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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第6節 大洋州

1 オーストラリア

1 全般

オーストラリアは、戦略的利益、自由と人権の尊重、民主主義、法の支配といった普遍的な価値をわが国と共有する特別な戦略的パートナーであり、オーストラリアとの関係の重要性はこれまで以上に高まっている。

2020年7月1日、豪政府は、国防戦略を更新し、インド太平洋地域を優先する方針を発表した。

2 国防戦略

豪政府は2020年7月、国防戦略を更新した「2020国防戦略アップデート」とその戦略を推進するための能力投資計画である「2020戦力体制計画」を発表した。

これは2016年に国防白書1を発表した当時の想定よりも、戦略環境が急速に悪化したことを受け、2019年から国防戦略の見直しを進めていたものである。

見直しの背景には、中国に対する強い警戒感があると指摘されているが、豪政府は単一の国家を念頭に置いたものではないとしている。

豪政府は、戦略環境の変化として、インド太平洋地域における軍事近代化や米中をはじめとする主要国間の競争の激化をあげた。そして、長距離ミサイルやサイバー攻撃などにより、敵対勢力が本格的攻撃を開始するまでに要する時間は減少しており、もはやオーストラリアは時間に頼ることはできなくなったとした。また、紛争を引き起こさない範囲で自らの戦略目標を達成するグレーゾーンにおける活動が活発化しているとした。その例として準軍事戦力の利用、紛争地形の軍事拠点化、影響力行使・介入の実施、経済的圧力などがあげられた。

豪政府は、こうした情勢認識のもと、インド太平洋地域、特にインド洋北東部から、東南アジアの海上及び陸上を通り、パプアニューギニア及び南西太平洋に至る地域を重視する方針を打ち出した。

国防戦略の目標は、①オーストラリアの戦略環境を形成し、②オーストラリアの国益に反する行動を抑止し、③必要時に信頼に足る軍事力によって対処するため、軍事力を配備することである。

同目標を達成するため、豪政府は2030年までの10年間で約2,700億豪ドルを豪軍の能力向上に投資する方針である。

現在、オーストラリアは、約5万7,000人の兵力を有し、同盟国である米軍との共同作戦を実施すべく、高性能な戦車、艦艇、航空機を保有している。これらを遠方展開させるための空中給油機、強襲揚陸艦なども保有している。

現在、新たにF-35A戦闘機72機、アタック級潜水艦12隻などの取得を推進中である。2020年度の国防予算は426億豪ドルであり、増額目標であるGDP比2パーセントを達成する見込みとされる。

「2020国防戦略アップデート」で発表された2,700億ドルの投資には、陸・海・空軍の装備、情報、サイバー、宇宙関連のほか、新たに長距離攻撃能力の獲得が含まれている。新たな長距離攻撃能力はインド太平洋における侵攻を抑止又は対処するためのものと位置づけられている。

長距離攻撃能力を得るため、射程370kmを超える米国製のAGM-158C長距離対艦ミサイル(LRASM)を購入する予定である。また、陸軍の長距離ロケット砲及びミサイルシステムの獲得、極超音速兵器を含む高速長距離打撃力の開発が発表された。

また、海外に展開している部隊をミサイルから守るためのミサイル防衛についても能力獲得を目指す方針である。

3 対外関係

オーストラリアは、「2020国防戦略アップデート」において、同盟国である米国との関係を深化するとともに、わが国を含む関係国との協力を強化する方針を打ち出している。

参照III部3章1節2項1(オーストラリア)

(1)米国との関係

オーストラリアは、ANZUS(Security Treaty between Australia, New Zealand and the United States of America)条約2に基づく米国との同盟関係にある。「2020国防戦略アップデート」においては、情報共有、防衛産業・技術協力などを含め米国との同盟が不可欠であるとし、同盟を引き続き深化させる方針を明らかにしている。

両国は、1985年以降、外務・防衛閣僚協議(AUSMIN:Australia United States Ministerial Consultations)を定期的に開催し、主要な外交・安保問題について協議している。

2020年7月にワシントンで開催されたAUSMINの共同声明では、インド太平洋地域が「同盟の焦点」であるとし、安全で繁栄し、包摂的でルールに基づく地域を維持するため、ASEAN、インド、わが国などと共に連携することを再確認した。そして、インド太平洋地域での威圧的かつ不安定化を招く行動に対して「深刻な懸念」を表明した。中国の海洋権益に関する主張については2016年の仲裁裁判所の判断のとおり、国際法のもとに無効であるとし、南シナ海における全ての主張は、国際法に従ってなされ、解決されなければならないことを強調した。

