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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第2章 諸外国の防衛政策など

第1節 米国

➊ 安全保障・国防政策

17(平成29)年1月に発足したトランプ政権は、「米国第一」の方針のもと、米国の世界への関わり方をこれまでのものから大きく変化させつつあるとの指摘がある。一方、米国はグローバルな競争を見据えつつ、力に裏打ちされる米国の価値観及び影響力は、世界をより自由で安全で繁栄したものとするとの信念のもと、引き続きその世界最大の総合的な国力をもって世界の平和と安定のための役割を果たしていくものと考えられる。

米国は、政権の安全保障・国防の方針を明らかにした戦略文書において、中国及びロシアを修正主義勢力と位置づけ、両国との戦略的競争を重視する姿勢を明らかにしており、こうした方針の具体化に向けた各種取組を進めている。

米国は、特に中国を抑止するためとして、インド太平洋地域の安全保障を最重視する姿勢を明確にしており、同地域に戦力を優先的に配分する方針を示している。また、「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンを前進させるため、地域全体で価値観を共有する国々との絆を新たに築き、強化していくとともに、地域における前方軍事プレゼンスを維持する姿勢を明確に示している。中国に対しては、米艦艇による南シナ海における「航行の自由作戦」や台湾海峡通過を繰り返し実施しているほか、中国軍事機関及び幹部に制裁を発動する措置をとっている。19(令和元)年8月には、米政府が、27年ぶりとなる台湾への戦闘機の売却方針を米議会に通知している。

解説「航行の自由作戦」とは

米国政府は、「航行の自由作戦」は、航行及び上空飛行の自由その他の適法な海洋利用の権利を侵害し得る過剰な主張に対抗する活動であると説明している。

また、米国は、中国のハイテク製品などへの関税賦課、対米投資に対する監視強化など、軍事転用のおそれもある技術分野の競争力確保や技術窃取防止を意図した措置も強化するなど、対中抑止の姿勢を強めている。米議会も、20会計年度国防授権法において、中国の有害な影響力に対抗する戦略の更新を米政府に指示しているほか、台湾の国防力向上への支援の意思を表明し、米国防省による中国製無人機の使用・調達を禁止するなど、対中抑止の姿勢を引き続き超党派で支持している。

さらに、米国は、インド太平洋地域における対中抑止に次いで、欧州地域における対露抑止を国防戦略の優先課題に位置づけている。ロシアがケルチ海峡でウクライナ艦船の乗員を拘束する事案が発生した直後の18(平成30)年12月、ピョートル大帝湾の周辺において同海域では1987(昭和62)年以来となる「航行の自由作戦」を実施したと報道されている。また、ウクライナをめぐるロシアの行動を踏まえ、NATOの安全保障への関与及び抑止力を強化するため、東欧に部隊を展開させるとともに、欧州における米軍のプレゼンスの強化などを行う取組である「欧州抑止イニシアティブ」の関連予算を前政権の時期よりも大幅に増額させている。さらに、ロシアの非戦略核兵器との戦力ギャップを埋めるための低出力核兵器の開発・配備にかかる取組も進めている。

戦略文書において、「ならず者国家」と位置づけられている北朝鮮の核・ミサイル開発にかかる行動や政策などは、米国にとって深刻な脅威であるとの認識のもと、制裁を維持しつつ、北朝鮮による完全な非核化を追求する取組を続けている。

参照本節1項3(インド太平洋地域への関与)

