諸外国の政府機関や軍隊のみならず民間企業や学術機関などに対するサイバー攻撃が多発しており、重要技術、機密情報、個人情報などが標的となっている。また、高度サイバー攻撃(APT:Advanced Persistent Threat)は、特定の組織を執拗に攻撃するとされ、長期的な活動を行うための潤沢なリソース、体制や能力が必要となることから、組織的活動であるとされる。
このようなサイバー攻撃に対処するために、脅威認識の共有などを通じて諸外国との技術面・運用面の協力が求められている。こうしたなか、米国は、攻撃主体が悪意のあるサイバー活動によって非対称な優位性を獲得し、重要インフラを標的にすることで、米国の軍事的優位性を低下させていると評価しており、特に、中国、ロシア、北朝鮮、イランをあげている1。
中国では、これまで、サイバー戦部隊は戦略支援部隊のもとに編成されていたとみられてきたが、この戦略支援部隊は、2024年に信息(情報)支援部隊などに再編された可能性が指摘されている。なお、2024年以前の戦略支援部隊は17万5,000人規模とされており、このうち、サイバー攻撃部隊は3万人との指摘もあった。台湾国防部は、サイバー領域における安全保障上の脅威として、中国が平時において、情報収集・情報窃取によりサイバー攻撃ポイントを把握し、有事では、国家の基幹インフラや情報システムの破壊、社会の動揺、秩序の混乱をもたらし、軍や政府の治安能力を破壊すると指摘している2。また、中国が2019年に発表した国防白書「新時代における中国の国防」において、軍によるサイバー空間における能力構築を加速させるとしているなど、軍のサイバー戦能力を強化していると考えられる。
中国は、サイバー空間において、日常的に技術窃取や国外の敵対者の監視活動を実施しているとされ3、2023年には、次の事案への関与が指摘されている。
北朝鮮には、偵察総局、国家保衛省、朝鮮労働党統一戦線部、文化交流局の4つの主要な情報機関と対外情報機関が存在しており、情報収集の主たる標的は韓国、米国とわが国であるとの指摘がある4。また、人材育成はこれらの機関が行っており5、軍の偵察総局を中心に、サイバー部隊を集中的に増強し、約6,800人を運用中と指摘されている6。
各種制裁措置が課せられている北朝鮮は、国際的な統制をかいくぐり、通貨を獲得するための手段としてサイバー攻撃を利用しているとみられる7ほか、軍事機密情報の窃取や他国の重要インフラへの攻撃能力の開発などを行っているとされる。2024年に発表された「国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル2023年最終報告書」においては、2017年から2023年までの北朝鮮の関与が疑われる暗号資産関連企業に対する58件のサイバー攻撃の被害が約30億ドルにのぼるほか、北朝鮮は外貨収入の約5割をサイバー攻撃により獲得し大量破壊兵器計画に使用していると報告されている。2023年には、次の事案への関与が指摘されている。
ロシアについては、軍参謀本部情報総局、連邦保安庁、対外情報庁がサイバー攻撃に関与しているとの指摘があるほか、軍のサイバー部隊8の存在が明らかとなっている。サイバー部隊は、敵の指揮・統制システムへのマルウェアの挿入を含む攻撃的なサイバー活動を担うとされ9、その要員は、約1,000人と指摘されている。
また、2021年に公表した国家安全保障戦略において、宇宙・情報空間は、軍事活動の新たな領域として活発に開発されているとの認識を示し、情報空間におけるロシアの主権の強化を国家の優先課題として掲げている。なお、2019年には、サイバー攻撃などの際にグローバルネットワークから自国のネットワークを遮断し、ネットワークの継続性を確保することを想定したいわゆるインターネット主権法を施行している。
ロシアは、スパイ活動、影響力行使、攻撃に関する能力を向上させているとされ10、2023年には、次の事案への関与が指摘されている。
近年では、日常的に使用する製品の脆弱性やセキュリティが緩い取引先などを介したサプライチェーン攻撃や、重要インフラなどの産業制御システムへのサイバー攻撃も注目されている。
サプライチェーン攻撃は、製品の部品調達から販売に至る供給過程において、信頼している組織やソフトウェアを侵害して標的となる組織に侵入するため、従来セキュリティの回避が懸念されている。2023年に、米国と英国などは、ランサムウェア攻撃を仕掛けるアクター「cl0p」が政府機関の使用するソフトウェアの脆弱性を利用して政府ネットワーク内に侵入していたとして注意喚起している。
産業制御システムへのサイバー攻撃は、これまでは独自仕様やクローズドなシステムであったものが、ITの利用によりオープンなシステムに移行することで、攻撃の標的になりやすくなっていることから、重要インフラなどへのサイバー攻撃が懸念されている。2022年に欧州のセキュリティ企業は、ウクライナ送変電施設へのロシアのサイバー攻撃において、ITネットワークよりも内側にある産業制御システムに侵入し、破壊的なマルウェアを展開しようとしていたと指摘している。
また、宇宙システムについても、2022年に衛星通信事業者に対するロシアのサイバー攻撃によって衛星通信サービスが中断している。このため、各国は衛星通信に関する新たなアドバイザリやガイドラインなどによりセキュリティ対策を強化するほか、欧米では、宇宙システムの脆弱性を明確にする侵入試験やハッキング競技会なども実施されている。
1 米国防省「サイバー戦略2023」(2023年)による。
2 台湾国防部「国防報告書」(2021年)による。
3 米国防省「サイバー戦略2023」(2023年)による。
4 米国防情報局「北朝鮮の軍事力」(2021年)による。
5 韓国国防部「2016国防白書」(2017年)による。
6 韓国国防部「2022国防白書」(2023年)による。
7 米国防情報局「北朝鮮の軍事力」(2021年)による。
8 2017年2月、ロシアのショイグ国防相の下院の説明会での発言による。ロシア軍に「情報作戦部隊」が存在するとし、欧米との情報戦が起きており「政治宣伝活動に対抗する」としている。ただし、ショイグ国防相は部隊名の言及はしていない。
9 2015年9月、クラッパー米国家情報長官(当時)が下院情報委員会で「世界のサイバー脅威」について行った書面証言による。
10 米国防省「サイバー戦略2023」(2023年)による。