

自衛隊長崎地方協力本部(長崎地本)は昭和30年9月1日、自衛隊長崎地方連絡部として陸上自衛隊大村駐屯地に編成、翌年9月2日に長崎市南山手町に事務所を開設、定員及び車両の増加に伴い昭和39年に長崎市大橋町、昭和59年に現在の長崎市出島町に移転し、平成18年7月31日に防衛庁設置法等の改正により、自衛隊長崎地方協力本部に改編されました。
本部長(地連部長)は、初代から第13代までは陸上自衛官が、第14代以降、現在に至るまで海上自衛官が務めています。
地方協力本部は、防衛省・自衛隊の共同機関として募集業務・援護業務・予備自衛官の管理等の業務を担っています。
主な業務内容は次のとおりです。
〒850-0862 長崎市出島町2-25
(長崎電気軌道「メディカルセンター」駅から直線距離で109m)
皆様には、平素から自衛隊長崎地方協力本部の業務に対しまして、ご理解と多くのご支援を賜り、御礼申し上げます。
令和8年6月8日付をもちまして第39代自衛隊長崎地方協力本部長を拝命しました。艦艇乗りにとって「長崎」という地名には特別な響きを感じるものであり、そこで勤務できることに感慨深いものがあります。8月上旬までに離島を含め、自衛隊長崎地方協力本部の各事務所等の初度視察を終えましたが、募集環境は引き続き厳しい状況であることを改めて認識しました。
昨今の少子高齢化による募集対象者の減少や自衛隊の任務そのものの増大等から「業務の効率化・省人化」のための各種施策が進められているところですが、この「効率化」というものがそぐわない業務も存在します。
私が術科学校で勤務している時の校長は「教育を効率化するのは簡単で、教育についていけない者を切り捨て、自ら学ぼうとする者が自学自習できる環境を構築すれば、教官等は相当数削減できる。だが、それで本当に良いのか?数字だけみれば一人の学生のために教官3人が課業時間外に補備教育をするのは非効率といえる。だが、それによって学生罷免にならずに部隊で活躍するのであれば、海自にとってプラスである。そもそも人を育てるというのは非効率なもので、効率を最優先にすると目的を見失う。」と言っていました。
教育期間において問題の多かった学生が突然変異することが良くありますが、理由を訊くと「教官の学生に対する誠実な態度」や「そこまで学生のためにやってくれるのか、という熱意」に心を動かされたと回答する者が多いです。同様に募集対象者(とご家族)が入隊を決心した理由や企業が退職自衛官の採用を考える理由も「広報官の素晴らしい人柄に接して、こういう人になりたいと思った」「援護センターから説明にきた隊員と話をして、こういう隊員がいる組織から我が社にきてもらいたい」というような「対面した隊員の印象」が大きいようです。
自衛隊長崎地方協力本部としては、このように厳しい状況だからこそ、募集、就職援護、自衛隊に対する理解促進において、効率的ではないかも知れませんが「人」のつながりが更に重要になるものと考えています。おかげ様をもちまして、既に地域の皆様との「かけはし」が架かっていることが多いですが、皆様が渡りたいと思える、時代にあった「かけはし」であるのかを常に考え、信頼される自衛隊長崎地方協力本部を目指して、各事務所等を含め、職員一同尽力していく所存ですので、引き続きよろしくお願いします。

自衛隊長崎地方協力本部のロゴマークの原型は、山口俊光氏(長崎地本OB会員)が高校でデザインを手掛けていた学生に依頼して作成したものです。

『ながりん』は、平成30年に誕生した自衛隊長崎地方協力本部のマスコットキャラクターです。
長崎県の鳥「おしどり」をモチーフに、「明るく元気で、凛々しさと正義感に溢れ、愛する故郷を守る妖精」として生まれました。
可愛くて親しみやすい、多くの人々に長く愛されるキャラクターであって欲しいと願っています。