米国は、インド太平洋地域及び欧州地域に戦力を優先的に配分し、中東地域やアフリカ地域などの地域の戦力を削減する方針を示しているが、後者の地域においても安全保障上の課題に対処しており、必ずしも戦力態勢の移行が円滑に行われているとは言い難い。中東地域においては、14(平成26)年以降、イラクとレバントのイスラム国(ISIL:Islamic State of Iraq and the Levant)などによるイラク及びシリアにおける攻勢を受け、同年8月以降、米国は空爆をはじめとする対ISIL軍事作戦として「固有の決意作戦」(OIR:Operation Inherent Resolve)を主導している。19(平成31)年3月には、ISILが支配するイラク及びシリアの全ての領土が解放された旨発表するとともに、同年10月には、ISILの指導者であるバクダーディが米軍の作戦により死亡した旨を発表した。OIRに従事する部隊のうち、シリアに展開していた米軍部隊については、19(令和元)年10月にトルコ軍がシリア北部で軍事作戦を実施したことに伴い、トルコとの国境周辺地域から撤収してシリア東部に駐留しており、撤収以前は約1,000名と報じられていた兵力を、600名程度まで削減している。

また、アフガニスタンに関して、米国とタリバンは20(令和2)年2月、米軍の条件付き段階的撤収を含む合意に署名した。合意では、米国がおよそ1万2,000人から1万3,000人と報じられていた兵力を、135日以内に8,600人まで縮小するとともに、タリバンが合意を遵守すれば、NATO軍も含めたすべての兵力を14か月以内にアフガニスタンから撤収すると規定している。

さらに、米国は、核問題をはじめ中東地域を不安定化させる諸活動の包括的な解決に向けた交渉の場にイランを引き戻すためとして、イランに対して多方面で圧力を強めている。イランとの間で緊張が高まっている中、米軍は20(令和2)年1月3日、イラン革命ガードのソレイマニ・コッヅ部隊司令官などをイラクで殺害した。これに対し、イランは同月8日、米軍部隊が駐留しているイラクの2か所の基地に16発の弾道ミサイルを発射し、このうち12発が上記2基地に着弾したが、これによる死者は発生しなかったとされている。本件事案に関して、イランのザリーフ外相は同日、イランは相応の報復措置を完了しており、さらなる緊張や戦争を望まない旨表明した。また、トランプ大統領も同日、米国として軍事力を使いたくはない旨発言するなど、米国・イラン双方ともに、これ以上のエスカレーションを回避したい意向を明確にしている。

昨年5月以降、イランとの関係をはじめとして中東地域において緊張が高まったことを受け、米軍は、自国の部隊や利益などに対するイランの脅威に対応するためなどとして、中東地域への部隊派遣を発表した。こうした態勢の増強に加え、米国は、中東地域の海洋の安定の促進及び航行の安全確保のための取組として、19(令和元)年7月に「海洋安全保障イニシアティブ」を提唱した後、このイニシアティブのもとで「国際海洋安全保障構成体」を設立し、英国などと艦艇等による活動を実施している。

アフリカ地域や中南米地域についても、資源を捻出する観点から米国防省は適正な戦力規模を検討しており、エスパー国防長官は20(令和2)年1月、21会計年度が始まる同年10月までに米軍の戦力態勢の移行に一定の進展を得たいとの意向を示している。

米国は、安全保障政策においては、米国が提供する安全保障を享受しながら、負担の少ないことが指摘される一部の同盟国が、応分の負担を負うべきであるとの考え方を示している。NATO加盟国に対して国防費をGDPの2%以上に引き上げる目標の早期達成を求めているほか、韓国との米軍駐留経費をめぐる交渉において、韓国側により多くの負担の共有を求めている。

トランプ政権発足から3年が経過し、戦略文書で提示された方針はその多くが実行段階に入っている。政権が重要視している中露への抑止姿勢については、上下院でねじれが生じた議会においても引き続き支持されているが、中露との戦略的競争の場が世界的な拡がりをみせる中、米国の安全保障・国防政策がどのような資源配分の中で実行されていくのかについて注目される。

