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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第2章 諸外国の防衛政策など

第1節 米国

1 安全保障・国防政策

2017年1月から2021年1月までの4年間にわたるトランプ大統領の在任期間中においては、国際テロ組織に対する軍事作戦に進展がみられる一方で、政治・経済・軍事にわたる世界的な競争がより一層顕在化してきた。こうした新たな安全保障環境のもと、トランプ前政権は、「米国第一」の方針や力が中心的な役割を果たすという現実主義的な考え方に基づき、米国の世界への関わり方をこれまでのものから大きく変化させてきた。

トランプ前政権は、安全保障・国防の方針を明らかにした戦略文書において、中国及びロシアを修正主義勢力と位置づけ、両国との戦略的競争を重視する姿勢を明らかにした。

同政権は、特に中国を抑止するためとして、インド太平洋地域の安全保障を最重視する姿勢とともに、地域における前方軍事プレゼンスを維持する姿勢を示していた。中国に対しては、米艦艇による南シナ海における「航行の自由作戦」や台湾海峡通過を繰り返し実施したほか、軍事転用のおそれもある技術分野の競争力確保や技術窃取防止を意図した措置も強化するなど、対中抑止の姿勢を強めてきた。

トランプ前政権は、インド太平洋地域における対中抑止に次いで、欧州地域における対露抑止を国防戦略の優先課題に位置づけた。

ウクライナをめぐるロシアの行動を踏まえ、NATOの安全保障への関与及び抑止力を強化するため、東欧に部隊を展開させるとともに、米軍のプレゼンスの強化などを行う取組である「欧州抑止イニシアティブ」の関連予算をオバマ政権の時期よりも大幅に増額させた。さらに、ロシアの非戦略核兵器との戦力ギャップを埋めるための低出力核兵器の開発・配備にかかる取組も進めてきた。

戦略文書において、「ならず者国家」と位置づけられている北朝鮮の核・ミサイル開発にかかる行動や政策などに対しては、制裁を維持しつつ、北朝鮮による完全な非核化を追求する取組を続けてきた。

参照本節1項3(インド太平洋地域への関与)

また、同じく「ならず者国家」と位置づけられているイランに対して、米国は、交渉の場に引き戻すためとして多方面で圧力を強めてきた。

トランプ前政権発足当初に最優先とされたイスラム過激派テロ組織の打倒に関して、2019年3月には、イラクとレバントのイスラム国(ISIL:Islamic State of Iraq and the Levant)が支配するイラク及びシリアの全ての領土が解放された旨発表するとともに、同年10月には、ISILの指導者が米軍の作戦により死亡した旨を発表した。

また、アフガニスタンに関して、米国とタリバンは2020年2月、米軍の条件付き段階的撤収を含む合意に署名した。ミラー国防長官代行は2021年1月、イラクとアフガニスタンの駐留兵力について、それぞれ2,500人規模まで削減した旨を発表した。こうした動きに加えて、ソマリアから部隊の大部分を撤収することを発表するなど、トランプ前政権は中東地域やアフリカ地域などの戦力を削減してきた。

このほか、「力による平和」の方針のもと、削減傾向にあった国防予算を増額し、米軍の即応性を回復させるとともに、近代化を促進してきた。また、負担の少ないことが指摘される一部の同盟国が、応分の負担を負うべきであるとの考え方を示してきた。

こうした中、2021年1月20日に就任したバイデン大統領は、就任演説の中で、分断ではなく結束が必要である旨を米国民に対して呼びかけるとともに、国際社会に対しては、同盟を修復して再び世界に関与し、単に力を示すだけではなく、模範としての力をもって主導していくとの基本姿勢を明らかにした。この力を示すことに関して、同大統領は、同年2月の国防省における演説において、必要に応じて武力を行使することをためらわないとする一方、武力は最後の手段であり、最初の手段ではないとの位置づけを強調している。

