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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 軍事分野における先端技術動向

(1)極超音速兵器

米国、中国及びロシアは、弾道ミサイルから発射され、大気圏突入後に極超音速(マッハ5以上)で滑空飛翔・機動し、目標へ到達するとされる極超音速滑空兵器(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)や、極超音速飛翔を可能とするスクラムジェットエンジンなどの技術を使用した極超音速巡航ミサイル(HCM:Hypersonic Cruise Missile)といった極超音速兵器の開発を行っている。極超音速兵器については、通常の弾道ミサイルとは異なる低い軌道を、マッハ5を超える極超音速で長時間飛翔すること、高い機動性を有することなどから、探知や迎撃がより困難になると指摘されている。

米国については、2021年3月、米国防省高官が、極超音速兵器の開発構想に言及しており、2020年代初頭から半ばにかけて極超音速兵器を配備し、2020年代半ばから後半にかけて防衛能力を構築すると公表した1。同年10月には、米陸軍に長距離極超音速兵器(LRHW:Long Range Hypersonic Weapon)の発射機プロトタイプが納入されている。

中国は、2019年10月、中国建国70周年閲兵式においてHGVを搭載可能な弾道ミサイルとされる「DF-17」を初めて登場させており、米国防省は中国がDF-17の運用を2020年には開始したと指摘している。また、2021年夏頃には極超音速滑空兵器の地球低周回軌道の発射実験を実施したことが報じられ、本実験を受け、ミリー米統合参謀本部議長は、中国の急速な能力向上に危機感を表明している。

ロシアは、2019年にHGV「アヴァンガルド」を配備している。また、2021年12月の国防省拡大幹部会合において、ショイグ国防相は、アヴァンガルドを搭載可能とされる新型ICBM「サルマト」を戦闘当直に就けることが2022年の優先課題であると発言した。また、2021年10月、ロシア国防省はHCM「ツィルコン」の潜水艦発射試験に成功しており、同年11月、プーチン大統領は、試験が最終段階にあり、2022年から海軍に配備開始となる旨述べている。

原子力潜水艦からHCM「ツィルコン」の発射試験の様子【ロシア国防省】

原子力潜水艦からHCM「ツィルコン」の発射試験の様子【ロシア国防省】

(2)高出力エネルギー技術

電磁レールガンや高出力レーザー兵器、高出力マイクロ波などの高出力エネルギー兵器は、多様な経空脅威に対処するための手段として開発が進められている。

電磁レールガンは電気エネルギーから発生する磁場を利用して弾丸を打ち出す兵器である。電磁レールガンの砲弾は、ミサイルとは異なり推進装置を有しないことから、小型・低コストかつ省スペースで備蓄可能なため、電磁レールガンによるミサイル迎撃が実現すれば、多数のミサイルによる攻撃にも効率的に対処可能とされている。

また、米国、中国及びロシアなどは、レーザーのエネルギーにより対象を破壊する高出力レーザー兵器を開発している。レーザー兵器は、多数の小型無人機や小型船舶などに対する低コストで有効な迎撃手段として活用されるほか、技術の成熟度によっては従来兵器と比べて即応性に優れ、弾薬の制約から解放される可能性があることなどから、ミサイルを迎撃可能な程度まで高出力化が実現できれば、新たなミサイル防衛システムとなり得ると期待されている。

米国は、2020年5月に太平洋上で実施された試験では、米海軍が開発した艦載高出力レーザー実証機で飛行する無人機の無力化に成功し、2021年12月にもアデン湾を航行中の輸送揚陸艦「ポートランド」に搭載された高出力レーザー実証機で飛行する標的の迎撃試験に成功している。

中国は小型無人機に対処可能な出力数30-100kW級のレーザー兵器「Silent Hunter」を国際防衛装備展示会(IDEX2017)で公開したほか、低軌道周回衛星の光学センサーを妨害または損傷させることを企図していると思われる対衛星レーザー兵器を配備しているとの指摘がある。また、対衛星兵器としてさらに高出力のレーザー兵器も開発中との指摘がある。

ロシアは、出力数10kW級のレーザー兵器「ペレスヴェト」を既に配備しており、対衛星兵器として出力数MW級の化学レーザー兵器も開発中との指摘がある。

また、2021年6月には、イスラエルの国防省及び企業が、航空機搭載型レーザー兵器により複数の無人機を空中で迎撃する一連の試験が成功したと発表している。また、同国は、2020年2月に車載型の対無人機用レーザー兵器による複数無人機の迎撃試験に成功している。

高出力マイクロ波技術は、無人機、ミサイルなどの経空脅威に対し、搭載する情報収集・指揮通信機器などの電子機器に破損や誤作動を生起させる技術である。米国は、この技術を用いた兵器である「Phaser」のプロトタイプを、空軍が2019年に試作しており、米陸軍の演習において一度に2~3機、合計33機の小型無人航空機に対処した実績があるとされる。また、2021年7月には、米空軍研究所が、マイクロ波による敵小型無人機のスウォーム攻撃などへの対処を実証した技術実証システム「THOR」の成果に基づき、新たな高出力マイクロ波兵器システム「Mjolnir」の開発を発表している。

高出力マイクロ波兵器「THOR」【米空軍】

高出力マイクロ波兵器「THOR」【米空軍】

1 2021年2月27日付の米国防省HPによる。