また、19(令和元)年以降中国で発生した新型コロナウイルス感染症に関して、米国の各州などは州兵を医療品や食料の運搬などに活用しているほか、国防省も病院船の派遣や野外病院の展開などを通じて米国内の対策を支援している。一方、米軍においても、空母の関係者を含めて感染者が発生しており、移動制限や防疫などさらなる感染の拡大を防ぐための各種措置に取り組んでいる。エスパー国防長官は20(令和2)年3月、米軍内での感染拡大によって米軍の即応性に一定の影響はあり得るが、高い水準の即応性を維持するための日常的な訓練は継続しており、国内外で活動する米軍の能力には影響しない旨述べるとともに、今後の影響の程度は新型コロナウイルスに対応する期間や範囲によっても左右される旨を合わせて指摘している。

イランによるミサイル攻撃について公表するトランプ大統領【米国防省】

イランによるミサイル攻撃について公表するトランプ大統領
【米国防省】

1 安全保障認識

17(平成29)年12月に公表された国家安全保障戦略(NSS:National Security Strategy)は、地域のパワーバランスの変化はグローバルな影響をもたらし、米国の国益を脅かし得るとの認識を示しつつ、米国、同盟国及びパートナーに対して競争をしかける主要な挑戦者として、中国及びロシアという「修正主義勢力」、イラン及び北朝鮮という「ならず者国家」、ジハード主義テロリストをはじめとする「国境を越えて脅威をもたらす組織体」、の3つを掲げている。このうち、中国及びロシアは、米国の力、影響力及び利益に挑戦し、米国の安全保障と繁栄を蝕もうとしており、北朝鮮及びイランは地域の不安定化を促し、米国及び同盟国を脅かしているとした。

また、18(平成30)年1月に公表された国家防衛戦略(NDS:National Defense Strategy)は、米国の安全保障上の主要な懸念は、テロではなく、中国及びロシアとの長期にわたる戦略的競争であり、中国とロシアは、米国や同盟国が築いた自由で開かれた国際秩序を害しており、独自の権威主義モデルと合致する世界を形成しようとしていることが一層明確化していると指摘している。これに関し、エスパー国防長官は19(令和元)年10月、NDSは中国を第一、そしてロシアを第二の優先事項と位置づけていると述べたほか、同年9月には、ロシアは直近の課題であり、高い経済的潜在力を持つ中国はより大きく長期的な課題であるとして、特に中国に対する強い警戒感を表明している。

さらに、18(平成30)年4月にシリアのアサド政権が化学兵器を使用したと判断し、英、仏とともに実施した軍事行動について、トランプ大統領は、化学兵器の生産・拡散・使用に対して強力な抑止力を確立することは米国の国家安全保障上の重大な利益であると述べている。

このような認識を考慮すれば、米国は、自国や同盟国の利益、国際秩序を脅かすことを試みる国家や組織を安全保障上の脅威として認識しており、トランプ政権は、中国及びロシア、中でも中国がもたらす脅威を優先的に対処すべき課題に位置づけるとともに、北朝鮮、イラン及び過激派組織のほか、大量破壊兵器の生産・拡散・使用がもたらす脅威にも引き続き対処する方針であると考えられる。

2 安全保障・国防戦略

トランプ大統領が策定したNSSは、「米国第一」や、国際政治では力が中心的な役割を果たすという現実主義に基づくとしつつ、過去20年間、米国が行ってきた関与や国際社会への取り込みによって、競争相手が無害な相手や信頼し得るパートナーに変わるという想定に基づく政策を変える必要があるとしている。そのうえで、NSSは、競争的世界において、①米国民、本土及び米国の生活様式の保護、②米国の繁栄の促進、③力を通じた平和の維持、④米国の影響力の推進、の4つの死活的利益を守るとの戦略方針を掲げている。なお、ペンス副大統領は19(令和元)年10月、米国は、経済的な関与だけで、中国共産党の権威主義的体制が、私有財産、法の支配及び国際秩序を尊重する自由で開かれた社会に転換するとは信じていない旨を述べており、現時点においてもNSSに掲げられた考えに変化がないことを示している。

