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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 大量破壊兵器の移転・拡散

核・生物・化学(NBC:Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器やその運搬手段である弾道ミサイルの移転・拡散は、冷戦後の大きな脅威の一つとして認識され続けてきた。また近年は、国家間の競争や対立が先鋭化し、国際的な安全保障環境が複雑で厳しいものとなるなかで、軍備管理・軍縮・不拡散といった共通課題への対応において、国際社会の団結が困難になっていくことが懸念される。

1 核兵器

キューバ危機(1962年)など米ソ間の全面核戦争の危険性が認識されるなかで、1970年に核兵器不拡散条約(NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)が発効した。同条約のもと、1966年以前に核爆発を行った国(米ソ英仏中(当時))以外の国による核兵器の製造・取得が禁じられ、核軍備の縮小に関する効果的な措置などにつき、誠実に交渉が行われることとなった。

2026年1月現在、NPTは191の国・地域が締結しているが、例えばインド、イスラエルやパキスタンは依然として非核兵器国としての加入を拒んでいるほか、これまで核実験を繰り返し、核兵器の開発・保有を宣言してきた北朝鮮は、2023年9月に憲法に核兵器の発展の高度化を明記し、核戦力の開発・保有を国家制度として基礎づけた旨主張している。

米露間の核戦力については、2021年1月、両国が新戦略兵器削減条約(新START(Strategic Arms Reduction Treaty))の5年間延長に合意し、2026年2月まで効力を延長したが、ロシアが核兵器による威嚇ともとれる言動を繰り返しながらウクライナ侵略を継続しているなか、2023年2月にはロシア側が一方的に履行の停止を発表した。2025年9月、ロシア側は、米国が同様の行動をとるのであれば、2026年2月以降の1年間、同条約の中心的な数量制限を遵守し続ける用意がある旨表明したが、同月をもって同条約は失効した。

これまで米国は、中国も含む形での軍備管理枠組みを追求する意向を示しているが、中国はこうした枠組みに参加する意思はない旨を繰り返し主張している。同時に中国は核戦力の拡大を継続しているとされ、2030年までに核弾頭の保有数が1,000発を超える軌道に乗っている旨指摘されている9

パワーバランスの歴史的変化と地政学的競争の激化に伴い、冷戦後の国際秩序が重大な挑戦に晒されているなか、わが国政府としては、米国、ロシアおよび中国を巻き込んだ軍備管理・軍縮の取組が重要であると考えており、米国と引き続き緊密に連携し、対応していく考えである。

参照図表I-3-11-1(各国の核弾頭保有数とその主要な運搬手段)

図表I-3-11-1 各国の核弾頭保有数とその主要な運搬手段

2 生物・化学兵器

生物・化学兵器は、比較的安価で製造が容易であるほか、製造に必要な物資や技術の多くが軍民両用であり容易に偽装ができるなど、非対称的な攻撃手段10を求める国家やテロリストなどの非国家主体による開発・取得が特に懸念される。また、生物・化学兵器を求める主体がビッグデータやAI(Artificial Intelligence)といった新興技術を利用すれば、兵器の開発能力はさらに高まるものと考えられる。

生物兵器は、①製造が容易で安価、②暴露から発症までに通常数日間の潜伏期間が存在、③使用されたことの認知が困難、④実際に使用しなくても強い心理的効果を与える、⑤種類や使用される状況によっては、膨大な死傷者を生じさせるといった特性を有する。

生物兵器に関しては、北朝鮮、ロシアが生物兵器禁止条約(BWC:Biological Weapons Convention)で定められた義務に反して攻撃的な生物兵器の計画を有しているとの見方が示されている11。また、中国については、軍の医療機関が、生物兵器に転用されるおそれのある毒物やバイオ技術の研究開発を行っていることが指摘されている12

化学兵器は、1995年のわが国における地下鉄サリン事件などで使用され、都市における大量破壊兵器によるテロの脅威を示した。近年では、シリアの旧アサド政権や「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」による化学兵器の使用や、ロシアによって開発された「ノビチョク」類が使用されたとされる反体制派指導者毒殺未遂事件などが指摘されている。また、ウクライナにおける戦闘でロシア軍が暴動鎮圧剤を使用した疑惑も指摘されている。

