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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第3章 宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域をめぐる動向・国際社会の課題

第1節 軍事科学技術をめぐる動向

1 軍事科学技術の動向

1 全般

近年の科学技術の発展は、様々な分野に波及し、経済、社会、ライフスタイルなど、多くの分野において革命とも呼ぶべき大きな変化が引き起こされている。軍事分野においては、将来の戦闘様相は大きく変化させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなり得る先端技術が登場し、各国はこれに積極的な投資を行っている。こうした技術には、人工知能技術など民生分野に由来する先端技術が軍事技術に転用されたものもある。

また、中国が、学術研究やサイバー空間、工作員などを利用し、他国から先端技術の獲得を試みているとの指摘もある1。一般的に、こうした技術の保護は、重要な課題となっている。

2 軍事分野における先端技術動向
(1)極超音速兵器

米国、中国及びロシアは、弾道ミサイルから発射され、大気圏突入後に極超音速(マッハ5以上)で滑空飛翔・機動し、目標へ到達するとされる極超音速滑空兵器(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)や、極超音速飛翔を可能とするスクラムジェットエンジンなどの技術を使用した極超音速巡航ミサイル(HCM:Hypersonic Cruise Missile)といった極超音速兵器の開発を行っている。極超音速兵器については、弾道ミサイルとは異なる低い軌道を、マッハ5を超える極超音速で長時間飛翔すること、高い機動性を有することなどから、探知や迎撃がより困難になると指摘されている。

米国は、「ミサイル防衛見直し(MDR)」(2019年1月)において、ロシア及び中国が先進の極超音速兵器を開発中であり、既存のミサイル防衛システムへ挑むものとの認識を示している。また、2020年3月、極超音速兵器に関する飛行試験を実施し、成功した旨発表するなど極超音速兵器の開発に注力している。

中国は、2019年10月、中国建国70周年閲兵式においてHGVを搭載可能な弾道ミサイルとされる「DF-17」を初めて登場させており、2020年には、中国科学研究所がスクラムジェットエンジンの地上試験を実施したと指摘されている。

ロシアは、2019年に配備したHGV「アヴァンガルド」を搭載可能とされる新型ICBM「サルマト」について2022年に配備する旨発表している。また、2020年、ロシア国防省はHCM「ツィルコン」の発射試験成功について複数回発表しており、プーチン大統領は、開発はおおむね完了した旨述べている。

(2)高出力エネルギー技術

電磁レールガンや高出力レーザー兵器、高出力マイクロ波などの高出力エネルギー兵器は、多様な経空脅威に対処するための手段として開発が進められている。

米国や中国は、電気エネルギーから発生する磁場を利用して弾丸を撃ち出す電磁レールガンを開発している。電磁レールガンの砲弾は、ミサイルとは異なり推進装置を有しないことから、小型・低コストかつ省スペースで備蓄可能なため、電磁レールガンによるミサイル迎撃が実現すれば、多数のミサイルによる攻撃にも効率的に対処可能とされる。米国は、2025年までに艦艇に搭載する計画としており、中国も2025年までに実戦配備する見通しとの指摘がある。

また、米国、中国及びロシアは、レーザーのエネルギーにより対象を破壊する高出力レーザー兵器を開発している。レーザー兵器は、多数の小型無人機や小型船舶による攻撃に対する低コストで有効な迎撃手段として活用されるほか、技術の成熟度によっては従来兵器と比べて即応性に優れ、弾薬の制約から解放される可能性があることなどから、ミサイルを迎撃可能な程度まで高出力化が実現できれば、多数のミサイルによる攻撃にも効率的に対処可能な装備となり得る。

米国は、2019年にレーザー式対無人機システムを空軍が取得したほか、2014年にはペルシャ湾で小型UAVに対処可能な出力30kW級の艦載固体レーザー兵器「LaWS」の試験に成功しており、2020年5月に太平洋上で実施された試験では、米海軍が開発した艦載高出力レーザー実証機で飛行する無人機の無力化に成功している。なお、米空軍による戦闘機搭載型レーザー「ShiELD」プログラムは、当初2021年に飛行実証を行う予定であったが、新型コロナ感染拡大により2年間延期となった旨報じられている。

