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<解説>わが国周辺におけるミサイル脅威の高まり

近年、わが国周辺では、質・量ともにミサイル戦力が著しく増強されるとともに、ミサイルの発射も繰り返されており、わが国へのミサイル攻撃が現実の脅威となっています。

周辺国などは、発射台付き車両(TEL:Transporter Erector Launcher)や潜水艦といった様々なプラットフォームからミサイルを発射することなどにより発射の秘匿性や即時性を向上させているほか、精密打撃能力も向上させています。さらに、大気圏内を極超音速(マッハ5以上)で滑空飛翔・機動し、目標へ到達するとされる極超音速滑空兵器(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)や、極超音速飛翔を可能とするスクラムジェットエンジンなどの技術を使用した極超音速巡航ミサイル(HCM:Hypersonic Cruise Missile)といった極超音速兵器、低空を変則的な軌道で飛翔するミサイルなどの開発・配備も進んでいます。例えば中国は、HGVを搭載可能な弾道ミサイルとされる準中距離弾道ミサイル「DF-17」の運用を既に開始したと指摘されているほか、2022年にはHGVを搭載したICBMの軌道打ち上げを実施したとされています。また北朝鮮についても、「極超音速滑空飛行弾頭」の実現を優先課題の一つに挙げるとともに、低空を変則軌道で飛翔する弾道ミサイルの発射を繰り返しています。さらに、ロシアについても、ウクライナ侵略において用いられている短距離弾道ミサイル「イスカンデルM」は低空を変則的な軌道で飛翔可能とされているほか、HGV「アヴァンガルド」やHCM「ツィルコン」の配備を進めています。こういった極超音速兵器や低空を変則的な軌道で飛翔するミサイルは、通常の弾道ミサイルよりも低い高度で飛翔することからレーダーによる探知が遅くなるほか、機動により軌道予測や着弾位置の予想が難しいとされており、ミサイル防衛網の突破を企図している可能性があります(次図参照)。

HGVの軌道イメージ

HGVの軌道イメージ

さらに、周辺国などは、前述のようなミサイル関連技術の向上だけではなく、実戦的なミサイル運用能力の向上も行っています。米国とロシア間の中距離核戦力(INF)全廃条約の枠組みの外に置かれてきており、同条約が規制していた射程500~5,500kmの地上発射型ミサイルを多数保有している中国は、2021年に約135発もの弾道ミサイルを試験や訓練のために発射し、これは世界のその他で発射された分を合わせたものよりも多かった旨が指摘されています。1また2022年8月には台湾周辺で訓練を実施し、わが国の排他的経済水域(EEZ)内への5発の着弾を含む9発の弾道ミサイルの発射を行い、このことは地域住民に脅威と受け止められました。近年、かつてない高い頻度で、新たな態様での弾道ミサイルの発射を繰り返している北朝鮮は、複数発の同時発射や、極めて短い間隔での連続発射、特定目標に向けた異なる地点からの発射などを実施してきており、飽和攻撃といった実戦的なミサイル運用能力の向上を企図している可能性があります。また、ロシアはウクライナ侵略において、多数のミサイルをウクライナ全土に撃ち込んでおり、弾道ミサイルに限定的な対処能力しか持っていなかったウクライナでは、民間人も含む多くの犠牲者が出ています。

このような情勢のもと、防衛省はミサイル防衛能力を質・量ともに不断に強化していくこととしていますが、ミサイル防衛という手段だけに依拠し続けた場合、今後、この脅威に対し、既存のミサイル防衛網だけで完全に対応することは難しくなりつつあります。このため、相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、やむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、反撃能力により相手からのさらなる武力攻撃を防ぐことになります。

1 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2022年)による。