また、米国の軍事力を再建し、最強の軍隊を堅持するとともに、宇宙やサイバーを含む多くの分野で能力を強化するほか、インド太平洋、欧州及び中東において力の均衡が米国を利するものになるよう努めるとしている。さらに、同盟国やパートナーは米国の偉大な力であり、緊密な協力が必要であるとしつつ、同盟国やパートナーに対し、共通の脅威に立ち向かうために意志を示し、能力面で貢献するよう求めている。なお、米国は、世界の至る所で高まりつつある政治的、経済的及び軍事的競争に対応するとする一方、唯一無二の軍事力を保有し、同盟国及び米国が持つすべての力の手段を完全に統合することで、有利な立場から、競争相手と協力できる分野を模索していくとしている。

NSSを踏まえてマティス国防長官(当時)が策定したNDSは、中国・ロシアとの長期にわたる戦略的競争を、米国の安全保障と繁栄に及ぼす脅威の大きさと脅威が増大する可能性から、国防省の主要な優先事項と位置づけている。そのうえで、競争空間を拡大するため、①決定的な攻撃力を有する戦力の構築、②同盟の強化及び新たなパートナーの獲得、③より大きな成果と予算活用のための国防省改革、の3つに取り組む方針を掲げている。

このうち、①の戦力構築においては、戦争に備えることを優先し、戦時において、1つの主要国による侵攻を打ち破り、機に便乗した侵攻が他の地域で生じることを抑止することを念頭に、機動力、抗たん性及び即応性を有し、柔軟性がある戦力態勢や運用方法を構築するほか、核戦力、宇宙・サイバー空間、C4ISR、ミサイル防衛、先進的な自律型システムなどにおける能力の近代化を推進するとしている。また、侵略を抑止する決意は示す一方、動的な戦力展開、軍事態勢及び作戦は敵に予測不可能なものとする考えを示している。また、②の同盟の強化においては、(i)相互の尊重、責任、優先順位及び説明責任という基礎を守ること、(ii)地域的な協議メカニズム及び共同計画の拡大、(iii)相互運用性の深化、の3つを重視している。一方で、防衛能力の近代化への効果的な投資を含め、相互に有益な集団安全保障に対して同盟国及びパートナーが公平な分担に貢献することを期待するとしている。

3 インド太平洋地域への関与

トランプ政権においては、インド太平洋地域を米国の最優先地域と位置づけ、同地域への米国のコミットメントや地域におけるプレゼンスの強化を通じ、同地域を重視する姿勢が示されている。

トランプ大統領は、17(平成29)年11月に行ったアジア歴訪において、わが国が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンに共鳴する形で、法の支配の尊重、航行の自由などの原則の遵守を重視する、自由で開かれたインド太平洋地域を促進していくことを表明するとともに、地域における同盟関係を強化することを強調した。

これに関連し、NSSは、中国がインド太平洋地域から米国を追いやり、自身に有利に地域秩序を変えようとしているとしつつ、米国の同地域へのアクセスを制限し、自らがより自由な手足を得るために計画した急速な軍事近代化の取組を進めていると強調した。そのうえで、インド太平洋地域における戦略として、海洋の自由、領有権及び海洋紛争の国際法に基づく平和的解決に対するコミットメントを強化するとしつつ、日米豪印4か国の協力や、同盟国・パートナーとの強力な防衛ネットワークの発展などを促進するとしている。同様に、NDSは、中国が軍隊の近代化、浸透工作及び略奪的経済を活用し、他国に強要する形でインド太平洋地域を自国にとって好都合になるよう再構築し、覇権を築くことを目指していると指摘したうえで、自由で開かれたインド太平洋地域は繁栄及び安全を提供するとしつつ、侵略を抑止し、安定性を維持し、共通領域への自由なアクセスを確保することが可能なネットワーク化された安全保障構造へとインド太平洋地域における同盟及びパートナーシップを強化するとしている。

