来賓代表祝辞
統合幕僚副長 松永陸将
新入生の皆さん、入校おめでとうございます。
ご家族の皆様にも、今日までのご支援と深い愛情に心からの敬意と、お祝いを申し上げます。例年よりやや早く咲き始めた桜前線は、今や東北にまで北上しているようです。
しかしながら、連日スマートフォンやテレビから伝わってくる重苦しい国際情勢の報に触れるたび、心から花を愛でる余裕を持ちにくいのもまた、偽らざる実感ではないでしょうか。
私たちが直面する現代の安全保障環境には、3つの大きなパラダイム・シフトが生じています。パラダイム・シフトとは、これまで当然とされてきた前提や思考の枠組みが劇的に変わることを意味します。
第一は、単なる多極化や大国間競争といった概念だけでは捉えきれない、複雑性と予測困難性の増大です。各地の地域紛争は相互に連関し、連鎖的に世界全体へ、さらに経済を含む多くの分野に波及する構造が顕著となりました。もはや一国のみで平和と安全を守り抜くことは容易ではありません。多様な主体と価値観が交錯し、国際秩序は大きく揺らいでいます。そのような中、今この瞬間も皆さんの先輩が国内外において、情報収集、警戒監視、スクランブル待機といった任務に黙々と当たっています。第二は、戦いの様相そのものの変化です。陸・海・空といった従来領域での本格的な衝突に先立ち、宇宙、サイバー、認知といった新たな領域において、静かで見えにくいせめぎ合いが進んでいます。さらに、AIやロボティクス、ドローンなどの先端技術が戦い方を一変させ、かつて軍事科学小説の中で描かれた光景が、いまや現実となりつつあります。そして第三は、各自衛隊の統合運用の必然化です。複数の領域が緊密に結びつく現代において、統合運用は選択肢ではなく前提となりました。自然災害への対応においても、それぞれの強みを活かし弱みを補完し合う統合的な機能発揮が求められています。昨年3月に創設された、平時から有事まで切れ目なく各自衛隊の一元的な指揮を担う統合作戦司令部は、まさにこの時代の要請に応える存在にほかなりません。
そして、新たな統合運用の時代を切り拓いてこられた吉田学校長が皆さんを導かれることも、また時代が求めた必然であると感じています。このような時代に、今スタートラインに立った皆さんへ、いずれもアルファベットの「C」で始まる3つの言葉をエールとして贈ります。
1つ目は、能力を意味するCapabilityです。基本的な知識を土台に、広い視野と科学的思考力を磨き、どのような複雑な状況においても的確に判断できる能力を身につけてください。同時に、自らの考えを整理し、筋道立てて伝える力を高めることも欠かせません。リーダーにとって言葉は命です。仲間や後輩を奮い立たせることのできるモチベーターを目指してください。日々の学業と訓練に真摯に向き合い、一歩一歩、着実に力を伸ばしていってください。
2つ目は、繋がりを意味するConnectivityです。同期生との絆を大切にし、互いに支え合い、切磋琢磨する関係を築いてください。防衛大学校では陸海空要員の学生や留学生と共に学び、生活を共にします。その中で育まれる信頼関係は、将来、統合運用を基盤とする自衛隊で勤務するうえで、揺るぎのない礎となるでしょう。在学中はもちろんのこと卒業後も繋がり続けてください。
3つ目は、挑戦を意味するChallengeです。知力・体力・精神力を含む総合的な人間力の向上に向け、自らの限界に挑み続けてください。全寮制での学生隊生活、学業、校友会活動、訓練では、困難や競争に直面する場面が必ず訪れます。それらに正面から挑み続けるとともに、リーダーとして人の前に立つ勇気を持つことの大切さを体得してください。成功も失敗も糧として次の成長へとつなげていくことが重要です。
留学生の皆さんには、異なる言語と文化の中で学ぶ決意と努力に、心から敬意を表します。防衛大学校は、多様な価値観が交わる小さな国際社会です。日本の学生と積極的に交流し、相互理解と信頼を深めてください。その絆はやがて、地域と国際社会の平和と安定に寄与する大きな力となるはずです。
研究科の皆さんが修得する高度で専門的な知識と技能は、安全保障を支える重要な基盤です。かつてない速度と振れ幅で進む技術革新と情勢変化を見据え、研究成果を現場へと結び付ける視点を持ち、理論と実践の双方から有形無形の防衛力向上に貢献されることを期待しています。
新入生の皆さん。自衛隊が守るのは、抽象的な概念ではなく、美しい空と海、生まれ育った故郷、そして何より、愛する家族や大切な仲間を含む国民一人ひとりの、かけがえのない日常です。その日常を守り抜くために、逆境にあっても怯まず冷静に対処できる「強さ」と、困難の中にある人々へ必要な支援を適切な時に差し伸べられる「優しさ」を併せ持つ存在へと成長されることを願っています。
どんなに厚い雲に覆われていても、上昇を続ければ、やがて紺碧の空に至る――これを「雲外蒼天」と言います。諦めたその瞬間こそが、夢が潰えるときです。心が折れそうになったら、この言葉を思い出し、自らを奮い立たせてください。私自身も3つの「C」を実践しながら、成長した皆さんの雄姿を思い描き、東京からエールを送り続けます。
令和8年4月5日
統合幕僚長 空将 内倉 浩昭
代読 統合幕僚副長 陸将 松永 浩二