中国は小型UAVに対処可能な出力数30-100kW級のレーザー兵器「Silent Hunter」を国際防衛装備展示会(IDEX2017)で公開したほか、対衛星兵器としてさらに高出力のレーザー兵器も開発中との指摘がある。

ロシアは、出力数10kW級のレーザー兵器「ペレスヴェト」を既に配備しており、対衛星兵器として出力数MW級の化学レーザー兵器も開発中との指摘がある。

高出力マイクロ波技術は、UAV、ミサイルなどの経空脅威に対し、搭載する情報収集・指揮通信機器などの電子機器に破損や誤作動を生起させる技術である。米国は、この技術を用いた兵器である「Phaser」を、2019年に取得しており、米陸軍の演習において一度に2~3機、合計33機の小型無人航空機に対処した実績があるとされる。

3 民生分野に由来する先端技術動向
(1)人工知能技術

いわゆる人工知能(AI)技術は、近年、急速な進展がみられる技術分野の一つであり、軍事分野においては、指揮・意思決定の補助、情報処理能力の向上に加えて、自律型無人機への搭載やサイバー領域での活用など、影響の大きさが指摘されている。

米国、中国及びロシアは人工知能に関する戦略を策定し、産学官の連携のもと研究開発を進めている。米国防省は、2018年6月に統合AIセンター(JAIC:Joint Artificial Intelligence Center)を設立し、2019年2月に公表した「国防省人工知能(AI)戦略」において、法的・倫理的な観点からも適切な形で人工知能を活用する方針を示している。中国政府は、2017年に「次世代AI発展計画」を発表し、2030年までに世界の主要なAIイノベーションセンターとなることを目標としている。ロシアは、2017年にプーチン大統領が「AIを主導する者が世界を制する」との認識を示し、2019年10月に公表した「2030年までのAI発展戦略」では、AI技術開発の加速、科学研究の支援、人材育成システムの改善などを目標に掲げている。

人工知能を活用した技術としては、多様なセンサーなどから得られたデータを人に分かりやすく表示する情勢判断支援技術や、取り得る選択肢を示し指揮官などを支援する意思決定支援技術などが検討されている。米国では、収集した情報をAIが分析し、戦闘部隊などにネットワーク経由で迅速に共有する先進戦闘管理システム(ABMS:Advanced Battle Management System)の実証実験が2019年12月に実施されている。また、中国では、次世代指揮情報システムの研究・開発を目的に、中央軍事委員会がAI軍事シミュレーション競技会を2020年7月に開催を発表している。

また、米国、中国及びロシアは、人工知能を搭載した自律型無人機を開発している。自律型無人機は、一般的に3D(Dangerous, Dirty, Dull)の任務への活用が想定される無人機技術と、敵の行動や戦況の変化を認識できる人工知能技術を組み合わせることで、情報収集・警戒監視・偵察(ISR)任務などが長時間・人命のリスクなしに広範囲で可能となる。

米国防省高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)は、空中射出・回収・再利用が可能なISR用の小型無人機のスウォーム飛行、潜水艦発見用の無人艦など、人工知能を搭載した無人機を開発している。このほか、空対空戦闘の自動化に関する研究開発も進めており、AIが空軍パイロットとのシミュレーション戦闘において勝利している。

AIと空軍パイロットのシミュレーション戦闘の様子【DARPA】

AIと空軍パイロットのシミュレーション戦闘の様子
【DARPA】

中国電子科技集団公司は、2018年5月、人工知能を搭載した200機からなるスウォーム飛行を成功させており、2020年9月には中国国有軍需企業が無人航空機のスウォーム試験状況を公開している。このような、スウォーム飛行を伴う軍事行動が実現すれば、従来の防空システムでは対処が困難になることが想定される。

