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自衛隊岡山地方協力本部長の挨拶


 
1等陸佐
松尾 幸成
昭和38年生
長崎県出身
【主要経歴】
平成18年8月 統幕防衛部計画課
平成22年3月 第5特科隊長
平成24年3月 第1師団司令部第3部長











 みなさんこんにちは。

 今年は戦後70年目の節目、そしてわが防衛省・自衛隊は暦が一環りする60年の還暦を過ぎ、61年目の新たな一歩を踏み出しました。今年の干支は乙未(きのとひつじ)ですが、乙は五行説では陽気の発揚に向けてかがまって力を蓄える意味があるそうです。
正に防衛省・自衛隊は、新たな時代に対応する大変革のなかにあって力を蓄える年なのかもしれません。

 今回は、昨年の噺で恐縮ですが、年末に中国5県の地方協力本部長が集まった折りに、史跡研修として「鬼ノ城」に参りましたので、そのときの所感を披露したいと思います。

 中国5県の地方協力本部では、定期的に本部長会議を行って業務に関する情報交換をしておりますが、併せてその土地の郷土史や文化を学ぶため、史跡研修等を行っております。
今回は総社市の「鬼ノ城」を研修しました。

鬼ノ城西門を背景に 左から岡山、島根、山口、鳥取各地本長

 その起源は、いくつかの説があるようですが、白村江の戦い(663年)の後に構築された国土防衛設備であるとの説が有力だそうです。他にも「吉備津神社縁起」にある温羅(ウラ)の居城で山陽道・瀬戸内海交通を制していたとのいわゆる温羅伝説の舞台だという説もあります。
その場合は5〜6世紀の城郭(集落?)ということになります。更には吉備真備の時代(8世紀)のものとの説もあるようです。

 いずれにせよ、私の視点からは、その規模や精巧な造りから瀬戸内海の交通を制する要点に構築された重要な城郭であったであろうことは間違いないと感じました。
ひょっとすると、どの説も正しく、その時代時代で主や容を変えながらも、瀬戸内海・山陽道の交通と経済に影響を及ぼし続けた要衝であったのではないでしょうか。
ここ岡山あるいは吉備が重要な地域であったことは神武東征のときに岡山(吉備)に仮宮が置かれたことからも明白です。

鬼ノ城西門を背景に 左から岡山、島根、山口、鳥取各地本長

 もうひとつ刮目いたしましたのは、オリジナリティーです。
鬼ノ城では雨水の浸食から城壁を守るため城壁の基礎部分の内外に敷石を敷き詰めています。これは、モデルと考えられている朝鮮の城にはない構造だそうです。
日本人は大昔から海外の高度な知識、技術を学びながら、これを更にいいものにしていく、そんな性質が世代を超えて民族の性質あるいは国民性となっているのかもしれません。

私どもは、日本人のよい伝統を守りながら、時代の変化に上手く対応しつつ、”不易流行”の精神で、益々精進する所存でございます。

引き続きのご厚情を賜りたく、お願い申し上げます。





平成二十七年一月吉日


                                    自衛隊岡山地方協力本部長
                                    一等陸佐     松尾 幸成








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