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ダイジェスト 第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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概 観

戦後最大の試練の時を迎える国際社会

普遍的価値やそれに基づく政治・経済体制を共有しない国家が勢力を拡大しており、ロシアによるウクライナ侵略をはじめとする力による一方的な現状変更やその試みは、既存の国際秩序に対する深刻な挑戦となっている。国際社会は戦後最大の試練の時を迎え、新たな危機の時代に突入しつつある。また、パワーバランスの変化により、政治・経済・軍事などにわたる国家間の競争が顕在化し、特に米中の国家間競争が激しさを増している。さらに、国際社会共通の課題への対応において、国際社会が団結しづらくなっている。

さらに、科学技術の急速な進展が安全保障のあり方を根本的に変化させ、各国はゲーム・チェンジャーとなりうる先端技術を開発し、従来の軍隊の構造や戦い方が根本的に変化しているほか、先端技術をめぐる主導権争いなど経済分野にまで安全保障分野が拡大している。

加えて、サイバー領域などにおけるリスクは深刻化し、偽情報の拡散を含む情報戦などが平素から行われ、軍事的な手段と非軍事的な手段を組み合わせるハイブリッド戦がさらに洗練された形で実施される可能性が高い。

2022年11月の米中首脳会談【AFP=時事】

2022年11月の米中首脳会談【AFP=時事】

厳しさを増すインド太平洋地域の安全保障

わが国が位置するインド太平洋地域は、安全保障上の課題が多い地域である。特に、わが国周辺では、核・ミサイル戦力を含む軍備増強が急速に進展し、力による一方的な現状変更の圧力が高まっている。

2022年7月4日に尖閣諸島の接続水域に入域した中国海軍艦艇ジャンウェイII級フリゲート

2022年7月4日に尖閣諸島の接続水域に入域した中国海軍艦艇ジャンウェイII級フリゲート

ロシアによる侵略とウクライナによる防衛

力による一方的な現状変更は、アジアを含む国際秩序の根幹を揺るがす行為

ロシアによるウクライナ侵略は、ウクライナの主権及び領土一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法と国連憲章の深刻な違反である。このような力による一方的な現状変更は、アジアを含む国際秩序全体の根幹を揺るがすものである。

国際の平和及び安全の維持に主要な責任を負うこととされている安保理常任理事国が、国際法や国際秩序と相容れない軍事行動を公然と行い、罪のない人命を奪うとともに核兵器による威嚇ともとれる言動を繰り返すという事態は前代未聞と言える。ウクライナの非戦闘員の犠牲者は、国連人権高等弁務官事務所によると2023年4月時点で少なくとも8千人を超えるとみられるが、戦闘が現在も継続しているため、正確な被害の実態は把握できておらず、実際の犠牲者はこれを大きく上回り、今もなお増え続けているとみられる。このようなロシアの侵略を容認すれば、アジアを含む他の地域においても力による一方的な現状変更が認められるとの誤った含意を与えかねず、わが国を含む国際社会として、決して許すべきではない。

ロシアは、今般の侵略を通じ通常戦力を大きく損耗したものとみられ、今後ロシアの中長期的な国力の低下や、周辺諸国との軍事バランスの変化が生じる可能性がある。さらに、中国との連携の深化などを通じ、米中の戦略的競争の展開やアジアへの影響を含め、グローバルな国際情勢にも影響を与えうることから、関連動向について、強い関心を持って注視していく必要がある。

露軍のミサイル攻撃により破壊されたザポリッジャ市の集合住宅(2023年3月5日ウクライナ非常事態庁公表画像)

露軍のミサイル攻撃により破壊されたザポリッジャ市の集合住宅
(2023年3月5日ウクライナ非常事態庁公表画像)

