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こじゃんと言う介

自衛隊高知地方協力本部長
1等陸佐 森岡 雄介(もりおか ゆうすけ)
昭和 42年 8月生まれ
高知県南国市後免町
防衛大学校第35期
高知県学芸高校27期
鳶ヶ池中学校

先日8月15日、護国神社での慰霊鎮魂祭に参加してまいりました。

76回目の終戦の日となります。

鎮魂祭の中で宮司により、昭和大帝の終戦の詔勅が奉読されました。

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現狀トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ 玆ニ忠良ナル爾臣民ニ吿ク

朕ハ帝國政府ヲシテ 米英支蘇四國ニ對シ 其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通吿セシメタリ

抑〻 帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ 萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ 皇祖皇宗ノ遺範ニシテ 朕ノ拳々措カサル所 曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦 實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庻幾スルニ出テ 他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ 固ヨリ朕カ志ニアラス 然ルニ交戰已ニ四歲ヲ閱シ 朕カ陸海將兵ノ勇戰 朕カ百僚有司ノ勵精 朕カ一億衆庻ノ奉公 各〻最善ヲ盡セルニ拘ラス 戰局必スシモ好轉セス 世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之 敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル 而モ尙交戰ヲ繼續セムカ 終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス 延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ 朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ 皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ 是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ

朕ハ帝國ト共ニ 終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ 遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス 帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ 職域ニ殉シ 非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ 五內爲ニ裂ク 且戰傷ヲ負ヒ 災禍ヲ蒙リ 家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ 朕ノ深ク軫念スル所ナリ 惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ 尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル 然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所 堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ 萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ玆ニ國體ヲ護持シ得テ 忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ 常ニ爾臣民ト共ニ在リ 若シ夫レ情ノ激スル所 濫ニ事端ヲ滋クシ 或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ 信義ヲ世界ニ失フカ如キハ 朕最モ之ヲ戒ム 宜シク擧國一家子孫相傳ヘ 確ク神州ノ不滅ヲ信シ 任重クシテ道遠キヲ念ヒ 總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ 道義ヲ篤クシ 志操ヲ鞏クシ 誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ 世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ 爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

現代語訳はネット上に様々なものがありますからご確認ください。


昭和大帝は私達に「挙国一家」とおっしゃられました。恐れ多いことですが、明治大帝が西洋物質文明に影響される国民の心をご心配になられ、お示しになった教育勅語の精神、すなわち国全体が家族のような共同体であるべきことを、昭和大帝も改めてお示しになられ、国の復興に檄を飛ばされたと拝察します。

護国神社に祀られた郷土の英雄は、共同体である国を守るため(家族を守るためと同じと考えます)、様々な思いを捨てて出征され戦い亡くなられました。 私たちの今があるのも、これからがあるのも、戦没した英雄たちのお蔭です。

戦後は戦前に比べて(物質的に)とても豊かになりました。しかし、物欲に惑わされ、英雄たちが守ろうとしたものを守れていないのではないか、昭和大帝がお示しになった意を体せていないのではないか。改めて自らを省みた終戦の数日でした。

追伸 破線下線部の字句に関して『安岡正篤と終戦の詔勅』を参考にされてみて下さい。

本部長 経歴等

  • 平成 3年 9月 第2対戦車ヘリコプター隊(八戸)
  • 平成10年 8月 幹部学校付(指揮幕僚課程)(目黒)
  • 平成12年 8月 航空学校第1教育部 航空運用教官(明野)
  • 平成14年 3月 中央業務支援隊付(産経新聞研修)(市ヶ谷)
  • 平成15年 3月 陸上幕僚監部人事部人事計画課(市ヶ谷)
  • 平成18年 8月 第3対戦車ヘリコプター隊 第2飛行隊長(目達原)
  • 平成19年 8月 統合幕僚監部防衛計画部防衛課(市ヶ谷)
  • 平成22年 8月 幹部学校付(幹部高級課程)(目黒)
  • 平成23年 8月 第4対戦車ヘリコプター隊長(木更津)
  • 平成25年 8月 東部方面総監部人事部人事課長(朝霞)
  • 平成27年 8月 特別輸送ヘリコプター隊長(木更津)
  • 平成28年12月 陸上幕僚監部人事部人事計画課予備自衛官室長(市ヶ谷)
  • 平成30年 3月 陸上自衛隊教育訓練研究本部 主任教官(目黒)
  • 平成30年12月 西部方面混成団 副団長(久留米)
  • 平成31年 4月 健軍駐屯地業務隊長(健軍)
  • 令和 2年 3月 現 職