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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第7節 気候変動が安全保障環境や軍に与える影響

1 気候変動が与える影響

各国軍は、気候変動に影響されずに活動を継続するための抗たん性確保に努めるとともに、気候変動に伴い発生する安全保障上の危機への対応に向けた取組を進めている。

気候変動の影響は、地域的に一様ではない。また、気象や環境の分野にとどまらず、社会や経済を含む多岐にわたる分野に及ぶものと考えられている。世界は2022年も前例のない熱波、大雨、干ばつ、熱帯低気圧のような極端な気象現象を経験し、気候変動が安全保障に与える様々な影響を強く認識するようになっている。

例えば、気候変動による複合的な影響に起因する水、食料、土地などの不足は、限られた土地や資源を巡る争いを誘発・悪化させるほか、大規模な住民移動を招き、社会的・政治的な緊張や紛争を誘発するおそれがあると考えられている。

また、広範にわたる気候変動の影響は、国家の対応能力にさらなる負荷をかけるとされる。特に、政治・経済上の問題を抱える国家の安定性を揺るがしかねず、不安定化した国家に対し、軍の活動を含む国際的な支援の必要性が高まるものと指摘されている。例えば、2022年、パキスタンでは記録的な大雨により大規模な洪水が発生し、国土の3分の1が水没した。これに対し、パキスタン軍が救援・救助活動を行ったほか、米中央軍が救命人道物資の空輸を実施した。多くの死傷者及び被災者が発生したことに加え、300億ドル以上とされる被害・経済的損失と、復興への負担は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり景気低迷が続く同国の経済危機に追い打ちをかけており、国際的な支援が求められている。

救助活動を行うパキスタン兵【パキスタン陸軍HP】

救助活動を行うパキスタン兵【パキスタン陸軍HP】

さらに、北極海では、海氷の融解により航路として使用可能となる機会が増大するとともに、海底資源へのアクセスが容易になるとみられることなどから、沿岸国が海洋権益の確保に向けて大陸棚の延長を主張するための海底調査に着手しているほか、北極海域における軍事態勢を強化する動きもみられる。

参照5節3項(北極海をめぐる動向)

雪氷の融解に関しては、黄河、長江、メコン川、インダス川、プラマプトラ川など、アジアにおける多くの大河の源流であるチベット高原において氷河の融解が及ぼす影響についても注目を要する旨が指摘されている。

このほか、温室効果ガスの排出量の規制やジオエンジニアリング(気候工学)の活用、脱炭素の動きに伴うレアアースなどの資源の国際需要構造の変化などをめぐり、国家間における緊張が高まる可能性も指摘されている。

気候変動による各国軍に対する直接的な影響としては、災害救援・人道復興支援活動などの任務に軍隊が出動する機会が増大するとともに、過酷な環境下で活動する軍の要員の身体に悪影響を与え得るとされる。また、気温の上昇や異常気象、海面水位の上昇などは、軍の装備や基地、訓練施設などに対する負荷を増大させるとともに、軍事作戦への影響も指摘されている。加えて、軍に対しても、温室効果ガスの排出削減を含む、より一層の環境対策を要求する声が高まっている。