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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第10節 その他の地域など(中東・アフリカを中心に)

1 中東

1 全般

中東地域は、アジアと欧州をつなぐ地政学上の要衝である。さらに、世界における主要なエネルギーの供給源で、国際通商上の主要な航路があり、また、わが国にとっても原油輸入量の約9割をその地域に依存しているなど、中東地域の平和と安定は、わが国を含む国際社会の平和と繁栄にとって極めて重要である。

一方、この地域においては、近年も湾岸地域や中東和平をめぐる情勢などで高い緊張状態が継続している。さらに、2011年初頭に起こったいわゆる「アラブの春」後の混乱により、一部の国では、内戦が続いている。他方で、2023年3月には約7年間外交関係を断絶していたイランとサウジアラビアが外交関係再開に向けて合意するなど、緊張緩和の動きもみられる。

2 湾岸地域情勢
(1)湾岸地域における軍事動向

イランの核問題に関する最終合意「包括的共同作業計画」(JCPOA:Joint Comprehensive Plan of Action)をめぐる状況が変化する中1、湾岸地域では、軍事的な動きを含め様々な事象が生起している。2019年5月以降、米国は、自国の部隊や利益などに対するイランの脅威に対応するためなどとして、空母打撃群や爆撃機部隊などの派遣について発表した。同年7月には、2003年以来およそ16年ぶりにサウジアラビアに部隊を駐留させた。

こうした中、2019年6月、イランは、ホルムズ海峡上空における米国の無人偵察機の撃墜を発表し、同年9月には、サウジアラビア東部の石油施設に対する攻撃への関与も指摘された。その一方で、米国は、同年7月、ホルムズ海峡上空で米強襲揚陸艦がイラン無人機を撃墜したことを発表するなどした。

同年10月以降は、イラクにおいて米軍駐留基地などに対する攻撃が多発した。米国は、イランの関与を指摘し、イランが支援しているとされる武装組織の拠点を空爆した。さらに、2020年1月、米国は、さらなる攻撃計画を抑止するためとして、その組織の指導者とともにイラク国内で活動していたイラン革命ガード・コッヅ部隊のソレイマニ司令官を殺害した。イランは報復としてイラクの米軍駐留基地に弾道ミサイル攻撃を行ったが、その後、米国・イラン双方ともに、エスカレーションを回避したい意向を明確に示した。

2021年には、武装組織による無人機を使用したとされる米軍駐留基地などに対する攻撃も発生した。こうした状況の中、駐留米軍は、同年1月までに2,500人に縮小され、同年12月末に戦闘任務を終了し、助言・訓練・情報収集の任務へ移行した。

湾岸地域においては、米軍のプレゼンスは縮小しつつある。2021年4月以降、トランプ米政権下で湾岸地域に派遣された戦闘機や防空アセットの一部の撤収が報じられた。さらに、中東海域においては、同年9月に米空母「ロナルド・レーガン」が離脱して以降、米空母が不在の状況が継続している。バイデン米政権は、2022年10月に発表した国家安全保障戦略において、従来、中東における危機対応の中心は軍事力であったが、今後は外交を通じて地域の緊張緩和や紛争終結などに取り組むと表明している。

(2)湾岸地域の海洋安全保障

2019年5月以降、中東の海域では、民間船舶の航行の安全に影響を及ぼす事象が散発的に発生している。わが国に関係する船舶に対する事案としては、同年6月、オマーン湾でわが国の海運会社が運航するケミカルタンカー「コクカ・カレイジャス」を含む2隻の船舶が攻撃を受けた。この船への攻撃については、米国などはイランによる犯行であると指摘する一方、イランは関与を否定している。さらに、関係国などから入手した情報、船舶の被害状況についての技術的な分析、関係者の証言などを総合的に検討した結果、わが国としては、本事案における船舶への被害は、吸着式機雷2により生じた可能性が高いとしている。

そのほかの民間船舶に対する主な攻撃事案として、2021年7月、オマーン沖において、わが国の企業が所有し、イスラエル人が経営する英国企業が運航・管理する船舶が、2022年11月には、イスラエル人が保有するシンガポール企業が運航する船舶が攻撃された。米中央軍は、いずれの攻撃についても、イラン製無人機が使用されたと発表した。

