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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 インド太平洋地域における米中の軍事動向

1 全般

トランプ政権において、米国は、中国を含む修正主義勢力による長期的な戦略的競争の再出現を米国の繁栄及び安全保障に対する中心的な課題であるとしたうえで、中国が軍近代化などを通じ、近い将来に向け、インド太平洋における地域覇権を追求しているとの認識3を示してきた。こうした米国による対中抑止の姿勢は、バイデン政権でも大きな変化はないとみられている。2021年2月、バイデン大統領は、外交方針に関する演説において、中国を「最も深刻な競争相手」であると名指しした上で、同月の国防省における演説で、インド太平洋や世界での利益のために中国がもたらす課題に対応する必要がある旨言及した。また、同演説において、国防省内の中国タスクフォースの存在に触れ、今後数か月以内に同タスクフォースから、オースティン国防長官に主要な優先事項と決定事項に関する提言を提供すると発表した。さらに、同年3月、米国は、国家安全保障の戦略指針を暫定版という形で公表し、中国については、「安定し開かれた国際システムに深刻な挑戦を呈し得る経済、外交、軍事、技術力を有する唯一の国」としている。同月の議会公聴会において、デービッドソンインド太平洋軍司令官は、インド太平洋地域での軍事バランスは、米国と同盟国にとって好ましくない状況になっており、中国による現状変更のリスクが高まっていると指摘し、中国がルールに基づく国際秩序における米国の指導的役割に取って代わるという野心を加速させており、台湾に対する野心が今後6年以内に明らかになる旨証言した。このような米国の認識に対し、中国は、時代遅れのゼロサム思考を捨て、理性的で実務的な対中政策をとるよう望む旨言及している。

中国は、2017年10月の中国共産党の党大会において、国防と軍隊の近代化の目標として、今世紀中葉までに「世界一流の軍隊」の建設を勝ち取るなどと表明し、軍事力を急速に発展させている。中国は「世界一流の軍隊」の定義について明らかにしていないが、米国は、2020年の米国防省年次報告書において、米軍と同等又は場合によればそれを超える軍隊を建設することを目指しうると評価している。また、同報告書では、こうした中国の軍事力について、中国軍は艦艇数や地上発射型のミサイルの数など一部の分野で既に米国を上回っていることや、米国を脅かすことができる地上発射型ICBMの弾頭数が、今後5年間で約200発に増加すると指摘している。

さらに、米国は、2019年8月に失効したロシアとの中距離核戦力全廃条約(INF条約)に関し、同条約の枠組みの外にあった中国が地上発射型のミサイルの戦力を強化してきたことに対し、軍備管理交渉に中国を含めるべきであると主張した。また、米国は、2021年2月に延長の決定が行われた新戦略兵器削減条約(新START)の延長交渉の過程においても、同様の主張をしており、中国のミサイル戦力強化に一定の歯止めをかけたい意向を示してきている。しかし、中国は、まずは米国が率先して軍縮を実施するべきとして一貫して拒否4している。

また、米国は日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用される旨繰り返し表明しており、2017年2月、トランプ政権下での初の日米首脳会談の共同声明においては、尖閣諸島への同条約第5条の適用に明示的に言及する形で確認し、バイデン政権発足後も首脳電話会談、防衛相会談及び外相会談の場並びに2021年3月の日米「2+2」共同発表などにおいて、同方針を継続して確認している。これらに対し中国は、強く反発している。また、南シナ海をめぐる問題について、米国は、海上交通路の航行の自由の阻害、米軍の活動に対する制約、地域全体の安全保障環境の悪化などの観点から懸念を有しており、中国に対し国際的な規範の遵守を求めるとともに、中国の一方的かつ高圧的な行動を累次にわたり批判している。また、中国などによる行き過ぎた海洋権益の主張に対抗するため、南シナ海などにおいて「航行の自由作戦」を実施しているほか、南シナ海の非軍事化を求めている。

このように、中国が経済成長などを背景に急速に軍事力を強化する中、米中の軍事的なパワーバランスの変化が、インド太平洋地域の平和と安定に影響を与え得ることから、南シナ海や台湾をはじめとする同地域の米中の軍事的な動向について一層注視していく必要がある。

