任務実績

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   令和3年度


 任務 令和3年度
航空救難   件数 1件 
 救助人員 2名
災害派遣     件数 28件
 救助者及び空輸患者数 22名
 人員輸送 36名
 空輸貨物 87㎏
航空輸送    運航便数 308便
 空輸人員 3,366名
 空輸貨物 116,948㎏


令和4年2月23日(水)山口県見島から山口県萩市までの患者空輸 芦屋救難隊

   2月23日(水)00時39分頃山口県萩市消防本部より航空自衛隊第3術科学校を通じ、見島から萩市までの患者空輸情報を入手しました。2月23日(水)02時00分、山口県知事から航空自衛隊第3術科学校長へ災害派遣要請がなされ、同時刻、第3術科学校長からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。02時27分芦屋救難隊のU-125A、UH-60Jが芦屋飛行場を離陸、02時58分UH-60Jが萩市玉江河川公園に着陸。医師1名が搭乗し、03時00分萩市玉江河川公園を離陸。03時21分UH-60Jが見島分屯基地に着陸。03時27分患者収容、03時28分付添人が搭乗し見島分屯基地を離陸。03時46分UH-60Jが萩市玉江河川公園へ着陸、03時51分患者の移管を完了。03時54分萩市玉江河川公園を離陸、04時13分U-125Aが芦屋飛行場へ着陸、04時25分UH-60Jが芦屋飛行場へ着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)UH-60J到着の様子(見島分屯基地)

(画像)患者収容の様子(見島分屯基地)

(画像)UH-60J機内の様子



令和4年1月28日(金) 宮古空港から那覇飛行場までの患者空輸 那覇救難隊

   1月28日(金)21時00分頃、沖縄県から南西航空方面隊司令部を通じ、宮古空港から那覇飛行場までの患者空輸情報を入手しました。1月28日(金)22時18分、沖縄県知事から南西航空方面隊司令官へ災害派遣要請がなされました。同時刻、南西航空方面隊司令官からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。那覇救難隊のU-125Aが、22時56分に那覇飛行場を離陸、23時36分に宮古空港に着陸。1月29日(土)00時22分患者を収容、医師2名、付添人が搭乗し、00時31分宮古空港を離陸。01時02分那覇飛行場に着陸、01時20分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(宮古空港)

(画像)患者移管の様子(那覇飛行場)



令和4年1月22日(土) 新潟県粟島から新潟県村上市までの患者空輸 新潟救難隊

   1月22日(土)01時40分頃、新潟県粟島から新潟県村上市までの患者空輸情報を新潟県庁から入手しました。1月22日(土)04時13分、新潟県知事から航空救難団司令へ災害派遣要請がなされ、同時刻、航空救難団は災害派遣を行いました。新潟救難隊のUH-60Jが04時41分に新潟空港を離陸、05時02分村上市山辺里ヘリポートに着陸。医師1名が搭乗し、05時06分村上市山辺里ヘリポートを離陸。05時23分牧平ヘリポート(新潟県粟島浦村)に着陸。05時35分患者を収容、付添人が搭乗し、05時40分牧平ヘリポートを離陸。05時54分村上市山辺里ヘリポートに着陸。06時01分患者移管を完了し、06時03分村上市山辺里ヘリポートを離陸。06時20分新潟空港に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)新潟県粟島到着の様子(牧平ヘリポート)

(画像)機内の様子

(画像)新潟県村上市到着の様子(山辺里ヘリポート)

(画像)患者移管の様子(山辺里ヘリポート)



令和4年1月22日(土) 日向灘を震源とする最大震度5強の地震観測に係る被害情報収集

   航空救難団は、1月22日(土)01時08分頃、日向灘を震源とする震度5強の地震が発生し、地震発生地域に対し、芦屋、新田原救難隊が、航空機による被害情報収集を行いました。




令和4年1月17日(月) 函館空港から札幌飛行場までの患者空輸 千歳救難隊

   1月17日(月)09時12分頃、北海道総務部危機対策局から第2航空団を通じ、函館空港から札幌飛行場までの患者空輸情報を入手しました。1月17日(月)11時53分、北海道知事から第2航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第2航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。千歳救難隊のU-125Aが、13時11分に千歳飛行場を離陸、13時35分函館空港に着陸。13時47分患者を収容、医師、看護師が搭乗し、13時56分函館空港を離陸。14時20分札幌飛行場に着陸。14時32分患者移管を完了。14時43分札幌飛行場を離陸、14時56分千歳飛行場に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(函館空港)