ロシアは、2019年9月、大型無人機S-70「オホートニク」と第5世代戦闘機Su-57との協調飛行試験を実施しており、飛行試験の状況を動画で公開している。

また、自律型無人機は、いわゆる自律型致死兵器システム(LAWS:Lethal Autonomous Weapons Systems)に発展していく可能性も指摘されている。LAWSについては、特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW:Convention on Certain Conventional Weapons)の枠組みにおいて、その特徴、人間の関与のあり方、国際法の観点などから議論されている。

(2)量子技術

「量子技術」は、日常的に感じる身の回りの物理法則とは異なる「量子力学」を応用することにより、社会に変革をもたらす重要な技術と位置づけられている。例えば、量子暗号通信は、量子の特性を利用した暗号化技術である量子暗号技術を利用した通信方式であり、第三者が解読できない暗号通信とされる。また、量子レーダーは、量子の特性を利用して、ステルス機のステルス性を無効化できる可能性が指摘されている。量子コンピュータは、現在のスーパーコンピュータでは膨大な時間がかかる問題を、短時間かつ超低消費電力で計算することが可能となるとされ、暗号解読などの分野への応用の可能性が指摘されている。

中国は、北京・上海間約3,000kmにわたる世界最大規模の量子通信ネットワークインフラを構築したほか、2016年8月、世界初となる量子暗号通信を実験する衛星「墨子」を打上げ、2018年1月には、「墨子」を使った量子暗号通信により、中国とオーストリア間の長距離通信に成功したとしている。また、量子コンピュータを重大科学技術プロジェクトとして位置づけ、量子情報科学国家実験室の整備などのために約70億元を投資している。

(3)第5世代移動通信システム(5G)技術

民間の移動通信インフラとして、2019年4月以降各国で相次いで商用サービスが開始されている第5世代移動通信システム(5G)が注目を集めている。5Gの技術は、高度な情報通信技術により、複雑なデータ処理を感じさせない高品質(高速化、低遅延化、大容量化、多数同時接続/高信頼など)なサービスの提供が実現される。

米国は、2020年3月に「5Gの安全を確保するための米国家戦略」を公表し、同年5月には同戦略の国防政策上のアプローチを示した「米国防省5G戦略」を公表した。国防省の戦略では、5Gは極めて重要な戦略的技術であり、これによってもたらされる先端技術に習熟した国家は長期にわたり経済的及び軍事的な優位を獲得するとの認識を示している。また、国防省にとっての中核的な課題は、米軍及び同盟国・パートナーの5Gシステムが保護され、抗堪性・信頼性があることであるとし、同盟国やパートナーを含めた取組の方針を示している。

オーストラリアは、自国の5G事業にファーウェイ社の参入を事実上排除しており、ニュージーランドでは自国の5G事業にファーウェイ社はこれまでのところ参入できていない。英国は2027年末までにすべてのファーウェイ社製品を5G網から撤去する方針を表明している。

(4)積層製造技術

3Dプリンターに代表される積層製造技術は、低コストで通常では作成できないような複雑な形状でも製造が可能なことから、在庫に頼らない部品調達など兵站に革命が起きる可能性があり、各国で軍事技術への応用の可能性が指摘されている。例えば、米陸軍は、予備物品の輸送が不要になることから、「物流に本当の革命を起こすことになる」としており、米空軍は、部品不足が指摘される航空機のエンジン部品の製造を発表している。また、欧州では、2019年2月に7か国2が共同で4カ年プロジェクトを立ち上げ、3Dプリンター技術の適用可能性について検討を行っている。豪海軍では、3Dプリンターによる巡視船の部品製造を検討しており、インドでは、2020年1月、国営企業と民間企業が、軍の3Dプリンタープロジェクトに協力することで合意している。

1 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2020年)において、中国が軍用またはデュアル・ユース技術を用いた機微な装置などを取得しようとしたとする複数の刑事事件をあげている。

2 プロジェクト参加国はフィンランド、フランス、ドイツ、オランダ、ポーランド、スウェーデン及びノルウェーの7か国