諸外国の防衛政策など

同盟・パートナーシップを重心とする米新戦略

米国は、2022年10月に発表した「国家安全保障戦略」や「国家防衛戦略」において、中国を「対応を絶えず迫ってくる挑戦」、ロシアを「差し迫った脅威」、北朝鮮を「持続的脅威」と位置づけている。また、「国家防衛戦略」と同時に発表された「核態勢の見直し」では、中国の核大国化により、2030年代には、史上初めて、露中2つの核大国に直面すると言及した。

このような情勢下、米国単独では複雑で相互に関連した課題に対処できないとし、互恵的な同盟及びパ-トナーシップが国家防衛戦略の重心であるとの認識を示した。特にインド太平洋地域における中国の威圧的な行動に対しては、同盟国とのパートナーシップ、クアッドやAUKUSなどの多国間枠組みへの取組を推進するとしている。また、南シナ海における「航行の自由作戦」や米艦艇による台湾海峡の通過を継続するなど、「自由で開かれたインド太平洋」へのコミットメントを示し続けている。

日米首脳会談(2023年5月)【首相官邸HP】

日米首脳会談(2023年5月)【首相官邸HP】

中国の力による一方的な現状変更の試みや活動の活発化

中国は、長期間にわたり国防費を急速なペースで増加させており、これを背景に、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化している。

例えば、2035年までに1500発の核弾頭を保有する可能性があると指摘されているとともに、電磁式カタパルトの搭載も指摘される2隻目の国産空母の建造や、多種多様な無人航空機の自国開発も急速に進めている。

これらの強大な軍事力を背景とし、中国は、尖閣諸島周辺をはじめとする東シナ海、日本海、さらには伊豆・小笠原諸島周辺を含む西太平洋など、いわゆる第一列島線を越え、第二列島線に及ぶわが国周辺全体での活動を活発化させるとともに、台湾に対する軍事的圧力を高め、さらに、南シナ海での軍事拠点化などを推し進めている。

特に、台湾に関し、中国は、2022年8月4日にわが国の排他的経済水域(EEZ)内への5発の着弾を含む計9発の弾道ミサイルの発射を行った。このことは、地域住民に脅威と受け止められた。

このような中国の対外的な姿勢や軍事動向などは、わが国と国際社会の深刻な懸念事項であるとともに、これまでにない最大の戦略的挑戦となっており、わが国の総合的な国力と同盟国・同志国などとの協力・連携により対応していく必要がある。

総書記として3期目に入った習近平氏【EPA=時事】

総書記として3期目に入った習近平氏【EPA=時事】

2隻目となる国産空母「福建」【中国通信/時事通信フォト】

2隻目となる国産空母「福建」【中国通信/時事通信フォト】

激化する米中の戦略的競争、緊張感が高まる台湾情勢

中国は、台湾統一を「中華民族の偉大な復興を実現する上での必然的要請」と位置づけており、台湾をめぐる問題への米国の関与を強く警戒している。

2022年には、ペロシ米下院議長(当時)をはじめとする議員が党派を超えて台湾を訪問、さらに、台湾との安全保障協力を強化するための「台湾抗たん性強化法」が成立するなど、米国は、政府・議会がともに、台湾への支援を一層強化する方針を示している。

これに対し、中国は、台湾周辺での軍事活動をさらに活発化させている。

ペロシ米下院議長訪台に伴う蔡英文総統との面会(2022年8月)【台湾総統府HP】

ペロシ米下院議長訪台に伴う蔡英文総統との面会(2022年8月)【台湾総統府HP】

核・ミサイル開発を進展させる北朝鮮

北朝鮮は、近年、かつてない高い頻度で弾道ミサイルなどの発射を繰り返している。また、変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルや「極超音速ミサイル」と称するミサイルなどの発射を繰り返しているほか、戦術核兵器の搭載を念頭に長距離巡航ミサイルの実用化も追求するなど、核・ミサイル関連技術と運用能力の向上に注力している。2022年10月には弾道ミサイルをわが国上空を通過させる形で発射したほか、ICBM級弾道ミサイルの発射も繰り返している。こうした軍事動向は、わが国の安全保障にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっており、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なうものである。