また、19(令和元)年6月に公表された米国防省のインド太平洋戦略報告(IPSR:Indo-Pacific Strategy Report)は、NSS及びNDSの戦略方針を受け継ぎながら、この方針をインド太平洋地域の特性に合わせて具体化している。まず、力を通じた平和の達成のためには、紛争初期からの勝利に向けて準備された戦力が必要であるとして、戦闘力の高い戦力をインド太平洋地域に配備するとともに、高烈度の軍事能力を保有する敵に備えた決定的な攻撃力などの整備に向けて優先的に投資するとしている。次に同盟やパートナーによるネットワークは、抑止などのための戦力を増強するものとしたうえで、既存の同盟やパートナーとの関係を強化しつつ、新たなパートナーとの関係を拡大・深化するとしている。さらに、米国の同盟とパートナーシップを、ルールに基づく国際秩序を維持するためのネットワーク化された安全保障構造に進化させるとの考えを示している。

中国の海洋進出をめぐる問題をめぐって、米国防省は18(平成30)年5月、中国が南沙諸島の地形において対艦ミサイル、地対空ミサイルなどを展開したとしつつ、これらの兵器システムの設置は軍事使用に限られると指摘したうえで、南シナ海におけるこうした中国の継続的な軍事拠点化に対する初期的対応として、中国海軍に対する18(平成30)年の多国間訓練「環太平洋合同演習(リムパック)」への招待を取り消した。また、ペンス副大統領は、19(令和元)年10月に実施した対中政策に関する演説の中で、地域における中国の行動がより挑発的になっていると指摘するとともに、中国に対し、いかなる国家も公共の海洋を領海と主張する権利を持たない旨主張した。その上で、米国は「航行の自由作戦」の回数を増やし、範囲を拡大しているとともに、地域における軍事プレゼンスを強化していると述べた。実際に、米軍は、南シナ海で中国が主権を主張する島嶼(とうしょ)・岩礁の12海里以内やその周辺海域において、17(平成29)年には4回、18(平成30)年には5回、19(令和元)年には8回にわたり「航行の自由作戦」を実施したことが報道されている。

インド太平洋地域におけるプレゼンス強化をめぐる動きとして、米軍は、17(平成29)年1月に海兵隊仕様のF-35B戦闘機を岩国基地に配備したほか、19(令和元)年12月には、強襲揚陸艦「ワスプ」に代わり、F-35B戦闘機を含む艦載機の運用能力を強化した強襲揚陸艦「アメリカ」を佐世保に配備するとともに、ドック型輸送揚陸艦「ニューオリンズ」を佐世保に追加配備している。また、グアムでは20(令和2)年1月、MQ-4C「トライトン」無人海洋偵察機が初展開している。米沿岸警備隊も19(平成31・令和元)年1月から11月にかけて、巡視船を交代させながら西太平洋地域に展開し、第7艦隊と行動をともにしている。さらに、陸軍は、すべての領域などにおいて作戦を実施するマルチドメイン任務部隊を地域に配備する予定としている。このほか、米軍は、18(平成30)年3月には、空母「カール・ヴィンソン」を米空母として40年以上ぶりにベトナムに寄港させており、20(令和2)年3月にも空母「セオドア・ルーズベルト」をベトナムに寄港させている。また、18(平成30)年には3回、19(令和元)年には10回にわたり、艦艇を派遣し、台湾海峡を通過させたと報道されている。

ベトナムに寄港する空母「セオドア・ルーズベルト」【米海軍】

ベトナムに寄港する空母「セオドア・ルーズベルト」
【米海軍】

米国は、以上のような対中認識や地域戦略を踏まえ、「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンに基づく取組を進めていくと考えられる。