また、同大統領は、同月の外交方針に関する演説において、前述の基本姿勢を受けた対外政策の骨格を明らかにした。同大統領はこの演説で、中国やロシアなどによって権威主義化が進むとともに、感染症の拡大や気候変動、核拡散といった世界的な課題を抱える新たな時代に対応しなければならないとの認識を示した。そのうえで、これを米国が単独で実現することはできないとし、同盟関係を米国の最大の資産と位置づけ、同盟国やパートナーと緊密に協力して対応していくとの考えを示した。このほか、対外政策と国内政策の間に明確な境界線は存在しないとし、国内経済の再生に喫緊の焦点を定めるとの考えも示している。

軍事政策に関しては、米軍の「世界的な戦力態勢の見直し」を実施することが明らかにされた。本演説を受け、オースティン国防長官は声明を発表し、この中で米軍の配備、資源、戦略、任務に関する世界的な戦力態勢の見直しを実施することを明らかにするとともに、同盟国などとも協議しながら見直しを進めていく考えを示した。

バイデン政権は、同年3月に発表した国家安全保障戦略暫定指針(以下、「暫定指針」という)において、インド太平洋地域と欧州地域における米軍のプレゼンスを最重視する方針を表明しており、特に、中国について、安定し開かれた国際システムに対して持続的に挑戦する能力を秘めた唯一の競争相手と位置づけ、長期的に対抗していく考えを示している。

同政権は、中国への対応にあたっては、強い立場を基盤とした取組を重視する方針を示しており、国内の経済基盤の強化、国際機関における主導的な地位の回復、民主主義的価値観の国内外での擁護、軍事力近代化、同盟関係などの再活性化といった方策により、米国の優位性を再構築し、中国との戦略的競争に勝利するとの考えを示している

また、中国との関係について、気候変動や軍備管理など利益を共有する分野においては協力を追求していく意向を示しているほか、同盟国やパートナーと力を結集して中国に関与していくとの考えを示している。

対北朝鮮政策については、日本や韓国といった同盟国やパートナーと緊密に協議しつつ、検討を進める意向を明らかにしている。

欧州に関しては、ロシアとの関係について、同国による「有害活動」1を考慮に入れ、近年見られたこうした活動を許容しないとの方針のもとに同国との関係の包括的な見直しを行うとしている。また、前述の世界的な戦力態勢の見直しが行われている間、トランプ前政権が発表したドイツからの米軍部隊の撤収を停止するとしている2

中東に関しては、長期にわたる戦争に責任ある終わりをもたらすとし、同年4月にバイデン大統領は、同年9月11日までにアフガニスタンから米軍を撤収させると発表した。また、イランが核合意に対する厳格な遵守に戻るのであれば、更なる交渉の開始点として合意に復帰するとの立場を表明している。このほか、イエメンでの軍事紛争における攻撃的な作戦に対する米国の支援を終了し、紛争の解決に向けた外交を強化するとの方針や、サウジアラビアの防衛への支援を継続するとの方針を示している。

新政権が発足し、国際協調を基軸とした対外政策の方向性が示される中で、同盟国やパートナーとの協議を重視したうえで検討が進められる安全保障政策の全般的な見直しの動向が注目される。また、バイデン政権が最優先と位置づける新型コロナウイルス感染症対策や、同じく融和が必要と位置づけている国内政治上の分断に対応していく中で、これらに必要となる財政的・政治的な資源が安全保障政策にどのような影響を与えるのかについても注目される。

2021年1月、就任演説を行うバイデン大統領【米国防省】

2021年1月、就任演説を行うバイデン大統領【米国防省】

1 安全保障認識

トランプ前政権期の2017年12月に公表された国家安全保障戦略(NSS:National Security Strategy)は、米国、同盟国及びパートナーに対して競争をしかける主要な挑戦者として、中国及びロシアという「修正主義勢力」、イラン及び北朝鮮という「ならず者国家」、ジハード主義テロリストをはじめとする「国境を越えて脅威をもたらす組織体」、の3つを掲げた。

また、2018年1月に公表された国家防衛戦略(NDS:National Defense Strategy)は、米国の安全保障上の主要な懸念は、テロではなく、中国及びロシアとの長期にわたる戦略的競争であり、中国とロシアは、米国や同盟国が築いた自由で開かれた国際秩序を害しており、独自の権威主義モデルと合致する世界を形成しようとしていることが一層明確化しているとした。

