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ダイジェスト 第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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概 観

現在の安全保障環境の特徴

  • 既存の秩序をめぐる不確実性が増大し、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化
    • 「ハイブリッド戦」に伴う複雑な対応の発生
    • グレーゾーンの事態の長期化
  • テクノロジーの進化が安全保障に大きく影響
    • 宇宙・サイバー・電磁波領域の重要性
    • 戦闘様相を一変させるゲーム・チェンジャー技術(人工知能技術、極超音速技術、高出力エネルギー技術など)
  • 一国のみでの対応が困難な安全保障上の課題が顕在化
    • 宇宙及びサイバーなどの新たな領域の安定的利用の確保、海上交通の安全確保、大量破壊兵器の拡散への対応、国際テロへの対応
  • 新型コロナウイルス感染症に関し、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した動きも指摘。安全保障上の課題として重大な関心をもって引き続き注視していくことが必要

わが国周辺の安全保障環境

  • わが国周辺には、質・量に優れた軍事力を有する国家が集中。軍事力のさらなる強化や軍事活動の活発化の傾向が顕著
  • インド太平洋地域は、十分な安全保障面の地域協力の枠組みなし。領土問題や統一問題といった従来からの問題も依然として存在
  • 近年、領土や主権、経済権益をめぐり、グレーゾーンの事態が長期化するとともに、明確な兆候のないまま、より重大な事態へと急速に発展していくリスクを内包

わが国周辺の安全保障環境等1

わが国周辺の安全保障環境等2

米 国

バイデン政権の発足

  • 2021年1月、バイデン政権が発足。トランプ前政権から引き続き、中国に対し強い立場を基盤とした取組を重視する方針。一方、国際協調を基軸とした対外政策の方向性が示される中で、同盟国やパートナーとの協議を重視したうえで検討が進められる安全保障政策の全般的な見直しの動向に要注目
  • なお、トランプ前政権は、「米国第一」の方針や力が中心的な役割を果たすという現実主義的な考え方に基づき、米国の世界への関わり方を大きく変化。中露、特に中国との戦略的競争を重視する姿勢を明確化

バイデン政権の安全保障政策

  • バイデン大統領は、同盟を修復して再び世界に関与し、単に力を示すだけではなく、模範としての力をもって主導していくとの基本姿勢を表明
  • 中露などによって権威主義化が進むとともに、感染症の拡大や気候変動、核拡散などの世界的な課題を抱える新たな時代に対応しなければならないとの認識を表明
  • 米軍の世界的な戦力態勢の見直しを実施することを明らかにするとともに、国際システムに対して持続的に挑戦する能力を秘めた唯一の競争相手と位置づける中国に長期的に対抗し、インド太平洋における軍事プレゼンスを最重視する姿勢を表明

就任演説を行うバイデン大統領(2021年1月)【米国務省】

就任演説を行うバイデン大統領(2021年1月)【米国務省】

インド太平洋地域への関与など

  • トランプ政権は、中国が、南シナ海などで「力こそ正義」との考えを押し付けることを拒否するとし、6年ぶりに2個空母打撃群を南シナ海に展開して演習を実施したほか、「航行の自由作戦」を強化している旨指摘。バイデン大統領も、「自由で開かれたインド太平洋」の維持が優先事項であるとし、米国の姿勢に変更がないことを表明
  • バイデン政権は、新興技術の危険性への対処と活用、サイバー空間における能力の強化など、国防政策における技術の重要性を強調。中国との戦略的競争においても、技術的競争が中心的な課題の一つになるとの認識を表明

南シナ海で演習を行うニミッツ及びロナルド・レーガン両空母打撃群(2020年7月)【米海軍】

南シナ海で演習を行うニミッツ及びロナルド・レーガン両空母打撃群
(2020年7月)【米海軍】

中国

全般

  • 中国の軍事動向などは、国防政策や軍事に関する不透明性とあいまって、わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念
  • 地域や国際社会においてより協調的な形で積極的な役割を果たすことが強く期待される。

作戦遂行能力の向上

  • 透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加。核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に軍事力の質・量を広範かつ急速に強化。その際、サイバー、電磁波、宇宙といった新たな領域における優勢の確保を重視
  • 軍民融合政策を全面的に推進しつつ、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得にも積極的な取組
  • 2020年12月の全人代常務委員会において、新たに改正された国防法が採択され、その中で海外利益の擁護、「習近平の強軍思想」の貫徹、重大安全保障領域として宇宙、電磁波、サイバー空間などが新たに規定。これにより、主要な政策・制度改革を達成したと印象づける狙いか。今後は海外や新たな領域での活動に注目

