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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

➋ 多国間の安全保障の枠組みの強化

1 NATO

加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、冷戦終結以降、活動範囲を紛争予防や危機管理にも拡大させた。

10(平成22)年11月のNATO首脳会合において、11年ぶりとなる新しい戦略概念が採択され、より効率的で柔軟性のある同盟の実現に向けた、以後10年間の指針が提示された。同文書においては、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、テロリズム、域外の紛争・不安定化、サイバー攻撃などを主な脅威として挙げるとともに、①北大西洋条約第5条に基づく集団防衛、②紛争予防や紛争後の安定化・復興支援を含む危機管理、③軍備管理・軍縮、不拡散への積極的な貢献を含む協調的安全保障の3つをNATOの中核的任務と規定している。

近年は防衛支出が下降傾向にあったが、安全保障環境の変化や米国とそれ以外の加盟国の差の拡大を踏まえ、NATO加盟国は14(平成26)年、防衛支出を対GDP比2%以上の額とする目標を、24(令和6)年までに達成することで合意した。19(令和元)年12月、NATO創設70周年首脳会合において、ロンドン宣言が採択された。同宣言では、北大西洋条約第5条に基づく集団防衛への厳格なコミットメントを再確認するとともに、防衛支出のさらなる増額を表明している。また、NATOはロシア、テロのほか、サイバー、ハイブリッドの脅威に直面しているとの認識を示し、ロシアによる中距離ミサイルの配備への対処を行うことや宇宙空間を作戦領域とすることが確認された。また、中国の台頭について初めて議論され、中国の影響力と国際政策の拡大は、NATO加盟国として、共に取り組む必要がある機会と挑戦をもたらすとの認識が明記された。5G等を含む重要インフラ等への対応など、加盟国は多様な問題を提起する中で、NATOの結束強化に向けて引き続き協議が行われている。

NATO及び加盟国は、ロシアによる「ハイブリッド戦」の展開や、ロシア軍機によるバルト諸国を含む北欧・東欧地域での活発な「特異飛行」などを受け、ロシアの脅威を再認識し、抑止力の強化を図っている。14(平成26)年9月のNATO首脳会合では、ロシアに対しクリミア「併合」を撤回するよう要求する共同宣言や、既存の即応部隊の強化を行う即応性行動計画(RAP:Readiness Action Plan)を採択した1。本計画に基づき、東部の同盟国におけるプレゼンスを継続するとともに、既存の多国籍部隊であるNATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)の即応力を著しく強化し、2~3日以内に出動が可能な高度即応統合任務部隊(VJTF:Very High Readiness Joint Task Force)が創設された。また、16(平成28)年7月のNATO首脳会合では、バルト三国及びポーランドに大隊規模の4個多国籍部隊をローテーション展開することが決定され、17(平成29)年には完全運用体制に入った。さらに、18(平成30)年7月のNATO首脳会合では、20(令和2)年までに30個機動大隊、30個飛行隊及び戦闘艦30隻を30日以内に展開可能な状態で保持する「4つの30」と呼ばれる即応態勢を整えることが決定された。同会合では司令部改革も決定され、米国と欧州を結ぶ大西洋のシーレーンの防衛強化を目的とする司令部(Joint Force Command Norfolk)がノーフォーク(米国)に、欧州域内外での部隊や装備の輸送の迅速化を目的とする司令部(Joint Support and Enabling Command)がウルム(ドイツ)に新設された。ロシアに対する認識については、ロシアと各国との地理的な距離の違いなどを背景に加盟国において温度差がみられるが、ロシアの影響に対応する措置をとりつつ、見解の相違を減らし予見可能性を高めるため、対話の機会は維持している。