バイデン政権は、暫定指針において、感染症の拡大や気候変動、大量破壊兵器の拡散などの世界的な課題が深刻な脅威をもたらすとともに、世界の力の分布が変化し、新たな脅威を生み出している現実に対応する必要があるとの認識を示している。この中で、中国とロシアの両国については、米国の力を弱め、利益や同盟国を守るための米国による取組を阻害することに精力を注いできたとし、特に中国は急速に対外的な主張を強めてきているとの認識を示している。これに関し、バイデン大統領は、2021年2月の国防省における演説において、中国がもたらす課題に対応する必要があるとの考えを強調しており、戦略や作戦構想、戦力態勢などを検討するために国防省が立ち上げた中国タスクフォースについて言及している。また、同政権は、暫定指針において、イランや北朝鮮を地域的勢力と位置づけ、米国の同盟国やパートナーを脅かし、地域の安定に挑戦する一方で、ゲームチェンジ技術を追求し続けていると評価している。さらに、統治が脆弱な国や米国の利益を阻害する能力を有する非国家主体からの課題にも直面しているほか、テロリズムと暴力的過激主義は依然として深刻な脅威であるとの見方を示している。こうした認識を考慮すれば、米国は、トランプ前政権に引き続き、中国及びロシア、中でも中国がもたらす脅威を優先的に対処すべき課題として位置づけるとともに、北朝鮮、イラン及び過激派組織のほか、大量破壊兵器の生産・拡散・使用がもたらす脅威にも対処する方針であると考えられる。さらに、バイデン政権は、気候変動が安全保障に及ぼす影響についても高い関心を示しており、同年4月にバイデン大統領が主催した気候変動サミットにおいて、オースティン国防長官から今後の安全保障政策には気候変動の観点が不可欠であるとの発言があったことからも、今後、気候変動問題を踏まえた安全保障政策が進められていくものと考えられる。

2 安全保障・国防戦略

トランプ前大統領が策定したNSSは、「米国第一」や、国際政治では力が中心的な役割を果たすという現実主義に基づくとしつつ、過去20年間、米国が行ってきた関与や国際社会への取り込みによって、競争相手が無害な相手や信頼できるパートナーに変わるという想定に基づく政策を変える必要があるとしている。そのうえで、NSSは、競争的世界において、①米国民、本土及び米国の生活様式の保護、②米国の繁栄の促進、③力を通じた平和の維持、④米国の影響力の推進、の4つの死活的利益を守るとの戦略方針を掲げている。

また、米国の軍事力を再建し、最強の軍隊を堅持するとともに、宇宙やサイバーを含む多くの分野で能力を強化するほか、インド太平洋、欧州及び中東において力の均衡が米国を利するものになるよう努めるとしている。さらに、同盟国やパートナーは米国の偉大な力であり、緊密な協力が必要であるとしつつ、同盟国やパートナーに対し、共通の脅威に立ち向かうために意志を示し、能力面で貢献するよう求めている。なお、米国は、世界の至る所で高まりつつある政治的、経済的及び軍事的競争に対応するとする一方、唯一無二の軍事力を保有し、同盟国及び米国が持つすべての力の手段を完全に統合することで、有利な立場から、競争相手と協力できる分野を模索していくとしている。

NSSを踏まえてマティス国防長官(当時)が策定したNDSは、中国・ロシアとの長期にわたる戦略的競争を、米国の安全保障と繁栄に及ぼす脅威が増大する可能性から、国防省の主要な優先事項と位置づけている。そのうえで、競争空間を拡大するため、①決定的な攻撃力を有する戦力の構築、②同盟の強化及び新たなパートナーの獲得、③より大きな成果と予算活用のための国防省改革、の3つに取り組む方針を掲げている。