米中央海軍が公表した、シンガポール企業が運航する船舶に対する攻撃で使われたとされるイラン製無人機の破片(2022年11月)【DVIDS】

米中央海軍が公表した、シンガポール企業が運航する船舶に対する攻撃で使われたとされるイラン製無人機の破片(2022年11月)
【DVIDS】

このように、中東地域において緊張が続く中、各国は地域における海洋の安全を守るための取組を継続している。米国は2019年7月、海洋安全保障イニシアティブを提唱した後、国際海洋安全保障構成体(IMSC:International Maritime Security Construct)を設立して、同年11月にその司令部がバーレーンに開設された。IMSCには、米国に加え、英国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、アルバニア、リトアニア、エストニア、ルーマニア、セーシェル及びラトビアの計11か国が参加している(2023年3月現在)。

また、欧州においては、2020年1月、フランス、オランダ、デンマーク、ギリシャ、ベルギー、ドイツ、イタリア及びポルトガルの欧州8か国がホルムズ海峡における欧州による海洋監視ミッション(EMASOH:European Maritime Awareness in the Strait of Hormuz)の創設を政治的に支持する声明を発表した。2021年11月にはノルウェーもこれに加わり、これまで、フランス、オランダ、デンマーク、ベルギー、ギリシャ及びイタリアがアセットを派遣している。

わが国としては、引き続き、湾岸地域情勢をめぐる今後の動向を注視していく必要がある。

3 中東和平をめぐる情勢

中東和平プロセスが停滞する中、パレスチナにおいては、ヨルダン川西岸地区を統治する穏健派のファタハと、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが対立し、分裂状態となっている。

こうした中で、2017年、トランプ米政権(当時)が、米国はエルサレムをイスラエルの首都と認めると発表し、2018年には駐イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転したことを受けて、ガザ地区を中心に緊張が高まった。2020年には、同政権が新たな中東和平案を発表したものの、パレスチナ側はその案に示されたエルサレムの帰属やイスラエルとパレスチナの境界線などに反対し、交渉を拒否した。

一方で、同政権は、イスラエルとアラブ諸国間の和平合意の実現に向けて積極的な働きかけを行い、同年8月以降、UAE、バーレーン、スーダン及びモロッコがイスラエルと相次いで国交正常化に合意するに至った。アラブ諸国とイスラエルの国交樹立は、エジプト(1979年)及びヨルダン(1994年)以来であった。

2022年3月、イスラエル、バーレーン、エジプト、モロッコ、UAE及び米国の各国外相がイスラエルに集まって会談した。同年11月には、これらの国々の間で毎年外相会合を開催することや、地域安全保障を含む各種作業部会を設置することを含む文書が採択された。このように、イスラエルと国交正常化したアラブ諸国との間では、安全保障面での協力が拡大しつつある。

イスラエルとパレスチナ武装勢力の間では、2021年5月にガザ地区からイスラエルに向けロケット弾などが断続的に発射され、これに反撃するイスラエル国防軍との間で攻撃の応酬に発展した。同月内に停戦が実現したものの、両者の緊張状態は継続している。

このように中東和平をめぐる情勢が変化する中、米国の関与のあり方も含めた中東和平プロセスの今後の動向が注目される。

4 シリア情勢

シリアにおいては、2011年3月以降、シリア政府軍と反体制派などの暴力的衝突が継続してきた。現在も、ロシアやイランが支援する政府軍と、トルコなどが支援する反体制派の衝突などが断続的に発生している。ロシアによるウクライナ侵略開始以降、ロシアが、シリアに駐留する部隊の一部をウクライナに再配置しているとの指摘もあるが、政府軍が国土の多くを支配しているとみられ、全体的にはアサド政権が優位な状況となっている。こうした状況を背景に、シリア政府と、反体制派を支援してきたアラブ諸国やトルコが外交関係を改善しようとする動きもみられる。

2014年以降、イラク及びシリアで勢力を拡大した「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL:Islamic State of Iraq and the Levant)は、米国主導の有志連合軍による2015年以降の対ISIL軍事作戦の進展により、2019年、シリア国内の拠点を失った。その後も、米軍は、北東部への部隊駐留を継続し、引き続きISILの再興防止に努めている。

シリア情勢をめぐっては、2022年6月の国連人権高等弁務官事務所の推定によると、2011年3月から2021年3月までの間に、一連の衝突により、市民30万人以上が死亡した。なお、2023年2月にトルコ南東部において発生した地震により、シリアにおいても大きな被害が生じたが、反体制派の拠点となっている地域については、たとえば北西部のイドリブには地震の3日後に初めて国連の支援が到達するなど、支援の遅れがみられた。