(画像)機内の様子

(画像)患者移管の様子(札幌飛行場)



令和4年1月16日(日)山口県見島から山口県萩市までの患者空輸 芦屋救難隊

   1月16日(日)17時55分頃山口県萩市消防本部より航空自衛隊第3術科学校を通じ、見島から萩市までの患者空輸情報を入手しました。1月16日(日)18時56分、山口県知事から航空自衛隊第3術科学校長へ災害派遣要請がなされ、同時刻、第3術科学校長からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。19時26分芦屋救難隊のUH-60Jが芦屋飛行場を離陸、20時00分見島分屯基地着陸。20時05分患者収容、20時08分医師、付添人が搭乗し見島分屯基地を離陸。20時26分萩市玉江河川公園へ着陸、20時31分患者の移管を完了。20時33分萩市玉江河川公園を離陸、21時04分芦屋飛行場へ着陸し災害派遣を終了しました。

      

(画像)患者収容の様子(見島分屯基地)

(画像)機内の様子

(画像)救助者移管の様子(萩市玉江河川公園)



令和4年1月16日(日) 佐渡空港から新潟空港までの患者空輸 新潟救難隊

   1月16日(土)12時00分頃、新潟県庁から佐渡空港から新潟空港までの患者空輸情報を入手しました。1月16日(日)15時30分、新潟県知事から航空救難団司令へ災害派遣要請がなされ、同時刻、航空救難団は災害派遣を行いました。新潟救難隊のUH-60Jに医師1名が搭乗し、15時47分に新潟空港を離陸、16時07分佐渡空港に着陸。16時23分患者を収容、付添人が搭乗し、16時26分佐渡空港を離陸。16時42分新潟空港に着陸。16時49分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(佐渡空港)

(画像)機内の様子

(画像)患者移管の様子(新潟空港)



令和4年1月16日(日) 奄美群島・トカラ列島及び岩手県沿岸津波警報発表に係る被害情報収集

   航空救難団は、1月15日(土)太平洋トンガ諸島において、火山の噴火が確認されました。1月16日(日)奄美群島・トカラ列島及び岩手県沿岸に津波警報が発表され、那覇及び松島救難隊で、航空機による被害情報収集を行いました。




令和4年1月6日(木) 奥尻空港から函館空港までの患者空輸 千歳救難隊

   1月6日(木)17時45分頃、北海道庁から第2航空団を通じ、奥尻空港から函館空港までの患者空輸情報を入手しました。1月6日(木)19時25分、北海道知事から第2航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第2航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。千歳救難隊のU-125Aが、20時30分に千歳飛行場を離陸、21時06分奥尻空港に着陸。21時20分患者を収容、医師が搭乗し、21時35分奥尻空港を離陸。21時55分函館空港に着陸。22時09分患者移管を完了。22時20分函館空港を離陸、千歳飛行場に22時42分に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(奥尻空港)

(画像)機内の様子

(画像)患者移管の様子(函館空港)



令和3年12月26日(日) 佐渡空港から新潟空港までの患者空輸 新潟救難隊

   12月25日(土)12時51分頃、佐渡空港から新潟空港までの患者空輸情報を新潟県庁から入手しましたが、佐渡天候不良及び患者の容体が安定したため、一旦取り下げられました。翌26日(日)13時20分患者の容態が急変のため再度情報を入手しました。12月26日(日)14時25分、新潟県知事から航空救難団司令へ災害派遣要請がなされ、同時刻、航空救難団は災害派遣を行いました。新潟救難隊のUH-60Jが、15時21分に新潟空港を離陸、15時43分佐渡空港に着陸。15時59分患者を収容、医師、付添人が搭乗し、16時05分佐渡空港を離陸。16時23分新潟空港に着陸。16時36分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)佐渡空港到着の様子(佐渡空港)

(画像)患者収容の様子(佐渡空港)

(画像)患者移管の様子(新潟空港)



