「双葉より 手くれ水くれ 待つ花の 君がみために 咲けやこのとき」この一首に出会ったのは、大村に着任して間もないある日、 初めての勤務地をより深く知ろうと史跡を巡る中で立ち寄った、大村護國神社でのことでした。
それは、戊辰戦争において命を散らした、大村藩士の少年鼓手、浜田勤吾が出征する折、母がその上衣の胸元に縫い付けて送り出した、和歌であると伝えられています。
まだ幼き双葉が、水を、手を、ひたすらに待つなかで、ようやくその時を迎えて咲こうとする。
それは、愛する我が子が国に殉じようとする門出に託した、母の無言の祈りであり、静かなる決意の表れであると理解しました。
この歌を前にして、私の心を満たしたのは、単なる感動というよりも、深く厳しい、「憂国の情」に触れたとでも言うべき感覚でした。
時を超えてなお、胸に迫る気迫と気高さ。
思わず背筋が伸びるような、言葉にならない思いがこみ上げてきました。
このような歴史の重みを湛えた大村の地に、今まさに自らの務めを果たす時と場を得たことに、深い感謝と誇りを覚えるとともに、第22航空隊司令という大任を拝命し、私は改めて、国を守るという職責の崇高さと重みを噛みしめています。
「咲けやこのとき」かつて母が我が子に託したこの言葉を、今、自らの胸に刻み、与えられた時と場において、精一杯咲き誇れるよう、その使命を果たします。
変わらぬご支援、ご協力を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
第22航空隊司令 1等海佐 坂前 信博