衝突が継続するなか、これまで和平協議や政治プロセスは実質的な進展をみせておらず、シリアの安定に向けて国際社会によるさらなる取組が求められる。

5 イエメン情勢

イエメンでは、2011年2月以降に発生した反政府デモとその後の国際的な圧力により、サーレハ大統領(当時)が退陣に同意し、2012年2月の大統領選挙を経てハーディ副大統領(当時)が新大統領に選出された。

一方、同国北部を拠点とする反政府武装勢力ホーシー派と政府との対立は激化し、ホーシー派が首都サヌアなどに侵攻したことを受け、ハーディ大統領はアラブ諸国に支援を求めた。これを受けて、2015年3月、サウジアラビアが主導する有志連合軍がホーシー派への空爆を開始した。これに対し、ホーシー派もサウジアラビア本土に弾道ミサイルなどによる攻撃を開始し、無人機や巡航ミサイルも使用するようになった。

2018年12月、ホーシー派とイエメン政府の間で国内最大の港を擁するホデイダ市における停戦などが合意されたが、履行は進まなかった。一方で、2019年11月、サウジアラビアの首都リヤドにおいて、イエメン政府とイエメン南部の独立勢力「南部移行評議会」(STC:Southern Transitional Council)がリヤド合意に署名し、2020年12月、その合意に基づき新内閣が発足した。2022年4月、ハーディ大統領は、「大統領指導評議会」を新設し、すべての権限を委譲することを発表した。この評議会は、ホーシー派を除くイエメン国内の政治勢力の代表者によって構成され、イエメン政府の統治強化及びホーシー派との交渉の妥結を目指している。

同月、国連イエメン特使は、紛争当事者が2か月間のイエメン全土における停戦に合意したことを発表した。停戦合意は、同年6月及び8月に更新された後、10月には更新されなかったことが発表されたが、停戦が発効して以降、イエメン国内における大規模な衝突、連合軍による空爆やホーシー派による越境攻撃は、ほとんど生起していない。こうした中、停戦の更新に向けた紛争当事者間の交渉は継続中であるが、最終的な和平合意の締結の目途は立っていない。

6 アフガニスタン情勢

アフガニスタンでは、2014年12月にISAF(International Security Assistance Force)が撤収し、アフガニスタン治安部隊(ANDSF:Afghan National Defense and Security Forces)への教育訓練や助言などを主任務とするNATO主導の「確固たる支援任務(RSM:Resolute Support Mission)」が開始された頃から、タリバーンが攻勢を激化させた。一方、ANDSFは兵站、士気、航空能力、部隊指揮官の能力などの面で課題を抱えており、こうした中でタリバーンは国内における支配地域を拡大させた。

2020年2月、米国とタリバーンとの間で、駐アフガニスタン米軍の条件付き段階的撤収などを含む合意が署名され、同年3月、米国は、米軍の撤収を開始したと発表した。また、同年9月、アフガニスタン政府とタリバーンによる和平交渉がカタールで開始された。米国は、2021年8月末までに撤収を完了した。

こうした状況の中、タリバーンは、アフガニスタン国内での支配領域をさらに急速に拡大し、同年8月、首都カブールを制圧し、同年9月、暫定内閣の設立を発表した。2023年3月現在、タリバーンの内閣は、いずれの国にも政府として承認されていない。

タリバーンによる国内の統治やタリバーンと各国の交渉が注目される。

1 JCPOAは、イラン側が濃縮ウランの貯蔵量及び遠心分離機の数の削減や、兵器級プルトニウム製造の禁止、IAEAによる査察などを受け入れる代わりに、過去の国連安保理決議の規定が終了し、また、米国・EUによる核関連の独自制裁の適用の停止又は解除すると規定している。2018年5月、トランプ米大統領(当時)はJCPOAの離脱を表明し、同年11月、米国はすべての制裁を再開した上に、その後も累次にわたり経済制裁を科した。これに対してイランは、2019年5月以降、JCPOAから離脱するつもりはないとしつつ、JCPOAの義務履行措置の停止を段階的に発表した。2021年1月に新たに就任したバイデン米大統領のもとで、同年4月、米国・イラン間で核合意に関する間接協議が開始されたが、2022年8月以降、協議は中断している。

2 水中武器の一種。一般的に、船舶の航行を不能にすることなどを目的として、船体などに設置して起爆させる。