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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 湾岸地域情勢

1 湾岸地域における軍事動向

イランの核問題に関する最終合意「包括的共同作業計画」(JCPOA:Joint Comprehensive Plan of Action)をめぐる状況が変化する中1、湾岸地域では、軍事的な動きを含め様々な事象が生起している。2019年5月以降、米国は、自国の部隊や利益などに対するイランの脅威に対応するためなどとして、空母打撃群や爆撃機部隊などの派遣について発表した。同年7月には、2003年以来およそ16年ぶりにサウジアラビアに部隊を駐留させるとともに、9月及び10月に防空ミサイル部隊などの追加派遣を発表した。

こうした中、2019年6月、イランは、ホルムズ海峡上空における米国の無人偵察機の撃墜を発表し、同年9月には、サウジアラビア東部の石油施設に対する攻撃への関与が指摘された。2020年4月以降は、複数回にわたり、ペルシャ湾においてイラン革命ガードの船舶が米軍船舶に異常接近したほか、革命ガードが初の軍事衛星の打ち上げを行うなどした。その一方で、米国は、2019年7月、ホルムズ海峡上空で米強襲揚陸艦がイラン無人機を撃墜したことを発表するなどした。さらに、イラン国内で核開発に関連する建物や関係者が被害を受ける事象が発生した。

2019年10月以降は、イラクにおいて米軍駐留基地などに対する攻撃が多発した。米国は、米国人1名が死亡した同年12月の攻撃にイランが関与しているとし、イランが支援しているとされる武装組織の拠点を空爆した。さらに、2020年1月、米国は、さらなる攻撃計画を抑止するためとして、その組織の指導者とともにイラク国内で活動していたイラン革命ガード・コッヅ部隊のソレイマニ司令官を殺害した。イランは報復としてイラクの米軍駐留基地に弾道ミサイル攻撃を行ったが、その後、米国・イラン双方ともに、エスカレーションを回避したい意向を明確に示した。

その後もイラク国内の米国権益を標的とした事案が相次ぎ、2021年には、武装組織による無人機を使用したとされる米軍基地などに対する攻撃も発生している。こうした状況の中、駐留米軍は、同年1月までに2,500人に縮小され、同年12月に戦闘任務を終了した。

同年8月末をもってアフガニスタン駐留米軍が撤収を完了したのと前後して、湾岸地域における米軍のプレゼンスは縮小しつつある。バイデン米政権は、同年3月に発表した国家安全保障戦略暫定指針において、国際的なテロのネットワークを阻害し、イランの侵略を抑止し、そのほかの米国の重要な利益を守るために必要な水準に米国の軍事的プレゼンスを適正化するとした。同年4月以降、トランプ米政権下で湾岸地域に派遣された戦闘機や防空アセットの一部の撤収が報じられた。さらに、中東海域においては、同年9月に米空母「ロナルド・レーガン」が離脱して以降、米空母が不在の状況が継続している。

2 湾岸地域の海洋安全保障

2019年5月以降、中東の海域では、民間船舶の航行の安全に影響を及ぼす事象が散発的に発生している。わが国に関係する船舶に対する事案としては、同年6月、オマーン湾でわが国の海運会社が運航するケミカルタンカー「コクカ・カレイジャス」を含む2隻の船舶が攻撃を受けた。この船への攻撃については、米国などはイランによる犯行であると指摘する一方、イランは関与を否定している。さらに、関係国などから入手した情報、船舶の被害状況についての技術的な分析、関係者の証言などを総合的に検討した結果、わが国としては、本事案における船舶への被害は、吸着式機雷2により生じた可能性が高いとしている。

2021年2月から同年4月にかけて、イラン及びイスラエル関連船舶の爆発・攻撃事案が相次いで発生した。さらに、同年7月、オマーン沖において、わが国の企業が所有し、イスラエル人が運営する英国企業が運航・管理する船舶が攻撃された。米中央軍は、この攻撃にイラン製無人機が使用されたとする調査結果を発表した。また、G7外相は、この攻撃事案について、「入手可能なすべての証拠はイランを明らかに指し示している」とする声明を発表した。

2021年7月、イラン製無人機の攻撃を受けたとされる船舶の被害状況【米中央軍】

2021年7月、イラン製無人機の攻撃を受けたとされる船舶の被害状況
【米中央軍】

このように、中東地域において緊張が続く中、各国は地域における海洋の安全を守るための取組を継続している。米国は2019年7月、海洋安全保障イニシアティブを提唱した後、国際海洋安全保障構成体(IMSC:International Maritime Security Construct)を設立して、同年11月にその司令部がバーレーンに開設された。IMSCには、米国に加え、英国、サウジアラビア、UAE、バーレーン、アルバニア、リトアニア、エストニア及びルーマニアの8か国が参加している(2022年3月現在)。

また、欧州においては、2020年1月、フランス、オランダ、デンマーク、ギリシャ、ベルギー、ドイツ、イタリア及びポルトガルの欧州8か国がホルムズ海峡における欧州による海洋監視ミッション(EMASOH:European Maritime Awareness in the Strait of Hormuz)の創設を政治的に支持する声明を発表した。2021年11月にはノルウェーもこれに加わり、これまで、フランス、オランダ、デンマーク、ベルギー、ギリシャ及びイタリアがアセットを派遣している。

その一方で、イランは、2019年9月、ペルシャ湾及びホルムズ海峡の安全を維持する独自の取組として、「ホルムズの平和に向けた努力(HOPE:HOrmuz Peace Endeavor)」構想を提唱し、関係国に参加を呼びかけたが、具体化していない。

わが国としては、引き続き、湾岸地域情勢をめぐる今後の動向を注視していく必要がある。

1 イラン側が濃縮ウランの貯蔵量及び遠心分離機の数の削減や、兵器級プルトニウム製造の禁止、IAEAによる査察などを受け入れる代わりに、過去の国連安保理決議の規定が終了し、また、米国・EUによる核関連の独自制裁の適用の停止又は解除すると規定している。2018年5月、トランプ米大統領(当時)はJCPOAの離脱を表明し、同年11月、米国はすべての制裁を再開した上に、その後も累次にわたり経済制裁を科した。これに対してイランは、2019年5月以降、JCPOAから離脱するつもりはないとしつつ、JCPOAの義務履行措置の停止を段階的に発表した。2021年1月に新たに就任したバイデン米大統領のもとで、同年4月、米国・イラン間で核合意に関する間接協議が開始された。同年6月、協議は中断したものの、同年8月にイランではライースィ大統領が就任し、同年11月に間接協議が再開された。

2 水中武器の一種。一般的に、船舶の航行を不能にすることなどを目的として、船体などに設置して起爆させる。