極超音速滑空兵器を搭載可能とされるDF-17準中距離弾道ミサイル【Avalon/時事通信フォト】

極超音速滑空兵器を搭載可能とされる
DF-17準中距離弾道ミサイル
【Avalon/時事通信フォト】

中国の公表国防予算の推移

中国の主な海上・航空戦力 近代的潜水艦

中国の主な海上・航空戦力 近代的駆逐艦・フリゲート

中国の主な海上・航空戦力 第4・第5世代戦闘機

わが国周辺海空域などにおける活動

  • 尖閣諸島周辺において力を背景とした一方的な現状変更の試みを執拗に継続しており、強く懸念される状況。尖閣諸島周辺のわが国領海で独自の主張をする活動は、そもそも国際法違反
  • 2021年2月、海警の職責や武器使用を含む権限を規定した中国海警法が施行。海警法には、曖昧な適用海域や武器使用権限など、国際法との整合性の観点から問題がある規定あり。海警法によって、わが国を含む関係国の正当な権益を損なうことがあってはならず、また、東シナ海などの海域において緊張を高めることになることは全く受け入れられない。

領海侵入日数の推移

接続水域における確認状況

わが国周辺海空域における最近の中国軍の主な活動(イメージ)

米国と中国の関係など

米中関係

  • 近年、米中両国の政治・経済・軍事にわたる競争が一層顕在化し、相互にけん制する動き。特に技術分野における競争は、今後一層激しさを増す可能性
  • 中国が急速に軍事力を強化する中、米中の軍事的なパワーバランスの変化が、インド太平洋地域の平和と安定に影響を与える可能性。南シナ海や台湾などの地域の米中の軍事的な動向について一層注視していくことが必要
    • 南シナ海において、中国は弾道ミサイルの発射や空母による軍事訓練などの軍事活動などを活発化。一方、米国は2020年7月に中国の海洋権益に関する主張は不法だと非難するとともに、航行の自由作戦や空母も含めた軍事演習を実施するなど一層厳しい姿勢
    • 米議会公聴会において、インド太平洋軍司令官は、インド太平洋地域での軍事バランスは、米国と同盟国にとって好ましくない状況、中国による現状変更のリスクが高まっていると指摘。台湾に対する野心が今後6年以内に明らかになる旨証言

台湾

  • 台湾について、中国は中国軍機による台湾南西空域への進入など台湾周辺での軍事活動を一層活発化。一方、米国は米艦艇による台湾海峡通過や台湾への武器売却など、軍事面において台湾を支援する姿勢を鮮明に。台湾情勢の安定は、わが国の安全保障や国際社会の安定にとって重要。一層緊張感を持って注視していくことが必要
  • 中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に変化し、その差は年々拡大する傾向。今後の中台の軍事力の強化や、米国による台湾への武器売却、台湾による主力装備の自主開発などの動向に注目

北朝鮮

全般

  • 北朝鮮の軍事動向は、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威
  • 北朝鮮は、過去6回の核実験を実施し、極めて速いスピードで弾道ミサイル開発を継続的に実施。わが国を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる。
  • 近年、ミサイル関連技術の高度化を図ってきており、固体燃料を使用して通常の弾道ミサイルよりも低空を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルの開発など、ミサイル防衛網の突破を企図。高度化された技術がより射程の長いミサイルに応用される懸念
  • 北朝鮮は、攻撃態様の複雑化・多様化を執拗に追求し、攻撃能力の強化・向上を着実に図っており、発射兆候の早期の把握や迎撃をより困難にするなど、わが国を含む関係国の情報収集・警戒、迎撃態勢への新たな課題
  • 2021年3月には、北朝鮮は新型の弾道ミサイルを発射

軍事パレードに登場した、新型のICBM級弾道ミサイルの可能性があるもの(2020年10月)【EPA=時事】

軍事パレードに登場した、新型のICBM級弾道ミサイルの
可能性があるもの(2020年10月)【EPA=時事】

軍事パレードに登場した、新型のSLBMの可能性があるもの(2021年1月)【EPA=時事】

軍事パレードに登場した、新型のSLBMの可能性があるもの(2021年1月)【EPA=時事】

今後の兵器開発などの動向

  • 2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において、今後の目標として、多弾頭技術、「極超音速滑空飛行弾頭」、原子力潜水艦、固体燃料推進のICBMなど、様々な兵器の開発などにも具体的に言及し、軍事力強化の姿勢を表明
  • 2020年10月及び2021年1月の軍事パレードには、新型のICBM級弾道ミサイルの可能性があるものや、「北極星4」及び「北極星5」と記載された新型SLBMの可能性があるもの、新型弾道ミサイル(2021年3月に発射されたもの)が登場

新型弾道ミサイル(2021年3月)【AFP=時事】

新型弾道ミサイル(2021年3月)【AFP=時事】

ロシア

全般

  • ロシアは、核戦力を含む装備の近代化を推進しているほか、ロシア国外に軍の拠点を確保するなど、遠隔地への軍の展開能力を高めつつある。
  • 極超音速兵器などの新型兵器の開発を進めているほか、宇宙・電磁波などの新領域における活動を活発化させている。