令和3年12月17日(金) 利尻空港から札幌飛行場までの患者空輸 千歳救難隊

   12月17日(金)03時30分頃、北海道総務部危機対策局から第2航空団を通じ、利尻空港から旭川空港までの患者空輸情報を入手しました。12月17日(金)05時05分、北海道知事から第2航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第2航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。千歳救難隊のU-125Aが、05時53分に千歳飛行場を離陸、06時30分利尻空港に着陸。06時48分患者を収容、医師が搭乗し、06時53分利尻空港を離陸。なお、旭川空港天候不良により着陸地を札幌飛行場へ変更し、07時30分札幌飛行場に着陸。07時39分患者移管を完了。天候の回復を待ち13時14分札幌飛行場を離陸、千歳飛行場に13時31分に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(利尻空港)

(画像)機内の様子

(画像)患者移管の様子(札幌飛行場)



令和3年12月9日(水) トカラ列島近海を震源とする最大震度5強の地震観測に係る被害情報収集

   航空救難団は、12月9日(水)11時05分頃、鹿児島県トカラ列島近海を震源とする震度5強の地震が発生し、地震発生地域に対し、新田原救難隊で、航空機による被害情報収集を行いました。




令和3年11月29日(月) 宮古空港から那覇飛行場までの患者空輸 那覇救難隊

   11月29日(月)07時30分頃、沖縄県から南西航空方面隊司令部を通じ、宮古空港から那覇飛行場までの患者空輸情報を入手しました。11月29日(月)09時00分、沖縄県知事から南西航空方面隊司令官へ災害派遣要請がなされました。同時刻、南西航空方面隊司令官からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。那覇救難隊のUH-60Jが、09時13分に那覇飛行場を離陸、10時19分に宮古空港に着陸。10時39分患者を収容、医師2名、付添人が搭乗し、10時44分宮古空港を離陸。12時01分那覇飛行場に着陸、12時10分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(宮古空港)

(画像)UH-60J機内の様子

(画像)患者移管の様子(那覇飛行場)

(画像)患者移管の様子(那覇飛行場)

(画像)患者移管の様子(那覇飛行場)



令和3年11月1日(月) 石川県舳倉島ヘリポートから小松飛行場までの患者空輸 小松救難隊

   11月1日(月)21時00分頃、石川県庁から第6航空団を通じ、舳倉島ヘリポートから小松飛行場までの患者空輸情報を入手しました。11月1日(月)22時16分、石川県知事から第6航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第6航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。小松救難隊のU-125A及びUH-60Jが、22時36分に小松飛行場を離陸、23時25分にUH-60Jが舳倉島ヘリポートに着陸。23時33分患者を収容、医師が搭乗し、23時35分舳倉島ヘリポートを離陸。11月2日(火)00時19分小松飛行場に着陸、U-125Aが00時22分に小松飛行場に着陸。00時27分患者移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(舳倉島ヘリポート)

(画像)UH-60J機内の様子

(画像)患者移管の様子(小松飛行場)



令和3年10月7日(木) 千葉県北西部を震源とする最大震度5強の地震観測に係る被害情報収集

   航空救難団は、10月7日(木)22時41分頃、千葉県北西部を震源とする震度5強の地震が発生し、地震発生地域に対し、百里救難隊で、航空機による被害情報収集を行いました。




令和3年10月6日(水) 岩手県沖を震源とする最大震度5強の地震観測に係る被害情報収集

   航空救難団は、10月6日(水)02時50分頃、岩手県沖を震源とする震度5強の地震が発生し、地震発生地域に対し、秋田、松島救難隊で、航空機による被害情報収集を行いました。




令和3年9月20日(月) 松島基地から東約90NM付近船舶から松島飛行場までの傷病者空輸 松島救難隊

   9月20日(月)18時30分頃、第2管区海上保安本部から第4航空団を通じて傷病者空輸情報(松島沖を航行中の船舶船員)を入手しました。9月20日(月)20時49分第2管区海上保安本部長から第4航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第4航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、松島救難隊UH-60Jに航空自衛隊医官1名が同乗し、21時10分松島飛行場を離陸、松島救難隊U-125Aが21時22分松島飛行場を離陸。21時41分U-125A、UH-60Jが当該船舶上空へ到着、傷病者を収容し22時10分U-125A及びUH-60Jがそれぞれ当該船舶を離脱。22時25分U-125Aが松島飛行場へ着陸。22時33分UH-60Jが松島飛行場へ着陸、22時38分傷病者の移管を完了し災害派遣が終了しました。