2 南シナ海

中国は、2014年以降、南沙諸島において急速かつ大規模な埋立てを実施してきた。2015年の埋立て完了後、2016年7月の比中仲裁判断において、中国の埋立てなどの活動の違法性が認定された後も、この判断に従う意思のないことを明確にして、同地域の軍事拠点化を進めている。

また、中国は、2020年7月に西沙諸島で軍事演習を実施するとともに、同年8月には中距離弾道ミサイルを発射したとみられ、また、同年12月には空母による軍事演習を実施するなど、南シナ海における軍事活動も活発化させている。

さらに、中国は、軍のみならず、海警法において「海上法執行機関」とされている海警やいわゆる海上民兵を活用して、周辺諸国に対しての圧力を強めている。フィリピンが事実上支配しているティトゥ島周辺において、同年3月時点において、450日間以上ほぼ恒常的に活動を実施してフィリピンの同島の改修計画の進行を遅らせる結果になったと指摘5されている。また、中国が事実上支配しているスカーボロ礁において、2019年12月から1年間、海警船が300日近く活動しており、前年と比較して顕著な増加が見られると指摘6されるなど、新型コロナウイルス感染症の拡大にも関わらず、南シナ海における中国のプレゼンスを高めているとみられる。さらに、2020年4月、西沙諸島において、ベトナム漁船と海警船が衝突して同漁船は沈没したほか、同年5月には、海警船がフィリピン漁業者の操業を妨害するなど、周辺諸国の南シナ海における漁業活動に支障が生じる事案も発生している。2021年2月には、海警の権限などを規定した海警法が施行されたが、同法は、曖昧な適用海域や武器使用権限など、国際法との整合性の観点から問題がある規定を含んでおり、周辺諸国から中国の動きに対する懸念の声が出ている。フィリピンは、外相が海警法に関して、外交ルートで抗議を行ったことを明らかにし、さらに、ベトナムは、外務省報道官が「ベトナムは関係国に対して、南シナ海におけるベトナムの主権、主権的権利、管轄権を尊重し、責任を持って、また誠実に、国際法及び国連海洋法条約を履行し、緊張を高める行動を避けるよう求める」などとコメントした。

米国は、従来、南シナ海をめぐる問題について中国の行動を批判し、また、「航行の自由作戦」などを実施してきたが、トランプ政権以降、中国のこうした動きに対して、一層厳しい姿勢を示すようになってきている。

2020年7月、米国は、「南シナ海における海洋に関する主張に対する米国の立場」と題する国務長官声明を発出し、南シナ海の大半の地域にまたがる中国の海洋権益に関する主張について、不法だと非難した。さらに同年8月、米国務省は、中国による南シナ海の軍事化などに関する制裁として、中国に対する個人を対象としたビザ制限を発動する旨発表した。この際、同省高官は、今回の制裁は南シナ海における有害な活動に関する制裁として、多くの手段がある中で手始めとしてなされるものである旨言及した。同日、米商務省は、中国軍が南シナ海において人工島を建設・軍事化していることを支援したとの理由から、中国企業24社をエンティティ・リストに追加したと発表した。バイデン政権発足後も、ブリンケン国務長官が、中国による南シナ海での海洋権益に関する主張について米国は拒否するとしたうえで、中国の圧力に直面する東南アジア諸国とともに立ち上がると表明し、一貫した対中抑止の姿勢を示している。

また、米国は、南シナ海における軍事的な取組を強化させてきている。「航行の自由作戦」を頻繁に実施するとともに、同年7月、2014年以降初めて2個空母打撃群による合同演習を実施し、バイデン政権発足後も、2021年2月、同様の演習を再び実施している。さらに、わが国やオーストラリアといったパートナー国との共同訓練も実施している。それに対し、中国は、地域の平和や安定につながらないなどと米国を批判している。

今後、南シナ海において、法の支配に基づく自由で開かれた秩序の形成が重要である中、軍事的な緊張が高まる可能性があり、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」というビジョンを米国とともに推進するわが国としても、高い関心を持って注視していく必要がある。

3 台湾

中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は内政問題であるとの原則を堅持しており、「一つの中国」の原則が、中台間の議論の前提であり、基礎であるとしている。中国は、外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立を狙う動きに強く反対する立場から、武力行使を放棄していないことをたびたび表明している。2005年3月に制定された「反国家分裂法」では、「平和的統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式そのほか必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」とし、武力行使の不放棄が明文化されている。