一方、北朝鮮問題をめぐっては、18(平成30)年6月に行われた史上初の米朝首脳会談以降、米朝間で交渉を行っているが、北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイルの廃棄に具体的な進展は見られない。同米朝首脳会談を受け、米国防省は、米韓指揮所演習「フリーダム・ガーディアン」や米韓合同の定例飛行訓練「ヴィジラント・エース」などを停止したほか、例年春に実施されていた米韓合同演習「キー・リゾルブ」及び「フォール・イーグル」を終結することを決定した。こうした米韓演習の停止について、シャナハン国防長官代行(当時)は、米韓の軍事活動の緊密な連携が外交的取組を引き続き後押しするとしつつ、米韓連合軍の連合防衛態勢を引き続き確保するとともに、確固たる軍事的即応性を維持するとして、在韓米軍を維持する姿勢を明確にしている。米軍は、こうした大規模な米韓演習に含まれていた諸訓練を組み換えた上で、韓国軍とともにその大半を消化しているとしており、即応性は維持されていると評価している。こうした状況の中、北朝鮮は19(令和元)年5月以降、弾道ミサイルを計20発以上発射したほか、同年12月には、米国の敵視政策が撤回されるまで戦略兵器開発を続ける旨を発表した。米国は、北朝鮮による弾道ミサイルなどの発射について、その射程に関わらず国連安保理決議違反と指摘し、また北朝鮮の兵器技術の進展に警戒感を示しつつも、北朝鮮との協議を継続する意向を示している。

参照本章3節1項5(1)(米国との関係)

4 国防分野におけるイノベーション

トランプ政権は、オバマ政権が掲げた第3のオフセット戦略という名称こそ使用しなくなっているが、国防省のイノベーション構想は最優先課題の一つであると位置づけている。実際に、NSSは、伝統的な防衛産業基盤の外で発展している核心的技術を活用すべきとの方針を掲げているほか、NDSも、国防省は、修正主義国家などに対し、イノベーションで勝る必要があるとしつつ、基層的な軍事的優位を獲得するための民間技術の迅速な応用を含め、自律型人工知能や機械学習の軍事への応用に幅広く投資するとしている。

グリフィン国防次官(研究・工学担当)は19(平成31)年3月、国防科学技術について議会証言を行った中で、中露の技術進歩の速度に警戒感を表明しつつ、極超音速、指向性エネルギー、宇宙技術、自律型無人システム、サイバー、量子科学、マイクロエレクトロニクス、バイオテクノロジー、人工知能、機械学習及びネットワーク化された指揮統制・通信システムへの投資を通じて技術的優位性を再度確立し、維持するとの方針を示した。また、エスパー国防長官は19(令和元)年9月、完了までに何年もかかる開発計画に注力する余裕はもはやなく、国防が研究開発を主導した時代は終わり、重要なイノベーションは民間で生まれるとして、ゲーム・チェンジャーとなる技術を民間から米軍に取り入れる必要性がある旨指摘した。ハイテン統合参謀本部副議長も20(令和2)年1月、国防省は近年、技術開発の速度よりもリスク回避を重視していた旨指摘し、失敗から学びつつ迅速に開発を進める必要性を強調するとともに、先端的な民間部門を活用する必要性について言及している。

5 核・ミサイル防衛政策

18(平成30)年2月に公表された「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)は、核の役割や規模を低減させる米国の取組に他国も続くと期待したが、中国及びロシアによる核戦力増強、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展など、前回のNPRが公表された10(平成22)年以降、安全保障環境は急速に悪化し、これまでにない脅威や不確実性がもたらされていると指摘した。そのうえで、米国の核兵器の役割として、①核・非核攻撃の抑止、②同盟国及びパートナーに対する保証、③抑止が失敗した場合における米国の目標達成、④将来の不確実性に対するヘッジ、を掲げている。