このほか、中国が化学兵器にも転用されるおそれのある薬剤などについての研究を行っていることが指摘されており、化学兵器禁止条約(CWC:Chemical Weapons Convention)で定められた義務の遵守に対する懸念も示されている13。また、北朝鮮はCWCに加入せず、現在も化学兵器を保有しているとされている。

3 弾道ミサイルなど

弾道ミサイルは、放物線状に飛翔する、ロケットエンジン推進のミサイルで、長距離の目標を攻撃することが可能であり、大量破壊兵器の運搬手段としても使用される。また、高角度、高速で落下するなどの特徴を有し、有効に対処するには極めて精度の高い迎撃システムが必要である。さらに、近年、操舵翼を用いて姿勢を制御することで、通常の弾道ミサイルよりも低高度を変則的な軌道で飛翔し、早期探知や迎撃を困難にする弾道ミサイルが登場するなど、弾道ミサイル関連技術は急速に変化・進展してきている。

参照図表I-3-11-2(弾道ミサイルの分類)

図表I-3-11-2 弾道ミサイルの分類

武力紛争が続いている地域に弾道ミサイルが配備された場合、地域の緊張をさらに高め、さらなる不安定化をもたらす危険性も有している。さらに弾道ミサイルは、通常戦力において優る国に対する遠距離からの攻撃や威嚇の手段としても利用される。

こうした弾道ミサイルの脅威に加え、非国家主体にとっても入手が比較的容易で、拡散が危惧される兵器として、巡航ミサイルの脅威も指摘される。巡航ミサイルは、弾道ミサイルに比べ、製造コストが安く、維持、訓練も容易で、多くの国が製造または改造を行っている。また、命中精度が比較的高く、飛翔時の探知が困難なものや、弾道ミサイルに比して小型で、船舶などに隠匿して、密かに攻撃対象に接近することが可能なものもあり、弾頭に大量破壊兵器が搭載された場合は、深刻な脅威となる。

4 大量破壊兵器などの移転・拡散の懸念の拡大

自国防衛の目的で購入・開発を行った兵器であっても、国内生産が軌道に乗ると、輸出が可能になり移転されやすくなることがある。大量破壊兵器などを求める国家の中には、自国の国土や国民を危険にさらすことに対する抵抗が小さく、また、その国土において国際テロ組織の活発な活動が指摘されているなど、政府の統治能力が低いものもある。こうした場合、一般に大量破壊兵器などが実際に使用される可能性が高まると考えられる。

大量破壊兵器などの関連技術の拡散はこれまでに多数指摘されている。例えば、2004年2月には、パキスタンのカーン博士らにより北朝鮮、イランおよびリビアに主にウラン濃縮技術を中心とする核関連技術が移転されたことが明らかになった。

運搬手段となる弾道ミサイルについても、移転・拡散が顕著であり、旧ソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国・地域にスカッドBを輸出したほか、中国によるDF-3(CSS-2)、北朝鮮によるスカッドの輸出などを通じて、現在、相当数の国などが保有するに至っている。

北朝鮮は1980年代から90年代にかけて、外部からの各種資材・技術の移転により、発射実験をほとんど行うことなく弾道ミサイル開発を進展させたとみられるが、一方で外貨獲得や対外関係の維持のために技術や通常兵器、WMD(Weapons of Mass Destruction)サプライチェーンのための物品の拡散源であり続けているとも指摘されており、例えば、これまでにイラン、シリア、ミャンマー、ロシアといった国々との間で、武器取引や武器技術移転を含む軍事分野での協力が伝えられてきた。

近年では懸念国が大量破壊兵器などを国外に不正輸出する際に、書類偽造や輸送経路の多様化などによって巧妙に国際的な監視を回避しつつ、移転を継続していると指摘されている。また、懸念国が、先進国の主要企業や学術機関などに派遣した自国の研究者や留学生などを通じて、大量破壊兵器などの開発・製造に応用しうる先端技術を入手する、無形技術移転も懸念されている。

9 米戦争省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2025年)による。

10 相手の弱点をつくための攻撃手段であって、在来型の手段以外のもの。大量破壊兵器、弾道ミサイル、テロ、サイバー攻撃など。

11 米国防省「Biodefense Posture Review」(2023年)による。

12 米国務省「Adherence to and Compliance with Arms Control, Nonproliferation, and Disarmament Agreements and Commitments」(2025年)による。

13 米国務省「Condition(10)(C)Report」(2025年)による。