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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 宇宙空間に関する各国の取組

1 米国

米国は、世界初の偵察衛星、月面着陸など、軍事、科学、資源探査など多種多様な宇宙活動を発展させ続け、2020年5月にはスペースX(Space X)社が世界初となる民間有人宇宙飛行を成功させるなど、今日では世界最大の宇宙大国となっている。米軍の行動においても宇宙空間の重要性は強く認識されており、宇宙空間は、安全保障上の目的でも積極的に利用されている。

米国が2017年12月に公表した国家安全保障戦略(NSS:National Security Strategy)においては、宇宙資産に対する攻撃能力は非対称的な優位性をもたらすと考え、様々な対衛星兵器を追求している国の存在を指摘している。2018年3月には、「国家宇宙戦略」を公表し、敵対者が宇宙を戦闘領域に変えたとの認識を示したうえで、宇宙空間における米国及び同盟国の利益を守るため、脅威を抑止及び撃退していくと表明した。また、2020年6月、米国防省は今後10年間の指針を示す「国防宇宙戦略」を発表し、中国やロシアを最も深刻で差し迫った脅威と評価したほか、宇宙領域における優位性の確保、国家的な運用や統合・連合作戦を宇宙能力で支援すること、宇宙領域の安定性確保の3点を目標としている。さらに、米国政府は、同年12月に公表した「国家宇宙政策(NSP:National Space Policy)」において、宇宙の平和利用の原則のもと、国家安全保障活動のために宇宙を引き続き利用するとしている。

また、2020年12月、わが国と米国は、わが国の準天頂衛星システムに米国製ペイロード(宇宙状況監視センサー)2基を搭載する覚書を締結しており、それぞれ2023年及び2024年に種子島宇宙センターから打上げられる予定である。

組織面では、大統領直轄組織である国家航空宇宙局(NASA:National Aeronautics and Space Administration)が主に非軍事分野の宇宙開発を担う一方、国防省が軍事分野の観測衛星や偵察衛星などの研究開発と運用を担っている。2019年8月、宇宙の任務を担っていた戦略軍の一部を基盤に新たな地域別統合軍として宇宙コマンドが発足し、同年12月、6番目の軍種として空軍省の隷下に人員約1万6千人規模の宇宙軍を新たに創設した。2020年10月には、海兵隊に宇宙コマンドを支える海兵隊宇宙司令部(Marine Corps Forces Space Command)が創設されている。

参照2章1節2項(軍事態勢)

2 中国

中国は、1950年代から宇宙開発を推進し、1970年に初の人工衛星「東方紅1号」を打ち上げた。近年は、2019年1月に無人探査機「嫦娥(じょうが)4号」を世界で初めて月の裏側に着陸させ、2020年11月に「嫦娥5号」、同年7月に火星探査機「天問1号」の打上げを成功させている。また、約13,000機にも及ぶ通信衛星コンステレーション計画が指摘されるほか、2020年9月に、衛星打ち上げロケット「長征11号」を黄海上の船舶から打上げや、2021年4月には、中国宇宙ステーション「CSS(China Space Station)」のコアモジュールの打上げ2を行うなど、宇宙活動を活発化させている。このような中国の宇宙開発は、国威の発揚や宇宙資源の開発を企図しているとの見方がある。

黄海から打ち上げられる「長征11号」【時事】

黄海から打ち上げられる「長征11号」
【時事】

2019年7月に公表した国防白書「新時代における中国の国防」では、宇宙は国際的戦略競争の要点であり、宇宙の安全は国家の建設及び社会の発展の戦略的保障であると主張している。また、2021年3月に全人代で採択された「第14次5か年計画及び2035年までの長期目標の綱要」において航空宇宙分野の発展を加速する方針を明らかにしている。