このうち、①の戦力構築においては、戦争に備えることを優先し、戦時において、1つの主要国による侵攻を打ち破り、機に便乗した侵攻が他の地域で生じることを抑止することを念頭に、機動力、抗たん性及び即応性を有し、柔軟性がある戦力態勢や運用方法を構築するほか、核戦力、宇宙・サイバー空間、C4ISR(Command, Control, Communication, Computer, Intelligence Surveillance, Reconnaissance)、ミサイル防衛、先進的な自律型システムなどにおける能力の近代化を推進するとしている。また、侵略を抑止する決意は示す一方、動的な戦力展開、軍事態勢及び作戦は敵に予測不可能なものとする考えを示している。また、②の同盟の強化においては、(i)相互の尊重、責任、優先順位及び説明責任という基礎を守ること、(ii)地域的な協議メカニズム及び共同計画の拡大、(iii)相互運用性の深化、の3つを重視している。一方で、防衛能力の近代化への効果的な投資を含め、相互に有益な集団安全保障に対して同盟国及びパートナーが公平な分担に貢献することを期待するとしている。

バイデン政権は、2021年3月、国家安全保障戦略を策定している間の方向性を示すものとして、暫定指針を発表した。本指針は、米国が今日の課題に対して強い立場から対応できるように、その永続的な優位性を更新する必要があるとしつつ、それは米国の最も基礎的な優位性である民主主義の再活性化から始めるとの考えを示している。より具体的には、民主主義、経済、国防などの米国の力の源泉を守り育てるとともに、敵対者を抑止するための望ましい力の分布の促進に努め、安定した開かれた国際システムを主導し維持していくという形で今後の取組の方向性を示している。また、米国単独の取組ではこうした目標を達成できないため、世界中の同盟やパートナーシップを活性化するとしており、同盟国と協力して公平に責任を分担するとともに、同盟国が自国の優位性に投資するよう促していくとの姿勢を示している。軍事面では、米軍が世界で最高の訓練を受け、装備を整えた軍隊であり続けることを確保するとし、最先端の能力への資源を捻出するため、旧式の兵器システムから重点を移行するとしている。このほか、気候に対する抗たん性とクリーンエネルギーに対する国防上の投資を優先事項とする考えを示している。

バイデン政権は、暫定指針の発表後も国家安全保障政策の全般的な見直しを進めており、同政権下での新たな国家安全保障戦略及び国家防衛戦略の内容が注目される3

3 インド太平洋地域への関与

トランプ前政権においては、インド太平洋地域を米国の最優先地域と位置づけ、同地域への米国のコミットメントや地域におけるプレゼンスの強化を通じ、同地域を重視する姿勢を示してきた。

トランプ前大統領は、2017年11月に行ったアジア歴訪において、わが国が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンに共鳴する形で、法の支配の尊重、航行の自由などの原則の遵守を重視する、自由で開かれたインド太平洋地域を促進していくことを表明するとともに、地域における同盟関係を強化することを強調した。

これに関連し、NSSは、中国がインド太平洋地域から米国を追いやり、自身に有利に地域秩序を変えようとしているとしつつ、米国の同地域へのアクセスを制限し、自らがより自由な手足を得るために計画した急速な軍事近代化の取組を進めていると強調した。

同様に、NDSは、中国が軍隊の近代化、浸透工作及び略奪的経済を活用し、他国に強要する形でインド太平洋地域を自国にとって好都合になるよう再構築し、覇権を築くことを目指していると指摘した。

2019年6月に公表された米国防省のインド太平洋戦略報告(IPSR:Indo-Pacific Strategy Report)は、NSS及びNDSの戦略方針を受け継ぎながら、この方針をインド太平洋地域の特性に合わせて具体化している。まず、力による平和の達成のためには、紛争初期からの勝利に向けて準備された戦力が必要であるとして、戦闘力の高い戦力をインド太平洋地域に配備するとともに、高烈度の軍事能力を保有する敵に備えた決定的な攻撃力などの整備に向けて優先的に投資するとしている。次に同盟やパートナーによるネットワークは、抑止などのための戦力を増強するものとしたうえで、既存の同盟やパートナーとの関係を強化しつつ、新たなパートナーとの関係を拡大・深化するとしている。さらに、米国の同盟とパートナーシップを、ルールに基づく国際秩序を維持するためのネットワーク化された安全保障構造に進化させるとの考えを示している。