米豪軍は共同訓練を通じて相互運用性の向上を図っている。

「タリスマン・セーバー」は2005年以降、2年に1度行われている米豪共同演習であり、戦闘即応性及び相互運用性の向上を目的としている。2019年は、これまでで最大規模となる米豪軍3万4,000人以上のほか、カナダ軍、ニュージーランド軍、英軍及び自衛隊も参加し、水陸両用作戦、陸上戦闘訓練などを実施した。

2020年は、南シナ海において、両国海軍が共同演習を実施した。

米豪は、インド太平洋に近いオーストラリア北部において米軍のプレゼンスを強化してきた。2011年11月、「戦力態勢イニシアティブ」に基づき、2012年以降、米海兵隊はオーストラリア北部へのローテーション展開を開始して徐々に規模を拡大し、2019年は約2,500名の米海兵隊員が展開した3。また、訓練参加のため、米空軍のB-52戦略爆撃機やF-22戦闘機などがオーストラリアへ随時展開している。さらに、米軍が展開するダーウィンやティンダルなどの施設、飛行場及び訓練場の増強も実施・計画されている。

(2)中国との関係

中国は、オーストラリアにとって最大の貿易相手国であり、オーストラリアは、政治・経済分野での交流・協力のほか、国防分野でも当局間の対話、共同演習、艦艇の相互訪問などの交流を行ってきた。

一方で、オーストラリアは、中国に対する自国の立場を明確に発信する姿勢を見せるなど、対中警戒心を顕在化させている。

南シナ海問題において、豪政府は、中国による埋立及び建設活動に対し強い懸念を表明し、全ての領有権主張国に対して軍事化などの停止を要求しているほか、航行の自由及び上空飛行の自由にかかる権利を行使し続ける旨表明している。外交白書2017では、オーストラリアが最重要と位置づけるインド太平洋地域において中国が米国の地位に挑戦している旨明記した。

豪軍艦艇や米軍艦艇も利用してきたダーウィン港をはじめとする中国資本による豪施設の買収に対しては、内外から懸念の声が上がり、豪政府は2017年1月、特定の港湾など安全保障上の重要インフラが外国資本に買収されることを防ぐため、監視が必要な施設を洗い出し、売却リスクを精査して関係機関に助言する専門の組織として「クリティカル・インフラストラクチャー・センター」を設置した。同センターは、通信、電気、ガス、水、港湾などのオーストラリアの重要インフラへの妨害、スパイ行為、威圧活動を査定することを通じて、外国による関与のリスクを管理している。

中国によるオーストラリア政界への巨額の政治献金や賄賂など、影響力の行使とみられる活動が活発になる中、外国からの内政干渉などを阻止するための法律が可決された。豪政府は、通信分野においても、中国通信企業のファーウェイ(華為)が一部受注していた海底ケーブル事業について豪政府の支援により豪企業が行うことを発表した。また、ファーウェイは2018年8月、次世代通信規格「5G」の整備事業への同社とZTEの参入を豪政府から禁止された旨、明らかにした。

新型コロナウイルス感染症をめぐっては、感染が中国から世界へ広がった経緯について、豪政府が独立調査の必要性を提起したのを契機に中国が豪産の石炭、食肉、大麦、ワインの輸入を制限したほか、豪旅行・留学中止呼びかけを実施し、経済的圧力を加えているとされる。また、オーストラリアでは、政府や重要インフラに対する大規模なサイバー攻撃が発生しているが、中国によるものと指摘されている。さらに、豪メディア関係者が中国当局によって出国を禁止されたり、拘束・逮捕されたりしている。また、香港やウイグルの人権をめぐっても、中国とオーストラリアとの対立が深刻化していると指摘されている。

(3)インドとの関係

オーストラリアは、インドを主要な安全保障上のパートナーとみなしている。

両国は2020年6月の首脳会談(オンライン)において、両国関係を包括的戦略的パートナーシップ関係に引き上げることで合意した。両首脳は「開かれた、自由で、ルールに基づくインド太平洋地域」のビジョンを共有し、「インド太平洋における海洋協力の共同ビジョンに関する共同宣言」を発表した。会談では、経済分野での協力のほか、国防分野においては、軍の物品役務の相互支援に関する協定を締結し、それに基づく軍事演習を通じて相互運用性の強化を図ることで合意するとともに国防科学技術協力をさらに推進するための協定を締結した。