(画像)傷病者移管の様子(松島基地)



令和3年8月15日(日) 福岡県、佐賀県及び長崎県に発表された大雨特別警報に伴う被害情報収集 芦屋救難隊

   航空救難団は、8月14日(土)02時15分頃佐賀県、長崎県において大雨特別警報が発表された情報を入手し、8月15日(日)芦屋救難隊は福岡県、佐賀県、長崎県内地域周辺について航空機による被害情報収集を行いました。

(画像)佐賀県武雄市内上空


(画像)長崎県内上空




令和3年8月8日(日) 那覇基地から北西約150NM付近船舶から那覇飛行場までの傷病者空輸 那覇救難隊

   8月8日(日)16時00分頃、第十管区海上保安本部から航空自衛隊南西航空方面隊を通じ、那覇基地から北西約150NM付近を航行中の船舶からの傷病者空輸情報を入手しました。8月8日18時25分、第十管区海上保安本部長から南西航空方面隊司令官へ災害派遣要請がなされました。同時刻、南西航空方面隊司令官からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。那覇救難隊UH-60Jに医師1名が搭乗し、19時05分に那覇飛行場を離陸。那覇救難隊U-125Aが19時27分那覇飛行場を離陸。20時27分にUH-60Jが当該船舶上空に到着、21時08分に傷病者を収容し当該船舶上空を離脱。22時03分U-125Aが那覇飛行場に着陸。22時15分にUH-60Jが那覇飛行場に着陸。22時36分傷病者の移管を完了し、災害派遣を終了しました。

(画像)UH-60J着陸の様子(那覇飛行場)

(画像)傷病者移管準備の様子

(画像)患者移管の様子(那覇飛行場)※第11管区海上保安本部撮影



令和3年8月1日(日) 利尻空港から旭川空港までの患者空輸 千歳救難隊

   8月1日(日)01時40分頃、北海道総務部危機対策局から第2航空団を通じ、利尻空港から旭川空港までの患者空輸情報を入手しました。8月1日(日)03時09分、北海道知事から第2航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第2航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。千歳救難隊のU-125Aが、03時30分に千歳飛行場を離陸、04時08分利尻空港に着陸。04時19分患者を収容、医師、付添人が搭乗し、04時29分利尻空港を離陸。04時55分旭川空港に着陸、05時04分患者移管を完了、05時14分旭川空港を離陸、千歳飛行場に05時35分に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(利尻空港)

(画像)機内の様子

(画像)患者移管の様子(旭川空港)



令和3年6月12日(土) 銚子沖船舶から百里基地までの傷病者空輸 百里救難隊

   6月12日(土)10時53分、第二管区海上保安本部から航空自衛隊第7航空団を経由し、銚子沖東を航行中の船舶からの傷病者空輸情報を入手しました。6月12日17時30分、第二管区海上保安本部長から第7航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第7航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。百里救難隊UH-60Jに医師2名が搭乗し、20時10分に百里基地を離陸。百里救難隊U-125Aが20時25分百里基地を離陸。21時51分にUH-60Jが当該船舶上空に到着、22時14分に傷病者を収容し当該船舶上空を離脱。23時12分U-125Aが百里基地に着陸。23時58分にUH-60Jが百里基地に着陸。6月13日(日)00時06分傷病者の移管を完了し、災害派遣を終了しました。

(画像)医師搭乗の様子

(画像)当該船舶上空の様子

(画像)傷病者収容の様子

(画像)患者移管の様子(百里基地)



令和3年6月10日(木) 利尻空港から札幌飛行場までの患者空輸 千歳救難隊

   6月10日(木)20時00分頃、北海道総務部危機対策局から第2航空団を通じ、利尻空港から札幌飛行場までの患者空輸情報を入手しました。6月10日(木)21時10分、北海道知事から第2航空団司令へ災害派遣要請がなされました。同時刻、第2航空団司令からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。千歳救難隊のU-125Aが、21時43分に千歳飛行場を離陸、22時19分利尻空港に着陸。22時37分患者を収容、医師、付添人が搭乗し、22時47分利尻空港を離陸。23時21分札幌飛行場に着陸、23時36分患者移管を完了、千歳飛行場に23時50分に着陸し災害派遣を終了しました。