中国の海洋進出をめぐる問題をめぐって、米国防省は2020年7月、中国が南シナ海で軍事演習を実施する決定をしたことに対して懸念を表明した後、およそ6年ぶりに2個空母打撃群を南シナ海に展開して演習を実施するとともに、同月内に2個空母打撃群を再び集結させて演習を実施した。こうした中、ポンペオ国務長官は同月、中国による南シナ海ほぼ全域の資源に関する主張及び資源をコントロールするための活動は完全に不法であり、中国が一方的に自国の意思を押し付ける法的根拠を有しないとの米国の立場を表明した。そのうえで、中国が、南シナ海及びその他の海域で「力こそ正義」との考えを押し付けることを拒否するとした。また、米政府が同年5月に公表した「中国に対する米国の戦略アプローチ」において、世界的な「航行の自由作戦」プログラムの一環として、米国は中国の覇権主義的で過剰な主張に対抗するとしたうえで、ポンペオ国務長官は同年8月、国防省が東シナ海や南シナ海、台湾海峡において「航行の自由作戦」を強化している旨指摘した。

2020年7月、南シナ海で演習を行うニミッツ及びロナルド・レーガン両空母打撃群【米海軍】

2020年7月、南シナ海で演習を行う
ニミッツ及びロナルド・レーガン両空母打撃群【米海軍】

インド太平洋地域におけるプレゼンス強化をめぐる動きとして、米軍は、2017年1月に海兵隊仕様のF-35B戦闘機を岩国基地に配備したほか、2019年12月には、強襲揚陸艦「ワスプ」に代わり、F-35B戦闘機を含む艦載機の運用能力を強化した強襲揚陸艦「アメリカ」を佐世保に配備するとともに、ドック型輸送揚陸艦「ニューオリンズ」を佐世保に追加配備している。また、グアムでは2020年1月、MQ-4C「トライトン」無人海洋偵察機が初展開している。米沿岸警備隊も2019年1月から11月にかけて、巡視船を交代させながら西太平洋地域に展開し、第7艦隊と行動をともにしており、2020年10月には西太平洋地域に巡視船を配備する方針が示された。さらに、陸軍は、人間の認知面を含むすべての領域などにおいて作戦を同時並行的に実施するマルチドメイン任務部隊を地域に配備する予定としており、海兵隊は制海と海洋拒否の任務を重視した海兵沿岸連隊を創設し地域に配備する考えを表明している。このほか、米軍は、2018年3月には、空母「カール・ヴィンソン」を米空母として40年以上ぶりにベトナムに寄港させており、2020年3月にも空母「セオドア・ルーズベルト」をベトナムに寄港させている。

バイデン政権においては、2021年2月の米中首脳電話会談において、バイデン大統領が「自由で開かれたインド太平洋」の維持が優先事項であると主張したことを公表しており、同ビジョンを追求する米国の姿勢に変更がないことを明らかにしている。また、同年1月の米比外相電話会談後に発表した会談の概要においても、米比同盟は「自由で開かれたインド太平洋」のために重要であることを両外相間で確認しているほか、米国が中国による南シナ海での国連海洋法条約によって認められた範囲を超える海洋権益に関する過剰な主張を拒否するとの姿勢を明らかにしている。このような姿勢のもと、バイデン政権は同年2月以降、「自由で開かれたインド太平洋」へのコミットメントを示すとして、米海軍艦船による台湾海峡の通過を複数回公表している。また、同月には、南シナ海において「航行の自由作戦」を実施したことを公表した。この際、米国はインド太平洋地域において多くの責務を担っており、国際法に則った航行の権利と自由の擁護はその中の一つであるとし、今後も「航行の自由作戦」を継続するとの考えを明らかにしている。さらに同月、南シナ海において2個空母打撃群が活動したことを公表するとともに、同年4月にも同地域において米空母打撃群と米水陸両用即応群が統合演習を実施したことを公表し、この地域の同盟国などに、米国が「自由で開かれたインド太平洋」の推進に尽力していることを示し続けるとした。

米国は、以上のような地域に対する姿勢に基づき、「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンに基づく取組を引き続き進めていくと考えられる。

