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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 海洋安全保障をめぐる各国の取組

(1)中東地域における海洋安全保障

中東地域においては、近年、船舶を対象とした攻撃事案などが断続的に発生している。

2015年にサウジアラビア主導の有志連合軍がイエメンの反政府武装勢力であるホーシー派への空爆を開始後、イエメン沖、バブ・エル・マンデブ海峡などにおいて、艦艇や商船に対する攻撃事案が散発的に発生した。

また、ホルムズ海峡及びその周辺海域においては、2019年5月以降、民間のタンカーへの攻撃事案などが発生している。米国とイランの関係をはじめとして、中東地域において緊張が高まる中、現在、航行の安全を確保するための取組として、米国やフランスのイニシアチブのもとでそれぞれ活動が開始されている。

参照2章10節2項(湾岸地域情勢)

(2)海賊

各地で発生している海賊行為は、海上交通に対する脅威となっている。近年の全世界の海賊・武装強盗事案(以下「海賊事案」という。)発生件数3は、ピークであった2010年が445件、2011年が439件、2012年が297件であり、全世界の海賊事案の発生件数は減少傾向にある。(2020年は195件。)これはソマリア沖・アデン湾の海賊事案発生件数の減少に大きく依拠しているといえる。

ソマリア沖・アデン湾における海賊事案発生件数については、2008年から急増し、2009年が218件、2010年が219件、2011年が237件と増加の一途をたどり、全世界の発生件数の半数以上を占めるに至り、船舶航行の安全に対する脅威として大きな国際的関心を集めた。一方、近年は、わが国を含む国際社会の様々な取組の結果、ソマリア沖・アデン湾における海賊事案の発生件数は低い水準で推移している。(2020年は0件。わが国の取組についてはIII部3章2節2項(海賊対処への取組)参照。)

ソマリア沖・アデン湾における国際的な海賊対処の取組としては、まず、バーレーンに本部を置く米軍主導の連合海上部隊(CMF:Combined Maritime Forces)4が2009年1月に設置した多国籍部隊である、第151連合任務部隊(CTF151:Combined Task Force 151)による海賊対処活動があげられ、これまでに米国、オーストラリア、英国、トルコ、韓国、パキスタンなどが参加し、ゾーンディフェンスなどによる海賊対処活動を実施している。また、EUは、2008年12月から海賊対処活動「アタランタ作戦」を行っている。同作戦は、各国から派遣された艦艇や航空機が船舶の護衛やソマリア沖における監視などを行うもので、2022年末まで実施することが決定されている。

さらに、前述の枠組みに属さない各国の独自の活動も行われており、例えば中国は、2008年12月以降、ソマリア沖・アデン湾に海軍艦艇を派遣し、海賊対処活動を行っている。

こうした国際的な取組などにより、ソマリア沖・アデン湾における海賊事案の発生件数は低い水準で推移しているものの、ソマリア国内の不安定な治安や貧困といった海賊を生み出す根本的な原因はいまだ解決していない。

またアフリカでは、ギニア湾において海賊事案が発生(2020年は84件)しており、国際社会は同地域における海賊などの問題への取組を継続している。

東南アジア海域における海賊事案発生件数は、2020年は62件であった。従来、同海域における海賊事案は、現金、乗組員の所持品、船舶予備品などの窃盗といった海上武装強盗事案が多数を占めていたが、近年、フィリピン沖のスールー海・セベレス海では、身代金目的の船員誘拐といった重大な事案も発生している。

アジアにおける海賊事案への対策としては、わが国が策定を主導し、2006年に発効した、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP:Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia)」5に基づく、締約国間の情報共有及び協力体制の構築が進められている。また、インドネシア、マレーシア、シンガポール及びタイによる「マラッカ海峡パトロール(Malacca Strait Patrols)」6が行われているほか、スールー海・セレベス海における身代金目的の誘拐事件の発生などを受けて、インドネシア、マレーシア及びフィリピンの3か国は、2017年6月に同海域での海上パトロールを、同年10月に航空パトロールをそれぞれ開始した。

3 本文における海賊事案発生件数は、国際商業会議所(ICC)国際海事局(IMB)のレポートによる。

4 米中央軍の隷下で海洋における安全、安定、繁栄を促進することを目的として活動する多国籍部隊。32か国の部隊が参加しており、CMF司令官は米第5艦隊司令官が兼任している。海洋安全保障のための活動を任務とする第150連合任務部隊(CTF-150)、海賊対処を任務とする第151連合任務部隊(CTF-151)、ペルシャ湾における海洋安全保障のための活動を任務とする第152連合任務部隊(CTF-152)の3つの連合任務部隊で構成されており、CTF-151には自衛隊の部隊も参加している。

5 同協定の締約国は、オーストラリア、バングラデシュ、ブルネイ、カンボジア、中国、デンマーク、インド、日本、韓国、ラオス、ミャンマー、オランダ、ノルウェー、フィリピン、シンガポール、スリランカ、タイ、英国、米国及びベトナムの20か国である。

6 同パトロールは、2004年に開始された「マラッカ海峡海上パトロール」、2005年に開始された航空機による警備活動、及び2006年に開始された情報共有活動からなる。