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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

5 防衛生産・技術基盤をめぐる動向

前述のとおり、民生分野での技術発展は著しく、それに由来する先進技術が、戦闘のあり方をも一変させ得るほどになっており、産業・技術分野における優劣は国家の安全保障に大きな影響を与える状況にある。このような中で、諸外国は、自国の防衛生産・技術基盤を維持・強化するため、各種の取組を進めている。

まず、技術的優越を確保するため、各国は国防研究開発への投資を拡大している。例えば、米国は約15兆円の政府負担研究費のうち約半分が国防省によるものである。こうした状況は、日本において防衛省の研究開発予算が政府負担研究費の3%程度に過ぎない状況と対照的である。

また、米国は企業や大学などの研究に対しても大規模な資金提供を行っている。国防省の内部組織であるDARPAも、米軍の技術的優位性の維持を目的に、企業や大学などにおける革新的研究に積極的に投資を行っており、2023米会計年度においても約41億1,190万ドルの予算を要求している。さらに、国防イノベーションユニット(DIU:Defense Innovation Unit)では、民生の先端技術を安全保障分野の課題解決に活用するために、先端技術を持った企業と国防省との橋渡しをする役割を担っている。AI、自律技術、サイバーなど6つの分野を中心に、これまでに250を超える企業との契約を生み出しており、2021年度においても企業から提案を受けた6つの民生ソリューションを試作段階から量産段階へ移行させている。

軍民融合を国家戦略として推進する中国は、軍民相互の技術交流、民間資本の国防産業への参入(民参軍)の促進を進めている。特に、AI、量子情報、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの汎用性の高い先端技術の軍事領域への応用に力を入れている。

英国やオーストラリアも、近年の装備品開発におけるデュアル・ユース技術の活用を受け、先進的な民生技術の取込みを目的として、民間の革新的な研究開発に対して資金提供を行っている6

さらに、諸外国は自国の防衛産業基盤を国防に必要な要素ととらえ、防衛産業政策に関する政策文書の発表や防衛産業を担当する組織の設置により政策実行体制を整えており、国内企業参画支援や輸出の促進など、防衛産業基盤の維持・強化のために様々な取組を進めている。

英国は、国内防衛産業とより生産的・戦略的な関係を構築することを目的として、2021年に防衛安全保障産業戦略(DSIS:Defence and Security Industrial Strategy)を発表した。この戦略の中で、防衛産業は重要な戦略的資産と位置づけられており、その強化のために、政府が大規模な調達改革、サプライチェーンの強靭化、輸出許可の迅速化などの取組を進めることとしている。

オーストラリアは、2016年に国防産業担当大臣のポストを設置するとともに、国防省と防衛産業界のパートナーシップを推進する事業を定めた防衛産業政策ステートメントを発表している。また、2021年に防衛産業支援のワンストップ組織である防衛産業支援オフィス(Office of Defence Industry Support)を設置し、中小企業の防衛産業参画支援や資金援助を行っている。

韓国は、2021年に施行された防衛産業発展法と防衛科学技術革新促進法により、国内防衛産業の能力向上や高い自己完結性の獲得を目指している。さらに、防衛事業庁(DAPA:Defense Acquisition Program Administration)は、装備品調達の際は国内産業への波及効果も考慮して装備品の調達を行う政策や、海外企業と国内企業との協力や海外企業による国内企業の製品の使用を促進する政策を発表している7

また、装備品の輸出は、当該国間の関係強化や、防衛技術・産業基盤の強化に資するものでもあり、各国は戦略的に取り組んでいる。例えば、英国は、国際通商省や内務省など他省庁とも協力して省庁横断的に輸出支援に取り組むことをDSISにて発表している。装備品の輸出額では、米国・ロシア・欧州及び中国が引き続き上位を占めている一方で、オーストラリア、トルコでは輸出戦略が策定され8、韓国では輸出支援組織を設置し9、輸出のための研究開発の資金援助を行うなど、各国は様々な取組により装備品の輸出を積極的に促進している。

参照図表I-4-1-1(主要通常兵器の輸出上位国(2017~2021年))

図表I-4-1-1 主要通常兵器の輸出上位国(2017~2021年)

6 英国は2021年に発表した防衛安全保障産業戦略(DSIS)において4年間で少なくとも66億ポンドを防衛研究開発に投資することを発表しており、安全保障に資する産学界のイノベーションに投資を行う国防安全保障アクセラレータ(DASA:Defence and Security Accelerator)への投資を強化するとしている。オーストラリアでも、2016年に設置された次世代技術基金(Next Generation Technologies Fund)により、エマージング・テクノロジーを中心に投資を行っている。

7 韓国は、2021年にこれらの政策を含む韓国防衛能力向上政策(Korea Defense Capability policy)の導入を発表した。

8 オーストラリアは2018年に国防輸出戦略を発表し、トルコは「2017年─2021年国際協力及び輸出戦略計画」を発表している。

9 2018年、防衛産業輸出支援センター(Defense Export Promotion Center)を設立した。