防衛大学校National Defense Academy

来賓代表祝辞

国際協力機構(JICA)特別顧問 北岡伸一様

皆さん、ご卒業まことにおめでとうございます。

ご父兄のご家族の皆様方、そして教職員の皆様方、よくここまで育ててくださいました。お礼とお祝いを申し上げます。

皆さんが入学されたのは、2022年4月、ロシアがウクライナに攻め込んでから2か月後のことでありました。この事件は日本人の安全保障観を大きく変えました。顧みれば、敗戦後の日本には二度と戦争はごめんだ、軍隊は嫌だという気分が広がっておりました。憲法9条2項には、陸海空その他の戦力はこれを保持しないとあったのを、多くの日本人は歓迎いたしました。こちらが手を出さなければ戦争は起こらない、核兵器の時代に少々の軍隊を持っても意味はない、もし戦争になれば降伏したほうが良いという不思議な議論をする人が少なくありませんでした。こういう雰囲気に耐えて皆さんの先輩はこの自衛隊を築いてこられたわけであります。

こうした日本が直面した最初の大きな試練は、1990年の湾岸戦争でありました。湾岸地域に石油を依存している日本が、この地域の平和の回復のために、巨額の資金拠出や物資の輸送をしたけれども感謝されなかった。世界のために一定の危険を背負って行動すべきだという議論がようやく動き出し、カンボジアPKOが始まったのは1992年のことでありました。しかし、それ以上の議論はなかなか進みませんでした。武器輸出は厳しく制約され、自衛隊以外に顧客を持たない日本の防衛産業は衰退しました。政府も民間も、軍事研究の推進に消極的でした。それは先端分野における日本経済の停滞の一因でもありました。また、冷戦終焉から10年たっても主な日本の脅威はロシアであるとして、自衛隊の主力は北海道に置かれたままでありました。
しかし、北朝鮮のミサイルと核兵器の開発、中国の軍備拡張と膨張によって2010年頃からようやく南西重視への政策転換が始まりました。2013年に至って、初めて国家安全保障戦略が定められ、国家安全保障会議とその事務局が設置されました。2014年には、集団的自衛権の行使は部分的には可能だという解釈が閣議で採択され、2015年、平和安全保障法が成立しました。この法案に対しては強い反対がありましたが、2、3年のうちに広く受け入れられるようになりました。
そして、ウクライナ戦争であります。戦争は起こりうる。こちらに非がなくても、攻撃される可能性はあるということが明らかになりました。また、自らが必死になって戦って初めて外国の支援が受けられるということもわかりました。巨大な核兵器を持つ国に対して、通常兵器で対抗するのは意味があり、重要であるということも理解されるようになりました。将来の自衛官として、皆さんもおそらくウクライナ戦争の様子をテレビで固唾を飲んで見て来られたと思います。
専守防衛という政策を若干変更して、反撃力を持つことが認められるようになりました。侵略を受けている国を支援するために、武器輸出の範囲を広げることも進んでおります。
こうして、日本は普通の国、普通の平和愛好国家への歩みをようやく着実に進めつつあります。
もう一つ付け加えたいのは、私が理事長をしておりました国際協力機構「JICA」と自衛隊との関係が、近年飛躍的に密接になったということであります。
2016年、南スーダンの首都ジュバで内戦がおこり、JICA関係者約70名が危険な状況に陥りました。その時に、ジュバには約300名の自衛隊が南スーダンPKOに参加していたのですが、JICA関係者の救出のために動くことはできませんでした。2021年にアフガニスタンの政権が崩壊し、JICAや大使館や関係者が脱出したとき、自衛隊の協力は得られませんでした。しかし、2023年にスーダンで紛争が起きた時、陸路の700キロの輸送はJICAが中心になって行い、そしてポートスーダンからの脱出は自衛隊がスムーズにやってくださいました。
JICAの仕事は、途上国の困っている人々を支援することです。それによって多くの友人を作ることです。他方で自衛隊の目的は日本を守ることです。そのためには、しかし世界の中に多くの友人を持っていることが決定的に重要です。その意味で自衛隊とJICAとは車の両輪です。そういう考え方から、古い友人である、久保学校長と相談して、数年前から防大の3年生をJICAのインターンに招いています。とても人気があって、応募者が多く、満足度も高いと聞いています。
このように、皆さんの在学中に、日本は普通の国、普通の平和国家あるいは真の平和国家へ大きく変容をとげてきました。自衛隊は何もしないことで評価されるのではなく、災害支援によってだけ評価されるのでもなく、本来の仕事、つまり日本の国を守る力として、評価される時代になりつつある。その最初の世代を皆さんは担うことになります。まことに光栄なことではないでしょうか。
真の平和愛好国家の自衛隊を担う最初の世代として、今後、大いに活躍されることを心から期待して、私の祝辞とさせていただきます。

 

 令和8年3月14日

東京大学名誉教授 北岡 伸一