また、米国、同盟国などの死活的な利益を守るべき極限の状況においてのみ核兵器の使用を検討するとしつつ、極限の状況には、米国及び同盟国に対する重大な非核戦略攻撃を含み得ることを明確にするとともに、先制不使用政策は採用せず、核で対応する可能性がある状況への曖昧性を保持する政策を維持する考えを示している。さらに、様々な敵対者、脅威、状況に対応して効果的に抑止を行うため、個別に対応したアプローチを適用するとともに、核の近代化や新たな核能力の開発・配備を通じ、核能力の柔軟性及び多様性を高めることにより抑止力の実効性を確保する方針を掲げている。具体的には核の3本柱1を維持しつつ換装するほか、新たな核能力として、短期的には既存の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)の一部の弾頭を改修して低出力化する2とともに、長期的には既存技術を活用して核搭載の海洋発射巡航ミサイル(SLCM:Sea-Launched Cruise Missile)を追求するほか、老朽化した核・非核両用戦術航空機(DCA:Dual-Capable Aircraft)に代わり、F-35Aに核能力を組み入れていくとしている。また、同盟国に対する拡大抑止にコミットし、必要であれば、北東アジアなど、欧州以外の地域にDCAと核兵器を前方展開する能力を維持する姿勢を示している。

なお、トランプ大統領は18(平成30)年10月、ロシアとの間で締結している中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces)全廃条約について、ロシアが条約を遵守していないとして脱退する意向を示し、また、米国は19(平成31)年2月には、米国が脱退することを正式にロシアに通告し、ロシアが6か月の間に完全で検証可能な形で条約遵守に回帰しないのであれば、INF全廃条約は終了する旨表明した3

解説中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces)全廃条約とは

射程500~5,500kmの地上発射型弾道・巡航ミサイルの廃棄、生産、飛翔実験の禁止を内容とする条約。1987年に米ソ間で締結され、19(令和元)年8月に終了。

こうした中、ポンペオ国務長官は19(令和元)年8月2日、ロシアが完全かつ検証された形でINF全廃条約の義務の遵守に回帰していないとして、同条約第15条に従う米国の脱退は効力を発生した旨公表した。また、エスパー国防長官は同日、これまで同条約で発射試験や生産・保有が規制されていた中距離射程を有する通常弾頭搭載地上発射型巡航・弾道ミサイルの開発を追求する旨を公表した。米国は同月に500km以上の飛距離を持つ通常弾頭仕様の地上発射型巡航ミサイルの発射実験を、同年12月に同様の仕様の地上発射型弾道ミサイルのプロトタイプの発射実験をそれぞれ実施した4。トランプ大統領は、同条約の枠外で中距離ミサイル戦力を強化してきた中国を含めた軍備管理の必要性にも言及している。

参照本章4節3項1(核戦力)

一方、19(平成31)年1月に公表された「ミサイル防衛見直し」(MDR:Missile Defense Review)は、北朝鮮が引き続き米国に深刻な脅威をもたらしており、核ミサイルで米本土を脅かす能力や、太平洋上の米領土、駐留米軍、同盟国を攻撃する能力を持っているとした。また、ロシアと中国は、既存のミサイル防衛システムに挑む先進的な巡航ミサイルや極超音速ミサイルを開発していると指摘した。そのうえで、MDRは、①「ならず者国家」によるミサイル脅威の先を行くこと、②海外展開米軍を防衛し、同盟国などの安全を支えること、③新たな概念・技術を追求すること、がミサイル防衛を支える原則と位置づけている。また、ミサイル防衛戦略の要素として、①包括的な防衛能力、②柔軟性・適応性、③攻撃・防御の統合と相互運用性の強化、④宇宙領域の重要性、を掲げたうえで、MDRは、①抑止、②積極的・消極的ミサイル防衛、③攻撃作戦、を組み合わせた統合化アプローチを採用する方針を示した。

