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<解説>中印国境問題

中国とインドの国境は、一般的に東西約3,500kmと言われており、これはわが国の北端(択捉島)から西端(与那国島)までの約3,300kmに比肩する距離です。国境地域の多くは標高が高く、世界で最も標高の高いエベレストを含むヒマラヤ山脈が連なる山岳地帯です。

ヒマラヤ山脈は、歴史的に中国側とインド側の両勢力の間で大規模な衝突を防ぐ緩衝地帯として機能していましたが、1950年代に中国がチベットを自治区として組み込んだことにより、中国とインドはヒマラヤ山脈を挟む形で直接的に国境を接するようになり、状況は変化しました。この中印国境は未画定であることから、国境地帯で中印両軍が衝突して死傷者が生じる事件が断続的に発生し、両国の関係が悪化しました。中でも、1962年の武力衝突は大規模な戦闘となりました(中印国境紛争)。その後も、国境地域で両軍が衝突する事件が断続的に発生し、軍事的な緊張が続いています。

こうした状況を踏まえ、1993年、中印両国は、国境問題が終局的に解決されるまでの間、国境地域における大規模な軍事衝突を防ぐことを目的として、暫定的な国境である実効支配線(Line of Actual Control)の管理にかかる最初の協定(以下、「LAC管理協定」という。)を締結しました。LAC管理協定は複数存在しますが、主な内容としては、国境地域における軍事力行使の禁止、大規模な軍事演習の禁止、国境問題にかかる作業部会の設置及び有事の際の協議メカニズムの設置があげられます。特に、国境地域における軍事力の使用が禁止されたことにより、1990年代以降、銃や火砲などの火器を用いた戦闘は発生しておらず、また、衝突が発生した際も、両国の間でLAC管理協定に基づく協議が速やかに行われるため、事態の悪化が回避されていました。

こうした中、2020年5月、インドが実効支配するシッキム州及びラダック州の実効支配線において、中印両軍の部隊が対峙し、殴り合う事件が発生し、中印両国の間で再び緊張が高まりました。特に、同年6月15日には、ラダック州のガルワン渓谷において、両軍の部隊が激しく衝突し、インド側だけで死者20名が出たと公表されているほか、少なくとも76名の負傷者が出たと報道されています。一方、中国側の死傷者については、2021年2月に国防部が死者4名と公表しました。衝突に至った背景については明らかになっておらず、両国の外務大臣は互いに相手国の協定違反を非難しています。

その後も、中国とインドは、LAC管理協定に基づく現地司令官級会談を定期的に行い、両国部隊の実効支配線からの早期完全撤退と段階的な緊張緩和を確認してきました。しかし、実効支配線における両国の部隊のにらみ合いはその後も続いており、2021年1月にはシッキム州で両軍の衝突が発生するなど、完全な緊張緩和にはいたっていないのが現状です。

この地域の大国である中印間の関係は、インド太平洋地域の安全保障環境に大きな影響を及ぼしかねないものであり、今後とも中印国境問題の動向が注目されます。

図:中印間の実行支配線(LAC)

図:中印間の実行支配線(LAC)