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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 欧州各国などの安全保障・防衛政策

1 英国

英国は、冷戦終結以降、自国に対する直接の軍事的脅威は存在しないとの認識のもと、国際テロや大量破壊兵器の拡散などの新たな脅威に対処するため、特に海外展開能力の強化や即応性の向上を主眼とした国防改革を進めてきた。

2021年3月、ジョンソン政権は「安全保障、防衛、開発、外交政策の統合的見直し(Integrated Review)」を発表した。EU離脱後の外交方針「グローバルな英国」のもと、より競争的な時代へ適応するため、外交、開発も含めた包括的な戦略が打ち出されており、英国と国際秩序に影響を与える傾向として、インド太平洋地域の重要性増大などの地政学的変化、民主主義と権威主義などの体制上の競争、急速な技術的変化、気候変動などの国家を越えた問題、の4つの傾向が特に重要であるとした。

さらに同月、国防省は、「統合的見直し」を補完し、防衛に関する詳細を示すものとして「競争的時代における防衛」と題した国防に関する議会討議資料を発表した。様々な脅威に対処するため、国防費を増額し、宇宙・サイバーなど新領域へ重点投資するほか、海兵隊の能力向上、艦船、航空機の更新、陸軍の兵力削減などを打ち出した。さらに、核弾頭の保有上限数を引き上げ、核抑止力の強化も実施するとした。

また、国際秩序の維持により積極的な役割を果たすとし、米国・欧州諸国・NATOなどとの関係を維持・強化しつつ、インド太平洋への「傾斜」を表明した。その表れとして、英国は2021年に空母「クイーン・エリザベス」を旗艦とする空母打撃群のインド太平洋地域への展開や、ASEAN諸国などとの能力構築・訓練強化を行うなど、航行の自由、国際法を守り、同地域のパートナーと協働する姿勢を示した。最近では、北朝鮮籍船舶との「瀬取り」を含む違法な海上活動を監視する国際的な努力に貢献するため、2018年12月及び2019年1月にフリゲート「アーガイル」が、同年2月下旬から3月上旬までフリゲート「モントローズ」が、2021年9月にフリゲート「リッチモンド」が、東シナ海を含むわが国周辺海域においてそれぞれ警戒監視活動を行っており、日英間では、国連安保理決議の実効性を高める観点から、情報共有などの協力を実施した。

クイーン・エリザベスの横須賀入港

クイーン・エリザベスの横須賀入港

「統合的見直し」では今後10年間でインド太平洋地域への関与を深め、他のどの欧州の国よりも大きく持続的なプレゼンスを確立するとしており、その後も哨戒艦2隻を同地域に派遣、前方展開させると発表するなど、今後も英国の関与の動向が注目される。

ウクライナ情勢についてもロシアによる一方的な現状変更やその試みを強く非難しており、2015年以降、ウクライナに訓練支援部隊を派遣し教育を行ったほか、国産の携帯式対戦車誘導火器「NLAW」といった武器を提供するなど、支援を強化している。

2 フランス

フランスは、冷戦終結以降、防衛政策における自律性の維持を重視しつつ、欧州の防衛体制及び能力の強化を主導してきた。軍事力の整備については、基地の整理統合を進めながら、防護能力の強化などの運用所要に応えるとともに、情報機能の強化と将来に備えた装備の近代化を進めている。

マクロン政権が2017年10月に発表した「国防及び国家安全保障に関する戦略見直し」では、国内テロ、難民問題、ウクライナ危機など、フランスの直面する脅威は多様化・複雑化し、より急速に烈度を増しているとし、また、多極化する国際システムにおいて、軍事大国による競争が激化し、エスカレーションの危険が増しているとしている。そして、こうした状況のもと、フランスは集団防衛及び安心供与を含むNATO内における責任を引き続き果たし、また、EUの防衛力強化の取組を主導していくとしている。2018年6月には、「戦略見直し」で示された国家安全保障戦略を具現化するため、人的資源、装備の近代化、欧州の戦略的自立の構築への寄与、技術革新の4つの柱を中心に構成される「2019-25年軍事計画法」が成立し、この計画において2025年までに累計約3,000億ユーロを国防費に割り当て、マクロン大統領の公約である2025年国防予算の対GDP比2%達成を目標とすることが確認されている。なお、フランスは2020年に対GDP比2%目標を達成している。

