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第III部 わが国防衛の三つの柱(防衛の目標を達成するための手段)

➋ わが国の主権を侵害する行為に対する措置

1 領空侵犯に備えた警戒と緊急発進(スクランブル)
(1)基本的考え方

国際法上、国家はその領空に対して完全かつ排他的な主権を有している。対領空侵犯措置は、公共の秩序を維持するための警察権の行使として行うものであり、陸上や海上とは異なり、この措置を実施できる能力を有するのは自衛隊のみであることから、自衛隊法第84条に基づき、第一義的に空自が対処している。

(2)防衛省・自衛隊の対応

空自は、わが国周辺を飛行する航空機を警戒管制レーダーや早期警戒管制機などにより探知・識別し、領空侵犯のおそれのある航空機を発見した場合には、戦闘機などを緊急発進(スクランブル)させ、その航空機の状況を確認し、必要に応じてその行動を監視している。さらに、この航空機が実際に領空を侵犯した場合には、退去の警告などを行う。

令和元(2019)年度の空自機による緊急発進(スクランブル)回数は947回(前年度比、52回の減)、1958(昭和33)年に対領空侵犯措置を開始して以来3番目となる回数であり、依然として高い水準で推移している。

このうち、中国機に対する緊急発進回数は前年度比37回の増加となる675回で、対象国・地域別の緊急発進回数の公表を開始した平成13(2001)年度以降2番目に高い水準にあり、中国機の活動は引き続き活発である。

また、特異な事例として、17(平成29)年5月には、尖閣諸島付近のわが国領海に侵入した中国公船の上空において、小型無人機らしき物体1機が、わが国領空を飛行する領空侵犯事案が生起した。わが国は、外交ルートを通じて中国政府に抗議した。同年8月には、中国軍の爆撃機6機が東シナ海から沖縄本島・宮古島間を通過し、太平洋を北東に飛行して、紀伊半島沖まで往復するという飛行が初めて確認された。同年12月には、戦闘機2機を含む計5機の航空機が対馬海峡上空を通過して、日本海に進出した10。また、18(平成30)年4月には、中国の無人機(推定)が東シナ海を飛行する事案が生起した。中国の航空戦力はわが国周辺空域における活動を拡大・活発化させており、行動を一方的にエスカレートさせる事案もみられるなど、強く懸念される状況となっている。

また、ロシア機に対する緊急発進回数は、前年度比75回の減少となる268回であった。

特異な事例として、19(令和元)年6月には、Tu-95長距離爆撃機2機が沖縄県南大東島の領海上空を、さらにそのうちの1機が東京都八丈島の領海上空を侵犯する事案が生起した。わが国は、外交ルートを通じてロシア政府に抗議した。同年7月には、中国H-6爆撃機2機及びロシアTu-95長距離爆撃機2機が、日本海から東シナ海までの長距離にわたる共同飛行を実施した。また、Tu-95長距離爆撃機の飛行を支援していたとされるロシアA-50早期警戒管制機1機が、島根県竹島の領海上空を侵犯する事案が生起した。その際、韓国の戦闘機が当該ロシア機に対し警告射撃を行った。わが国は、領空侵犯を行ったロシア政府及びロシア機に対し警告射撃を行った韓国政府に対して外交ルートを通じて抗議した。また、20(令和2)年2月、オホーツク海上空において、Su-34戦闘爆撃機を対領空侵犯措置により初めて確認した。引き続き、ロシア機の活動は注視していく必要がある。

なお、13(平成25)年11月の、中国による「東シナ海防空識別区」設定後も、防衛省・自衛隊は、当該区域を含む東シナ海において、従前どおりの警戒監視などを実施している。防衛省・自衛隊は、引き続き、わが国周辺海空域における警戒監視に万全を期すとともに、国際法及び自衛隊法に従い、厳正な対領空侵犯措置を実施している。

緊急発進(スクランブル)指令を受け、F-15戦闘機に駆け寄る空自パイロット

緊急発進(スクランブル)指令を受け、F-15戦闘機に駆け寄る空自パイロット

対領空侵犯措置において初確認した、ロシアSu-34戦闘爆撃機(20(令和2)年2月)

対領空侵犯措置において初確認した、ロシアSu-34戦闘爆撃機
(20(令和2)年2月)

