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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 中東和平をめぐる情勢

1948年のイスラエル建国以来、イスラエルとアラブ諸国との間で四次にわたる戦争が行われた。その後、1993年にイスラエルとパレスチナの間で締結されたオスロ合意により、本格的な交渉による和平プロセスが開始された。2003年には、イスラエル・パレスチナ双方が、二国家の平和共存を柱とする和平構想実現までの道筋を示す「ロードマップ」を受け入れたが、その履行は進んでいない。パレスチナ自治区においては、ヨルダン川西岸地区を統治する穏健派のファタハと、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが対立し、分裂状態となっている。

こうした中で、当時のトランプ米政権が2017年12月、米国はエルサレムをイスラエルの首都と認めると発表し、2018年5月には駐イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転した。これを受けて、ガザ地区を中心に抗議行動が繰り返し行われており、イスラエル軍との衝突による死傷者も出ている。また、ガザ地区からイスラエル領内に向けてロケットが発射され、これに対してイスラエルがガザ地区への空爆などを実施するなど、継続的に緊張が高まっている。さらに、2019年3月、トランプ米政権がゴラン高原のイスラエル主権を認定したことに対して中東各国から批判が相次いだ。2020年1月には、同政権が新たな中東和平案を発表したものの、パレスチナ側はその案に示されたエルサレムの帰属やイスラエルとパレスチナの境界線などに反対し、交渉を拒否している。

一方で、トランプ米政権は、イスラエルとアラブ諸国間の和平合意の実現に向けて積極的な働きかけを行った。近年、イスラエルと一部のアラブ諸国との間で関係構築の動きが指摘されていたが、トランプ米政権による仲介努力が後押しとなり、2020年8月以降、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダン及びモロッコがイスラエルと相次いで国交正常化に合意するに至った。アラブ諸国とイスラエルの国交樹立は、エジプト(1979年)及びヨルダン(1994年)以来の出来事であり、2020年9月にイスラエル、UAE及びバーレーンの代表が国交正常化の合意文書に署名するために米大統領府で一堂に会した際、トランプ大統領は、「数十年にわたる分断と対立の末、我々は新たな中東の夜明けを迎える」とその意義を述べた。一方で、ポンぺオ米国務長官は、これらの合意について、イランの地域的な影響力が弱体化し、孤立がさらに深まっていることを物語っていると述べるなど、イランに対する圧力としての側面を示唆した。

イスラエルはUAE及びバーレーンとの間で、大使館の設置や直行便の就役、さらには経済、技術を含む広範な分野で協力を進めていくとしている。実際に、2021年1月、イスラエルはUAEの首都アブダビに大使館を開設し、3月にはUAE大使がイスラエルに到着している。また、イスラエルは、UAEとの国交正常化に伴い、ヨルダン川西岸地区への主権適用を一時停止したほか、中東地域でイスラエルのみが保有しているF-35戦闘機を米国がUAEに売却することについて、イスラエルの軍事的優位が維持される限り反対しない旨を表明するなど、従来の姿勢を変化させた。

イスラエルとUAE・バーレーンの間における国交正常化の合意文書の署名式(米大統領府にて)【米国務省】

イスラエルとUAE・バーレーンの間における国交正常化の合意文書の署名式(米大統領府にて)【米国務省】

こうした国交正常化の動きに対し、パレスチナ諸派はパレスチナの大義に対する裏切り行為であるなどと反発し、各地で抗議デモが発生した。また、2020年9月、ファタハとハマスは、対立終結に向けた構想及び2006年を最後に実施されていないパレスチナ自治政府議長などを決める選挙の実施で合意するなど、歩み寄る動きがみられた。両者は2017年10月以降、エジプトの仲介により、ファタハへのガザ地区の統治権限移譲に向けた直接協議を行ってきたが、交渉は停滞していた。

このように中東和平をめぐる情勢が変化する中、米国の関与のあり方も含めた中東和平プロセスの今後の動向や、ガザ地区の統治権限の移管に向けた交渉の行方が注目される。