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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

5 イエメン情勢

イエメンでは、2011年2月以降に発生した反政府デモとその後の国際的な圧力により、サーレハ大統領(当時)がGCCイニシアティブに基づく退陣に同意し、2012年2月の大統領選挙を経てハーディ副大統領(当時)が新大統領に選出された。

一方、同国北部を拠点とする反政府武装勢力ホーシー派と政府との対立は激化し、ホーシー派が首都サヌアやハーディ大統領が退避していた南部のアデン市内に侵攻したことを受け、ハーディ大統領はアラブ諸国に支援を求めた。これを受けて、2015年3月、サウジアラビアが主導する有志連合がホーシー派への空爆を開始した。これに対し、ホーシー派もサウジアラビア本土に弾道ミサイルなどによる攻撃を開始した。

同年4月から8月にかけて、累次にわたり国連の仲介による和平協議が開催されたが、最終的な和平合意には至らず、協議は中断した。また、2018年9月にも和平協議が計画されたが、ホーシー派が参加せず、実現せずに終わった。しかし、同年12月にスウェーデンの首都ストックホルムで和平協議が開催され、国内最大の港を擁するホデイダ市における停戦や捕虜の交換などにかかる合意に署名がなされた。その後、2019年1月には、国連安保理において、ホデイダへの停戦監視団の派遣が決定された。

このように和平協議の進展はみられたものの、停戦に向けた具体的方策をめぐる協議は難航し、ホデイダ停戦をはじめとするストックホルム合意の内容は履行されていない。一方で、ホーシー派は、2019年9月のサウジアラムコの石油施設への攻撃をはじめサウジアラビアに対する攻撃の実施を表明してきたが、同月、連合軍側の空爆停止を条件として、同国への攻撃を停止すると宣言した。また、同年11月、サウジアラビアとホーシー派が水面下で交渉を行っていると報じられる中、サウジアラビアはホーシー派の捕虜200名を解放したと発表した。さらに、同月、国連のイエメン特別代表は、有志連合軍による空爆が大幅に減少した旨報告した。このように停戦の機運がみられたものの、2020年1月、ホーシー派によるミサイルがイエメン政府軍の基地に着弾し、100人以上の兵士らが死亡したことを受け、サウジアラビアはホーシー派に対して空爆を行った。ホーシー派は、報復として、サウジアラビア南部の石油施設に対して無人機・ミサイル攻撃を実施したと発表した。以降、ホーシー派によるサウジアラビアへの攻撃が散発的に発生しており、サウジアラビアが主導する連合軍もホーシー派への空爆を継続している。2020年11月には、ホーシー派がサウジアラビア西部にある石油施設に対してミサイル攻撃を実施し、火災を引き起こした。このほか、ホーシー派はイエメン政府軍と各地で交戦を続けており、特にホデイダや天然資源が豊富なマアリブなどの地域で戦闘が激化している。

加えて、ホーシー派は、イランから武器供給を受けているとの指摘もある5。実際、2020年2月、米軍はアラビア海で小型船舶に立ち入り検査を実施し、船内から大量の武器を押収したと発表した。米軍は、押収した武器をイラン製であると断定し、イエメンのホーシー派に供給予定のものであったと評価したうえで、ホーシー派に武器の供給、売却及び移転を禁止する国連安保理決議に違反するものと指摘している。

このようにホーシー派をめぐる情勢が変化する一方で、2019年8月、イエメン政府とイエメン南部の独立勢力「南部移行評議会」(STC:Southern Transitional Council)との間で戦闘が発生し、STCがアデン(暫定首都)を占拠する事態となった。しかし、その後、サウジアラビアなどによる仲介努力が行われ、同年11月、サウジアラビアの首都リヤドにおいて、イエメン政府とSTCがリヤド合意に署名した。その合意により、両陣営が参加する新政府が樹立されることとなった。その後も両陣営間の衝突が継続し、リヤド合意は履行されずにいたものの、2020年12月、その合意に基づき新内閣が発足した。しかし、同月、イエメン南部のアデンの空港において新内閣の閣僚らを標的としたとみられる攻撃が発生し、多数の死傷者が出た。イエメン政府は、ホーシー派によるテロ行為であるとして非難した。

バイデン米政権は、イエメンでの戦争を終結させるために外交を強化し、同国で行われている攻撃的な作戦の支援を全面的に停止するとの方針を打ち出しているものの、ホーシー派は攻勢を強める傾向にあり、イエメン全土における停戦や最終的な和平合意の締結の目途は立っていない。

5 米国防情報局(DIA)が2019年11月に発表した報告書「Iran Military Power」による。