師、付添い搭乗)後、マリンポートかごしまに着陸して待機していた救急車へ移管し、午前5時19分に災害派遣を終了しました。
  令和8年4月22日(水)、岩手県上閉伊郡大槌町において林野火災が発生しました。同日午後4時00分、岩手県知事から陸上自衛隊東北方面特科連隊長(岩手県)に対し、空中消火に係る災害派遣要請があり、同時刻にこれを受理しました。同日午後10時35分、陸上自衛隊東北方面総監から航空救難団司令に対する協力依頼があり、これに基づき航空救難団は、翌23日(木)から28日(火)までの間、三沢ヘリコプター空輸隊のCH-47Jにより空中消火活動を実施しました。同29日(水)午後7時30分、協力依頼の撤収要請があり、災害派遣を終了しました。(放水回数:267回/1,335トン)
  4月2日(木)午後8時00分、海上自衛隊第1航空群を通じ、患者(心筋梗塞)の情報を入手しました。鹿児島県知事は、航空機による速やかな医療機関への搬送が必要であると判断し、第1航空群司令に災害派遣を要請しました。同時刻、第1航空群司令は、災害派遣要請を受理するとともに、第1航空群を含む他機関が対応できなかったこともあり、航空救難団司令へ災害派遣の協力を依頼しました。航空救難団は、災害派遣協⼒依頼に基づき、災害派遣を⾏いました。
  新田原救難隊のUH-60Jが新田原飛行場を離陸し、屋久島空港で患者を収容(医師、付添い搭乗)後、マリンポートかごしまに着陸して待機していた救急車へ移管し、午後10時51分に災害派遣を終了しました。