このような方針のもと、本土防衛では、地上配備型迎撃ミサイル20基の23(令和5)年までの追加配備、各種レーダーの改良・配備、SM-3ブロックIIAを使用したICBM(Intercontinental Ballistic Missile)対処の追求などを通じ、ミサイル防衛能力の拡充・近代化への投資を拡大する計画を掲げている。一方、地域防衛においては、THAAD(Terminal High Altitude Area Defense)、イージス・システム及びペトリオットの各迎撃ミサイルの追加調達、BMD対応イージス艦の増強、SM-3ブロックIIAのイージス・アショアへの搭載などを進めるとしている。また、新たな技術の追求では、極超音速滑空兵器(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)などへの対処も見据え、宇宙配備センサー、ブースト段階における迎撃を実現するための、①指向性エネルギー兵器、②宇宙配備迎撃システム、③F-35戦闘機搭載の迎撃ミサイル、の研究・開発に取り組むほか、ICBMの複数の弾頭やデコイなどへの対処能力を向上させるため、多目標迎撃体(MOKV:Multi-Object Kill Vehicle)に取り組む方針を打ち出している。さらに、同盟国などとの協働では、相互運用性の深化、負担共有の拡大、米国との相互運用が可能なミサイル防衛能力への同盟国による投資促進などに焦点を当てる姿勢を示している。

6 21会計年度予算

米国政府の財政赤字が深刻化しているとの認識のもと、11(平成23)年に成立した予算管理法においては、21会計年度までに政府歳出を大幅に削減することが規定された。13(平成25)年3月には、予算管理法の規定により、国防歳出を含む政府歳出の強制削減が開始されたが、その後、4度にわたり成立した超党派予算法などにより、強制削減は緩和されるとともに、米軍再建のため国防歳出の強制削減を終わらせる方針を掲げるトランプ政権のもと、18から21会計年度においては、強制削減による上限を大幅に上回る国防予算枠が認められた。

こうした中、20(令和2)年2月に議会に提出された21会計年度予算教書における国防省予算要求においては、緊急経費を除き、前年度成立比約0.1%増となる7,054億ドルを計上した5。本予算について、国防省は、①核抑止の再構成、②米本土のミサイル防衛、③サイバー及び宇宙、④極超音速、5G、AIなどの重要技術を重視するとし、本予算が国家防衛戦略の実行に当たっての次のステップであり、全ての領域における作戦への重点的な取組であると位置づけた。また、この予算要求では、過去最大の研究開発予算(約1,066億ドル)を要求するとともに、国防長官府や統合参謀本部などの事業の見直しを通じて、国家防衛戦略に沿わない事業から約57億ドルを捻出し、重点事項などに再配分している。兵力規模では、前年度比約5,500人増となる135万1,500人の確保、装備品の調達では、M-1戦車改良型89両(前年度165両)、戦闘艦艇8隻(同12隻)、F-35戦闘機79機(同98機)の調達などの目標が示された。

参照図表I-2-1-1(米国の国防費の推移)

図表I-2-1-1 米国の国防費の推移

1 核の3本柱は、「ICBMミニットマンIII」、「SLBMトライデントIID5搭載の戦略原子力潜水艦(SSBN)」及び「戦略爆撃機B-52及びB-2」からなる。

2 ルード国防次官(政策担当)(当時)は20(令和2)年2月、米海軍がSLBMに搭載するための低出力化核弾頭W76-2を既に配備していることを公表した。この補完的能力により、ロシアのような潜在的敵対者に対して、限定的な核兵器の使用には優位性がないことを示すとしている。

3 91(平成3)年のソ連崩壊後、条約対象国が米国、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、トルクメニスタン、ウクライナ及びウズベキスタンに拡大しているが、INF全廃条約第15条によれば、脱退通告は全条約締約国に対して行う必要がある。

4 エスパー国防長官は19(令和元)年8月、新たに開発する地上発射型の巡航及び弾道ミサイルについて、実際の保有までに数年間を要することになる旨述べている。

5 内訳は、基本予算約6,364億ドル、海外作戦経費約690億ドル。20年度成立予算の水準からは約8億ドル増(20年度成立予算の約80億ドルの緊急経費除く)。また、国防省の予算要求約7,054億ドルに加え、他省庁(エネルギー省の核関連プログラムなど)の国防関連の予算要求約351億ドルを含めた21年度の国防予算要求の総額は約7,405億ドル。