フランスは、対ISIL作戦を国防上の最優先課題の一つとして位置づけ、2014年9月以降はイラクにおいて、2015年9月以降はシリアにおいてもISILに対する空爆を行っている。2019年4月には、空母「シャルル・ド・ゴール」が東地中海洋上から対ISIL作戦を支援したほか、2020年1月には、同作戦支援のため、同空母を含む機動部隊を1か月間東地中海方面へ派遣している。また、同年6月、サヘル地域でアルカイダ系組織の最高指導者を殺害した。同年7月にはフランス主導の欧州特殊部隊「タクバ」の運用を開始している。このほか、イラク治安部隊やペシュメルガなどに対する教育・訓練や、難民に対する人道支援なども引き続き行っている。

また、フランスは、2019年5月以降にオマーン湾において民間船舶の航行の安全に影響を及ぼす事案が発生したことなどを受け、2020年1月、オランダやデンマークを含む欧州7か国とともに、ホルムズ海峡における欧州による海洋監視ミッション(EMASOH:European Maritime Awareness in the Strait of Hormuz)の創設を政治的に支持する旨の声明を発表した。

フランスは、インド太平洋地域に海外領土を持つ関係上、同地域に常続的な軍事プレゼンスを有する唯一のEU加盟国であり、艦艇などを含め約7,150人が常駐している。同地域へのコミットメントを重視しており、「戦略見直し」において、航行の自由などの利益がアジア太平洋地域の戦略的状況の悪化によって脅威にさらされる可能性を指摘するとともに、太平洋及びインド洋の海外領土において自らの主権を守る態勢を維持する旨明らかにしている。また、2019年6月に公表された仏軍事省のインド太平洋国防戦略は、中国が、拡大する影響力を背景にインド太平洋地域のパワーバランスを変更しようとしているとし、米国、オーストラリア、インド及び日本との連携強化の重要性を示している4

さらに、フランスは、南太平洋において多国間演習「南十字星」や「赤道」などを積極的に主催しているほか、2019年3月には、空母「シャルル・ド・ゴール」を中心とする空母機動群が出港しており、同年5月、インド洋に展開する機会をとらえ、海自護衛艦「いずも」などと日仏豪米共同訓練(ラ・ペルーズ)を実施した。加えて、同月には、Falcon200哨戒機を派遣し、北朝鮮籍船舶との「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動を実施している。同年、フリゲート「ヴァンデミエール」が、2021年2月中旬から3月上旬までフリゲート「プレリアル」が、東シナ海を含むわが国周辺海域において警戒監視活動を行い、日仏間では、国連安保理決議の実効性を高める観点から、情報を共有するなどの協力を実施した。2020年から2021年にかけて実施されている長期遠洋航海ミッションの一環として、原子力潜水艦「エムロード」が南シナ海において哨戒活動を実施し、活動完了後、パルリ軍事相は「南シナ海への知見を深め、どの海でも国際法が唯一有効な規則であると明示するため実施」したと表明した。2021年5月には、練習艦隊「ジャンヌ・ダルク」をインド太平洋地域に派遣し、フリゲート「シュルクーフ」、強襲揚陸艦「トネール」を日本にも寄港させて日仏米豪共同訓練「ARC(アーク)21」を実施した。この訓練では日仏米豪4か国で着上陸作戦など島嶼防衛を念頭においた訓練を実施した。2021年1月には「戦略見直し」の追補版となる「戦略のアップデート2021」の中で、ロシアの戦略的脅迫、中国の南シナ海などへの海洋進出などに警戒感を示し、特に日豪印との協力のもと、インド太平洋地域に貢献していく旨表明しており、同地域への関与を強めている。

3 ドイツ

ドイツは、冷戦終結以降、兵力の大幅な削減を進める一方で、国外への連邦軍派遣を徐々に拡大するとともに、NATOやEU、国連などの多国間機構の枠組みにおいて紛争予防や危機管理を含む多様な任務を遂行する能力の向上を主眼とした国防改革を進めてきた。しかし、安全保障環境の悪化を受け、2016年5月には方針を転換し、兵力を2023年までに約7,000人増員することを発表した。

2016年7月に、約10年ぶりに発表された国防白書では、ドイツの置かれている安全保障環境は一層複雑化、不安定化し、徐々に不確実性が高まっているとし、国際テロリズム、サイバー攻撃、国家間紛争、移民・難民の流入などを具体的脅威としてあげている。そして、多国間協調及び政府横断的なアプローチを引き続き重視するとともに、ルールに基づく国際秩序の実現に努めるとした。

2022年2月以降のロシアのウクライナ侵略を受けて以降は大きく国防方針を転換し、「ノルドストリーム2」の承認停止、ウクライナへの兵器の供与に加え、防衛力の整備に注力するとし、また、ショルツ首相は、国防費をGDP比で現在の1.5%程度から2%を毎年達成するよう引き上げる旨表明した。こうしたことを踏まえ、今後、ドイツが欧州の安全保障・防衛にどのような役割を果たしていくのかが一層注目される。