北朝鮮が2022年11月に発射した新型ICBM級弾道ミサイル「火星17」型【朝鮮通信】

北朝鮮が2022年11月に発射した新型ICBM級弾道ミサイル「火星17」型【朝鮮通信】

「強い国家」を掲げるロシアと中国との戦略的連携

「強い国家」を掲げるロシアは、各種の新型兵器の開発・配備を進めてきたが、ウクライナ侵略開始後は、兵員数の増加や部隊編制の拡大改編を指向する動きも見せている。2022年は、戦略指揮参謀部演習「ヴォストーク2022」を兵員5万人以上、中国やインドなど計14か国の参加を得て実施するなど、ウクライナ侵略を行う最中にあっても、極東において活発な軍事活動を継続している。中国との戦略的連携を強化する動きもあり、度重なる、ロシアと中国の爆撃機の共同飛行や艦艇の共同航行は、わが国に対する示威活動を明確に意図したものであり、わが国と地域の安全保障上の観点から、重大な懸念である。今後も、わが国を含むインド太平洋地域におけるロシア軍の動向について、強い懸念を持って注視していく必要がある。

2022年9月、「ヴォストーク2022」を視察するプーチン大統領(中央)【ロシア大統領府HP】

2022年9月、「ヴォストーク2022」を視察するプーチン大統領(中央)
【ロシア大統領府HP】

宇宙・サイバー・電磁波の領域や情報戦などをめぐる動向・国際社会の課題など

情報戦などにも広がりをみせる科学技術をめぐる動向

科学技術とイノベーションの創出は、わが国の経済的・社会的発展をもたらす源泉であり、技術力の適切な活用は、安全保障だけでなく、気候変動などの地球規模課題への対応にも不可欠である。各国は、人工知能(AI)、量子技術、次世代情報通信技術など、将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなり得る先端技術の研究開発や、軍事分野での活用に力を入れている。

また、サイバー空間、企業買収・投資を含む企業活動などを利用し、先端技術に関する情報を窃取したうえで、軍事目的に使用することが懸念されている。各国は、輸出管理や外国からの投資にかかる審査を強化するとともに、技術開発や生産の独立性を高めるなど、いわゆる「経済安全保障」の観点からの施策を講じている。

NATOサイバー演習「サイバー・コアリション2022」の様子【NATO HP】

NATOサイバー演習「サイバー・コアリション2022」の様子【NATO HP】

宇宙・サイバー・電磁波の領域をめぐる動向

宇宙空間を利用した技術や情報通信ネットワークは、人々の生活や軍隊にとっての基幹インフラとなっている。一方、中国やロシアなどは、他国の宇宙利用を妨げる能力を強化し、国家や軍がサイバー攻撃に関与していると指摘されている。

各国は、宇宙・サイバー・電磁波領域における能力を、敵の戦力発揮を効果的に阻止する攻撃手段として認識し、能力向上を図っている。

米副大統領のDA-ASAT実験中止を含む宇宙政策の演説【DVIDS】

米副大統領のDA-ASAT実験中止を含む宇宙政策の演説【DVIDS】

大量破壊兵器の移転・拡散

大量破壊兵器及びその運搬手段となりうるミサイルの移転・拡散は、冷戦後の大きな脅威の一つとして認識されてきた。近年、国家間の競争や対立が先鋭化し、国際的な安全保障環境が複雑で厳しいものとなる中で、軍備管理・軍縮・不拡散といった共通課題への対応において、国際社会の団結が困難になっていくことが懸念される。

気候変動が安全保障や軍に与える影響

各国軍は、気候変動に影響されずに活動を継続するための抗たん性確保に努めるとともに、気候変動に伴い発生する安全保障上の危機への対応に向けた取組を進めている。

救助活動を行うパキスタン兵【パキスタン陸軍HP】

救助活動を行うパキスタン兵【パキスタン陸軍HP】