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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

5 対外関係

1 全般

ロシアは、国際関係の多極化、グローバルパワーのアジア太平洋地域へのシフトのほか、国際関係において力がますます重要になってきているとの認識のもと、国益を実現していくことを対外政策の基本方針としている3。また、外交は国家安全保障戦略に基づき、国益の擁護のため、オープンで合理的かつ実利的に行うこととしており、無駄な対立は避け、世界各地にパートナー国をできる限り多数獲得するなど、多角的な外交を目指している。

また、ロシアは、世界経済の牽引役と認識するアジア太平洋諸国とも関係を強化すべきとしており、昨今、中国とインドを重視している。特に中国については、ウクライナ危機以降、西側諸国との対立の深まりと反比例するかのように連携を強化する動きが見られる。

一方、欧米諸国との間での協力関係の強化のための取組については、ウクライナ危機やロシア反体制派指導者の身柄拘束などをめぐる西側諸国からの非難を受け、引き続き試練に直面している。今後ロシアが各国との関係を進展させるため、経済面を中心とした実利重視の対外姿勢と、安全保障面を含む政治・外交的側面とのバランスをどのようにとるか注目される。

2 米国との関係

プーチン大統領は、米国との経済面での協力関係の強化を目指しつつ、一方で、ロシアが「米国によるロシアの戦略的利益侵害の試み」と認識するものについては、米国に対抗してきた。

軍事面においては、ロシアは、米国が欧州やアジア太平洋地域を含む国内外にMDシステムを構築していることについて、地域・グローバルな安定性を損ない、戦略的均衡を崩すものと反発してきており、MDシステムを確実に突破できるとする戦略的な新型兵器の開発などを進めている。

ウクライナ危機をめぐって米国が2014年3月以降、ロシアとの軍事交流を中断している中、両国の航空機や艦船の接近事案がたびたび生起している。2020年11月には、米海軍のミサイル駆逐艦がロシア極東ウラジオストク沖のピョートル大帝湾付近を航行したのに対し、ロシア外務省は声明で、米艦艇による領海侵入があったとして、「公然の挑発だ」と非難した。ロシアはソ連時代から同湾を国際法上の「内水」と主張する一方、米国は、航行した水域はロシア領海でないと反論している。

また、米国は宇宙におけるロシアの活動に警戒を強めている。2020年2月、レイモンド米宇宙コマンド司令官は、近年のロシアの衛星の活動について「異常かつ不穏」であり「責任ある宇宙活動国の行動を反映していない」とロシアを批判した。さらに、同年4月、同司令官は、ロシアによる対衛星兵器発射試験を公表するとともに、「ロシアが米国の能力の制限を目的として宇宙における軍備管理の提案を偽善的に提唱しつつ、一方では自国の対宇宙兵器計画を停止する意図は全く持っていないということのさらなる証拠である」と指摘した。

米露間ではトランプ前政権下の2019年8月、米側の脱退表明に端を発した一連のプロセスを経て、中距離核戦力(INF)全廃条約が終了した。2020年11月には米国が、欧米とロシアなどとの間で偵察機による相互監視を認めたオープンスカイ(領空開放)条約を脱退し、ロシアも2021年1月に脱退を表明した。

米露間で戦略核戦力の上限を定めた新戦略兵器削減条約(新START)については、同年2月の期限直前となる同年1月、プーチン大統領とバイデン米新大統領との初の電話会談において、同条約を無条件で5年間延長することで合意した。

3 中国との関係

中国との関係では、2015年にS-400地対空ミサイルやSu-35戦闘機といった新型装備の輸出契約を締結したほか、2012年以降、中露海軍共同演習「海上協力」を実施するなど、緊密な軍事協力を進めている。最近では、2019年7月に日本海及び東シナ海において、2020年12月に日本海から東シナ海、さらには太平洋にかけて、ロシアのTu-95爆撃機と中国のH-6爆撃機が共同で、日本海から東シナ海方面に飛行する「中露共同飛行」を実施した。

また、2019年9月には、ロシアのショイグ国防相と中国中央軍事委員会の張副主席出席のもとモスクワで開かれた軍事技術協力に関する中露合同政府間委員会において、軍事及び軍事技術協力に関する一連の文書が署名された。これに先立つ同年6月の中露首脳会談では、両国首脳は「新時代に突入する包括的パートナーシップ及び戦略的相互協力の関係の発展に関する」共同声明を発表した。同声明に関し、両国当局はともに軍事同盟関係を明確に否定したが、2020年10月に開かれた会議においてプーチン大統領は、中露軍事同盟について問われた際、「理論的には、軍事同盟を思い描くことは可能であるが、それを必要とはしない協力と信頼の水準にまで達している。(略)しかし、除外することも意図していない。」と発言しており、両国間の軍事協力の進展が注目されている。

同年12月、中露両国の国防相は、ビデオ形式で会談し、弾道ミサイルなどの発射通知に係る協力協定を10年延長することで合意した。

参照図表I-2-5-4(中露による共同飛行(①2019年7月23日)(②2020年12月22日))

図表I-2-5-4 中露による共同飛行(2019年・2020年)

