任務実績

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   令和4年度

令和5年1月12日(木) 新田原飛行場から福岡空港までの患者空輸 新田原救難隊

   新田原飛行場から福岡空港まで患者を空輸するため、1月12日(木)19時35分、宮崎県知事から第5航空団司令へ災害派遣要請がなされ、同時刻、第5航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。20時49分、新田原救難隊のU-125Aに患者を収容、医師2名、親族が搭乗し、21時08分に新田原飛行場を離陸、21時38分福岡空港に着陸。21時47分患者移管を完了、22時05分福岡空港を離陸、22時30分新田原飛行場に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)患者到着の様子(新田原飛行場)

(画像)患者収容の様子(新田原飛行場)

(画像)患者収容の様子(新田原飛行場)




令和5年1月3日(火) 松島沖を航行中の船舶から松島飛行場までの傷病者空輸 松島救難隊

   松島沖を航行中の船舶から傷病者を空輸するため、1月3日(火)18時22分、第二管区海上保安本部長から第4航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第4航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。医師、看護師が同乗した松島救難隊UH-60Jが19時33分、U-125Aが20時14分それぞれ松島飛行場を離陸。20時58分UH-60Jが当該船舶上空に到着。傷病者を収容し、21時28分当該船舶上空を出発。(U-125Aは、UH-60Jが当該船舶上空出発を確認し帰投開始。23時11分松島飛行場に着陸。)23時19分UH-60Jが松島飛行場に着陸。23時25分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)患者移管の様子(松島飛行場)




令和4年12月29日(木) 釧路空港から千歳飛行場までの患者空輸 千歳救難隊

   釧路空港から千歳飛行場まで患者を空輸するため、12月29日(木)12時54分、北海道知事から第2航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第2航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。千歳救難隊のUH-60Jが、13時31分に千歳飛行場を離陸、14時40分釧路空港に着陸。14時59分患者を収容、医師、臨床工学士が搭乗し、15時07分釧路空港を離陸。16時22分千歳飛行場に着陸。16時31分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)釧路空港到着の様子

(画像)機内の様子(釧路空港)

(画像)患者移管の様子(千歳飛行場)




令和4年11月9日(水) 茨城県南部を震源とする最大震度5強の地震観測に係る被害情報収集 百里救難隊

   11月9日(水)17時40分頃、茨城県南部を震源とする震度5強の地震が発生し、地震発生地域の被害情報収集のため、航空救難団は災害派遣を行いました。百里救難隊UH-60Jが18時10分、百里飛行場を離陸。被害情報収集を行い、18時54分、百里飛行場に着陸。災害派遣を終了しました。



令和4年10月27日(木) 石川県舳倉島ヘリポートから陸上自衛隊金沢駐屯地までの患者空輸 小松救難隊

   10月27日(木)21時05分頃、石川県庁から第6航空団を通じ、石川県舳倉島ヘリポートから陸上自衛隊金沢駐屯地までの患者空輸情報を入手しました。10月27日(木)22時26分、石川県知事から第6航空団へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第6航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。小松救難隊UH-60Jが23時12分に小松飛行場を離陸。10月28日(金)00時05分舳倉島ヘリポートに着陸(写真中央右に機首を左に向けた状態)。00時16分患者を収容、医師が搭乗し、00時19分舳倉島ヘリポートを離陸。01時07分陸上自衛隊金沢駐屯地に着陸。01時12分患者移管を完了し、01時14分陸上自衛隊金沢駐屯地を離陸。01時24分小松飛行場に着陸し、災害派遣を終了しました。

(画像)石川県舳倉島ヘリポートに着陸したUH-60J



令和4年10月26日(水) 航空救難に準ずる災害派遣 小松救難隊

   10月26日(水)岐阜県から富山県へ飛行中の民間航空機(モーターグライダー)が消息不明の情報を入手しました。10月26日(水)15時20分、東京空港事務所長から中部航空方面隊司令官へ災害派遣要請(航空救難に準ずる災害派遣:捜索救助)がなされ、小松救難隊UH-60Jにより、災害派遣を行いました。




令和4年9月23日(金) 佐渡空港から新潟空港までの患者空輸 新潟救難隊

   9月23日(金)21時00分頃、新潟県危機管理課から新潟救難隊に対し、佐渡空港から新潟空港までの患者空輸情報を入手しました。9月23日(金)22時59分、新潟県知事から航空救難団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、航空救難団は災害派遣を行いました。新潟救難隊UH-60Jが23時21分新潟空港を離陸。23時38分佐渡空港に到着。患者、医師及び付添人の3名を収容し、23時51分佐渡空港を離陸。9月24日(土)00時08分UH-60Jが新潟空港に着陸。00時20分患者移管を完了し、災害派遣を終了しました。

(画像)新潟分屯基地に着陸したUH-60J

(画像)患者移管の様子(新潟分屯基地)