また、2020年9月には、インド太平洋にかかる外交指針を規定した「インド太平洋ガイドライン」を閣議決定した。その中で、同地域における安全保障政策面での関与を強化すると表明し、日本などの共通の価値観を持つパートナー国との連携を重視する姿勢を明示した。具体的な取組として、対北朝鮮制裁の監視、演習への参加、海上でのプレゼンス、サイバー安全保障協力などを掲げている。2021年8月にはフリゲート「バイエルン」をインド太平洋地域に派遣した。同艦は海自艦と共同訓練を行い、同年11月に約20年ぶりに日本に寄港したのち、東シナ海を含むわが国周辺海域において、ドイツの艦艇としては初となる、北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動を実施している。同国は今後も継続的にアセットをインド太平洋地域に派遣するとみられ、今後の同地域への関与の動向が注目される。

4 カナダ

カナダは、冷戦終結後に国防費と兵力の削減を進めたが、一方で海外での内戦や国際テロリズムなどの課題に対処するための作戦上の兵力所要は増大していたため、2000年ごろから国防費を一定期間増額するとともに、兵力数を増大してきた。

カナダ国防省は2017年6月、国防政策文書を発表し、米国は今も唯一の超大国である一方、国際的影響力を増しつつある中国や、現行の安全保障環境を試そうとする意図を持つロシアなどとの間で大国間競争が復活し、再び抑止力の重要性が高まっているとの認識を示している。こうした安全保障環境の認識のもと、国土と北米地域の安全を国防政策の基本に据えるとともに、世界の安定が自国の国防に直結しているとの考えから、積極的な国際貢献も国防政策の基本として位置づけている。また、防衛力整備にあたっては、宇宙やサイバー、インテリジェンスといった分野を重視する方針を示しており、2010年代に一旦減少に転じた国防予算を10年間で70パーセント以上増額するとともに、現役兵力数を3,500人増員し7万1,500人とする計画を掲げている。このほか、カナダは2019年9月、北極地域に関する政策枠組みを発表し、同地域の戦略的、軍事的、経済的な重要性が高まっているとの認識を示したうえで、同地域での軍事プレゼンスを強化する方針を示している。

カナダは、米国を最も重要な同盟国とみなし、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)を通じて北米地域の防空・宇宙防衛・海洋警戒監視を米国と共同で実施している。創設国の一員として、NATOとの関係も重視しており、中東欧やアフガニスタンなどにおけるNATO主導の作戦に積極的に参加してきている。2015年以降、カナダはウクライナ軍への非致死性兵器の提供や訓練支援などを行ってきており、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略が発生した際には、機関銃などの致死性兵器を提供するなど積極的なウクライナ支援を行っている。また、情報共有の枠組みであるファイブ・アイズの一員として、カナダは大いに利益を享受しており、引き続き関係を深化するとしている。国連の活動も伝統的に支持しており、トルドー政権は国連平和維持活動(PKO)への貢献を最重視する姿勢を示している。

アジア太平洋地域について、カナダは前述の国防政策文書において自国を太平洋国家として位置づけ、領土問題や朝鮮半島情勢などの安全保障課題に関する戦略的対話などを通じて地域に関与する姿勢を示しており、その一環として、カナダは2018年4月から北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動を実施5している。また、カナダは政府全体として中国に対するアプローチの見直しを行っている。中国は政治・経済・軍事的な手段を組み合わせて、地政学的な目標を達成する試みを行っているとの脅威認識を示しており、現在、策定中のインド太平洋戦略が今後、カナダのインド太平洋地域における安全保障政策にどのような影響を与えるのか注目される。国防に関しては、中国人民解放軍との軍事的関わりの見直しを行っており、カナダ軍と中国人民解放軍との二国間訓練は、2018年2月を最後に行われていない。一方、2018年以降、カナダ海軍の艦艇が国際法に従って、台湾海峡を通過6しており、今後もカナダによる同地域への関与の動向が注目される。

4 一方、2021年9月のAUKUS発足に伴うオーストラリアのフランス製潜水艦購入契約破棄を受け、フランス政府は米国及びオーストラリアを強く非難し、一時駐米及び駐豪大使を本国に召還した。

5 2019年6月から対北朝鮮制裁履行活動に従事する「ネオン作戦」の枠組みのもとで同活動に従事している。

6 カナダの世界平和へのコミットメントを示すことを目的とした世界の安全のための海上作戦である「プロジェクション作戦」の一環として、同活動に従事している。