中国は従来から国際協力や宇宙の平和利用を強調しているものの、宇宙空間の軍事利用を否定しておらず、人工衛星による情報収集、通信、測位など軍事目的での宇宙利用を積極的に行っている。中国は対衛星兵器の開発を継続しており、2007年1月には地上から発射したミサイルで自国の人工衛星を破壊する実験を、2014年7月などにも破壊を伴わない対衛星ミサイルの実験3を行ったほか、衛星攻撃衛星や電波妨害装置(ジャマー)、レーザー光線などの指向性エネルギー兵器4を開発しているとの指摘もある。衛星測位システム「北斗」については、2020年6月に本システムを構成する全衛星の打上げが完了しており、軍事利用の可能性も指摘される。また運搬ロケットについては、中国国有企業が開発・生産を行っており、「長征」シリーズでは新型の打上げを継続するほか、大型衛星の運搬ロケットの開発を行うとしている。同企業は弾道ミサイルの開発、生産なども行っているとされ、運搬ロケットの開発は弾道ミサイルの開発にも応用可能とみられる。

このように中国は、官・軍・民が密接に協力しながら、今後も宇宙開発に注力していくものとみられる。なお、中国は投資、研究開発、米国などからの技術導入などによって、宇宙大国の一つとなったとされ、将来的には、米国の宇宙における優位を脅かすおそれがあるとの指摘5がある。

組織面では、2015年12月に中央軍事委員会の直轄部隊として設立された戦略支援部隊は、任務や組織の細部は公表されていないものの、宇宙・サイバー・電子戦を任務としており、衛星の打上げ・追跡を担当しているとみられる。また、中央軍事委員会の装備発展部が有人宇宙計画などを担当しているとみられる。

3 ロシア

ロシアの宇宙活動は、旧ソ連時代から継続している。旧ソ連は、数々の人工衛星を打ち上げ、旧ソ連解体に至るまで世界一の人工衛星打上げ数を誇った。1991年の旧ソ連解体以降、ロシアの宇宙活動は低調な状態にあったが、近年は、再び活動を拡大しており、2030年までに、観測、気象、通信、測位などを行う600機の衛星を統合する「スフェラ」構想を計画するなど宇宙開発を活発化させている。

安全保障面での動向としては、2018年、米国がMDRを公表したことを受け、ロシアは同計画の実施が宇宙における軍拡競争を引き起こすことは必至であり、国際的な安全保障及び安定にとって最もマイナスの結果を招くこととなるなどと懸念を表明した。

政策面としては、宇宙活動を展開していく今後の具体的な方針として2016年3月、「2016-2025年のロシア連邦宇宙プログラム」を発表し、国産宇宙衛星の開発・展開、有人宇宙飛行計画などを盛り込んだ。

一方、ロシアは、シリアにおける軍事作戦に宇宙能力を活用しており、ショイグ国防相は2019年の国防省の会議において、本作戦の経験で、軍用衛星の再構築が必要との認識に至った旨明らかにした。また、ロシアは対衛星兵器の開発を継続しており、地上発射型の対衛星ミサイルの発射試験を繰り返しているほか、MiG-31から発射する対衛星ミサイル、ソーコル・エシェロン(航空機搭載型)などのレーザー兵器システムの開発を行っているとされている。

組織面では、国営宇宙公社ロスコスモス(State Space Corporation ROSCOSMOS)がロシアの科学分野や経済分野の宇宙活動を担う一方で、国防省が安全保障目的での宇宙活動に関与し、2015年8月に空軍と航空宇宙防衛部隊が統合され創設された航空宇宙軍が実際の軍事面での宇宙活動や衛星打上げ施設の管理などを担当している。

4 欧州

欧州における宇宙活動は、EU、欧州宇宙機関(ESA:European Space Agency)、欧州各国がそれぞれ独自の宇宙活動を推進しているほか、相互の協力による宇宙活動が行われている。

フォンデアライエン欧州委員長は、就任前の2019年9月、欧州委員会内に軍の資金調達、開発及び展開を担う防衛・宇宙部門を設置すると表明した。今後はEU・ESAが計画している衛星測位システム「ガリレオ」、地球観測プログラム「コペルニクス」、欧州防衛庁(EDA:European Defence Agency)による偵察衛星プロジェクト(MUSIS:Multinational Space based Imaging System)などが、欧州における安全保障分野に活用されていくものとみられる。