極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」の発射(2020年10月)【ロシア国防省公式Youtubeチャンネル】

極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」の発射
(2020年10月)
【ロシア国防省公式Youtubeチャンネル】

北方領土及びわが国周辺の活動

  • わが国周辺におけるロシア軍の活動には活発化の傾向がみられるほか、近年は最新の装備が極東方面にも配備される傾向
  • 2020年12月に実施された戦略核戦力演習では、初めてオホーツク海のボレイ級SSBNから新型SLBMを発射
  • 同年12月、ロシア国防省は、択捉島及び国後島への地対空ミサイル・システム「S-300V4」の実戦配備を発表

択捉島と国後島に配備された地対空ミサイル・システム「S-300V4」【ロシア国防省】

択捉島と国後島に配備された
地対空ミサイル・システム「S-300V4」
【ロシア国防省】

中国との連携強化の動き

  • 2020年12月、ロシアのTu-95爆撃機が中国のH-6爆撃機とともに、日本海から東シナ海、さらには太平洋にかけて長距離にわたる共同飛行を実施。中露共同飛行は2019年7月に引き続き2回目
  • プーチン大統領は、中露軍事同盟について問われた際、「理論的には、軍事同盟を思い描くことは可能」と発言
  • 2020年12月、中露両国の国防相は、弾道ミサイルなどの発射通知にかかる協力協定を10年延長することで合意

中露共同飛行(2020年12月22日)

新たな領域をめぐる動向や国際社会の課題

軍事科学技術

  • 主要国は、将来の戦闘様相を大きく変化させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなりうる先端技術の開発に注力(AI、極超音速兵器、高出力エネルギー技術、量子技術など)。民生分野における先端技術が軍事技術に転用されたものもあり。
  • 中国が他国から先端技術の獲得を試みているとの指摘もあり、技術の保護も重要な課題

AIと空軍パイロットのシミュレーション戦闘の様子【DARPA】

AIと空軍パイロットのシミュレーション戦闘の様子【DARPA】

宇宙領域

  • 各国は宇宙空間において、偵察・通信・測位衛星など、自国の軍事的優位性を確保するための能力を急速に開発。一方、他国の宇宙利用を妨げる能力も重視。各国の最近の主な動向は以下のとおり。
    • 米国:「国防宇宙戦略」において中国やロシアを最も差し迫った脅威と評価。また、衛星メガ・コンステレーション計画を推進
    • 中国:火星探査機の打上げ、通信衛星コンステレーション計画の推進、黄海上の船舶からロケットの打上げなど、宇宙開発を積極的に推進。「北斗」を構成する全衛星の打上げが完了
    • ロシア:地上発射型対衛星ミサイル発射試験を2回実施(米国発表)など宇宙活動を活発化

黄海から打ち上げられる「長征11号」【時事】

黄海から打ち上げられる「長征11号」【時事】

サイバー領域

  • 中国、ロシア、北朝鮮などが、より多様な手段でより積極的にサイバー攻撃を実施しているとの指摘。最近の主な指摘は以下のとおり。
    • 中 国:中国国家安全部関係者による新型コロナワクチン開発に関わる民間企業などを標的としたサイバー攻撃(2020年7月、米国発表)
      約200の日本国内企業などに対する中国人民解放軍の部隊が関与している可能性が高いサイバー攻撃(2021年4月、わが国発表)
    • ロシア:ロシア軍参謀本部情報総局によるウクライナ電力網に対するサイバー攻撃や平昌オリンピックに対するサイバー活動(2020年10月、米国発表)
      東京オリンピック関連組織に対するロシアのサイバー偵察(2020年10月、英国発表)
      ロシア対外情報庁(SVR)による米政府機関などへのサイバー攻撃(2021年4月、米国発表)
    • 北朝鮮:北朝鮮軍偵察総局によるサイバー攻撃(2021年2月、米国発表)

国家安全保障担当司法次官補による記者発表【米司法省】

国家安全保障担当司法次官補による記者発表【米司法省】

電磁波領域

  • 主要国は、厳しい電子戦環境下での使用を前提とする装備品を開発しているほか、電子戦を主眼においた訓練を実施

気候変動

  • 各国で気候変動を安全保障上の課題と捉える動きが拡大(土地・資源をめぐる争いの誘発・悪化、大規模な住民移動による社会的・政治的な緊張や紛争の誘発のおそれなど)
  • 気候変動の影響は、脆弱な国家の安定性を揺るがしかねない旨指摘。軍の活動を含む国際的な支援の必要性が高まるほか、北極海域において軍事態勢を強化する動きも。また、軍に対する直接的な影響として、災害救援活動等への出動機会の増大、装備・基地などに対する負荷の増大、環境対策を要求する声の高まりなどの可能性が指摘