一方、米国は、従来、台湾関係法、米中共同コミュニケ及び6つの保証に基づいて、台湾に関する政策を進めてきており、「一つの中国」政策についても変更することはないとしているが、トランプ政権以降、台湾への関与をより深めていく認識を示している。2019年6月に国防省が公表した「インド太平洋戦略報告」では、台湾との強力なパートナーシップを追求する旨言及するとともに、2021年1月にホワイトハウスが公表した「インド太平洋のための米国の戦略的枠組み」においては、台湾による効果的な非対称防衛戦略及び能力の開発を援助していくとともに、台湾を含むいわゆる「第一列島線」の諸国家などを防衛する能力の保有を目指すとしている。

米国は、台湾関係法に基づき台湾への武器売却を決定してきており、2017年のトランプ政権発足以降では11回行われている。2019年には、F-16C/Dブロック70戦闘機66機などを売却する方針を議会に通知しているが、戦闘機の売却は1992年以来27年ぶりである。また、2020年10月から11月には、高機動ロケット砲、長距離空対地ミサイル、地対艦ミサイルなどを売却する方針を立て続けに議会に通知している。さらに、米艦艇による台湾海峡通過を頻繁に実施している。

また、米国は台湾への政府高官訪問をより積極的に実施していく姿勢を示してきた。2020年8月にはエイザー保健福祉長官、同年9月にはクラック国務次官が台湾を訪問し、2021年1月、ポンぺオ国務長官は、中国政府に配慮して自主的に設けてきた台湾当局者との接触に関する制限を撤廃すると発表した。

専用機で台湾に到着したクラック米国務次官(当時)【台湾外交部HP】

専用機で台湾に到着したクラック米国務次官(当時)【台湾外交部HP】

さらに、米国は、政府のみならず、議会も台湾に対する支援を一層強化する方針を示してきている。2018年12月に成立した「アジア再保証イニシアティブ法」には、台湾への定期的な武器売却や政府高官の台湾訪問の推進が盛り込まれ、また、2020年3月に成立した「台湾同盟国際保護強化イニシアティブ法(TAIPEI法)」にも台湾への定期的な武器売却の推進が盛り込まれている。同法には、台湾の安全などを脅かす行動をとった国との経済、安全保障及び外交関係の見直しや、台湾の国際機関への加盟などの支援などを政府に促す内容も盛り込まれている。

中国は、台湾周辺での軍事活動をさらに活発化させている。特に、台湾国防部によれば、2020年年9月以降、中国軍機による台湾海峡「中間線」の台湾側への進入や、台湾南西空域への進入が増加している。台湾国防部によると、同年の1年間で中国軍機延べ約380機が台湾南西空域に進入した。また、同年には、空母を含む中国軍艦艇がバシー海峡を通過して訓練を実施した。これら台湾周辺での中国側の軍事活動の活発化と台湾側の対応により、中台間の軍事的緊張が高まる可能性も否定できない状況となっている。

このような米中間の動向は、バイデン政権でも継続していくとみられる。米国は、バイデン大統領就任式に、台湾と断交した1979年以降初めて、駐米台北経済文化代表処代表を招待した。また、首脳会談や外交トップ会談を含め、軍事面などにおいて台湾への圧力を停止するよう繰り返し中国に求める発言をしている。さらに、米艦艇による台湾海峡通過も実施しており、中国は、それに対して強く反発している。2021年1月、10機以上の中国軍機が、2日連続で台湾南西空域に進入し、同月、一部中国メディアは、中国軍機による台湾周辺の飛行は既に常態化しており、台湾上空に出現することもそう遠くないと指摘した。バイデン政権が、トランプ政権と同様に、軍事面において台湾を支援する姿勢を鮮明にしていくなか、台湾を核心的利益と位置づける中国が、米国の姿勢に妥協する可能性は低いと考えられ、台湾をめぐる米中間の対立は一層顕在化していく可能性がある。台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障にとってはもとより、国際社会の安定にとっても重要であり、わが国としても一層緊張感を持って注視していく必要がある。

3 米国「国家防衛戦略」(2018年1月)による。

4 2019年12月11日付の中国外交部HPによる。

5 ASIA MARITIME TRANSPARENCY INITIATIVE MARCH 5, 2020

6 ASIA MARITIME TRANSPARENCY INITIATIVE DECEMBER 4, 2020