4 旧ソ連諸国との関係

ロシアは、独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)との二国間・多国間協力の発展を外交政策の最も重要な方向性の一つとしている。また、自国の死活的利益がCISの領内に集中しているとし、モルドバ、アルメニア、タジキスタン及びキルギスのほか、2009年8月にCISを脱退したジョージア(南オセチア、アブハジア)及び2014年3月にCISの脱退を表明したウクライナ(クリミア)にロシア軍を駐留させ、2014年11月には、アブハジアと同盟及び戦略的パートナーシップに関する条約を、2015年には、南オセチアと同盟と統合に関する条約を締結するなど、軍事的影響力の確保に努めている。

しかし、2020年には、ベラルーシやキルギスでの政情不安、ナゴルノ・カラバフ紛争の激化、モルドバにおける反露派政権の誕生などがあり、これらに関してロシアの旧ソ連圏に対する影響力に陰りが生じているとの指摘もなされている。特に、ナゴルノ・カラバフ紛争においては、一方の当事国であるアルメニアは、CISの集団安全保障条約機構(CSTO:Collective Security Treaty Organization)4加盟国であり、ロシアと軍事同盟関係にあるものの、今次紛争においては戦闘が直接アルメニア領内に及んでいないとして、停戦合意の主導と平和維持部隊の派遣という対応にとどまった。また、2019年12月のモルドバ大統領選挙で当選したサンドゥ氏は、同国東部トランスニストリア地域(ロシア系住民が多く居住し、1990年の「独立」宣言以降モルドバ政府による統治が及んでいない)に駐留するロシア軍部隊の撤退を要求しており、今後、同地域におけるロシア軍の駐留に影響を与える可能性がある。

ロシアによるクリミア「併合」後、ウクライナ東部においては、ウクライナ軍と分離派勢力との間で散発的な戦闘が続いており、2014年4月以降、死亡者は1万人を超えたとされる。OSCE、ロシア、ウクライナ三者が和平に向けて結んだ「ミンスク合意」5に定められた規定の多くにおいて進捗が見られない状況が続いている。

5 その他諸国との関係
(1)アジア諸国との関係

ロシアは、多方面にわたる対外政策の中で、アジア太平洋地域の意義が増大していると認識し、シベリア及び極東の社会・経済発展や安全保障の観点からも同地域における地位の強化が戦略的に重要としている。また、戦略的安定性及び対等な戦略的パートナーシップの実現のため、特に、中国との包括的パートナーシップ関係及び戦略的協力関係をグローバルかつ地域的な安定性維持のための重要な要素とみなし発展させるとともに、インドとの優先的な戦略的パートナーシップ関係に重要な役割を付与することとしている。2003年以降、陸軍及び海軍のほか、近年は空軍も加わる形で露印共同演習「インドラ」を行うなど、幅広い軍事協力を継続させている。

近年、ロシアの大規模演習に外国軍が参加する傾向にあり、2018年に中国及びモンゴル、2019年にインド及びパキスタン、2020年にはミャンマーが初めて参加をしている。

わが国との関係では、互恵的協力を発展させるとしており、近年、政治、経済、安全保障など、多方面において働きかけを強めている。

(2)欧州諸国との関係

NATOとの関係については、NATO・ロシア理事会(NRC:NATO-Russia Council)の枠組みを通じ、ロシアは、一定の意思決定に参加するなど、共通の関心分野において対等なパートナーとして行動してきたが、ウクライナ危機を受けて、NATOや欧州各国は、NRCの大使級会合を除き、軍事面を含むロシアとの実務協力を2014年以降停止している。

2020年5月、米英の艦艇がロシア北洋艦隊の原潜基地に隣接するバレンツ海に入域した。北洋艦隊はミサイル巡洋艦を派遣しこれらの艦艇を追跡した。NATO艦艇のバレンツ海への入域は冷戦終結後初とされる。プーチン大統領は、2020年11月、国防省および軍需企業の幹部との会議において、ロシア国境付近でのNATOの軍事的プレゼンスが拡大しているとしつつ、新型コロナウイルス感染症の流行期におけるNATO諸国の軍事的活動の増大を非難した。

(3)中東・アフリカ諸国との関係

2015年9月以降、シリアでアサド政権を支援する作戦を展開するロシア軍は、シリア国内のタルトゥース海軍基地及びフメイミム航空基地を拠点として確保しつつ、戦闘爆撃機や長距離爆撃機による空爆のほか、カスピ海や地中海に展開した水上艦艇や潜水艦からの巡航ミサイル攻撃を実施している。2016年12月には、シリア全土でロシア及びトルコ主導によるアサド政権と反体制派との間の停戦合意が発効し、2017年1月以降、ロシアはシリアの反体制派勢力との戦闘を継続しつつ、将来的な政治的解決を見据えた取組もみせながら、中東での存在感を増してきている。

ロシア国防省は2019年11月、フメイミム基地に加えシリア北東部のカミシリ空港にもヘリコプター部隊を配備したと発表し、引き続きシリアでのプレゼンスを維持している。