一方、北朝鮮をめぐっては、2018年6月に行われた史上初の米朝首脳会談以降、米朝間で交渉が行われたが、北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイルの廃棄に具体的な進展は見られない。同会談を受け、米国防省は、米韓指揮所演習「フリーダム・ガーディアン」や米韓合同の定例飛行訓練「ヴィジラント・エース」などを停止したほか、例年春に実施されていた米韓合同演習「キー・リゾルブ」及び「フォール・イーグル」を終結することを決定した。こうした米韓演習の停止について、シャナハン国防長官代行(当時)は、米韓の軍事活動の緊密な連携が外交的取組を引き続き後押しするとしつつ、米韓連合軍の連合防衛態勢を引き続き確保するとともに、確固たる軍事的即応性を維持するとして、在韓米軍を維持する姿勢を明確にしていた。

こうした状況の中、北朝鮮は2019年5月以降、弾道ミサイルを計20発以上発射したほか、同年12月には、米国の敵視政策が撤回されるまで戦略兵器開発を続ける旨を発表した。

また、2021年1月には、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が、米国は「最大の主敵」である旨述べたうえ、米国で誰が政権についても、米国の対北朝鮮政策は変わらない旨述べる一方で、新たな米朝関係の樹立の鍵は、米国が北朝鮮への敵視政策を撤回することであるなどと述べた旨発表した。

バイデン政権は、北朝鮮について、核・ミサイル計画が継続されており、米国にとって喫緊の優先事項であると位置づけるとともに、北朝鮮の非核化に引き続き取り組むとの方針を明らかにしている。バイデン政権は、北朝鮮政策の包括的な検討を行うとの方針を示しており、現政権下で策定が進められる新たな北朝鮮政策の内容が注目される。

2021年1月に成立した2021年度国防授権法は、「太平洋抑止イニシアチブ」と名付けられた事業の創設について規定している。同イニシアチブは、インド太平洋地域における米国の抑止力と防衛態勢の強化、同盟国とパートナーへの安心の提供及び地域における能力と即応性の強化を目的としており、今後の具体的な事業内容が注目される。

参照4節1項5(1)(米国との関係)

4 国防分野におけるイノベーション

トランプ前政権は、国防省のイノベーション構想は最優先課題の一つであると位置づけてきた。同政権のNSSは、伝統的な防衛産業基盤の外で発展している核心的技術を活用すべきとの方針を掲げているほか、NDSも、国防省は、修正主義国家などに対し、イノベーションで勝る必要があるとしつつ、基層的な軍事的優位を獲得するための民間技術の迅速な応用を含め、自律型人工知能や機械学習の軍事への応用に幅広く投資するとしている。

バイデン政権は、2021年2月の国防省におけるバイデン大統領の演説において、新興技術のもたらす危険性と機会に対処し、サイバー空間における能力を強化し、深海から宇宙に至るまでの新時代の競争を主導するとして、国防政策における技術の重要性を強調している。また、中国との戦略的競争においても、イノベーションを含む技術的競争が中心的な課題の一つになるとの認識を示しており、本分野における今後の取組が注目される。

5 核・ミサイル防衛政策

トランプ前政権期の2018年2月に公表された「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)は、核の役割や規模を低減させる米国の取組に他国も続くと期待したが、中国及びロシアによる核戦力増強、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展など、前回のNPRが公表された2010年以降、安全保障環境は急速に悪化し、これまでにない脅威や不確実性がもたらされていると指摘した。そのうえで、米国の核兵器の役割として、①核・非核攻撃の抑止、②同盟国及びパートナーに対する保証、③抑止が失敗した場合における米国の目標達成、④将来の不確実性に対するヘッジ、を掲げている。