NATOは、集団防衛と並ぶ主要な任務として、域内外における危機管理の作戦や任務を実施している。地中海においては、地中海経由の不法移民の増加などを背景として、16(平成28)年2月より、エーゲ海に常設艦隊を展開し、不法移民などの流入動向を監視して、トルコやギリシャなどに情報提供を行っている。また、同年11月には、01(平成13)年より行われてきた集団防衛に基づく「アクティブ・エンデバー作戦(Operation Active Endeavor)」を、危機管理任務である「シー・ガーディアン作戦(Operation Sea Guardian)」に移行させ、テロ対策や能力構築支援などの広範な任務を実施している。

NATOは、15(平成27)年1月から、アフガニスタン治安部隊(ANDSF:Afghan National Defense and Security Forces)に対する訓練や助言及び支援を主任務とする「確固たる支援任務」(RSM:Resolute Support Mission)を主導している。18(平成30)年7月のNATO首脳会合では、現地情勢に適切な変化の兆候が見えるまで、アフガニスタンにおけるプレゼンスを維持するとともに、治安部隊への財政支援を24(令和6)年まで延長するなど、アフガニスタンへの支援を強化すると決定し、要員約1万7,000人を同国内に展開している。

ISILに対しては、介入よりも予防を重視する立場をとりつつ、仮にISILによる加盟国への攻撃があった場合、集団防衛の対象になるとしている。実際、16(平成28)年7月のワルシャワ首脳宣言において、早期警戒管制機部隊を対ISIL作戦に派遣することを決定し、同年10月から、監視・偵察任務を遂行している。また、18(平成30)年7月のNATO首脳会合において、イラクにおける新たな任務(NMI:NATO Mission Iraq)を開始することを発表し、イラク軍保安部隊に対して訓練や能力構築などの支援を実施している。20(令和2)年2月のNATO国防相会合では、中東情勢の安定化に貢献するため、イラクにおける訓練任務の強化が確認された。

NATOはこのほか、コソボなどで任務を実施している。

2 EU

EUは、共通外交・安全保障政策(CFSP:Common Foreign and Security Policy)及び共通安全保障・防衛政策(CSDP:Common Security and Defence Policy)2のもと、安全保障分野における取組を強化しており、16(平成28)年6月の欧州理事会で、約10年ぶりとなるEUの外交・安全保障政策の基本的方向性を示す文書「外交・安全保障政策に関するグローバル戦略」を採択した。同文書では、欧州東部の秩序に対する脅威や、中東・アフリカにおけるテロなどの脅威に対して、法の支配に基づく秩序や民主主義といった理念に基づき、EU内外の抗たん性の強化などに取り組むとしている。同年11月には、欧州委員会は「欧州防衛基金(EDF:European Defence Fund)」の創設をはじめとする欧州防衛協力強化のための行動計画を発表した。

17(平成29)年12月、加盟国のうち25か国が参加する防衛協力枠組みである「常設軍事協力枠組み」(PESCO:Permanent Structured Cooperation)が発足した。本枠組みにより、装備品の共同開発や部隊の即応展開に資するインフラ整備などの共通のプロジェクトに各国が出資し協働することで、欧州の防衛力強化が期待されている。このように、EUは、欧州の現在及び将来の安全保障上の要求に応えることで、安全保障を担う存在として行動する能力と自身の戦略的自立性を高めようとしている。

ウクライナ危機を受け、EUはロシアの軍事的対応を非難し、ロシアに対する経済制裁を行っている。また、ウクライナの経済・政治改革を支援するため、大規模な資金援助を行うなど、非軍事面における関与を継続している。

ISILの脅威に対しては、シリア及びイラクに人道支援のための資金供与のほか、中東・北アフリカ諸国などと協力してテロ対策の能力構築支援などを行っている。また、15(平成27)年11月、パリ同時多発テロを受けたフランスの要請に基づき、EUとして初めて、相互防衛義務を定めた、いわゆる「相互援助条項」を発動し、加盟国による支援が実施された。