(画像)患者収容の様子(利尻空港)

(画像)機内の様子

(画像)患者移管の様子(札幌飛行場)



令和3年5月24日(月)山口県見島から山口県萩市までの患者空輸 芦屋救難隊

   5月24日(月)19時40分頃山口県萩市消防本部より航空自衛隊第3術科学校を通じ、見島から萩市までの患者空輸情報を入手しました。5月24日(月)20時27分、山口県知事から航空自衛隊第3術科学校長へ災害派遣要請がなされ、同時刻、第3術科学校からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。20時52分芦屋救難隊U-125A及びUH-60Jが芦屋飛行場を離陸。UH-60Jは21時26分萩市玉江河川公園に着陸。医師1名が搭乗し、21時29分萩市玉江河川公園を離陸。21時51分見島分屯基地着陸、21時59分患者と付添者が搭乗し見島分屯基地を離陸。22時24分萩市玉江河川公園へ着陸、22時20分患者の移管を完了。22時24分萩市玉江河川公園を離陸、22時38分U-125Aが、22時52分UH-60Jがそれぞれ芦屋飛行場へ着陸し災害派遣を終了しました。



令和3年5月10日(月)山口県見島から山口県萩市までの患者空輸 芦屋救難隊

   5月10日(月)21時00分頃山口県防災危機管理課より航空自衛隊第3術科学校を通じ、見島から萩市までの患者空輸情報を入手しました。5月10日(月)21時10分、山口県知事から航空自衛隊第3術科学校長へ災害派遣要請がなされ、同時刻、第3術科学校からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。22時20分芦屋救難隊U-125Aが芦屋飛行場を離陸。22時22分UH-60Jが芦屋飛行場を離陸、22時54分萩市玉江河川公園に着陸。医師1名が搭乗し、22時59分萩市玉江河川公園を離陸。23時17分見島分屯基地着陸、23時30分患者と付添者が搭乗し見島分屯基地を離陸。23時47分萩市玉江河川公園へ着陸、23時55分患者の移管を完了。5月11日(月)00時00分萩市玉江河川公園を離陸、00時14分U-125Aが、00時26分UH-60Jがそれぞれ芦屋飛行場へ着陸し災害派遣を終了しました。

      

(画像)機内の様子

(画像)救助者移管の様子(萩市玉江河川公園)



令和3年4月21日(水)沖縄県北大東空港から那覇飛行場までの患者空輸 那覇救難隊

   4月21日(水)19時15分頃沖縄県より航空自衛隊南西航空方面隊司令部を通じ、北大東島から那覇飛行場までの患者空輸情報を入手しました。4月21日(水)21時15分、沖縄県知事から南西航空方面隊司令官へ災害派遣要請がなされ、同時刻、南西航空方面隊司令官からの災害派遣協力依頼に基づき、航空救難団は災害派遣を行いました。22時00分那覇救難隊U-125Aに医師1名が同乗し那覇飛行場を離陸。22時44分北大東島空港に着陸。23時05分患者と付添者が搭乗し北大東島空港を離陸。23時50分那覇飛行場へ着陸、4月22日(木)00時03分患者の移管を完了し災害派遣を終了しました。

(画像)救助者移管の様子(那覇飛行場)



令和3年4月1日(木)沖大東島における遭難者の捜索救助 那覇救難隊

   令和3年4月1日(木)15時40分頃、第11管区海上保安本部から南西航空方面隊司令部を通じ、沖縄県沖大東島において船舶座礁の情報を入手。同日16時45分第11管区海上保安本部長から南西航空方面隊司令官へ災害派遣要請がなされ、航空救難団司令への協力依頼に基づき、那覇救難隊UH-60Jが17時06分、U-125Aが17時58分それぞれ那覇飛行場を離陸。U-125Aは18時50分沖大東島上空に到着し捜索活動開始。18時57分UH-60Jが沖大東島に到着。遭難者3名を収容し19時20分沖大東島を出発。(U-125Aは、19時25分沖大東島上空から帰投を開始し20時23分に那覇飛行場着陸)21時02分那覇飛行場へ着陸。21時06分遭難者3名を移管し災害派遣が終了しました。

(画像)機内の様子

(画像)救助者移管の様子(那覇飛行場)