艦艇装備研究所
『防衛技術ジャーナル』2月号に艦艇装備研究所長が寄稿しました
海洋の深淵を制す 未来の水中防衛システムが拓く日本の海の守り
防衛装備庁 艦艇装備研究所長 加藤 隆広
私が艦艇装備研究所長に着任してから1年が経過しました。長年、ソーナーや魚雷の研究開発に携わってきましたが、この研究所が担う任務の重さと、特に水中という深淵な領域の戦略的重要性、そして技術革新の凄まじいスピード感を日々痛感しています。
水上や空中は、人工衛星や航空機等によって監視される「可視化された世界」です。しかし、深海は光も電波も届かない「暗黒の領域」であり、その状況把握は極めて困難です。この領域は、我々にとっての防衛の要であると同時に、相手にとっても隠密裏に作戦遂行するには理想的な場所です。
四方を海に囲まれた日本にとって、海上交通路、すなわちシーレーンは、経済活動と国民生活を支える文字通りの「生命線」です。この広大な海域の安定的な利用を確保する上で、相手に先んじて抑止力を発揮する潜水艦・護衛艦・航空機及び無人機による対潜水艦戦部隊の役割は極めて大きく、その防衛力を「技術」という根幹から支えるのが、私たち艦艇装備研究所の役割にほかなりません。
今後の対潜水艦戦は、艦艇の究極の「静粛性」を前提としつつ、高度な「海洋環境の予測」と「センサ網の配置」による広範囲の状況把握、そして「無人機を含むシステム全体」の統合された運用が必要と考え、我々は革新的な技術の種を蒔き、育てることを目指しています。
潜水艦の最大の存在価値は、相手に探知されない「静粛性」にあります。 そのため、我々の技術研究の第1の柱は、「ステルス化」の追求であり、これは潜水艦の生存性に直結する最も重要な要素です。「ステルス化」とは、潜水艦が発するシグネチャ(音・磁気)を極限まで抑制する技術を指します。船体や推進器等の形状や素材の研究、そして主機や補機類などの内部機器から発生する振動が艦外に伝わることを精度よく予測する技術の研究を続けています。このステルス化技術を実艦へ導入し、その能力を最大限に引き出すには、潜水艦能力評価のDX化が不可欠です。デジタルツイン技術を活用し、潜水艦の仮想モデルを作成してシミュレーションすることで多様な設計案が生み出す潜水艦の能力を精度よく予測する技術を手に入れました。さらに、運用者とこの結果を評価・選定していくことで、次世代の艦船創製へと最短距離で到達することが可能となります。
第2の柱は、「海洋の可視化」の追求です。海の中では、水上や空中とは異なり、電波や光がほとんど届きません。そのため、水中における戦いは「音を制する者が海を制する」と言っても過言ではありません。特に、水温や塩分などの複雑かつ刻々と変化する海洋環境によって生じる音の「死角」を減らすため、その変動を高い精度で予測します。これにより、音の伝わり方を明らかにして、センサを最適に配置することが極めて重要となります。我々は、海洋環境のビッグデータ解析とAI・疑似量子アルゴリズムを使い、艦艇や無人機に搭載されたセンサ群を最適に配置・運用することで、脅威潜水艦を最も効率的かつ早期に探知する研究を推進しています。
第3の柱は、「無人化・自律化」であり、対潜水艦戦部隊の能力を飛躍的に高める技術です。これは、有人艦艇・航空機が抱える「数的劣勢」を補完し、広大な海域の監視を継続するための極めて重要な手段です。有人プラットフォームの「目」や「耳」として機能するUUV(無人水中航走体)、USV(無人水上航走体)やUAV(ドローン)といった無人機であれば、例えば、機雷の敷設された危険海域での警戒・監視活動に加え、各種の戦術的任務を担うことも可能です。水中においては、空中に比べて通信が限られるため、高度な自律化を追求しています。さらに、無人機と有人プラットフォームが真に連携し、協調作戦を可能にする「水中ネットワーク」の研究にも力を入れています。これにより、有人プラットフォームは自身の探知されるリスクを最小限に抑えつつ、無人機から送られてくる広範囲の情報を利用することで、作戦の効率と持続性は飛躍的に向上します。
我々の使命は明確です。周辺国の技術革新のスピードは凄まじく、立ち止まることは、すなわち後退を意味します。従来の5~10年単位の開発プロセスでは、日進月歩で進化する分野には到底追いつけません。しかし、当研究所には、先人たちが長年培ってきた貴重な知見と、何よりも「日本の海を守る」という強い使命感を持った熱意ある研究者たちがいます。彼ら・彼女らが自由な発想で、失敗を恐れずに挑戦できる研究環境を整え、一日も早く、現場の隊員が安心して任務を遂行できる「確かな技術」を届けること、それが所長としての私の最大の責務です。技術による防衛力の強化は、一朝一夕になし得るものではありません。国民の皆様のご理解とご支援、そして、未来の日本の科学技術を担う若い世代の皆さんが、この挑戦しがいのある分野に一人でも多く関心を持ってくださることを切に願っています。我々の取り組みをさらに知りたい方は下記のQRコードから艦艇装備研究所や防衛装備庁のウェブサイトをご覧下さい。
(出典:防衛技術協会発行「防衛技術ジャーナル2026年2月号」)