EUは、03(平成15)年以降、CSDPのもと軍事作戦及び非軍事任務を積極的に展開してきた3。08(平成20)年12月に開始した初の海上任務となるソマリア沖・アデン湾での海賊対処活動「アタランタ作戦」では、各国から派遣された艦船や航空機が船舶の護衛や同海域における監視などを行っており、自衛隊部隊との共同訓練も行われている。また、地中海を経由して欧州に流入する難民・移民の増加を受けて、EUは15(平成27)年5月、地中海EU海軍部隊(EUNAVFORMed:European Union Naval Force-Mediterranean)による「ソフィア作戦(Operation Sophia)」を開始した。同作戦は、地中海南部で活動する密航業者や人身取引関係者の活動を阻止することを主任務とし、リビア海軍沿岸警備隊の訓練及び公海における国連安保理決議に基づく武器禁輸措置の実施を補助的任務としている。17(平成29)年7月以降は、リビアから輸出される原油の違法取引に関する偵察活動や関係機関との人身取引に関する情報共有などの任務が新たに付与され、活動の範囲を広げてきた。20(令和2)年2月の外務理事会では、対リビア武器禁輸監視を主任務とする地中海での新たな海上作戦「イソニ作戦(Operation Irini)」の実施が合意された。これに伴い、「ソフィア作戦」は同年3月に終了した。

英国は20(令和2)年1月31日、16(平成28)年6月の国民投票からおよそ3年半を経て、EUを離脱した。英国はEU離脱後も、NATOが欧州における安全保障の礎であるとの認識を堅持しながら、研究開発分野などにおける協力が自国とEU相互の利益に資すると判断される場合は、EU加盟国以外も参加可能なPESCOへの参加といった安全保障面でのEUとの新たな協力関係を追求していくものとみられる。英国のEU離脱により、安全保障面でのEUの影響力は低下するとの指摘もあることから、EUの安全保障分野における取組に対する英国の関与の度合いが注目される。

3 NATO・EU間の協力

前例のない課題への効率的な対処を目指し、NATO・EU間の協力に関しても進展がみられる。16(平成28)年7月のNATO首脳会合において、ハイブリッド脅威への対処、サイバー防衛などNATOとEUが優先的に協力して取り組むべき分野を挙げた共同宣言が発表されたほか、18(平成30)年7月のNATO首脳会合において、NATO・EU間の協力関係が相当に進展しているとしたうえで、さらなる協力を進める分野として、軍の機動性やテロ対策などを挙げた共同宣言が発表されている。こうした提言を踏まえ、地中海においては、NATOの「シー・ガーディアン作戦」とEUの「ソフィア作戦」が、情報支援などを通じて相互に協力しつつ行われているほか、PESCOにおいては、EU域内外における軍人及びアセットの円滑な移動のための体制整備をプロジェクトの1つとしており、有事の際のNATOによる軍の迅速な展開に資することが期待されるなど、NATO・EUは安全保障に関する取組を強化するため、相互に補完し合う形で協力を進展させている。

1 RAPは、兵力連結構想(CFI:Connected Forces Initiative)の具体的な取組として承認されたものである。CFIとは、加盟国が共同で演習・訓練を実施できる枠組みを提供することや、加盟国間やパートナー国との共同訓練の強化、相互運用能力の向上、先進技術の利用などを図るものである。

2 EUは、93(平成5)年に発効したマーストリヒト条約において、強制力を持たない政府間協力という性質を有しながらも、外交・安全保障にかかわるすべての領域を対象とした共通外交・安全保障政策(CFSP)を導入した。また、99(平成11)年6月の欧州理事会において、紛争地域などに対する平和維持、人道支援活動を実施する「欧州安全保障・防衛政策」(ESDP:European Security and Defence Policy)をCFSPの枠組みの一部として進めることを決定した。09(平成21)年に発効したリスボン条約は、ESDPを共通安全保障防衛政策(CSDP)と改称したうえで、CFSPの不可分の一部として明確に位置づけた。

3 ペータースベルク任務と呼ばれ、①人道支援・救難任務、②平和維持任務、③平和創出を含む危機管理における戦闘任務からなる。