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主要構内施設 (建物)

 ここ第1術科学校には、様々な歴史的建築物、教育施設等があります。
 その中でも、一般見学の可能な諸建築物等について紹介したいと思います。
 なお、一般見学の詳細については、「見学案内」をご覧ください。

施設の全容

第1術科学校関連施設 幹部候補生学校関連施設
共同施設 売店 ・ 食堂


各種施設のご紹介

大講堂

 鉄骨煉瓦石造の大講堂は大正6年(1917年)に兵学校生徒の入校式、卒業式また精神教育の場として建築されました。外壁には瀬戸内海産の花崗岩を使い、内部はほぼ吹抜けとなっており、約2000名の収容能力があります。90年以上経った今日も、変わらぬ姿で、建っております。
 現在は幹部候補生、第1術科学校の学生等の入校式、卒業式等儀式に使用しております。

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幹部候補生学校庁舎(旧海軍兵学校生徒館 通称赤レンガ)

 通称「赤レンガ」と呼ばれ全国的に有名な、幹部候補生学校庁舎は、日清戦争の前年、明治26年(1893)に海軍兵学校生徒館としてその生活、教育のため建築されました。
 設計は、東京築地にあった兵学校生徒館も手がけたイギリス人建築家によるものであります。屋根は建築当初は日本瓦葺でしたが、明治38年の安芸灘地震後にスレート葺とされました。

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教育参考館


戦艦大和主砲砲弾


※教育参考館は、階段部分にはスロープを設け、バリアフリーとしております。車椅子のまま入館することができます。

 ギリシャ神殿風の鉄筋コンクリート造の2階建てのこの教育参考館は、先輩の偉業を偲び、「温故知新」によって自己修養と学術研鑽の資とするため、兵学校卒業生の積立金及び一般企業等の寄付をもって、昭和11年(1936)に建築されました。
 教育参考館には、戦前約40,000点の歴史的資料が保存されておりましたが、終戦時、一部の貴重な資料を厳島神社、大山祗神社等に奉納した他は、進駐軍による没収を恐れ焼却処分とされました。
 現在は、返却された資料等約16,000点を保存しており、そのうち約1,000点を展示しております。
 主な展示資料
勝海舟の書
・広瀬武夫中佐の資料
・佐久間勉大尉(第6潜水艇長)の遺書
・海軍将校の書
・特攻隊員の遺書
・横山大観画伯の富士を描いた作品「正気放光

等があります。年間約7万人の見学者が同館を訪れています。

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日清戦争で活躍した三景艦
(松島、橋立、厳島)の主砲砲弾





特殊潜航艇(甲標的)





海 龍(竜)



第1術科学校学生館(旧海軍兵学校西生徒館)

 兵学校西生徒館として昭和13年(1938)に建てられましたが、昭和31年(1956)、横須賀にあった術科学校がここ江田島に移転し、現在第1術科学校学生館として使用されております。
 もともとはクリーム色の3階立ての建物でしたが老朽化に伴い、平成10年(1998)から全館改築し、真新しい現在の建物となりました。

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戦艦陸奥の主砲(主砲第4砲塔)と同型艦長門の主砲砲弾

 この2連装砲は、かつて日本海軍戦艦「陸奥」の4番主砲として搭載されていた40センチ砲であり、昭和10年(1935)海軍兵学校生徒の教材としてこの地に移設されました。

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表桟橋

 江田島湾に面して突き出ている浮き桟橋を「表桟橋」と呼び、兵学校卒業生はここから軍楽隊の演奏の中を盛大な見送りを受けて、沖に待機する練習艦隊に乗り組み、巣立っていきました。
 現在では、幹部候補生学校卒業生及び海上自衛隊生徒卒業生が同様にここから音楽隊の演奏の中を、練習艦隊へあるいは部隊へと旅立っていきます

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水交館

 水交館は、明治憲法公布の前年、明治21年(1888年)に「集会所」として建築された、江田島地区で現存する最も古い建築物です。以後、「文庫館」、「図書館」、「会議所」、「将校集会所」と名称、使用目的を変更しながら、終戦まで使用されました。
 進駐軍接収時には、牧師等の宿泊所としても使用されましたが、海上自衛隊に返還後は「水交館」と名付け、国内外の来賓の接遇等に使用しております。

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高松宮記念館(旧高松宮邸)

 高松宮記念館(旧高松宮邸)は、高松宮宣仁親王の兵学校予備教育中の特別官舎として、大正9年(1920年)に総檜造で建築されました。
 当時、兵学校生徒は土曜、日曜の外出日には学校周辺の民家を利用して休養しておりましたが、殿下は、この建物を同様に4年余りにわたり使用しておられました。

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理化学講堂

 煉瓦造の理化学講堂は明治37年(1904)に兵学校生徒の教場として、建設されました。
 現在は、海上自衛隊幹部候補生学校の講堂として使用しています。

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第1術科学校庁舎

 白く落ち着いた感のこの建物は、昭和16年(1941)に海軍兵学校庁舎として建設されました。
 現在は、第1術科学校庁舎として使用しております。

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