また、米国、同盟国などの死活的な利益を守るべき極限の状況においてのみ核兵器の使用を検討するとしつつ、極限の状況には、米国及び同盟国に対する重大な非核戦略攻撃を含み得ることを明確にするとともに、先制不使用政策は採用せず、核で対応する可能性がある状況への曖昧性を保持する政策を維持する考えを示している。さらに、様々な敵対者、脅威、状況に対応して効果的に抑止を行うため、個別に対応したアプローチを適用するとともに、核の近代化や新たな核能力の開発・配備を通じ、核能力の柔軟性及び多様性を高めることにより抑止力の実効性を確保する方針を掲げている。具体的には核の3本柱4を維持しつつ換装するほか、新たな核能力として、短期的には既存の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)の一部の弾頭を改修して低出力化する5とともに、長期的には既存技術を活用して核搭載の海洋発射巡航ミサイル(SLCM:Sea-Launched Cruise Missile)を追求するほか、老朽化した核・非核両用戦術航空機(DCA:Dual-Capable Aircraft)に代わり、F-35Aに核能力を組み入れていくとしている。また、同盟国に対する拡大抑止にコミットし、必要であれば、北東アジアなど、欧州以外の地域にDCAと核兵器を前方展開する能力を維持する姿勢を示している。

なお、トランプ前政権は、ロシアとの間で締結している中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces)全廃条約について、ロシアが条約を遵守していないとして、2019年8月2日に脱退した。

また、エスパー国防長官(当時)は同日、これまで同条約で発射試験や生産・保有が規制されていた中距離射程を有する通常弾頭搭載地上発射型巡航・弾道ミサイルの開発を追求する旨を公表した。米国は同月に500km以上の飛距離を持つ通常弾頭仕様の地上発射型巡航ミサイルの発射実験を、同年12月に同様の仕様の地上発射型弾道ミサイルのプロトタイプの発射実験をそれぞれ実施した6。トランプ前大統領は、同条約の枠外で中距離ミサイル戦力を強化してきた中国を含めた軍備管理の必要性にも言及していた。

バイデン政権は、暫定指針において、戦略的抑止が安全かつ効果的であり続けることや、同盟国に対する拡大抑止が強固で信頼性のあるものであり続けることを確保しつつ、国家安全保障戦略における核兵器の役割を低減させるための措置を講じる旨示している。また、費用のかさむ軍拡競争を回避し、可能であれば新たな軍備管理の枠組みを追求するとしているほか、戦略的安定性にかかわる様々な新興軍事技術開発について、ロシア及び中国と建設的に協議するとの意向を表明している。同政権は2021年2月、ロシアとの合意により、新戦略兵器削減条約(新START:Strategic Arms Reduction Treaty)の期限を2026年2月5日まで5年間延長している。今回の新START条約の期限延長は、暫定指針で示されたような同政権の考えを踏まえたものとみられ、同政権は、今回の延長について、21世紀の安全保障課題の解決に向けて取り組む端緒に過ぎないとして、延期された5年間を用いて、核兵器を管理する枠組みの更なる強化を目指す考えを明らかにしている。まず、核の3本柱にかかる発射機や配備ミサイル・爆撃機、配備核弾頭を対象とする新START条約に対して、議会や同盟国などとの協議のうえで、全ての核兵器を対象とする軍備管理の枠組みをロシアとの間で追求するとしている。また、中国の近代的かつ増強中の核兵器からの危険を減少させるための軍備管理の枠組みも追求するとの考えを示している。

参照5節3項1(核戦力)

一方、トランプ前政権期の2019年1月に公表された「ミサイル防衛見直し」(MDR:Missile Defense Review)は、北朝鮮が引き続き米国に深刻な脅威をもたらしており、核ミサイルで米本土を脅かす能力や、太平洋上の米領土、駐留米軍、同盟国を攻撃する能力を持っているとした。また、ロシアと中国は、既存のミサイル防衛システムに挑む先進的な巡航ミサイルや極超音速ミサイルを開発していると指摘した。そのうえで、MDRは、①「ならず者国家」によるミサイル脅威の先を行くこと、②海外展開米軍を防衛し、同盟国などの安全を支えること、③新たな概念・技術を追求すること、がミサイル防衛を支える原則と位置づけている。また、ミサイル防衛戦略の要素として、①包括的な防衛能力、②柔軟性・適応性、③攻撃・防御の統合と相互運用性の強化、④宇宙領域の重要性、を掲げたうえで、MDRは、①抑止、②積極的・消極的ミサイル防衛、③攻撃作戦、を組み合わせた統合化アプローチを採用する方針を示した。