また、NATOは、2019年6月、NATOの宇宙アプローチの指針となる宇宙政策を承認しており、同年12月に首脳会議において宇宙を陸・海・空・サイバーと並ぶ「第5の作戦領域」であると宣言するなど、宇宙領域における安全保障の重要性に関して認識を示している。2020年10月には、NATO国防相会合が開催され、ドイツのラムシュタインに新たに宇宙センターを設立することが合意された。

2020年末にEUを離脱した英国は、2021年1月にガリレオプログラムに参加しない旨の発表を行っている。また、英空軍隷下に宇宙司令部(Space Command)を創設し、2022年にスコットランドから自国の衛星を自国のロケットで打ち上げるとしている。2021年初頭には、最先端の宇宙推進エンジンを試験するための国有試験施設を新設するなど、宇宙分野に積極的な投資を進めている。

フランスは、2019年7月、フランスで初となる国防に特化した「国防宇宙戦略文書」を発表した。本文書には、宇宙司令部創設のほか、脅威認識、宇宙状況監視能力の強化などについて言及している。同年9月、軍事省内にある宇宙軍事監視作戦センター、統合宇宙司令部、衛星軍事監視センターの機能・人員を集約する形で空軍隷下に宇宙司令部を創設した。また、2020年7月に空軍の名称を航空・宇宙軍に変更し、空軍の業務に宇宙への自由なアクセス及び宇宙空間での行動の自由を保障するための活動を追加している。

5 インド

インドは、通信、測位、観測分野での開発プログラムを推進している。2020年10月、米印は、第2回外務・防衛閣僚会議「2+2」を開催し、宇宙における防衛協力分野について協議を継続する意思を表明している。

また、インドは、自国周辺の測位が可能な測位衛星として地域航法衛星システム(NavIC:Navigation Indian Constellation)衛星を運用しているほか、2017年2月には、低予算で104機の衛星を1基のロケットで打ち上げることに成功するなど、高い技術力を有している。また、2019年3月、モディ首相は、低軌道上の人工衛星をミサイルで破壊する実験に成功したと発表している。

組織面では、宇宙庁が宇宙開発政策を実行し、ロケットの開発、打上げ、衛星の開発、製造などを行うインド宇宙研究機関(ISRO:Indian Space Research Organization)を管理している。また、2019年4月、国防省においてASATを含む全宇宙アセットを統制し、宇宙空間にかかわる国防政策の立案に関与する国防宇宙庁(DSA:Defence Space Agency)の設立が、同年6月、宇宙戦に関する兵器・技術を開発する機関として国防宇宙研究機構(DSRA:Defence Space Research Agency)の設立が承認されたと報じられている。

6 韓国

韓国の宇宙開発は2005年に施行された「宇宙開発振興法」のもと、文政権が発表した「第3次宇宙開発振興基本計画」に基づき推進されている。同計画は、2040年までのビジョンを提示し、①宇宙ロケット技術の自立、②人工衛星の活用サービスと開発の高度化、③宇宙探査の開始、④韓国型衛星航法システム(KPS:Korean Positioning System)の構築などに重点をおいている。2020年の7月には米国のスペースX社が韓国の軍事静止通信衛星の打上げに成功している。

組織面では、韓国航空宇宙研究院が実施機関として研究開発を主導、国防科学研究所が各種衛星の開発利用に関与している。また、朝鮮半島上空の宇宙監視能力を確保するため、初の宇宙部隊である「空軍衛星監視統制隊」を2019年に創設した。同部隊は2020年に「空軍宇宙作戦隊」に名称が変更された。

韓国国防部は、宇宙関連の能力を強化するため、監視偵察・早期警報衛星などを確保していく計画であるとしている6

2 2021年5月、中国は、本打上げを行った「長征5号B」の破片の一部がインド洋に落下したと発表。これに対し、NASAは、中国がスペースデブリに関する基準の責任を満たしていないのは明らかである旨の長官声明を発表。

3 米国家情報長官「世界脅威評価書」(2015年2月)による。

4 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告書」(2019年5月)による。

5 2015年11月、米中経済安全保障再検討委員会の年次報告書による。

6 韓国「2020国防白書」(2021年2月)による