参照図表III-1-1-3(冷戦期以降の緊急発進実施回数とその内訳)、
図表III-1-1-4(緊急発進の対象となった航空機の飛行パターン例(イメージ))、
図表III-1-1-5(わが国及び周辺国・地域の防空識別圏(ADIZ)(イメージ))、
I部2章2節2項(軍事)
I部2章4節4項(わが国周辺のロシア軍)
II部5章1節3項5(領空侵犯に対する措置)

図表III-1-1-3 冷戦期以降の緊急発進実施回数とその内訳

図表III-1-1-4 緊急発進の対象となった航空機の飛行パターン例(イメージ)

図表III-1-1-5 わが国及び周辺国・地域の防空識別圏(ADIZ)(イメージ)

2 領海及び内水内潜没潜水艦への対処など
(1)基本的考え方

わが国の領水11内で潜没航行する外国潜水艦に対しては、海上警備行動を発令して対処する。こうした潜水艦に対しては、国際法に基づき海面上を航行し、かつ、その旗を揚げるよう要求し、これに応じない場合にはわが国の領海外への退去を要求する。

参照II部5章1節3項2(海上警備行動)

(2)防衛省・自衛隊の対応

海自は、わが国の領水内を潜没航行する外国潜水艦を探知・識別・追尾し、こうした国際法に違反する航行を認めないとの意思表示を行う能力及び浅海域における対処能力の維持・向上を図っている。04(平成16)年11月、先島群島周辺のわが国領海内を潜没航行する中国原子力潜水艦に対し、海上警備行動を発令し、海自の艦艇などにより潜水艦が公海上に至るまで継続して追尾した。

また、直近では、18(平成30)年1月に、尖閣諸島周辺のわが国接続水域を航行する潜没潜水艦を海自護衛艦などが確認した。その後、当該潜没潜水艦は、東シナ海公海上で浮上のうえ、中国国旗を掲揚して航行しているところも確認されている。これまでも他海域におけるわが国接続水域内を航行する潜没潜水艦を確認した事例12はあったが、このような尖閣諸島周辺のわが国接続水域における中国海軍潜水艦による航行の確認は、本件が初めてであった。国際法上、外国の潜水艦が沿岸国の接続水域内を潜没航行することは禁じられているわけではないが、このような活動に対して、わが国は適切に対応する態勢を維持している。

動画アイコンQRコード動画:対領空侵犯措置
URL:https://youtu.be/pq3GE0f38uE(別ウィンドウ)

3 武装工作船などへの対処
(1)基本的考え方

武装工作船と疑われる船(不審船)には、警察機関である海上保安庁が第一義的に対処するが、海上保安庁では対処できない、又は著しく困難と認められる場合には、海上警備行動を発令し、海上保安庁と連携しつつ対処する。

(2)防衛省・自衛隊の対応

防衛省・自衛隊は、99(平成11)年の能登半島沖での不審船事案や01(平成13)年の九州南西海域での不審船事案などの教訓を踏まえ、様々な取組を行っている。

特に海自は、①ミサイル艇の配備、②特別警備隊13の編成、③護衛艦などへの機関銃の装備、④強制停船措置用装備品(平頭弾)14の装備、⑤艦艇要員の充足率の向上、⑥立入検査隊に対する装備の充実などを実施してきたほか、99(平成11)年に防衛庁(当時)と海上保安庁が策定した「不審船に係る共同対処マニュアル」に基づき、定期的な共同訓練を行うなど、連携の強化を図っている。

10 中国軍の戦闘機による日本海進出は、本事例が初の確認であった。

11 領海及び内水

12 13(平成25)年5月には奄美大島の西の海域、久米島の南の海域及び南大東島の南の海域で、14(平成26)年3月には宮古島の東の海域で、16(平成28)年2月には対馬の南東の海域において、海自P-3C哨戒機などが、わが国の接続水域内を潜没航行する潜水艦を確認し、公表した。

13 01(平成13)年3月、海上警備行動下において不審船の立入検査を行う場合、予想される抵抗を抑止し、その不審船の武装解除などを行うための専門の部隊として海自に新編された。

14 護衛艦搭載の76mm砲から発射する無炸薬の砲弾で、先端部を平坦にして跳弾の防止が図られている。