国際社会においては、紛争が生起していない段階から、偽情報や戦略的な情報発信を通じて、人の認知に働きかけることにより、他国の世論や意思決定に影響を及ぼし、自らの意思決定への影響を防ぐことで、自らに有利な安全保障環境を構築しようとする情報戦が行われている。
例えば、ロシアによるウクライナ侵略、2023年のイスラエル・パレスチナ武装勢力間の衝突、台湾総統選、米大統領選などでも指摘されているように、SNS(Social Networking Service)やインフルエンサーなどを媒体とし、偽情報の流布や、対象政府の信頼低下や社会の分断を企図した情報拡散などによる情報戦への懸念が高まっている。特に、近年はAI技術の進展によって、ディープフェイクや生成AIで作成される動画、画像、文書は非常にリアルであり、安価で簡単にアクセスできるツールにより短時間で作成できるため、一層深刻な脅威になってきている。
ロシアや中国は国内外で情報戦を行い、自身にとって好ましい情報環境の構築を目指しているとみられる。中国は数十億ドルをかけ、他国メディアへの投資を通じたプロパガンダの促進や偽情報の拡散、検閲などを実施しているとの指摘がある。また、米戦争省の指摘によれば、中国は認知領域での作戦を台湾に対する「圧力キャンペーン」の核心的要素と位置付け、台湾の抵抗意志を弱体化させ、社会的分断を深化させることを目的にしているとされているほか、情報空間を活用し、政治的ナラティブを拡散させ、台湾住民に影響を与え、台湾周辺における人民解放軍の活動を強調しているとされている40。
ロシアは、ウクライナ侵略以降、ハイブリッド戦の一環として情報による影響工作の範囲を拡大させており、現地の代理人も用いているとの指摘がある。例えば、アフリカでは現地のインフルエンサーなどとの連携のほか、民間軍事会社「ワグネル」による偽情報の拡散などが指摘されている。2025年9月のモルドバでの議会選挙においては、ロシアが情報操作によって選挙干渉を行ったことが報告されている。また、中露で連携してプロパガンダや偽情報の拡散を行っているとも指摘されている。
このような脅威に対して、欧州ではEUが「外国からの情報操作および干渉(FIMI:Foreign Information Manipulation and Interference)」という概念を提唱し、対策に取り組んでいるほか、NATOでは、2023年に「同盟統合ドクトリン(AJP-10およびAJP-10.1)」を策定し、戦略的コミュニケーション(SC:Strategic Communication)や情報作戦に関する基本的な考え方および実務的手法を示した。英国外務・英連邦・開発省は2025年9月、議会の外交委員会への回答のなかで、ロシア、中国などを悪意のある情報活動を行う国として公表しているほか、2024年10月以降、ロシアとの関係が指摘されFIMIを行っているとする組織や個人への制裁を発表している。
また、日本と欧米諸国の離間や自衛隊を含む日本政府の信頼の失墜を試みるような、わが国を対象とする悪意あるナラティブ、偽情報、プロパガンダなどを拡散する情報戦の事例も多くみられている。このような状況を受けて、防衛省・自衛隊において、情報戦対応の中核となる情報本部ほか、政策部門や運用部門が一体となって取組を加速させている。