2020年11月、豪海軍は、米・印海軍と海上自衛隊が実施してきた共同訓練「マラバール」に参加した。

参照8節1項2(軍事)

(4)東南アジア及び太平洋島嶼国との関係

オーストラリアは、「2020国防戦略アップデート」において、インド洋北東部から、東南アジアの海上及び陸上を通り、パプアニューギニア及び南西太平洋に至る地域を重視する方針を打ち出している。

インドネシアとは、2006年11月の幅広い防衛分野における協力をうたった安全保障協力の枠組みであるロンボク協定への署名、2010年3月の戦略的パートナーシップへの引き上げ及び2012年9月のテロ対策や海上安全保障での協力強化などが盛り込まれた防衛協力協定の締結などを経て、安全保障・国防分野の関係を強化してきた。両国間の安全保障・国防分野の協力関係は断続的に停滞した時期もあったが、その後、2015年後半に入り、閣僚級の往来が再開されたほか、外務・防衛閣僚協議(2+2)の定期開催や2018(平成30)年の海上安全保障やテロリズムに関する防衛協力協定及び海洋協力行動計画への署名などを通じ、両国関係は改善している。

シンガポール及びマレーシアとは、両国に対する攻撃や脅威が発生した場合、オーストラリア、ニュージーランド、英国がその対応を協議する「五か国防衛取極(FPDA:Five Power Defence Arrangements)」(1971年発効)があり、この枠組みに基づき南シナ海などにおいて定期的に共同統合演習を行っている。シンガポールについては、オーストラリアの最も進んだ国防パートナーであり、安全な海上貿易環境に対する利益を共有するとしている。2016年10月には、包括的戦略パートナーシップのもと、オーストラリアにおける軍事訓練及び訓練区域の開発に関する了解覚書に署名するなど、防衛協力も進んでいる。マレーシアに対しては、同国のバターワース空軍基地に豪軍を常駐させるとともに、南シナ海やインド洋北部の哨戒活動を通じて、同地域の安全と安定の維持に貢献している。

太平洋島嶼国及び東ティモールに対しては、治安維持、自然災害対処及び海上警備などの分野における支援を主導的に行っている。特に、海上警備分野においては、現在も定期的に豪軍アセットを南太平洋に派遣して警備活動を支援しているほか、2023年までに新型のガーディアン級哨戒艇21隻を太平洋島嶼国及び東ティモールに提供する予定である。2018年11月には、最大30億豪ドルという過去最高となる資金を太平洋島嶼国におけるインフラ構築にあてる旨発表し、関係の強化を図っている。2019年5月、モリソン首相は、総選挙後の組閣直後に、「パシフィック・ステップ・アップ」と称する太平洋島嶼国への積極的な関与を継続する旨表明し、組閣後初の外遊先として同年6月にソロモン諸島を訪問し、太平洋島嶼国を重視する姿勢を鮮明にしている。

参照本節2項(ニュージーランド)
7節(東南アジア)

(5)海外における活動

オーストラリアは、中東での任務を一部終了し、「2020国防戦略アップデート」で示されたインド太平洋地域を重視する活動へと移行している。

イラク治安部隊への軍事面の助言及び支援活動、能力構築支援は2020年6月に完了した。

オーストラリアは、中東地域において、米国などの対テロ作戦支援のため、E-7A早期警戒管制機1機及びKC-30A給油機1機を派遣していたが、2020年9月に活動終了を発表した。

また、アジア太平洋地域に資源を優先配備するためとして、中東地域における海軍の活動についても削減すると2020年10月に発表した。米国などによる「海洋安全保障イニシアティブ」のもとに設置された「国際海洋安全保障構成体」(IMSC: International Maritime Security Construct)での活動は、2020年12月に終了した。

一方で、豪軍は、インド洋、南シナ海、太平洋島嶼国周辺における訓練・海上監視などを重視する方針であるほか、2018年以降、国連安保理決議で禁止されている北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対して、哨戒機及び艦艇による警戒監視活動を行うなど、国際社会の平和と安定に向けた貢献を行っている。

1 オーストラリアの国防白書は、これまでに1976年、87年、94年、2000年、09年、13年、16年の計7回発表されている。

2 1952年に発効したオーストラリア・ニュージーランド・米国間の三国安全保障条約。ただし、ニュージーランドが非核政策をとっていることから、1986年以降、米国は対ニュージーランド防衛義務を停止しており、オーストラリアと米国の間及びオーストラリアとニュージーランドの間でのみ有効

3 新型コロナウイルス感染症が拡大した2020年は、約1,200人に規模を縮小すると発表された。