令和4年9月20日(火) 宮崎県大雨特別警報に伴う被害情報収集 新田原救難隊

   9月18日(日)15時11分頃、宮崎県において、気象庁から台風第14号に伴う大雨特別警報が発表されました。9月20日(火)05時35分、大雨特別警報対象地域の被害情報収集のため、航空救難団は災害派遣を行いました。新田原救難隊UH-60Jが05時59分、U-125Aが06時01分それぞれ新田原飛行場を離陸。被害情報収集を行い、U-125Aは07時41分、UH-60Jは07時46分、それぞれ新田原飛行場に着陸。災害派遣を終了しました。




令和4年8月15日(月) 広島県神石高原において遭難した民間航空機(ヘリコプター)及び乗員の捜索救助 芦屋及び新田原救難隊

   8月15日(月)14時30分頃、広島県神石高原に着陸予定の民間航空機(ヘリコプター)が消息を絶ったという情報を入手しました。8月15日(月)15時20分、羽田空港事務所長から航空自衛隊西部航空方面隊司令官へ災害派遣要請がなされました。同時刻、西部航空方面隊司令官からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。芦屋救難隊UH-60Jが16時02分、U-125Aが16時13分それぞれ芦屋飛行場を離陸。U-125Aは16時50分遭難現場上空に到着。UH-60Jが17時08分遭難現場上空に到着。捜索を開始しました。その後、芦屋救難隊U-125Aと交代のため、新田原救難隊U-125Aが17時25分新田原飛行場を離陸。(芦屋救難隊U-125Aは、新田原救難隊U-125Aが遭難現場到着を確認し帰投開始。18時31分芦屋飛行場に着陸。)捜索活動中、同時に捜索していた消防が要救助者を発見、救助した連絡を受け帰投開始。19時10分新田原救難隊U-125Aが新田原飛行場に着陸。19時37分芦屋救難隊UH-60Jも芦屋飛行場に着陸。災害派遣を終了しました。

(画像)捜索活動のため発進する新田原救難隊U-125A

(画像)遭難現場付近において捜索する芦屋救難隊UH-60J(U-125Aから撮影)



令和4年8月5日(金) 陸上自衛隊東部方面総監が実施する新潟県大雨特別警報に伴う災害派遣への協力 新潟救難隊

   8月5日(金)12時54分、新潟県の大雨特別警報発表に伴い災害派遣を実施していた陸上自衛隊東部方面総監から、航空機を使用した被害情報収集のため、航空救難団司令に対し協力依頼がなされ、航空救難団は災害派遣を行いました。新潟救難隊UH-60Jが14時10分新潟空港を離陸。被害情報収集を行い、16時13分新潟空港に着陸。災害派遣を終了しました。



令和4年8月4日(木) 新潟県大雨特別警報に伴う被害情報収集 新潟救難隊

   8月3日(水)19時15分頃、新潟県において、気象庁から大雨特別警報が発表されました。8月4日(木)15時50分、大雨特別警報対象地域の被害情報収集のため、航空救難団は災害派遣を行いました。新潟救難隊UH-60Jが16時15分新潟空港を離陸。被害情報集を行い、17時25分新潟空港に着陸。災害派遣を終了しました。




令和4年7月23日(土) 松島沖東約200NM付近を航行中船舶から松島飛行場までの傷病者空輸 松島救難隊

   7月22日(金)22時55分頃、第二管区海上保安本部から航空自衛隊第4航空団を通じ、宮城県金華山沖東約360NM付近を航行中船舶からの傷病者空輸情報を入手しました。7月23日(土)08時59分、第二管区海上保安本部長から第4航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第4航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。第4航空団所属医官が同乗した松島救難隊UH-60Jが09時47分、U-125Aが10時20分それぞれ松島飛行場を離陸。U-125Aは11時03分当該船舶上空に到着。UH-60Jが11時19分当該船舶上空に到着。傷病者を収容し、11時38分当該船舶上空を出発。(U-125Aは、UH-60Jが当該船舶上空出発を確認し帰投開始。12時18分松島飛行場に着陸。)13時36分UH-60Jが松島飛行場に着陸。13時43分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)該当船舶上空において活動するUH-60J(U-125Aクルー撮影)

(画像)患者移管の様子(松島飛行場)




令和4年7月11日(月) 石川県舳倉島ヘリポートから陸上自衛隊金沢駐屯地までの患者空輸 小松救難隊

   7月11日(月)01時54分頃、石川県危機管理監室から第6航空団を通じ、舳倉島ヘリポートから金沢循環器病院までの患者空輸情報を入手しました。7月11日(月)03時25分、石川県知事から第6航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第6航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。小松救難隊UH-60Jが、04時02分に小松飛行場を離陸、04時47分舳倉島ヘリポートに着陸。05時00分患者を収容、医師、付添人が搭乗し、05時03分舳倉島ヘリポートを離陸。05時45分金沢駐屯地に着陸、05時52分患者移管を完了し、05時55分金沢駐屯地を離陸。06時04分小松飛行場に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)患者移管の様子(陸上自衛隊金沢駐屯地)