また、巡航ミサイルや戦略爆撃機を用いたシリアでの作戦は、ロシアの長距離精密打撃能力を誇示する格好の場となった。ロシアの軍事介入がアサド政権の帰趨に重大な影響を与えていることや、ロシアとトルコやイランなど周辺国との連携拡大を考慮すると、今後のシリアの安定や、政治的解決プロセスにおけるロシアの影響力は無視できないものとなっている。

ロシアとトルコは、シリア情勢をめぐり、それぞれ対立する勢力を支援しつつも、直接対決を避け、利害を調整している。また、両国は2020年1月、モスクワでリビア問題を協議するため外務・国防閣僚会議を開催した。この場で両国の仲介により、リビアのシラージュ首相率いる国民統一政府(GNA)と対立する軍事組織「リビア国軍(LNA)」双方の代表が和平協議に臨んでおり、ロシアはシリア問題に加えて、リビア和平においてもトルコと利害調整しつつ、その影響力を強めている。さらに、2020年5月、米アフリカ軍(AFRICOM)は、ロシアのMiG-29戦闘機などがシリアで国籍標識が消された後、リビアに届けられたと公表し、ロシア政府が支援する民間軍事会社(PMC)を利用して、リビアの戦況を作為していると非難した。また、ロシアがリビアの海岸部に拠点を置くことになれば、ロシアの恒久的なA2AD能力をリビア沿岸部に構築することになり、欧州南部の国々にとって極めて深刻な安全保障上の懸念が生じるとした。さらに、ロシア民間軍事会社「ワグナー」の傭兵約1,200がリビアに派遣されているとの指摘もある。

2020年5月、米アフリカ軍(AFRICOM)は、14機以上の国籍標識が消された軍用機が、ロシアからリビアのアル・ジュフラ空軍基地に届けられたことを公表した【米アフリカ軍】

2020年5月、米アフリカ軍(AFRICOM)は、14機以上の国籍標識が消された軍用機が、ロシアからリビアのアル・ジュフラ空軍基地に届けられたことを公表した【米アフリカ軍】

2019年10月、ロシアはソチにおいて、第1回ロシア・アフリカサミットを開催するとともに、ロシア・南アフリカ軍事協力合意(1995年署名)に基づき、ロシアの戦略爆撃機Tu-160×2機などを南アフリカに派遣した。また、2020年12月、ロシア政府は、海軍の拠点をアフリカ北東部スーダンの紅海沿岸に設置することでスーダン政府と合意したと発表した。公表された合意文書によると、25年間にわたる借用で、スーダン領空の利用が可能で、艦船の任務遂行に必要なあらゆる武器、弾薬、装備をスーダンの港湾を通じて搬入できるとされる。シリアのタルトゥースに加え、スーダンにロシア海軍の拠点を確保することにより、ロシア軍のより遠方での展開能力が高まることになる。

6 武器輸出

ロシアは、軍事産業基盤の維持、経済的利益のほかに、外交政策への寄与といった観点から武器輸出を積極的に推進しており、国営企業「ロスオボロンエクスポルト」が独占して輸出管理を行っている。また、スホーイ、ミグ、ツポレフといった航空機企業の統合を図るなど、生産体制の効率化にも取り組んでいる。ロシアは現在、武器輸出の世界シェアで米国に次ぐ2位を占めており6、アジア、アフリカ、中東などに戦闘機、艦艇、地対空ミサイルなどを輸出している。近年は、従来の武器輸出先に加え、トルコやサウジアラビアなどの米国の同盟国や友好国に対しても積極的な売り込みを図っている。特にNATO加盟国のトルコへのS-400の輸出をめぐっては米国の反発を招いた。また、インドネシア、ベトナム、マレーシア、ミャンマーなど、東南アジア諸国への売り込みを拡大させている。

3 「ロシア連邦対外政策構想」(2016年11月)による。

4 ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アルメニアの6カ国が加盟する軍事同盟。CSTOの設立根拠となる1992年の集団安全保障条約第4条に、加盟国が侵略を受けた場合、「残る全加盟国は、被侵略国の要請に応じて、軍事的援助を含む必要な援助を早急に行うとともに、自らの管理下にある全ての手段を用いた支援を国連憲章第51条に規定された集団的自衛権の行使手順に則って提供する」との規定がある。

5 2014年9月のミンスク合意は次の項目からなる。①双方による武器の即時使用停止、②武器の使用停止を欧州安全保障協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)が監視、③ドネツク及びルハンスク州の特別な地位に関する法律を採択、④ウクライナとロシアの間に安全地帯を設置し、OSCEが監視、⑤全捕虜の即時解放、⑥ドネツク及びルハンスク州事案に関連する起訴・科刑を禁止、⑦包括的な全国民的対話の継続、⑧ドンバスにおける人道状況改善施策の実施、⑨ドネツク及びルハンスク州の前倒し選挙の実施、⑩ウクライナ領内の不法武装勢力・戦闘員・傭兵の撤退、⑪ドンバスの経済復興及び社会生活再建の計画立案、⑫本協議参加者の個人の安全を保証。

6 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)によれば、ロシアは武器輸出の世界シェアで米国に次ぐ2位(21%)となっている。