このような方針のもと、本土防衛では、地上配備型迎撃ミサイル20基の2023年までの追加配備、各種レーダーの改良・配備、SM-3ブロックIIAを使用したICBM(Intercontinental Ballistic Missile)対処の追求などを通じ、ミサイル防衛能力の拡充・近代化への投資を拡大する計画を掲げている。一方、地域防衛においては、THAAD(Terminal High Altitude Area Defense)、イージス・システム及びペトリオットの各迎撃ミサイルの追加調達、BMD対応イージス艦の増強、SM-3ブロックIIAのイージス・アショアへの搭載などを進めるとしている。また、新たな技術の追求では、極超音速滑空兵器(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)などへの対処も見据え、宇宙配備センサー、ブースト段階における迎撃を実現するための、①指向性エネルギー兵器、②宇宙配備迎撃システム、③F-35戦闘機搭載の迎撃ミサイル、の研究・開発に取り組むほか、ICBMの複数の弾頭やデコイなどへの対処能力を向上させるため、多目標迎撃体(MOKV:Multi-Object Kill Vehicle)に取り組む方針を打ち出している。さらに、同盟国などとの協働では、相互運用性の深化、負担共有の拡大、米国との相互運用が可能なミサイル防衛能力への同盟国による投資促進などに焦点を当てる姿勢を示している。

バイデン政権においては、ミサイル防衛に関する政策を示すような戦略文書はこれまでのところ発表されていないが、2021年3月、インド太平洋軍司令官が議会の公聴会において、グアムへのイージス・アショア配備の重要性を訴えるなど、引き続き重要な政策分野であるとみられ、同政権による今後の取組が注目される。

6 22会計年度予算

バイデン政権は、2021年5月に2022会計年度予算要求を発表し、国防省予算要求額は、前年度成立比約1.6%増となる7,150億ドルを計上した。本予算について、国防省は、①新型コロナウイルス感染症の克服、②刻々と深刻化する中国の脅威への対応、③ロシア、イラン、北朝鮮などの脅威への対応、④極超音速兵器やAIなどの技術革新及び近代化、⑤気候変動への対処を重視するとし、暫定指針で示した戦略的な方向性を反映させる内容としている。

また、インド太平洋地域における敵対行為の抑止に必要となる通常戦力の優位性を維持するため、太平洋抑止イニシアチブに51億ドルを要求し、さらに、核の近代化や長射程ミサイルの開発・配備に重点を置くとともに、先進科学技術の研究開発に過去最大の1,120億ドルを要求している。兵力規模では、前年度比約4,600人減となる134万6,400人の確保、装備品の調達では、F-35戦闘機85機(同96機)の調達などの目標が示された。

参照図表I-2-1-1(米国の国防費の推移)

図表I-2-1-1 米国の国防費の推移

1 サリバン大統領補佐官の会見(2021年2月4日)及びプライス国務省報道官の会見(2021年2月2日)において、「ロシアによる有害活動」と言及。

2 トランプ前政権期の2020年7月、国防省は、在独米軍を中心とした欧州軍の再編計画を公表した。本計画によれば、約1万1,900人がドイツから移転し、在独米軍の規模は、約3万6,000人から約2万4,000人に削減となる。

3 国家安全保障戦略(NSS)と国家防衛戦略(NDS)はともに、法律により一定期間での議会への提出が定められている。NSSは新たな大統領の就任から150日以内に、NDSは、大統領選挙後に新たな国防長官を指名した場合においては、上院による指名承認後可能な限り速やかに議会に報告書を提出することが合衆国法典第50編及び同第10編でそれぞれ定められている。

4 核の3本柱は、「ICBMミニットマンIII」、「SLBMトライデントIID5搭載の戦略原子力潜水艦(SSBN)」及び「戦略爆撃機B-52及びB-2」からなる。

5 ルード国防次官(当時)は2020年2月、米海軍がSLBMに搭載するための低出力化核弾頭W76-2を既に配備していることを公表した。この補完的能力により、ロシアのような潜在的敵対者に対して、限定的な核兵器の使用には優位性がないことを示すとしている。

6 エスパー国防長官(当時)は2019年8月、新たに開発する地上発射型の巡航及び弾道ミサイルについて、実際の保有までに数年間を要することになる旨述べている。