令和4年6月20日(月) 石川県能登地方を震源とする最大震度5強の地震観測に係る被害情報収集

   航空救難団は、6月20日(月)10時31分頃、石川県能登地方を震源とする震度5強の地震が発生し、地震発生地域に対し、小松救難隊が航空機による情報収集を行いました。




令和4年6月19日(日) 石川県能登地方を震源とする最大震度6弱の地震観測に係る被害情報収集

   航空救難団は、6月19日(日)15時08分頃、石川県能登地方を震源とする震度6弱の地震が発生し、地震発生地域に対し、小松救難隊が航空機による情報収集を行いました。




令和4年6月8日(水) 那覇基地から北西約210NM付近を航行中船舶から那覇飛行場までの傷病者空輸 那覇救難隊

   6月8日(水)17時42分頃、第十管区海上保安本部から南西航空方面隊を通じ、那覇基地から北西約210NM付近を航行中の船舶からの傷病者空輸情報を入手しました。6月8日(水)18時40分、第十管区海上保安本部から南西航空方面隊司令官へ災害派遣要請がなされました。同時刻、南西航空方面隊司令官からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。那覇救難隊のU-125Aが18時57分、UH-60Jが19時22分それぞれ那覇飛行場を離陸。U-125Aは20時10分当該船舶上空に到着。UH-60Jが20時15分当該船舶上空に到着。傷病者を収容し、20時37分当該船舶上空を出発。(U-125Aは、UH-60Jが当該船舶上空出発を確認し帰投開始。21時28分那覇飛行場に着陸。)21時44分UH-60Jが那覇飛行場に着陸。21時49分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)UH-60J機内の様子

(画像)患者移管の様子(那覇飛行場)



令和4年5月11日(水) 青森県十和田市における山林火災空中消火 三沢ヘリコプター空輸隊

   5月9日(月)、青森県十和田市において発生した山林火災に関し、5月9日(月)20時00分、青森県知事から陸上自衛隊第9師団へ災害派遣要請があり、同時刻受理。5月10日(火)20時46分、陸上自衛隊東北方面総監からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。(活動中、合計約65tの放水を実施)

(動画)火災現場にて消火活動を行うCH-47J(音量にお気を付けください)

(画像)現場上空の様子

(画像)消火活動中のCH-47J



令和4年5月8日(日) 利尻空港から札幌飛行場までの患者空輸 千歳救難隊

   5月7日(土)16時40分頃、北海道総務部危機対策局から第2航空団を通じ、利尻空港から札幌飛行場までの患者空輸情報を入手しました。5月8日(日)02時17分、北海道知事から第2航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第2航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。千歳救難隊のU-125Aが、02時35分に千歳飛行場を離陸、03時08分利尻空港に着陸。03時32分患者を収容、医師が搭乗し、03時44分利尻空港を離陸。04時20分札幌飛行場に着陸。04時37分患者移管を完了。04時47分札幌飛行場を離陸。04時54分千歳飛行場に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(利尻空港)

(画像)機内の様子

(画像)患者移管の様子(札幌飛行場)



令和4年4月23日(土)~令和4年6月1日(水)    北海道知床沖における観光船事故に係る災害派遣

   4月23日(土)の第2航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を開始。U-125Aは千歳飛行場を離発着し、現場上空において捜索活動を実施し、UH-60Jが女満別空港に展開し、航空自衛隊網走分屯基地などから食事支援を得つつ現場上空における捜索活動を実施しました。6月1日(水)00時00分、第一管区海上保安本部長より第2航空団司令に災害派遣撤収要請。同時刻受理。同時刻災害派遣協力依頼終了により災害派遣を終了しました。


実施部隊:千歳救難隊、秋田救難隊、松島救難隊、百里救難隊、新潟救難隊、浜松救難隊、芦屋救難隊、新田原救難隊、救難教育隊


活動実績:U-125A 延べ39機、UH-60J 延べ27機


【関連情報】

北海道網走市沖の観光船事故に係る自衛隊の災害派遣については、防衛省統合幕僚監部ホームページでも確認できます。
  ( 統合幕僚監部ホームページ )



(画像)U-125A出発準備の様子(千歳飛行場)

(画像)女満別空港に着陸したUH-60J

(画像)現場上空における捜索活動の様子

(画像)捜索活動のため千歳飛行場を離陸するU-125A

(画像)整備作業する航空機整備員(女満別空港)

(画像)活動要員到着の様子(女満別空港)

(画像)現場上空における捜索活動中のUH-60J

(画像)現場上空における捜索活動の様子

(画像)現場上空における捜索活動中のU-125A

(画像)現場上空における捜索活動の様子

(画像)現場上空における捜索活動中のU-125A

(画像)女満別空港に着陸したUH-60J

(画像)国土交通副大臣からの激励(5月25日女満別空港)

(画像)第28警戒隊長(網走)からの激励(女満別空港)

(画像)第28警戒隊による食事支援の一例