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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 安全保障・国防政策

1 戦略・政策文書

ロシアは、ウクライナ危機やシリアへの軍事介入など対外政策の諸要因を背景に2015年12月に改訂された「国家安全保障戦略」により、内外政策分野の目標や戦略的優先課題を定めている。

「国家安全保障戦略」では、多極化しつつある世界で、ロシアの役割はますます増大していると捉えている。また、NATOの活動活発化や加盟国の拡大を国家安全保障に対する脅威と認識しているほか、米国のミサイル防衛(MD:Missile Defense)システムの欧州及びアジア太平洋地域などへの配備をグローバルかつ地域的な安定性を低下させるものとして警戒感を示している。

国防分野では、軍事力の果たす役割を引き続き重視し、十分な水準の核抑止力とロシア軍をはじめとする軍事力の戦闘準備態勢を維持することにより戦略抑止及び軍事紛争の阻止を実施するとしている。

「国家安全保障戦略」の理念を軍事分野において具体化する文書として2014年12月に改訂された「軍事ドクトリン」では、大規模戦争が勃発する蓋然性が低下する一方、NATO拡大を含むNATOの軍事インフラのロシア国境への接近、戦略的MDシステムの構築・展開などロシアに対する軍事的危険性は増大しているとの従来からの認識に加え、NATOの軍事力増強、米国による「グローバル・ストライク」構想の実現、グローバルな過激主義(テロリズム)の増加、隣国でのロシアの利益を脅かす政策を行う政権の成立、ロシア国内における民族的・社会的・宗教的対立の扇動などについても新たに軍事的危険性と定義し、警戒を強めている。

核兵器については、同ドクトリンにおいて、核戦争や通常兵器による軍事紛争の発生を防止する重要な要素であると位置づけ、その使用基準については、核その他の大量破壊兵器が使用された場合のみならず、通常兵器による侵略が行われ、国家存続の脅威にさらされた場合、核兵器による反撃を行う権利を留保するとしている。

2020年6月、ロシアは、いわゆる「核ドクトリン」に相当する政策文書「核抑止分野における国家政策の指針」を初めて公表した。核兵器の使用基準は、「軍事ドクトリン」に記述された基準と同様であるが、新たにロシアが核兵器を使用する可能性がある条件や核抑止の対象となる軍事的危険などについて明らかにしている。また、この「指針」に関しては、「ロシアを潜在敵とみなす個別の国」に加え、「それらの国が参加する軍事連合」をも核抑止の対象としており、ロシアの「レッドライン」をも明示したものと説明されている。

「核抑止分野における国家政策の指針」を承認するロシア大統領令(2020年6月2日)【ロシア大統領府】

「核抑止分野における国家政策の指針」を承認する
ロシア大統領令(2020年6月2日)【ロシア大統領府】

2 国防費

国防費については2011年以降2016年度(執行額)までは、対前年度比で二桁の伸び率が継続し対GDP比で4.4%に達したが、その後はおおむね対GDP比3%前後の水準で推移している1

参照図表I-2-5-1(ロシアの国防費の推移)

図表I-2-5-1 ロシアの国防費の推移

3 軍改革

ロシアは、1997年以降、「コンパクト化」、「近代化」、「プロフェッショナル化」という3つの改革の柱を掲げて軍改革を本格化させてきた。

軍の「コンパクト化」については、2016年をもって100万人とすることとされた。2010年12月以降は、従来の6個軍管区を西部、南部、中央及び東部の4個軍管区に改編したうえで、各軍管区に対応した統合戦略コマンドをそれぞれ設置し、軍管区司令官のもと、地上軍、海軍、航空宇宙軍など全ての兵力の統合的な運用を行っている。2014年12月には、西部軍管区に隷属する北洋艦隊に、新たに創設した北部統合戦略コマンドの地位を付与し、北極正面の地上部隊、艦艇、航空・防空部隊を統合運用する体制を整えた。これにより「4個軍管区・5個統合戦略コマンド」という体制が続いていたが、2021年1月以降、北洋艦隊は独立した軍事行政区分に指定され、軍管区と同等の地位が与えられたことにより、「5個軍管区と5個統合戦略コマンド」となり、軍令面と軍政面が一致した体制がロシア軍全体として確保された。

軍の「近代化」については、2020年までに新型装備の比率を70%にまで高めることが目標とされていたところ、2020年末の時点で、その割合は通常兵器において70%、戦略核戦略において86%に達し、目標は達成したとされる。

軍の「プロフェッショナル化」については、常時即応部隊の即応態勢を実効性あるものとするため、徴集された軍人の中から契約で勤務する者を選抜する契約勤務制度の導入が進められている。契約軍人の数は、2015年に初めて徴集兵を上回り、2020年には契約軍人の数が徴集兵の約2倍になったとされる一方、新型装備の調達に伴い専門的な知識を有する契約軍人の不足が指摘されている。

1 ロシア財務省及びロシア連邦国庫公表資料による。